로그인私、南沢枝里(みなみさわ えり)は、昔から何かあると誰かに話したくてたまらなくなる人間だった。 道端に咲いていた花。 口に合わなかったコーヒー。 仕事帰りに見上げた夕焼け。 ふとした拍子に婚約者の神崎照也(かんざき てるや)のことを思い出したことさえ、私にとっては誰かに話したい些細な出来事だった。 私はいつも、つい彼にメッセージを送ってしまっていた。 照也の返事は、いつだって短くてそっけなかった。 それでも必ず返ってくる。 その事実だけを頼りに、この半年、結婚準備も、ウェディングドレスの試着も、式場選びも、ほとんどひとりで進めてきた。 そうして、結婚式の直前までたどり着いた。 彼のパソコンの中に、あのAIプログラムを見つけるまでは。 結婚式の五日前だった。 そのプログラムは、私が送った文章を分類し、キーワードを拾い、もっとも無難で、もっとも面倒の起きない返事を自動で作るものだった。 会いたい、には「うん」。 つらい、には「わかった」。 けんか、には「騒ぐな」。 この半年、私の話したがりな気持ちを受け止めてくれていたのは、照也ではなかった。 その隣に開かれていた別のトーク画面には、彼と別の女のやり取りがびっしりと並んでいた。 おはようから、おやすみまで。 今日何を食べたかから、いつか一緒に海へ行きたいという話まで。 そのとき、ようやくわかった。 照也の愛は、決して無口でわかりにくいものではなかった。 ただ、その愛が私に向けられたことが、一度もなかっただけだ。 誰にも応えてもらえないまま待ち続けることをやめる決心をした。
더 보기照也は私のいる街に一週間滞在した。その一週間、彼はかつて美優にしていたことを、今度は頑なに私へ向けた。朝になると、玄関の前には必ず温かい朝食が置かれていた。少し離れた店で買ってきた卵サンドの日もあれば、評判のベーカリーの焼きたてのパンの日もあった。毎日、同じものはなかった。夕方、少しでも空が曇れば、ドアノブには新品の長傘が掛けられていた。深夜、残業を終えて帰ると、街角の街灯の下に彼が立っていた。何も言わずに距離を取り、私が部屋に入るまで見届けていた。かつて私が羨ましくてたまらなかったものが、今になって全部差し出された。けれどそれは、もう私の心を少しも温めなかった。ただ、疲れた。ただ、心が鈍くなっていくだけだった。七日目の夕方、私はマンションの入口で彼を呼び止めた。「帰って。もう、こういうことはしないで」「枝里、俺はただ――」「償いたいんでしょう。昔、美優にしていたことを、全部私にもして、埋め合わせたつもりになりたいのよね」彼は否定せず、目を伏せた。「遅すぎるよ、照也。あなたが今していることは、全部私に思い出させるだけなの。昔のあなたは、こういう優しさをあんなに簡単に美優へ渡していたのに、私にはずっと惜しんできたんだって。この街に一日長くいて、何かを一つ増やしたところで、私は感動なんてしない。ただ、あの五年間、私がどんな気持ちで過ごしてきたのかを、もっとはっきり思い出すだけ」私はそこで一度言葉を切った。そして、はっきりと言った。「もっとあなたを嫌いになるだけ」それ以上は何も言わず、私は彼の横を通り過ぎてマンションへ入った。その夜、午前二時過ぎ。窓の外の雨音で目が覚めた。水を飲もうと起きたとき、なぜか足が窓辺へ向かった。カーテンの端を少しだけめくると、下の街灯のぼんやりとした黄色い光の中に、照也が立っていた。傘も差さず、身じろぎもせず、ただ私の部屋の窓を見上げていた。翌朝、私が出勤する前に、彼はようやく去っていった。それ以来、彼が姿を見せることはなかった。一か月後、私は一通のメールを受け取った。差出人は、見覚えのない記号の羅列だった。件名には、それだけが書かれていた。【枝里へ】開いてみると、いくつものリンクが並んでいた。私が
「たった一日?」私は静かに聞き返した。「照也、私たちは六回ドレスの試着に行く予定だった。あなたは一度も来なかった。そのたびに、あなたには美優に付き合う時間があった。式場を選ぶときは、美優に代わりをさせた。披露宴の料理まで、美優の好みに合わせようとした。招待状のデザインを相談したとき、あなたは何でもいいと言った。その直後、美優の誕生日プレゼントを午後いっぱいかけて選んでいた。これは一日じゃない。五年よ。五年間、毎日、あなたは美優を選び続けていた」一気に言い終えると、胸の奥で感情が波立ち、少し息が上がっていた。照也はその場に立ち尽くした。私の言葉に縫い止められたように。彼は口を開きかけた。けれど、何も言えなかった。彼は、私の言葉が本当だとわかっていたのだと思う。彼がずっと見ないふりをしてきたもの。彼にとっては取るに足りない「小さなこと」だった一つ一つが、今になってようやく彼の中で形を持ち始めていた。初めてウェディングドレスを着た日。私は目を輝かせて、その写真を照也に送った。けれど彼は美優とゲームをしていて、返ってきたのは「似合ってる」の一言だけだった。私が船酔いで顔から血の気が引き、船室の隅でうずくまっていた日。彼は美優とデッキでカモメを眺めながら、きっと私のことを、場を白けさせる面倒な人間だと思っていた。そして、数えきれない夜に、私が送ったメッセージ。