州平は海咲をしっかりと抱きしめ、その胸元から聞こえる力強い心臓の鼓動が海咲の耳に届いた。彼女は思った。この場所に来てから、州平はずっと自分のそばにいてくれた。実のところ、最初に七葉草を見つけた時、海咲は一人で取りに行こうと決めていた。それは、今まで星月のために何もしてあげられなかったという罪悪感からだった。だが、州平は迷わず彼女についてきてくれたのだ。やがて濃い霧が晴れ、二人は元の道を辿りながらイ族の拠点へ戻った。イ族では戦乱が起こり、ファラオたちは海咲と州平の安否を心から案じていた。特に海咲に対しては、どんな小さな傷も許すことができなかった。ファラオは彼女を見るなり、声を荒らげた。
白夜は、海咲の服に染みついた旅の埃と、充血した目元に気づいた。海咲は星月のためなら、どんなことでも迷わずやる。彼も本来なら一緒に行くつもりだったが、海咲の傍にはすでに州平がいた。仕方なく、白夜はイ族に残り、ファラオと共に星月の治療に専念していたが、まさかイ族が襲撃を受けるとは思ってもみなかった。その後、ファラオは研究室へ、彼は清墨の側に残ることになった。白夜の言葉を聞いて、海咲はようやく胸を撫で下ろした。清墨が無事なら、それでいい。その時、彼女はふと気づいた。清墨の傍らには、恵美がいた。以前、恵美は彼女を敵視していたのに、今は一歩も離れず清墨を見守っている。その姿は、まさに愛する人
白夜は心の中で密かに嘆いた。「残念だけど、州平にはなれない」彼はすぐに思考を断ち切り、現実に戻った。彼は州平にはなれない。彼は白夜だ。それでも、愛する人の隣に恋人として立てないなら、友人として、兄のような存在として彼女を支え続けるだけだ。この人生は、海咲のために捧げる。州平が薬を持って部屋に戻ると、海咲はすでに入浴を終えていた。濡れた髪が肩に垂れ、ほのかなバラの香りが鼻をくすぐった。州平はすぐにタオルを手に取り、彼女の髪を包み込んだ。「服を少し下ろしてくれ。薬を塗るから」「うん」海咲は彼の言葉に従い、服を少しずつ下ろした。州平は慎重に薬を塗り始めた。指先は丁寧で、時折吹きかける
明らかな現実として、たとえ彼女が認めなくても、周囲の人間は皆、ファラオが彼女の実の父親であることを知っている。ファラオが今ここで彼女の子供を救おうとしているのも、結局のところ血縁関係があるからに過ぎない。もし血が繋がっていなければ、海咲が誰であろうと、星月が誰であろうと、彼らが目の前で命を落とそうが、ファラオは目もくれないだろう。「外に出て、結果を待とうか?」州平は海咲をそっと抱き寄せながら提案した。彼女がここに居続けて、耐えられなくなり、余計なことを考え込むのを心配してのことだった。だが海咲は強い意志を見せて拒否した。「中毒じゃないって分かったなら、私はここに残るわ。星月が目を覚ます
星月は小さく首を振った。それでも彼は海咲の手をさらにしっかりと握りしめた。そして次の瞬間、彼はゆっくりと手を持ち上げた。州平はすぐにその手を取った。その瞬間、星月が何を求めているのか、すべてが明らかになった。海咲の胸に感情が込み上げ、声が震えた。「星月、ママは約束するわ。あなたが元気になったら、私たち家族でパパとママが育った場所に戻りましょう。ママが毎日、あなたを学校に送って迎えに行くわ。ママと一緒におじいちゃんやおばあちゃんに会いに行こうね。そこはあなたが今までいた場所とは違うの。戦火なんてないわ。毎日遊べるし、おいしいものもたくさん食べられる」星月は弱々しく頷き、喉を振り絞るよ
「過去のことはもう終わったんだ。昔のことを振り返るのはやめよう。今、俺たち一家三人が一緒にいて、星月の体調も少しずつ良くなっている。それが何より大事だ」州平は海咲の落ち込んだ表情に気づき、優しく声をかけた。星月の病状が良くなりつつあることを思い出し、海咲の心にも少し安堵が広がった。そうだ、過去の痛みに囚われるよりも、今を大切に生きるべきだと。間もなくして、肉粥が煮上がった。海咲は他のことを考えていたせいで、ぼんやりとしたまま直接鍋を掴んでしまった。「熱っ!」熱さに驚いて手を引っ込め、指を耳元に当てて冷やす海咲。「大丈夫か?」州平は慌てて彼女の手の様子を確認しようと前に身を乗り出した
