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第730話
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契約終了、霜村様に手放して欲しい 第731話
城の上で、霜村若希は霜村爺さんの手を支えながら、彼に向かって言った。「おじいちゃん、あなたの孫の嫁に会いに行かない？」龍の頭の杖を突いている霜村東邦は視線を戻し、冷たく鼻を鳴らした。「彼女に何の資格があって、この私が会いに行くというのだ？」彼の強がりを見て、霜村若希はあえて彼の本心を暴こうとした。「会いたくないなら、彼らの結婚式に来るはずがないでしょう」終始後ろに隠れて、こっそり見ていただけで姿を見せなかったが、和泉夕子からのあのショートメッセージのせいで、わざわざ駆けつけてきたのだ。霜村東邦は口では否定しながらも冷たく嘲笑った。「彼女が子供を身籠らなければ、我が霜村家の門をくぐる資格などないのだ……」霜村若希は唇を曲げて笑った。「おじいちゃん、また忘れてる。今や霜村家を仕切っているのは弟だから、あなたの思い通りにはいかないわ」霜村東邦は歯を食いしばり、霜村若希を睨みつけた。「わざとこの私を怒らせようとしているのか？」霜村若希は手を振った。「まさか、私があなたに逆らうなんて。あなたを尊重するので精一杯ですよ」霜村東邦は袖を払い、冷たく鼻を鳴らした。「私が来たことは彼らに言うなよ」見栄っ張りの老人は、その言葉を残して、踵を返した。霜村若希は頑固じいさんの後ろ姿を見つめ、軽く首を振った。ハネムーンから戻ってきたら、孫を抱いて、このお爺さんの顔を腫れ上がらせるかもしれない。夕暮れが訪れ、披露宴が終わり、来賓たちが帰り、和泉夕子と霜村冷司が船に乗り込んだ。彼はこの新婚旅行のため、一ヶ月のスケジュールを空け、特に大型クルーザーを購入していた。伝え聞くところによれば、彼女を世界一周旅行に連れて行きたかったらしいが、霜村氏の社長として時間に余裕がなく、一ヶ月だけと決めたのだった。船が出発する前に、沙耶香、杏奈、穂果ちゃんが用意した新婚祝いの贈り物を二人に手渡した。沙耶香と穂果ちゃんのは小さなスーツケース2つ、杏奈のは大きな赤いトランクだった。杏奈は和泉夕子に、夜お風呂に入る前にだけ開けるよう、それ以外の時間は開けないようにと何度も念を押した。和泉夕子は中身が何か分からなかったが、杏奈がそんなに神秘的な様子なので、なんとなく変だと感じていた。彼女がもう少し杏奈に尋ねようとすると、沙耶香がさらに大きなスーツケ
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第732話
落日の光が彼に降り注ぎ、淡い金色の輝きを纏わせ、柔らかく、そして眩しく輝いていた。ウェディングドレスを着た和泉夕子は、暖かな黄色い光の中で、ドレスに散りばめられたダイヤモンドが徐々に淡い青色の光を放ち始めた……船の下にいた人々はこの光景を見て、このウェディングドレスがなぜ傑作と呼ばれるのか、ようやく理解した。夜になると、光に照らされ、海と溶け合うような色彩、淡い青い光を放ち、その美しさは極みに達していたのだ。和泉夕子が自分のウェディングドレスをぼんやりと見つめていると、霜村冷司は待ちきれず一歩前に出て、彼女の手を引き、船の最上階へと急いだ。「どうしてそんなに急ぐの？」彼女を引っ張る男性は目を伏せ、彼女の白い首筋と、その下にかすかに見える胸元に視線を走らせた。「どうしてだと思う？」「夕日を見るため？」「君を見るためさ」和泉夕子がまだ何かを聞こうとした瞬間、体が宙に浮き、重いウェディングドレスごと男性に抱き上げられた。霜村冷司は手慣れた様子で彼女を4階まで抱えて行き、閉まった大きなドアを一蹴りで開け、素早く中に入った。和泉夕子が部屋の様子をよく見る間もなく、彼女は丸い大きなベッドに下ろされた。霜村冷司は彼女に覆いかぶさり、清らかとは言えない目で彼女の上下する胸元を数秒見つめた後、突然我を忘れたように狂おしくなった。男性が頭を下げてキスしようとしたとき、和泉夕子は手で押しとどめた。「まだメイクも落としてないし、お風呂にも入ってないのに、そんなに急がないで……」新婚初夜は、もう少しロマンチックにして、良い思い出を作りたかった。いつものように、すぐに情熱的になるだけじゃなくて！しかし待ちきれない彼は、彼女の手を払いのけ、片手で彼女の両手首を捕まえ、頭上に固定すると……再び頭を下げ、彼女の赤い唇を強く吸い、まるで長い干ばつの後の恵みの雨のように、彼女に触れることで心の渇きを癒やしていた。神のみぞ知る、先ほどの結婚式で、肌を露にした和泉夕子を見たとき、何度彼女を押し倒したいと思ったことか。彼女に完璧な式を与えたい一心で我慢していたが、今は遅くない。これから一ヶ月彼女を愛せるのだから。彼が彼女を押さえつけ、狂おしくキスする姿を見て、和泉夕子はこの一ヶ月の新婚旅行はベッドの上で過ごすことになるのではと思い、泣きたい気持ちになった。彼女がそう思
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第733話