【今日の月、すごく丸いね】【街灯が消えていて、少し怖い】【照也、いつ帰ってくるの?】そのとき彼は、美優に返信しているか、もう眠っているかのどちらかだった。彼が適当に流してきたその一つ一つが、今になって細い針のように彼の胸を刺しているように見えた。小さくて、けれど深く痛む針だった。照也の肩が落ちた。彼は手で強く顔をぬぐった。次に口を開いたとき、その声には嗚咽が混じっていた。「枝里、俺が悪かった。本当に、悪かったってわかってる。もう一度だけ、チャンスをくれ。一度でいい。直す。全部直すから。これからは二度と美優と関わらない。連絡先も消す。ブロックする。もう会わない。毎日ちゃんと家に帰る。俺がご飯を作る。お前がしたいことには全部付き合う。だから……もう一度、やり直そう。な?」
さらに三日後、古いスマホに知らない番号からSMSが届いた。美優からだった。【枝里さん、私だよ】【すごく怒ってるのはわかってる。でも、どうしてもちゃんと伝えておきたいことがあるの】【私と照くんは、本当に兄妹みたいなものなんだよ。照くんが子どもの頃、ほかの子にいじめられてたとき、守っていたのは私だった。照くんのご両親がけんかしてたときも、そばにいたのは私だった。私たちの絆って、もう恋愛とかそういうものを超えてるの】【照くんが私の面倒を見てくれるのも、優しくしてくれるのも、昔からの習慣みたいなものだし、恩返しみたいなものなんだと思う】【でも、照くんが結婚する相手は枝里さんだよ。それは一度も変わってない】【戻ってきてあげて。ここ数日、照くん、ずっとつらそうなんだ。ぼんやりしてばかりで。本当は意地を張ってるだけで、心の中にはちゃんと枝里さんがいるんだよ】【照くんが結婚する相手は、枝里さんなの。私はただ、照くんに甘やかされてきた妹みたいなものなんだから】私は画面を見つめ、一文字ずつ読んだ。怒りは湧かなかった。ただ、あまりにも馬鹿げていると思った。彼女が長々と書いてきたことは、結局こういうことだ。見て。照也はこんなにも私に優しい。結婚を控えたあなたを置いてでも、私のために動いてくれる。そしてあなたは、いつだって私のあと。たとえそれが、あなたの結婚式当日であっても。私は指を動かし、返信した。【うん、あなたの言うとおり】【だから、照也はあなたにあげる】【その甘やかされた妹のまま、一生大事にされていればいいよ】送信したあと、その番号を、これまでの不在着信と一緒に着信拒否に入れた。新しい一週間が始まった。応募していた会社から連絡があり、私は無事に新しい職場で働き始めた。仕事は忙しすぎず、同僚たちも親切だった。金曜の夜、私はシチューを煮込んでいた。レシピを見ながら塩の量に迷っていると、チャイムが鳴った。ドアスコープをのぞくと、照也が立っていた。しわだらけのシャツ。青く伸びた無精ひげ。目の下には濃い影が落ちている。ひどく疲れて、すっかりやつれて見えた。私はドアを開けた。けれど、中へ入れるつもりはなかった。「何か用?」照也は私を見つめたまま、言葉に詰まった。
照也からの着信は、八十件を超えていた。残りは、照也の母親や神崎家の親戚、それから共通の友人たちからだった。照也の母親からのボイスメッセージは、最初こそ怒りに満ちていたものの、途中からは責めるような口調になり、最後にはほとんど泣き声に変わっていた。「枝里ちゃん、お願いだから戻ってきて。ちゃんと話し合いましょう」「あなたがあんなものを載せたせいで、照也はこれからどうやって周りと付き合っていけばいいの?」「美優ちゃんなんて、もう二日も何も食べていないのよ。少しくらい大人になれないの?」私は一つも返さなかった。さらに下へスクロールすると、照也から届いた最新のSMSが目に入った。一時間前のものだった。【枝里、電話に出ろ】【話がしたい】【五分でいい】読み終えたところで、また彼から電話がかかってきた。どうやら、ずっとかけ続けていたらしい。私は電話に出た。けれど、何も言わなかった。向こうも二秒ほど黙ってから、少しかすれた照也の声が聞こえてきた。「……やっと出たな」私は答えなかった。照也は深く息を吸ったようだった。声は努めてやわらかくしているのに、どこかぎこちない。「枝里、少し落ち着いて話せないか」「話して」私があっさり返したせいか、彼は一瞬言葉に詰まった。それから、ようやく口を開いた。「SNSのことだけど、お前が怒ってるのはわかる。でも、あれはやりすぎだ。今、みんな俺に聞いてくる。美優もひどく叩かれてる。あいつは妹みたいなものなんだ。どうして美優まで巻き込むんだよ」私はミニ冷蔵庫の前へ行き、水のペットボトルを一本取った。キャップを開け、ひと口飲む。それから言った。「照也、覚えてる?付き合って三年目に、美優と三人で山へ行った日のこと」電話の向こうが少し静かになった。思い出そうとしているのだろう。「あの日、急に雨が降ってきて、逃げる間もなく全身ずぶ濡れになった。私は薄い色のシャツを着ていたから、濡れたらほとんど透けてしまった。髪は顔に張りつくし、メイクも崩れて、ひどい格好だった。美優はそんな私を、スマホで一枚撮った。私はその場で消してって言った。彼女は『わかった』って言ったのに、すぐSNSに載せた。私は今すぐ消してって言った。でも、あな