「すぐに彼らをここに連れて来い」ファラオはS国のことを快く思っていなかったが、それでも海咲と州平の関係、そして彼らの間にいる星月の存在を考えると、S国に顔を立て、二国が良好な関係を保つことを選んだ。もっとも、もしモスが彼の大切な娘に対して少しでも不当な態度を取るようなことがあれば、ファラオは即座に態度を変え、容赦なく対抗するつもりだった。海咲の側では。彼女は星月を車椅子に乗せて庭に連れて行った。花粉の季節は既に過ぎ、さらに庭の花々はすべて厳選されているため、安心して星月を外に連れ出すことができたのだ。「ママ、この花、とっても綺麗だね。僕、こんな花見たことないよ」星月にとって外に出
しかし、全身に広がる痛みのせいで、寝返りすら苦痛だった。清墨は無意識にうめき声を上げた。恵美はその声に反応し、ハッと目を覚ました。そして、清墨が目を開けているのを見た瞬間、抑えきれない喜びが溢れ出した。「清墨若様、やっと目を覚まされたんですね!」清墨は恵美の顔を見た途端、昏倒する前のことが頭に浮かんだ。彼女が共に戦い、彼が倒れた時の心を引き裂くような悲痛な叫び声。そして、今の彼女の充血した目と疲れ切った顔。彼はすぐに気づいた。恵美はこの間ずっと自分のそばに付き添っていたのだと。唇を軽く引き結び、低い声で尋ねた。「海咲はどうなった?子どもは父上の治療で良くなったのか?」清墨は
「ありがとう」健太はそう言ったものの、実際はこの言葉を口にすること自体に抵抗があった。彼は海咲に「ありがとう」と伝えたくなかったし、彼女から「幸せでいて」と祝福されることも望んでいなかった。だが、どうしようもなかった。これが二人の間に訪れる最良の結末だったのだから。「これから予定があってね……また帰国した時、もし仕事のことで何かあれば、その時にまた会いましょう」海咲は微笑みながら、一言一言、完璧なタイミングで言葉を紡いだ。「わかった」健太は彼女が去っていく姿をじっと見つめていたが、その間、心臓が締め付けられるような痛みが徐々に増し、最後には大きな怪物に飲み込まれるような激痛に襲
当初、一緒に京城に戻った後、健太は藤田家に戻った。海咲は、健太が自分に寄せる想いや、彼がかつて自分に尽くしてくれたことを知っていた。だが、京城に戻ってからというもの、海咲は彼にメッセージを送る以外、直接会うことはなかった。それに、彼女が送ったメッセージにも健太は一度も返信をしてこなかった。海咲の「元気にしてた?」というたった一言は、まるで鋭い刃のように健太の胸を貫いた。――どうやって元気でいられるというのか? 健太が藤田家に戻った途端、彼の自由は奪われ、スマホも取り上げられた。イ族での長い過酷な生活の中で、彼の身体はすでにボロボロだったが、家族は彼の自由を制限し、無理やり療養さ
清墨がそう言い終えると、彼は恵美に深く真剣な眼差しを向けた。その瞬間、恵美はすべてを悟った。恵美は微笑みを浮かべながら言った。「大丈夫よ。あなたの力になれるなら、結婚式なんてただの形式に過ぎないわ」清墨は彼女の頭を優しく撫でると、続けて彼女の眉間にそっと一吻落とした。恵美の心はまるで静かな湖に小さな波紋が広がるように揺れ動いた。二人はその場で結婚式の日取りを一週間後と決めた。まず、イ族全土にその報せが発表され、次に親しい友人や家族に招待が送られた。これを聞いたファラオは、清墨の今回の迅速な動きに驚きつつ、彼に軽く小言を言った。「前に海咲と一緒に話した時、お前は『好きじゃない』
