佳奈とテレビ電話で話してから数日後、俺は実家を一人で訪れた。佳奈が真っ直ぐに俺と向き合ってくれているのに、俺がこのまま母との溝を放置していてはいけない。佳奈への悪い印象を払拭し、俺たちの結婚を母に理解してもらうため説得を試みることにした。
母は俺が一人で来るとは思っていなかったようで少し驚いた顔をした。リビングに通され二人きりになると俺はすぐに本題に入った。
「母さん、佳奈のことなんだけど…」
そう切り出すと母の表情は一瞬で険しくなった。やはり、あの日のことがまだ母の心に深く残っているのだろう。
「啓介ったらあの佳奈って人のどこがいいのよ。私にはさっぱり分からないわ」
母は、私の言葉を遮るように苛立ちを隠さずに言った。その声には明らかに佳奈への不満と嫌悪感がにじみ出ていた。
「佳奈は母さんが思うような人じゃない。佳奈は俺の事をよく理解してくれて支えてくれている。佳奈となら、今後何があっても乗り越えられる気がするし向き合えると思っている。俺は佳奈だから結婚を考えたんだ」
俺は、佳奈の聡明さ、優しさ、そして何よりも、どんな時も俺を信じて支えてくれる心の強さを話した。付き合っている女性のことを話したことも、その女性がどんなに素敵で魅力的なのを話したことも初めてだった。しかし、母の表情は変わらない。むしろ、話せば話すほど、その眉間の皺が深くなっていくのが分かる。
『凛との結婚は絶対にない。彼女と関わるのは止めてほしい』その言葉を聞いた途端、母の顔色がサッと変わった。驚きと信じられないという感情が入り混じった表情だ。「 なに言ってるの、啓介。凛ちゃんは、あなたのことをあんなにも思ってくれているのに…」母の声は明らかに動揺していた。母は凜にすっかり心を奪われているのだろう。「凜は母さんが思っているような人じゃない…。」強い口調で母に釘を刺した。佳奈に対する挑発や計算された行動、人前での猫を被った姿など凛の本性を知った上での警告だった。彼女が母に近づき、ありもしないことを吹き込んでいることを感じ取ったからこそ、これ以上母が凛に惑わされることを避けたかった。しかし、その想いは母には届かなかった。母は凛を信じ切っているようだった。母には、凛は明るく健気で俺へのひたむきな愛情を持っている女性に映っているのだろう。そのため、俺の言葉を素直に受け止められなかった。「啓介、あなたは佳奈さんに影響されすぎているわ。凛ちゃんを否定するなんて…」俺の真意を誤解したようで、母は怒りというよりも深い悲しみと絶望に満ちた声で言った。俺が佳奈によって本来の自分を見失い、操られているのだとより悪い印象を持ったようだった。母の顔には、佳奈への嫌悪感と不信感と俺への失望が露わに刻まれていた。
佳奈とテレビ電話で話してから数日後、俺は実家を一人で訪れた。佳奈が真っ直ぐに俺と向き合ってくれているのに、俺がこのまま母との溝を放置していてはいけない。佳奈への悪い印象を払拭し、俺たちの結婚を母に理解してもらうため説得を試みることにした。母は俺が一人で来るとは思っていなかったようで少し驚いた顔をした。リビングに通され二人きりになると俺はすぐに本題に入った。「母さん、佳奈のことなんだけど…」そう切り出すと母の表情は一瞬で険しくなった。やはり、あの日のことがまだ母の心に深く残っているのだろう。「啓介ったらあの佳奈って人のどこがいいのよ。私にはさっぱり分からないわ」母は、私の言葉を遮るように苛立ちを隠さずに言った。その声には明らかに佳奈への不満と嫌悪感がにじみ出ていた。「佳奈は母さんが思うような人じゃない。佳奈は俺の事をよく理解してくれて支えてくれている。佳奈となら、今後何があっても乗り越えられる気がするし向き合えると思っている。俺は佳奈だから結婚を考えたんだ」俺は、佳奈の聡明さ、優しさ、そして何よりも、どんな時も俺を信じて支えてくれる心の強さを話した。付き合っている女性のことを話したことも、その女性がどんなに素敵で魅力的なのを話したことも初めてだった。しかし、母の表情は変わらない。むしろ、話せば話すほど、その眉間の皺が深くなっていくのが分かる。