和泉夕子は赤く染まった顔で唇を開いた。「あ……」彼女は声を出そうとしたが、どうしても言葉にならなかった。「もう……言えないよ」彼女は熱くなった顔を手のひらで覆い隠した。隠れば恥ずかしさも消えるだろうと思って。「ん？言えないの？」男性が彼女の耳を軽く噛みながら、熱い唇が敏感な肌に触れると、彼女の体は震えた。彼女は首をすくめて逃れようとしたが、熱い吐息が耳元に吹きかけられ、逃げ場がなかった。「後でね、絶対言わせてあげる—」霜村冷司は絡まった紐を一気に引っ張り、何人もの衣装係が着せるのを手伝ったウェディングドレスを簡単に解いてしまった。長い指でドレスを持ち上げて脇に投げると、欲望に満ちた目で、胸にシールだけを貼った女性を見た。彼はそれを初めて見たかのように、綺麗な眉を少し寄せた。「これは何？」和泉夕子は彼が理解していないのを見て、赤い顔で冗談を言った。「痴漢防止の秘密兵器よ」霜村冷司は彼女を一瞥し、微笑む目元から彼女が自分を皮肉っていることを読み取った。男性は口元を上げ、顔に浮かんだ優しい笑みは溺愛に満ちていた。彼は指先で意識的に彼女の最も敏感な部分を滑らせた。「奥さん、あなたは素直じゃない。少し罰が必要だね」低く掠れた綺麗な声は、まるで呪いをかけるかのようで、和泉夕子は身動きすらできず、彼の愛撫で呼吸が早くなっていった。彼女は上に乗る男性を見つめ、彼がスーツ姿で髪の毛一本乱れていないのに、自分はいつも先に乱れてしまうことに気づいた。少し悔しく思った彼女は、手を伸ばして男性の首に腕を回し、全身の力を振り絞って彼を下に押し倒した…このような時はいつも霜村冷司が主導権を握っていたが、今回は突然彼女が彼の上に跨ることになった。霜村冷司の目に一瞬の驚きが走り、すぐに喜びに変わった。「奥さん、自分で動きたいの？」和泉夕子は勇気を出して、彼の誘惑するような仕草を真似し、頭を下げて彼の耳を擦り、「一緒に、どう？」と言った。女性の芳しい体、香り立つ息、蘭のような吐息、温かく熱い息が電流のように流れ、男性の下腹部を熱くさせた。彼は手を伸ばして彼女の手首を掴み、主導権を取り戻そうとしたが、女性は彼のシャツのネクタイを掴み、恥じらいながらも笑って言った。「焦らないで、私がするから」「ん？」男
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第734話
「あなた」と呼ぶ声は本当に恥ずかしげで、霜村冷司は彼女を許すどころか、さらに激しく求めた。一晩中、何度も繰り返し、ベッドの上だけでなく、バスルームでもプールでも床の上でも。船が航行中に何度か揺れたが、その揺れは二人が……ちょうどその瞬間だった。もし誰かがガラス越しに船内の光景を見たなら、きっと胸が高鳴り、顔を赤らめたことだろう。夜明け前、和泉夕子は男性の息遣いが次第に荒くなるのを聞いた。そして――彼女の赤い唇が含まれ、その強い力に、彼女は思わず切れ切れの嬌声を漏らした。全身の力が抜けた瞬間、彼女を膝の上に抱き上げた男性は、耳たぶを噛みながらすかした。「奥さん、もう一回しよう」この男性は、結婚してから、まるで体内の獣性を完全に解き放ったかのようで、一度また一度と、際限なかった。和泉夕子は彼の肩に顔を埋め、唇を開いて力なく言った。「霜村冷司、一ヶ月触れないで！」まだ一ヶ月彼女を求めたかった男性は、この言葉を聞いて、濃い眉を少し上げた。「奥さん、一ヶ月は長すぎるよ、一週間はどう？」和泉夕子は小さな爪先で彼の背中を軽く引っ掻いた。男性は「痛っ……」と声を漏らした。「私も痛いわ」あそこはもう腫れているはずなのに、彼がまだ求めるなんて、どうかしてる！彼女が痛いと言えば、霜村冷司はもう求められなかった。抑えきれない欲望よりも、妻の体が一番大事だから。男性は彼女を丸いベッドに寝かせ、掛け布団をかける前に、彼女の下の部分を確認した。そこが赤く腫れているのを見て、霜村冷司の目には心配の色が満ちた。「奥さん、薬を持ってくるよ」和泉夕子は赤くなった顔で行かないでと言おうとしたが、彼はすでに立ち上がっていた。霜村冷司はすぐに薬を持ってきて、とても自然に彼女の下の部分に塗ってあげた。和泉夕子は落ち着かない様子で、掛け布団を引っ張り、顔を布団の中に隠した。彼女のそんな恥ずかしがる姿を見て、男性の下腹部にはまた熱い流れが走った。彼は急いで薬を塗り終え、立ち上がってバスルームへと急いだ。一分もしないうちに、バスルームからザーッという水の音が聞こえてきた。シャワーヘッドの下で、冷水に全身を震わせながら、男性は徐々に落ち着いていった。和泉夕子はとても疲れていて、霜村冷司が出てくる前にうとうとと眠り
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第735話
