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第3話

Author: 七日雨
「俺と彼女の間には、何もない!」

そういうことなのかな……

恋愛のことなんて、いつも哲也に教えてもらってばかりだった。

哲也は、「誰にだって過去はある」と言っていた。

もしかして、私が気にしすぎていただけなんだろうか。

でも、結局彼は何度も睦月のところへ行った。

私たちの記念日ですら、そうだった。睦月から「怖い」って震える声で電話があっただけで、哲也は私を置き去りにして、振り向きもせずに駆けつけていった。

あの日、私が夜中の4時まで待っていると、ようやく哲也は帰ってきた。

彼の髪は濡れていて、シャワーを浴びたばかりなのは明らかだった。

ドアを開けた哲也は、真っ赤に泣きはらした私の目と合った。

彼は一瞬だけ慌てた顔をしたが、すぐにこう言った。

「もう寝てると思って、睦月の家でシャワーを浴びてきただけだ。何もなかったよ」

哲也の言葉への返事は、私が投げつけたグラスだった。

これまでで一番激しい言い争いが始まった。

私は息を切らしながら、怒りにまかせて罵った。

「あんな女、まだ離婚もしてないのに!あなたはそれでも尻尾を振って不倫しにいくわけ?本当に気持ち悪い!」

パシンッ――

平手打ちが、私の頬に飛んできた。

頬は、みるみるうちに赤く腫れ上がった。

哲也は氷のように冷たい顔で言った。

「言葉遣いに気をつけて。

睦月のことを悪く言うな」

信じられない気持ちで、私は哲也を見つめた。

目の前にいる男が、急に知らない人のように思えた。

「君は俺を全く信用してくれない。こんなんじゃ、もうこれ以上は無理だ。

別れよう」

別れ話なんて、哲也はこんなにもあっさりと口にした。

付き合っている頃は「別れる」なんて口癖のように言う私を、あんなに嫌っていたのに。

その日のうちに、哲也はスーツケースを引いて出て行った。

二人で暮らした部屋で、私は抜け殻のようになってしまった。

食欲は全くなく、お腹が空くと、ただ機械的に食事を口に運ぶだけだった。

インスタに、睦月が動画を投稿した。それは男の人が慣れない手つきで料理をしている動画だった。

【うち、料理できる人が誰もいない】

間違いなく哲也だった。

【家事代行サービスって、どうやって連絡すればいいの?】

【二人分で、味は濃いめがいいと思う。辛いものが好きなので】

私も、味付けは濃いほうが好きだ。

でも、哲也は薄味が好きだった。だから辛いものは、全然食べられなかった。

だから私も、いつも彼に合わせて薄味のものばかり食べていた。

それなのに今、この男は睦月のために辛いものを食べている。

……

私は哲也の会社の前まで行った。

彼は別れたことなんて、まったく気にしていないようだった。

いつも通りに仕事をこなし、生き生きしていた。おまけに、帰りがけに道端で花束まで買っていた。

哲也から花をもらったことなんて、一度もなかったのに。

結婚のために貯金しなくちゃって、そんな贅沢はしたことがなかったから。

私は自分を痛めつけるように、哲也のSNSをチェックし続けた。音楽アプリのフォローリストまで、一つ一つ見ていった。

そこで、睦月のアカウントを見つけた。

夜中に二人でよく音楽を聴いていた痕跡も、たくさん見つけてしまった。

信じられないことに、それは私たちがまだ恋人同士だった頃のことだった。

私はトイレに駆け込んで、しばらく吐き続けた。

テーブルの上のリンゴは、半分だけが腐っていると思っていた。

まさか、私が食べてしまった残り半分も――

腐っていたのだ。

1ヶ月で、私は7キロ以上も痩せた。

まるで、水に溺れている人みたいだった。

冷たい水が少しずつ口や鼻を塞ぎ、体の中まで蝕んでいく。

誰も、私を助けてはくれない。

自分を救う方法も見つからなかった。

そんな時、私はカウンセリングを受けることにした。

カウンセラーは言った――

「脱感作療法って、聞いたことありますか?」

痛みに、正面から向き合うこと。

自分から、積極的に愛情を示すこと。

そうして何度も失望を繰り返すうちに、好きという気持ちをすり減らしていくの。

だから、ある日。

私は化粧をして、新しい服に着替えて、笑顔を作って、自分から哲也に会いに行った。

彼は一瞬ハッとした顔をしたが、プライドを保つように言った。「自分の間違いが分かったか?」

自分の間違い?

ええ、分かった。

人を見る目がなかったのが間違いだった。

きっぱりと別れる勇気がなかったのも間違い。

そして、今でも哲也に期待してしまっているのも。

こうして、私たちはよりを戻した。
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