ご両親とのテレビ電話を終えた後、佳奈は俺の腕に抱きついてきた。「ね?大丈夫だったでしょ?」「ああ、でも緊張したよ。それに家族の前で好きとかかっこいいとかよく言えるね」聞いているこちらの方が恥ずかしくなり、率直な感想を佳奈に言うと、平然とした顔で答えてきた。「え?だって本当のことだもん。それに家族に素敵なところを言えないような人と一緒にいたいとは思えないもの。」「そりゃ、そうだけど。あんなに堂々と言われると照れるよ……」「なんで?私は啓介のことが好きで男性としてもビジネスマンとしても尊敬している。だから自信もって素敵なところこれからも言うよ?」佳奈は俺の目を真っ直ぐ見つめ、そう言った。『家族に素敵なところを言えないような人と一緒にいたいとは思えない』彼女の言葉は、まるで揺るぎない真理のように響いた。俺はまだ母に対して臆病になっていたことに気づかされた。母の怒りや失望に、正面から向き合う
怒られるかもしれない。あるいは、警戒されるかもしれない。そう構えていた俺の予想を裏切り、佳奈の両親からかけられた言葉は、意外なものだった。「あら、やだ。そんな緊張しないで。どうせ佳奈が気にせずかけてきたんでしょう?」「失礼だなんて思っていないから気にしないでください。電話出てくれてありがとうね」そう言ってニコニコと笑っている。その後もご両親が色々と話しかけてくる。この前とは正反対で、佳奈のご両親は温かく歓迎してくれている。そのことがとてもありがたかった。「それにしても啓介さん、かっこよくて素敵だわ。」画面越しに佳奈の母親が目を輝かせながら言った。父親も穏やかな笑顔で頷いている。その言葉に思わず力が抜けてしまった。拍子抜けして少しだけ照れくささも感じた。佳奈は、さらに畳みかけるように言った。「そうでしょ?内面もとっても素敵なの!会ったらきっと二人も啓介の魅力が分かると思う」「今度は是非直接会ってお話してみたい。啓介さん、無理しなくていいから遊びに来てね」両親の声を聞き、妹らしき人も顔を出してくる。
週末の午後ソファでくつろいでいると、佳奈のスマートフォンの着信音が鳴り響いた。すぐに通話が切れ、画面に目を落とした佳奈がぽつりと言った。「誰だろ?あ、お母さんだ。そうだ。啓介、うちの両親と話す?テレビ電話しない?」思いがけない提案に俺は思わず二度見してしまった。「え? 急すぎないか? まだ会ったこともないんだし、電話じゃなくて都合を聞いてから家に伺うとかさ。」「いいの、いいの。うちの親気にしないから」佳奈は「大丈夫だよ」と笑いながら突然テレビ電話をかけ始めた。ご両親に顔を見せる一番最初がテレビ電話なのは、どう考えても失礼にあたる。俺はやんわりと断ったつもりだったが、佳奈は全く気にしていなかった。慌てて普段着のスウェット姿の自分を見下ろした。テレビ電話とはいえ、まさかこんな格好で佳奈のご両親に顔を見せることになるとは夢にも思っていなかった。それに親への挨拶は、もっときちんと段取りを踏むべきだと考えていた。「もしもしー久しぶり。元気?」親しい友人に話しかけるようなリラックスした声で話を知る佳奈。画面越しに映る佳奈のご両
啓介の目をさますため、啓介母と凜はともに手を取り合うことにした。(啓介が最初から凜ちゃんを選んでくれていたら……)そう思った時に、ふと疑問が生まれた。「凜ちゃん、大変失礼なことを聞いてしまうけれど…啓介とは結婚の話が出たと言っていたわよね。どうして別れることになったの?」「……。」凜は俯いて黙り込んでしまった。「あ、ごめんなさい。言いたくないわよね。今のは忘れてもらえるかしら。」「啓介さんとは、結婚のタイミングが合わなかったんです。私は啓介さんのことが大好きで、仕事が忙しい啓介さんと早く一緒になって妻として支えたいと思っていました。だけど、啓介さんは私との将来を真剣に考えてくれているからこそ急ぐようなことはしたくないと…。お互いが相手のこと考えていたのに、考えていた方向が少し違っていたようですれ違ってしまって……」「そう、だったの」「あの