佳奈side
「あのさ……坂本ちゃん、この前はごめん!俺、酔っぱらったみたいで。変なことしていない?」
あの夜から数日後、用事があり葉山に電話をすると、電話の最後に少しためらいながら葉山が謝ってきた。彼の声は、必死で後悔しているように聞こえた。
「いえ……。肩を組んでキスしようとしてきただけです。」
「それ、問題じゃん!何、『いえ……。』とか言っているの。ごめん、本当にごめん。何かお詫びさせて。」
「お詫びは結構です。」
「え、待って。それって会社に訴えるとかそういう感じで言ってる?ごめん、本当にごめん。どうしたらいいかな?」
私のそっけない返事に葉山は焦りを隠せないようだった。
「大丈夫です。訴えるとかそんなことは考えていません。でも、そうですね……それなら、今度の打ち合わせ後に少しお話を聞いてもらいたいことがあるのですが。仕事以外の話なので、出来れば社外がいいです。」
「分かった。俺の事務所来る?と、言っても事務所兼自宅だけど。」
葉山は独身。この前のこともあるし、仕事場とは言え、
佳奈side「あのさ……坂本ちゃん、この前はごめん!俺、酔っぱらったみたいで。変なことしていない?」あの夜から数日後、用事があり葉山に電話をすると、電話の最後に少しためらいながら葉山が謝ってきた。彼の声は、必死で後悔しているように聞こえた。「いえ……。肩を組んでキスしようとしてきただけです。」「それ、問題じゃん!何、『いえ……。』とか言っているの。ごめん、本当にごめん。何かお詫びさせて。」「お詫びは結構です。」「え、待って。それって会社に訴えるとかそういう感じで言ってる?ごめん、本当にごめん。どうしたらいいかな?」私のそっけない返事に葉山は焦りを隠せないようだった。「大丈夫です。訴えるとかそんなことは考えていません。でも、そうですね……それなら、今度の打ち合わせ後に少しお話を聞いてもらいたいことがあるのですが。仕事以外の話なので、出来れば社外がいいです。」「分かった。俺の事務所来る?と、言っても事務所兼自宅だけど。」葉山は独身。この前のこともあるし、仕事場とは言え、
啓介side佳奈が突然オフィスに訪れたかと思ったら、「距離を置こう」と言って、俺の話もろくに聞かずに去って行った。ミーティングルームの扉が閉まっても、その場から動けなかった。最近は、俺が親密そうに女性と過ごす写真が佳奈の元へ送られてきているようで、そのことに疲弊したらしい。(なんだ、あの写真は。悪戯にしては度が過ぎる。それに俺は、怪しまれることは一切していないというのに)俺の横顔や笑っている顔ははっきりと映っているのに、女性の顔はいつも分からない角度で撮られている。しかし、髪型や体型から同一人物にも見え、そして、その女性はどことなく後姿が秘書の美山に似ていた。その事実に、俺の胸には鉛のような重い疑念が横たわっていた。ぼんやりとしていると、疑惑の人物である美山がノックもなしに俺の元へ訪れてきた。「社長、今大丈夫ですか?なんだか少し疲れた顔をされていますが。」「大丈夫だ。なにかあったか?」「いえ、社長のことが心配になりまして」美山は距離こそは近いものの、仕事はしっかりと行っている。美山に似ているからと言って、何の証拠もないまま勝手に決めつけるのは問題だと思い、俺はそれ以上踏み込めずにいた。だが、今の意味深な発言と、このままでは佳奈との関係が修復できないことを感じ、誤解の種
佳奈side「こう何枚も女性との写真を見ると、気分が滅入るわ……もう嫌だ。」匿名者からのメールが届くたびに、啓介の「嘘だ」という言葉を信じたい気持ちと、写真が語る現実との間で私は完全に疲弊していた。思い立った私は、啓介に「話がある」と電話をし、彼のオフィスを訪ねた。秘書の美山に案内されガラス張りのミーティングルームへ通される。「お仕事中ごめんなさい。私たち、距離をおきましょう。」入ってすぐに、私はそう告げた。喉の奥がカラカラに乾き、声が震える。啓介は驚愕の表情で立ち上がり私の元へ駆け寄ってきた。「佳奈、待ってくれ!何度も言ったけど、あれは全部でたらめで嘘だ。誰かの悪意によるものなんだ!」「でも、こんなに続いていて、おかしいと思わない?私には、もう調べる気力もないし、頻繁に写真を見るのはもう嫌なの。疲れてしまったわ。」私は、啓介の手を払い、一歩後ずさりした。「ちょっと考え直してくれ。おかしいと思う。だからこそ、話し合おう!」引き留める啓介には目もくれず、私はチラリとガラス張りになっているミーティングルームからオフィスの様子を見た。防音でこちらの会話は