「彼はあの船の上で、お迎えしています」霜村冷司は沢田の指す方向に目を向け、彼らと並んで進む大型船を見た。その船のデッキには、ベレー帽をかぶり、全身から優雅な雰囲気を漂わせる男性が立っていた。彼は霜村冷司を見ると、頭のベレー帽を取り、軽く口角を上げ、淡々と微笑んだ。霜村冷司の柔らかな表情は一瞬にして暗くなり、鷹のような鋭い目に殺気が宿った。「彼はどうやって私の航路を知ったんだ？」「水原さんの船は、私たちの船が出発した後について来たようです」つまり彼が城から出発した時から、水原さんはずっと彼を追っていたのだ。霜村冷司はこのような支配され、監視される感覚が嫌いで、顔色はますます悪くなった。その船の上の水原さんは、口を動かしたが音を立てず、霜村冷司はその唇の動きを読み取った。彼は拳を握りしめ、振り返って、ベッドで甘く眠る女性を見つめた。数秒後、霜村冷司は身を翻し、冷たい声で沢田に命じた。「必ず彼女を守るように」霜村冷司はそれだけ言い残し、沢田の腰からピストルを抜き取り、一団のボディガードを連れてその巨大船に乗り込んだ。五十代を過ぎた男性は手入れが行き届き、張り詰めた中にも余裕のある雰囲気で、優雅で紳士的に見えた。彼は霜村冷司が船に乗り込むのを見て、落ち着いた顔に少し笑みを浮かべた。「冷司、ご結婚おめでとう」水原さんは幼い頃から彼を育て、銃の撃ち方を教え、戦略的思考を教えてきた。霜村冷司は彼に会うたびに尊敬の念を抱いていた。今や、その尊敬の念は、水原さんが水原紫苑を送り、和泉夕子を誘拐し、自分を脅した瞬間から完全に消え失せていた。彼は手の銃をしっかりと握り、表情を変えずに冷たく尋ねた。「何の用だ？」水原さんは革手袋をした手を上げ、彼の肩を軽くたたいた。「もちろん、君の結婚を祝いに来たんだよ」霜村冷司は銃で彼の手を払いのけ、彼をじっと見つめ、軽く鼻を鳴らした。「そうかな？」結婚を祝うのに、彼を尾行し、さらに大型船で彼の船に衝突させるだろうか？水原さんは優雅に微笑んだ。「もちろん、それと闇の世界の件について、君と話し合いたいことがある」……和泉夕子は電話の呼び出し音で目を覚ました。彼女はぼんやりと手を伸ばし、携帯電話を探った。画面を見ることもなく、応答ボタンをスライドさせた。中
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第736話
彼女は携帯電話を置き、部屋を見回したが、霜村冷司の姿は見当たらなかった。彼が目覚めた後、食事に下りたのだろうと思い、視線は部屋の中にある数個の大きな箱に落ちた。彼女は力なく柔らかくなった足で無理やり起き上がり、下半身が裂けるような痛みに、思わず歯を食いしばった。霜村冷司はあまりにも容赦なかった。毎回の行為は命を取るかのように激しく、彼女は耐えられないほどの痛みを感じていた。それでも、その瞬間の体験は心地よく、ただ後になって、少し耐えられなくなるのだが……彼女は壁を伝いながら、一歩一歩箱の前まで歩き、苦労して屈みこんでから、スーツケースを開けた。杏奈が夜にお風呂に入る前に行李を開けるよう言っていたことを覚えていた。昨夜は霜村冷司があまりにも急いでいたため、開けるのを忘れ、何かを見逃したかもしれない……彼女は少し期待と興奮を感じながら、箱を開けた——中には薬と一組の黒い下着、三点式のレース付きの露出度の高いものが詰まっていた。杏奈が最近ちょっと大胆になってきたな、こんなものを送るなんて、まだ彼女が十分に苦しめられていないと思っているのだろうか？彼女は三点式を脇に投げ、下の方を少し探ってみた……探らなければよかったものを、一度見ただけで和泉夕子の顔は真っ赤になった。様々なベッドグッズや愛の道具が……それにくわえて、使用説明書までついていた？和泉夕子は赤面しながら、杏奈がスーツケースの壁に貼ったメモを手に取った。「夕子、霜村社長と一緒に頑張って、早く子供を授かってね」もういい、見るに堪えない。和泉夕子はパタンと音を立ててスーツケースを閉じた。視線は沙耶香が送った箱に移った。沙耶香は医者ではないから、そんなに急いで子供を望んでいるわけではないだろう？彼女は少し恐れつつも期待しながら、ゆっくりと沙耶香のスーツケースを開けた……さすが杏奈の友達、送ってきたものがまったく同じだった！和泉夕子は再びパタンと音を立ててスーツケースを閉じ、次に穂果ちゃんのを見た……子供からの新婚祝いは、そんなに不健全なものではないだろう？彼女は素早く開けると、中身は確かに清潔で、三枚のキャッシュカードと、その上に貼られた三枚の付箋だけが入っていた。最初のカードは沙耶香のもので、こう書かれていた。「夕子
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第737話
