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第4話

Author: 畑ねこ
「……え?」

南嶋が状況を飲み込むより早く、春翔は大股で歩み寄ってきた。彼女の腕をつかみ、ベッドから引きずり下ろそうとする。

「白々しい顔をするな。俺をここへおびき寄せておいて、その隙に日和を連れ去らせたんだろう。ふん、なかなかやるじゃないか!」

「何をするんだい!」

妙子が杖をついて止めに入る。

「自分が何をしているのかわかってるのかい!南嶋はついさっき、死産……」

「だから、何だと言うんです?」

春翔が振り返った。これまでの彼は、怒ったとしても眉をひそめる程度の、抑制のきいた冷静な男だった。けれど今、その目には、南嶋が一度も見たことのない凶暴な光が宿っていた。

「大道寺家のしきたりは厳しいからと、お祖母様は日和を妻にはふさわしくないとおっしゃった。そうやって慎重に選び抜いたのが、こんな立派な妻だったんですか!?」

南嶋は下腹の激痛をこらえ、懸命に言葉を絞り出した。

「私は日和に何もしていない。あの子がどこへ行ったのかも知らない……」

妙子も慌てて言い添える。

「そうだよ。南嶋はずっと私のそばにいたんだ。電話1本かけちゃいない。日和がいなくなったのと関係あるはずないじゃないか!」

けれど春翔は少し下がり、値踏みするようにふたりを見据えた。

「知らない?昔、お祖母様が日和を海外へ行かせたときも、そうおっしゃいましたよね。俺は一度、日和が連れていかれるのを黙って見ているしかなかったんです。二度と、俺の目の届くところで日和には指一本触れさせません!」

そう言うと、彼は南嶋を見下ろし、蔑むように言い放った。

「言ってみろ。日和を連れ去らせてまで、何が欲しいんだ?腹の子を跡取りにすることか?それとも新婚旅行か、人前で仲睦まじい夫婦を演じてほしいのか?何でも付き合ってやるさ!」

南嶋は屈辱に目を閉じた。

「だから……本当に、知らないの」

春翔は小さく鼻で笑い、背後に向かって手招きした。

「南嶋、いい加減、嫉妬するのはやめろ。俺はお前に弁解する機会を与えた。それでも変わらないなら、これ以上、妻だからって庇うつもりはない」

黒服の護衛ふたりが南嶋の両脇を抱え上げた。妙子が止めるのも構わず車に押し込み、そのまま大道寺家の裏庭へ連れ戻すと、庭の奥にある氷のように冷たい池へ放り込んだ。

嫉妬に駆られて家の掟を破った者には、大道寺家では重い罰が科される。自ら離縁を願い出たときの試練とは、また違うものだった。それでも、日和が過ちを犯したときの罰よりは、はるかに重いものだった。

南嶋は縄で縛られたまま、身を切るような冷たい水に沈められた。冷気が肌を突き抜け、まだ癒えていない体の奥まで容赦なく染み込んでいく。

凍えて気を失いかけるたびに引き上げられ、照りつける日差しの下にさらされる。ようやく体温が戻りかけたところで、再び冷たい池に沈められる。

それを延々と繰り返し、南嶋が意識を失いかけても、仕置きは終わらなかった。

もともと傷だらけの南嶋の体に、そんな責め苦を耐え抜く力などなかった。朦朧としたまま失った我が子に呼びかけ続け、やがて、うわ言を口走るようになった。

「熱がひどすぎる」「このままじゃまずいんじゃないか」と、誰かが話す声がかすかに聞こえた。けれどそれも、次第に遠のいていった。

空が白みはじめたころ、ようやく春翔が姿を見せた。

「少しは頭が冷えたか。お前の性格なら、日和にそこまでひどいことはしないはずだ。いったい何を意地になっている?」

南嶋は力を振り絞って口を開いた。

「本当に……知らないの……」

言い終わらないうちに、遠くから女の声が響いた。

「春翔!」

次の瞬間、ひとつの影が春翔の胸に勢いよく飛び込んできた。

「目が覚めたら春翔がいなくて……もう、私なんかいらなくなったのかと思った……」

春翔は彼女をきつく抱きしめた。まるで自分の体に取り込んでしまいたいかのように。

「どこへ行ってたんだ?怪我はしてないか?あいつらに何かされなかったか?」

日和は顔を上げ、涙をいっぱいにためた目で首を振った。

「私は大丈夫。ごめんね。あのとき海外へ行ったのは、あなたから離れたかったからじゃないの。お祖母様に言われたの。私がこの家に残ったら、春翔が家を継ぐ妨げになるって。

足を引っ張りたくなかったの。あなたには、もっと立派でしっかりした奥さんがふさわしいと思ったから」

春翔は胸を痛めたように、さらに強く彼女を抱き寄せた。

「馬鹿だな。そんなことはどうでもいいんだ……」

どうでもいい?

南嶋の瞳に、悲しみがにじんだ。

この3年間、南嶋は世間知らずの少女から、誰もが認める大道寺家当主の妻へと成長してきた。

それなのに今、春翔は、3年間彼女を縛りつけてきたしきたりの数々を、どうでもいいと言うのだ。

結局、最初から自分が日和ではなかった。ただそれだけのことだったのかもしれない。

冷たい池の水面には、かすかに血がにじみ、辺りには血の匂いが漂っていた。今にも意識を失いそうになりながら、南嶋は抱き合うふたりを見つめた。その瞳には深い悲しみが宿っていた。

正式な妻は自分のはずなのに、夫の目には、ふたりの仲を引き裂いた悪女としか映っていない。

南嶋はゆっくりと目を閉じ、沈んでいく体を池の水に委ねた。冷たい水が、耳に、鼻に、口に流れ込んでくる。

息が詰まる。世界が、しんと静まり返っていく。

意識が完全に途切れる直前、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。

「南嶋っ!」

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