リンが同じ方法で清墨を彼女から奪い取ったように感じた。もしリンがもっと策略を駆使していたのなら、恵美も納得したかもしれない。だが、この状況で…… 恵美の心は言いようのない苦しさで満ちていた。彼女はその場でじっと見つめていた。清墨がどれほど丁寧にリンの世話をし、優しく薬を飲ませているのか。そして、清墨がリンのそばに付き添い、彼女が眠るのを確認してからようやく立ち上がり部屋を出てきたその瞬間、清墨は恵美と目が合った。清墨は唇を引き結び、低い声で尋ねた。「どうしてここに?」恵美は彼の背後、ベッドに横たわるリンを一瞥した。「彼女の存在なんて、今や秘密でも何でもないわ」現在、イ族中
清墨は状況を察し、ジョーカーを呼び出した。「リンを研究所に連れて行け」目的のために手段を選ばない者たちがいる。そのことを清墨はよく理解していた。リンは自分にこの情報を伝えるために命を懸けたのだ。リンは苦しそうに息をつきながら言った。「清墨先生、私のことは放っておいてください。治療なんて必要ありません」「相手がどう出るかはともかく、今最優先すべきは君の安全だ」清墨は厳しい口調で言い切った。その言葉にリンは心が温かくなるのを感じた。清墨が人道的な立場から彼女の命を気遣っていることはわかっていたが、それでも、彼の関心を自分に向けてもらえたことが嬉しかった。こうしてリンはジョーカーによ
清墨は身分が高貴でありながら、イ族の未来の発展や民衆のために、自ら身を低くし、薬草の見分け方や栽培方法を教え、さらには子供たちに読み書きを教えることも厭わなかった。あの時期、清墨は子供たちに贈り物を配っていたが、そのついでにリンにも小さな贈り物をくれたことがあった。そして、清墨はどんな性格の持ち主かというと―― 一度嫌った相手には、どんなに頑張っても心を開かない人間だった。もし彼女がここで間違った選択をしてしまえば、それは清墨の中での彼女の印象を完全に壊すことになるだろう。そうなれば、彼に嫌われ続け、彼女が一人で清墨を想い続けることになるのは目に見えていた。とはいえ、今のリンはこの場
清墨の言葉に、リンは言いたいことがいくつかあった。だが、彼女が何かを口にする前に、清墨が先に話し始めた。「今の僕は、すでに恵美に約束をした。男として、一度口にしたことは必ず果たさなければならない。それに、恵美に対して嫌悪感は全くない」リンは一瞬息を呑んだ。「責任」に縛られて異性を遠ざけていた清墨が、今は恵美と共に歩む決意をしている。そして、恵美の存在に嫌悪感どころか好意すらある。加えて、恵美は長い間清墨のそばにいた。「近くにいる者が有利」、「時間が経てば真心がわかる」という言葉が、これほど当てはまる状況はないだろう。リンの心は痛みに満ちていた。彼女はただの庶民に過ぎず、恵美とは地
話としては確かにその通りだが、恵美は長い間清墨に対して努力を重ねてきた。彼女が手にしたものをしっかり守るべきではないだろうか? しかし、恵美の様子はまるで何も気にしていないかのように見えた。その飄々とした態度に、目の前の女はどうしても信じることができなかった。「じゃあ、もし私が彼を手に入れたら、あんたは本当に発狂しないって言い切れるの?」恵美は口元の笑みを崩さずに答えた。「どうして?もしあなたが清墨の心を掴めたら、それはあなたの実力。そんな時は、私は祝福するべきでしょ」恵美がこれまで清墨にしがみついてきたのは、清墨の周囲に他の女がいなかったからだ。もし他の女が現れたら、彼女は今のよ
恵美は信じられないような表情で聞き返した。「私がやったことでも、あなたは私を責めないの?」清墨が突然こんなにも寛容になるなんて。それとも、彼女に心を動かされ、彼の心の中に彼女の居場所ができたのだろうか?彼女がここに根を張り、花を咲かせることを許してくれるということなのだろうか? 「そうだ」清墨の答えは、全く迷いのないものだった。恵美はそれでも信じられなかった。「あなた……どうして?私と結婚する気になったの?」清墨は恵美の手をしっかりと握りしめた。「この間、ずっと俺のそばにいてくれた。俺にしてくれたことは、俺にはよくわかっている。お前は本当に素晴らしい女だ。そして今や、誰もが俺