「違う。春日望はずっと前に亡くなった」「あの若く見える女性は、彼女ではない」水原さんが和泉夕子を見つめて呆然としている様子に、霜村冷司の表情がわずかに変わった。「水原さん、私の妻を知っているのですか？」水原さんは我に返り、剣のような眉の下の目から素早く感情を隠した。「彼女が君の新婚の妻か？」水原さんは質問に答えず、逆に尋ねた。「君は彼女のことを調べなかったのか？」彼は自分を監視しているのではなかったのか？どうして彼の妻の背景を調査していないのか？水原さんは振り返り、彼に警戒心を抱いている霜村冷司を見つめた。「冷司、私は君を実の息子のように扱っている。どうして君の妻を調査したりするだろうか」霜村冷司の目に浮かんだ疑惑の色は一瞬で消えた。水原さんが彼を扱う様子は、確かに実の息子よりも良かった。彼は子供の頃、それに疑問を感じていたが、大人になるにつれ、おそらく彼に利用価値があると思われていたのだろうと考えるようになった。しかし水原さんは彼を過度に利用することもなく、与えられた任務さえも彼がビジネス界を席巻するのを助けるものだった。霜村冷司が頭を下げて考え込んでいるとき、水原さんは体を横に向け、彼の肩をポンと叩いた……「冷司、君の新婚の妻は、かつて容貌を損なう前の春日家の次女にそっくりだ」「彼女と結婚する前に、彼女の身元を調べなかったのか？」霜村冷司の体が固まり、顔を上げて和泉夕子をゆっくりと見つめた。船の上の女性は彼が見ていることに気づき、急いで手を挙げ、彼に向かって無邪気に手を振った。「彼女の身元は孤児で、春日家の次女とは何の関係もない」たとえ関係があったとしても、それがどうした。彼女は彼の妻だ。誰も彼らの愛を邪魔することはできない。「よく調べておいた方がいい。後で君の若い妻が、また霜村家に追い詰められて死んでしまわないようにね」霜村冷司はその言葉を聞き、表情が凍りついた。美しい濃い眉も一瞬で寄せられた。「また、とはどういう意味だ？」霜村家が誰かの妻を死に追いやったことがあるのか？「私のチェスの駒が全て動き終わったら、誰が死に追いやられたのかわかるだろう」水原さんは謎をかけるように、手に持っていたベレー帽を頭に被ると、再び彼の肩を叩いた。「冷司、半年後にまた会
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第738話
「夕子、さっきの方はSの組織のメンバーで、私に少し用があったんだ」霜村冷司は少し躊躇った後、重要なことを避けて軽く伝えただけで、具体的な内容は彼女に話さなかった。暗場はとても危険な場所だ。この半年間、和泉夕子に彼のことを心配させたくなかった。「あの方が水原さんなのね……」和泉夕子は遠ざかる船を見つめてつぶやいた後、振り返って霜村冷司に尋ねた。「彼はどんな用事があったの？」水原さんが水原紫苑を使って彼女を誘拐させ、霜村冷司を脅そうとしたものが失敗し、今度は直接彼に会いに来たということは、何か重大な事があるに違いない。「Sの内部の問題だよ。君は心配しなくていい」彼が話しにくそうにしているのを見て、和泉夕子はこれ以上聞かないことにし、代わりに彼の腕を取った。「冷司、屋上に行きましょう。プレゼントがあるの、あなたに渡したくて」「なんて呼んだ？」霜村冷司は片手で彼女の腰を抱き、あごを持ち上げて、静かに彼女を見つめた。「あ・な・た」この言葉はまだとても慣れず、口から出すのが難しかった。「覚えておけ、私はあなたの夫だ。君は一生そう呼ぶんだ」霜村冷司は指先で彼女の頬をつまみ、目には強さと支配欲が滲んでいた。「次に君が忘れたら、そのたびにベッドで罰を与える。忘れなくなるまでね」和泉夕子はあごを上げ、微笑みながら彼を見つめた。「あなたさっき私のことを夕子って呼んだじゃない。奥さんって呼ばなかったわ。罰を受けるべきじゃないの？」「じゃあ……君にベッドで私を罰してもらおう」「？」もういい、言葉の応酬では霜村冷司に勝ったことがない。自分で墓穴を掘るのはやめよう。彼女は彼の腕を取り、上の階に向かおうとしたが、一歩も踏み出す前に、体が急に宙に浮き、くるりと回されて彼の腕の中に落ちた。男性はお姫様抱っこのスタイルで彼女を横抱きにすると、長いまつげを伏せ、目尻に笑みを浮かべながら、彼女の白い顔を見つめた。「下に薬を塗ったばかりだから、歩くのは辛いだろう」和泉夕子の耳先が、見る見るうちに真っ赤になった。特にデッキに整列した大勢のボディーガードたちを見た時には、血が滴り落ちるほど赤くなった。この男は言葉があまりにも露骨で、昨夜どれほど激しかったかを全世界に宣言しているようなものだ！和泉夕子は恥
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契約終了、霜村様に手放して欲しい 第930話
兄が自分のために仇に譲歩したのを見て、大野佑欣はさらに激しく泣いた。「お兄ちゃん......本当に優しいのね......」大野皐月はため息をついて言った。「たった一人の妹はなんだからさ」妹が兄を守るなんて、聞いたことがあるか？彼らの家はそうだった。小さい頃から、何かあるたびに、大野佑欣が彼を守ってくれた。父が大野佑欣に武道を習わせたのも、彼を確実に守れるようにするためだったと言えるだろう。大野佑欣自身もそのことを理解していたが、少しも嫌がらずに、むしろ彼を守ること最優先にしてくれていた。妹は彼にこんなに良くしてくれたんだ。彼も妹にはとことん恩返しがしたい。そうでもなければ、これまで妹が武道で負った傷にどう埋め合わせをしたらいいのだろう。大野佑欣も同じように考えていた。兄がこんなに良くしてくれるのに、その好意を無限にすることなどできるはずがない。「私は彼とは結婚しないわ」彼とは家柄も釣り合わないし、何せ彼は自分を騙したのだ。彼の心に自分なんて存在しない。霜村冷司の命令で仕方なく結婚するなんて、そんな結婚に何の幸せがあるのだろうか。大野佑欣は兄に断言した。「彼を見つけて復讐したら、きっぱりと縁を切るわ。それからお父さんの言うことを聞いて、お見合いをする。そうすれば、将来、お兄ちゃんが霜村さんと戦う時の助けにもなるし......」大野皐月はきゅっと唇を結んだ後、ゆっくりと微笑んだ。「私に女の助けはいらない」大野佑欣が何か言おうとした時、大野皐月からまたティッシュが飛んできた。「顔を拭け。汚らしいぞ」ティッシュを受け取った大野佑欣は、泣き笑いしながら思った。こんなに良い家族がいるんだから、男なんていらない。あんな男なんか、くたばってしまえばいい！大野皐月の車がブルーベイを出て行った後、物陰に隠れていたマイバッハがゆっくりと出てきて、ブルーベイの門の前に停まった。グレーのスーツを着た水原哲が運転席のドアを開けて降り、助手席側へ回り込んでドアを開けると、赤いタイトスカートを履いた水原紫苑が降りてきた。彼女は坂道を下っていく車を見ながら、水原哲に言った。「お兄ちゃん、あなたの仇は、意外と弱そうね。私に任せてくれない？」片手をドアにかけた水原哲は、冷たく言った。「関わるな。あいつはキレると手がつけられない」大野
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第929話
霜村冷司もこの方法がまずかったと思っているようだった。珍しく大野皐月を非難せず、逆に提案をした。「君の妹が沢田と結婚する意思があれば、大野家に縁談を申し込ませよう」沢田のSメンバーとしての身分を解除し、安心して家庭を築かせることも、霜村冷司が闇の場へ行く前の計画の一部だった。二人が愛し合っているなら、前倒しで沢田をSから脱退させるのも不可能ではない。大野佑欣は霜村冷司がこんなことを言うとは思っていなかったので、少し驚き、何か言おうとしたが、大野皐月の方が先に口を開いた。「フン、たとえ私の妹が一生嫁に行けなくても、お前の部下になどには絶対に嫁がせん！ただのボディーガードの分際で大野家に取り入ろうとするとは、身の程知らずもいいところだ！」相川泰はそれを聞いて眉をひそめた。沢田はSメンバーであり、夜さんの右腕でもある。普通のボディーガードとは比べ物にならない。大野皐月の目は節穴か。「お前の妹はあんなに気が強いんだ。沢田くらいしか相手にしてくれないだろうに。沢田のことを身の程知らず呼ばわりするとは。身の程知らずなのはお前の妹の方じゃないか！」一旦落ち着いた雰囲気は、相川泰の一言で再び緊迫したが、大野佑欣が左フック一発で相川泰をノックアウトした。拳を収めた後、彼女は振り返り、霜村冷司に言った。「彼に伝えて。世界中の男が死んでも、私は彼とは絶対に結婚しないわ！」妹が自分と同じ考えだと知り、大野皐月はさらに勢いづいた。顎を上げて、霜村冷司を睨みつけた。「霜村、私の妹をいじめたことは絶対に許さない！」「じゃあ、お前はどうするつもりなんだ？」「沢田を私に引き渡せ。さもないと、ブルーベイを潰すぞ」ブルーベイは霜村冷司が和泉夕子に贈った新居であり、内装は全て彼女のデザインによるものだった。大野皐月が潰せるなど、まさに絵空事だった。「同じことは二度と言わない」霜村冷司はこの言葉を残し、和泉夕子の手を引いて立ち去った。大野皐月がどんなにボディーガードを掻き分けてドアを蹴ろうとも、振り返ることはなかった。和泉夕子は霜村冷司とは違い、振り返った。妹のために必死になっている大野皐月を見て、少し羨ましく思ったのだ......彼女もこんな兄が欲しいと思った。でも、彼女は春日家の人間ではない。大野皐月は彼女の兄ではないし、春日琉生も彼女の弟ではない
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第928話
沢田がどんな方法で大野佑欣に近づいたのか、相川泰と和泉夕子は知らなかった。知っているのは、霜村冷司だけだった。「沢田はいない。探したいなら、自分で連絡してみたらどうだ？」「連絡が取れるんだったら、こんなところに来たりしません」大野佑欣は湧き上がる怒りを抑え込み、拳を握りしめながら霜村冷司の前に歩み寄った。「彼は一体どこにいるんですか？」彼女より20cmも背の高い霜村冷司は、目線を落とし、冷ややかに彼女を一瞥した。「知らない」沢田はこの任務を終え、Sの本部に直帰した。だが、Sのことは、霜村冷司が簡単に他人に話すはずもなかった。大野佑欣の顔色は変わり、怒りで胸が激しく上下した。それでも理性を取り戻そうと努めながら、霜村冷司に詰め寄った。「あなたが彼を私へ近づかせ、誘惑し、騙させたくせに、どこにいるか知らないなんて言うんですか？」霜村冷司の濃く長いまつげが、かすかに動いた。沢田が最終的に彼女に近づいた方法が、まさか「色仕掛け」だとは、霜村冷司も思ってもみなかった。この方法は霜村冷司が出したものではないが、送り込んだのは彼だ。多少なりとも責任はある。霜村冷司が口を開こうとしたその時、大野佑欣の後ろに立っていた男が、突然前に出てきて彼女の腕を掴んだ。「何だって？霜村がお前を誘惑するために人を送り込んだって？」兄に見つかってしまった以上、大野佑欣には他に何も隠すことはなく、ただ頷くことしかできなかった。大野皐月は一瞬驚いた後、大野佑欣の両肩を掴み、彼女の体をじっと見つめた。「あの、沢田という男に何かひどいことはされてないか？」幼い頃、大野皐月は体が弱かったが、反対に妹は丈夫で活発だったため、父は妹をテコンドー教室に通わせた。妹はそれをきっかけに格闘術に興味を持ち、テコンドーを習得した後、さらにボクシングを習い始めた。そして、めきめきと上達していった結果、いつしか、誰もが恐れる大野家のお嬢様になってしまった。大人になってからは、幾つかの名家の御曹司とお見合いもしたが、どの御曹司も、彼女としばらく付き合うと、怖がって逃げてしまった。というのも、彼女はあまり自分の気持ちをうまく表現できず、何か嫌なことがあれば、すぐに手が出てしまうからだった。大野皐月はこの点をむしろ評価していた。女の子はこうやって自分
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大野皐月は躊躇ったが、回りくどい言い方をやめ、単刀直入に言った。「もし私たちと母さんの骨髄や心臓が適合すれば、彼女は迷わず私たちに移植するように言うだろう。さらには、私の目の前で、なぜ自分の子どもなのに臓器が適合しないんだと嘆いていたんだ。しまいには......お前の命も顧みず、夕子の心臓を奪ってこいとも言われたんだよ」大野皐月は視線を落とし、衝撃を受けている妹を見つめた。「佑欣、母さんは心臓が適合しないって分かっていながら、他人の心臓を奪ってこいとお前に言ったんだ。これはもう、狂っているとしか言いようがない。あの人はもう、昔のような優しい母さんなんかじゃない。目を覚ませ......」大野佑欣は首を横に振った。「そんなはずないわ。お母さんが、そんなことを言うはずがない」口を挟むつもりはなかった和泉夕子だったが、自分の心臓を守るため、口を開いた。「大野さん、彼が言っていることは、本当のことなんです。彼女はあなたたちの臓器が適合しないことを嘆いていました」この決定的な発言に、大野佑欣は雷に打たれたような衝撃を受けた。そして、全く受け入れられないという様子で、真っ青な顔で和泉夕子と大野皐月を交互に見つめることしかできないのだった。彼女がまだ信じられない様子なので、和泉夕子は提案した。「もう一度私の血液を採取して、検査をしてみてはどうでしょうか。きっと、私の言葉より医師の言葉の方が信憑性があるでしょう」大野佑欣は目の前の落ち着いた表情を見つめ、数秒ためらった後、首を横に振った。「結構よ、お兄ちゃんの言葉を信じるわ」これまで、この骨の髄まで彼女を可愛がってくれた兄が、彼女を騙したことは一度もなかった。それに、兄は母をとても愛していて、ドナーを見つけるために、躁鬱病を抱えながらも世界中を駆け回っていた。こんなにも親孝行な人が、どうして自分の母親を悪く言うだろうか。きっと、本当に母が自分でそんなことを言ったに違いない......もし和泉夕子の骨髄や心臓が適合すれば、兄はどんな犠牲を払ってでも、そのドナーを確保しようとするはずだと、彼女は確信していた。彼女は霜村冷司の妻だから、兄はなおさらためらうことなく、手出しをするだろう。しかし、兄は彼女に手出ししなかった上に、自分が罪を犯すのを止めるため、わざわざ帰国までしたのだ。だから本当に、
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第926話
和泉夕子が城館を出て、鉄格子越しに見てみると、相川泰と大野佑欣が激しく取っ組み合っているのが見えた。沢田が戻ってきた時に、大野皐月の妹、大野佑欣は喧嘩がとても強いと聞いていたが、和泉夕子は信じていなかった。しかし今、実際に現場を目の当たりにし、彼女は驚愕した。180cmを超える大男の相川泰でさえ、大野佑欣のパンチに押されている。「大野さん」鉄格子越しに優しい声が聞こえ、大野佑欣は握りしめていた拳をゆっくりと開いた......彼女は体を起こし、振り返って、鉄格子の中に立っている和泉夕子を見た。「あなたが和泉夕子さん？」「ええ」陽光の下に立ち、軽く頷く彼女の姿に、大野佑欣は少しぼんやりとした。こんなにも生き生きとした命を、どうして奪えるだろう。でも、母親を失いたくもない......大野佑欣は数秒迷った後、和泉夕子に近づこうとしたが、相川泰に止められた。「奥様に近づくな。でないと、容赦しないぞ......」彼は女には手をあげないと決めているため、大野佑欣に手加減をしていたが、もし彼女が奥様に危害を加えようものなら、容赦はしない！大野佑欣は相川泰を一瞥したが、全く気にせず、大きな目で鉄格子の向こうにいる和泉夕子を見つめた。「霜村奥さん、少し外に出て話せますか？」「ごめんなさい。それはできませんわ」和泉夕子はきっぱりと断った。「あなたが来た目的は知っています。ここで話しましょう」大野佑欣は彼女を外に連れ出して拉致するつもりだったが、和泉夕子は彼女の目的に勘づき、警戒していた。「あなたのお兄さんから電話があったんです。あなたが私の心臓を奪いに来ると」なるほど。だからブルーベイに、屈強なボディーガードが配置されていたのか。まさか、兄が事前に連絡しているとは思いもしなかった。兄に先手を打たれた大野佑欣は、相手が全て知っているのを見て、潔く認めた。「ええ、その通りです。私はその目的でここに来ました」和泉夕子は唇の端を上げ、困ったように微笑んだ。「大野さん、医師は既に私の血液を採取し、適合検査を行い、あなたのお母様とは適合しないことが結果として分かっています。だから、無理やり私の心臓を奪って移植しても、無駄なんです。しかも、適合しないドナーの臓器を移植すれば、拒絶反応で、あなたのお母様はすぐ
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和泉夕子は少し驚き、そして恭しく言った。「新井先生の先生だったのですね......」大田は湯呑みを置くと、謙遜するように手を振った。「先生なんてそんな大層なものではないよ。私はたった数年間彼女を指導し、その間にたくさんの医学賞をとらせてあげたってだけ。私なんか、本当にたいしたことないよ......」隣に座っていた霜村爺さんは杖で床を突き、「もったいぶるな、早く脈を取れ！」と言った。大田は彼を睨み、「いい歳をしていつも仏頂面をしていると、痔になるぞ！」と言った。夕子の前で痔になるなどと揶揄され、霜村爺さんは激怒した。「大田、年甲斐もなくはしゃぐな！」和泉夕子は笑いをこらえ、手を差し出して二人の言い合いを仲裁した。「大田先生、脈診をお願いします。私がまだ治療できるかどうか......」霜村爺さんに言い返そうとしていた大田は、和泉夕子が手を差し出すのを見て口をつぐみ、脈診を始めた......しばらくして、大田は顔を上げて和泉夕子に尋ねた。「薬をたくさん飲んでいるようだが、止められるか？」和泉夕子は首を横に振った。「心臓の拒絶反応を抑える薬と、目の治療薬は、どちらも止められません」大田は思わず彼女の心臓に視線をやった。こんな若いのに心臓移植をしているとは、どうりで体が弱々しいわけだ。和泉夕子は彼が黙っているので、霜村爺さんの顔色を窺いながら、緊張した面持ちで尋ねた。「私は......まだ子供を産めますか？」大田は脈診を終え、彼女を一瞥した。「大きな手術を何回受けたか？」和泉夕子は正直に答えた。「大きな手術は2回です。どちらも心臓に関するものです。その他、小さな手術も......」彼女が何度も手術を受けていると聞いて、霜村爺さんは眉をひそめた。「手術のせいで、子供が産めなくなったのか？」大田は診察バッグに小さな枕をしまいながら、首を横に振った。「手術とは関係ない。奥さんは不妊症ではない。子供を産める」医師の言葉に、霜村爺さんと和泉夕子は二人とも安堵した。大田が何か言おうとした時、新井さんの慌てた声が外から聞こえてきた――「奥様、外にとても強い女性が！ボディーガードたちが全員やられてしまいました！早く！」和泉夕子は大野皐月の妹が来たと分かり、急いで立ち上がった。「おじいさん、大田先生、少しお待ちください
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第924話
翌日の昼、和泉夕子はデザイン画を描き終えると、穂果ちゃんにビデオ通話をかけた。「穂果ちゃん、今日は学校でご飯ちゃんと食べた？」「うん！美味しいご飯がいっぱいあるよ！でもね、空が、いつも私のタルトを横取りするの！」穂果ちゃんは何度も柴田空と同じ学校に通うのは苦痛だとこぼしていた。それを聞いて、和泉夕子は穂果ちゃんに転校するかどうか尋ねた。穂果ちゃんはこの街で一番の学校だから転校したくないと言った。柴田空からは最後まで逃げないと決意した穂果ちゃんは、最後まで戦い抜く、そうでなければ池内思奈じゃない、と言った。和泉夕子は彼女に何も言えず、ただ姪の根性はなかなか良いと思い、好きにさせることにした。「穂果ちゃん、今度空がタルトを横取りしたら、分けてあげるから取らないでって言ってみなさい」「うん、今度やってみる。それでも言うことを聞かないで、私のタルトを横取りするなら、隅っこに連れて行って、思いっきり殴ってやる！」和泉夕子は穂果ちゃんに暴力を振るわないように言おうとした時、ビデオ通話の向こうから、先生がお昼寝の時間だと子供たちを呼ぶ声が聞こえてきた。「おばさん、もう行かなきゃ。小花先生と一緒にお昼寝する時間なの」小花先生は本当は華という名前の男の子で、とてもカッコいいなので、穂果ちゃんは何でも彼の言うことを聞く。「分かった。早く行きなさい」二人は手を振って別れを告げ、和泉夕子はビデオ通話を切った。食事をしに階下に降りようとした時、新井さんから霜村爺さんが来たと聞いた......階段の手すりを掴んでいた手が止まった。「新井さん、私がいないと言って......出かけているって......」言葉が終わらないうちに、玄関から力強い声が聞こえてきた。「なんだ？わしが怖いのか？」霜村爺さんの声を聞いて、和泉夕子はもう隠れることができず、仕方なく階下に降りてきた。「おじいさん、どうしてここに？」新しい杖を買った霜村爺さんは、和泉夕子の前に来ると、杖で床を突いた。「夫に許可をもらった」和泉夕子は彼がなぜ来たのかを尋ねたのだが、霜村爺さんは霜村冷司の許可を得てきたと答えた。もうそれ以上聞く必要はなかった。「夫」という言葉で、和泉夕子は霜村爺さんがなぜ家に入れたのか理解した。彼は彼女を認めたのだ。和泉夕子は霜村
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第923話
相手の声を聞いて、和泉夕子は一瞬固まった。まさか「バカ」が大野皐月だったとは。すぐに我に返り、「適合しないって言ったのに、どうしてまだ私の心臓が欲しいの？どうかしてるんじゃない？」移植したって無駄なのに。拒絶反応で即死するかもしれないのに。生きるためなら、どんな非常識なことでもするんだな。大野皐月もそれは理解していた。「母さんは少し精神的に参っているようだ。だが、妹は分別のある子だ。見つけたら、説得する」そう言われて、和泉夕子は怒りを抑え、「そうした方がいいわよ。でないと、私が怒ったらどうなるか、知らないんだから！」なぜか、和泉夕子がそう脅した時、大野皐月の脳裏には、彼女が歯を食いしばって怒っている可愛いらしい姿が浮かんだ......そして、慌てて電話を切った！霜村冷司の女がどうしたっていうんだ？あんな下劣な想像をさせるなんて！大野皐月は携帯電話を投げ捨て、ソファに倒れこんだ。「ふん、体で男を釣る女なんて、霜村さんみたいなバカにしか相手にされないさ！」独り言を呟いていると、耳元にはまだ「私が怒ったらどうなるか、知らないんだから！」という言葉が響いていた......そして再び、彼女が怒っている可愛いらしい姿が脳裏に浮かび、大野皐月は爆発した！「ちくしょう！私はきっと頭がおかしくなったんだ！」彼は携帯電話を取って医師に電話をかけようとしたが、南から電話がかかってきた。「大野様、お嬢様が空港に向かいました。きっと帰国するつもりです。私は彼女に勝てません、止めることもできません。どうしましょう？」「......」大野皐月は眉をひそめて考え、冷たく言った。「専用機を準備しろ。私が戻って彼女を止める」霜村冷司が浴室から出てくると、和泉夕子が彼の携帯電話を持っているのを見て、少し口角を上げた。「夕子、これは浮気調査か？」和泉夕子は携帯電話を握ったまま振り返り、「ええ、冷司が私に隠れて他の女と遊んでいるんじゃないかって」と答えた。霜村冷司は近づき、片腕で彼女の腰を抱き寄せ、自分の腕の中に引き寄せた。「何か見つかったか？」和泉夕子は穏やかな顔で微笑みながら、「残念ながら何も見つからなかったわ。ただ、バカって名前の人の妹が、私の心臓を奪いに来るみたいだけど」と言った。霜村冷司は伏し目がちに、冷たい視線を向け
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第922話
大野佑欣は驚いた。「兄さんは適合しなかったって言ってたじゃない？」適合しないなら、心臓を奪っても無駄だ。移植しても拒絶反応が出て、すぐに死んでしまうかもしれない。追い込まれ既に見境がなくなっている春日椿には、そんなこと全く関係がなかった。「彼女には春奈の心臓が移植されているわ。彼女に適合したのならば、私にだって適合するはずだわ。」春日椿がそう言った時、彼女の目に宿る陰湿な光に、大野佑欣は息を呑んだ。母親はいつも優しく上品だったのに、どうしてあんな表情をするのだろう？自分の見間違いだろうか？大野佑欣がもう一度よく見ようと顔を近づけた時には、春日椿は既に鋭さを隠し、か弱く無力な様子に戻っていた。「佑欣、お母さんがずっとそばにいてほしい？」「もちろんよ」そうでなければ、なぜ彼女と兄は世界中を駆け巡ってドナーを探しているのだろう？母親に生きていてほしい、ずっと一緒にいてほしいからに決まっている。「そう思ってくれるなら、お母さんのために春奈の心臓を持ってきてくれない？」「それは......」大野佑欣はためらった。春日春奈の心臓は、すでに和泉夕子に移植されている。つまり、和泉夕子は生きている人間だ。生きている人間の心臓を持ってくるなんて......「あなたも兄さんと同じで、私が生きていてほしくないのね......」「そんなことないわ！この世で私が一番大切なのはお母さんよ......」春日椿は震える手で、大野佑欣の手の甲を軽く叩いた。「お母さんもあなたと離れたくないからこそ、お願いしているのよ......」大野佑欣はまだ抵抗を感じていたが、何も言わなかった。春日椿はそれを見て、深くため息をついた。「先生は彼女の心臓があれば、私はあと数年生きられると言っていたけれど、あなたが嫌ならそれでいいわ。お母さんは、あなたに無理強いするつもりはない」「先生がそう言ったの？」医師は無理だと言ったが、春日椿は聞く耳を持たない。「ええ、先生は春奈の心臓は私と適合するから、移植できると言っていたわ」医療の知識があまりない大野佑欣は、少し迷った後、腰をかがめて、病気でやつれた春日椿の顔に触れた。「できるなら......お母さん、ここでゆっくり休んでて。私が夕子を連れてくるから......」もし霜村冷司が