佳奈side「え……何これ?」会社宛てのメールに、匿名のフリーアドレスから、一枚の写真が添付されて送られてきた。夜の繁華街を少し抜けた薄暗い道で一組の男女が並んで歩いている写真だった。男性は、間違いなく啓介だ。そして、女性の顔は分からないが、胸辺りの長さの緩く巻いた髪の女性は、この前啓介の隣にいた美山に似ている気がした。最も心を乱したのは、その場所だった。この先は、ラブホテルが立ち並ぶことで知られているエリアで、女性が啓介の肩に頭をもたれて甘えているように見える仕草は、これからこの先にある『休憩所』に立ち入ろうとするのではないかという、親密な雰囲気を漂わせていた。「なんでこんな写真を、一体だれが送ってきたというの?」動揺を隠せないまま、私はすぐにスマホで写真を撮り、啓介に送りつけると、ものの数十秒で電話がかかってきた。「今の何?この写真はなんだ!」啓介の声は明らかに動揺していた。「私が知りたいくらいよ。フリーアドレスから送られてきたの。女性は分からないけれど、男性はあなたよね?」「……俺に似ている、だけどこんなことはしていないし身に覚えがない。誰かが悪戯で作ったフェイク画像だ
啓介side佳奈は目を合わせるヒマもなく俺にキスをしてきた。キンキンに冷えたビールを飲んだ佳奈の口から、アルコールの匂いとビールの冷たさがほのかに伝わってくる。唇を重ねたまま、佳奈は両手で俺の頬を包み込み、さらに深いキスをしながら俺を押し倒してきた。「ん…んっ……、佳奈、」佳奈は俺の膝に跨り、唇を離そうとしない。驚きと戸惑いが入り混じりつつも、俺の手も自然と佳奈の背中を包み込んでいた。「啓介……、さっきは意地悪を言ってごめんなさい。本当は疑っていないし、啓介の事を信じている。でも、あんな姿を見るのはやっぱり嫌だった。」吐息交じりに謝ってくる佳奈を見て、今度は自分が素直になる番だと思った。佳奈の前髪が顔にかからないようにかき分けながら、正直な気持ちを伝えた。「佳奈が仕事を頑張りたいのも、取引先の人に指名されて力が入っているのも分かる。俺も嬉しかったし、応援したい。でも、あんな風に下心があるかもしれない相手に必死になっているんだとしたら嫌なんだ。佳奈を失いたくない。」「分かってる。私、打ち合わせで事足りると思っていたから、食事も兼ねた打ち合わせはいつも断っていたの。でも、最近焦っていたのと、指名してくれたのが嬉しくて。これからは、注意するね。」「ああ、俺も。美山には困って
啓介side「あーもう!なんでこんな変な空気になるのよ!こんな話をしたかったわけじゃないのに!」髪をぐしゃぐしゃに掻き乱しながら、佳奈が叫ぶように言ってきた。怒っているようにみえるが、その目は潤んでいる。「俺だってそうだ。疑いたくもないし、疑われるようなこともしていないのに、こんな言い争いをして、何なんだよ、まったく。」お互いが熱くなり、このままでは本心ではない言葉も投げつけてしまいそうになっていた。「ふぅー。今、これ以上話すのは無駄だわ。もうやめましょう。」勢いよく立ち上がり、佳奈はリビングから出て行き、リビングは、重い空気が残されていた。「もう最悪だ……。なんでこんなことになってしまったんだよ。」ソファに勢いよく浅めに座り、背中を後ろに倒す。天井をぼんやりと見つめながら、ネクタイを外す。美山がこのネクタイを直したことで、佳奈と悪い雰囲気になったのだ。ネクタイが憎くなり、外して床に力なく落とした。髪をかき上げて今夜の出来事を振り返っていた。(なんで美山はわざわざ紙で持ってきたんだ?普段、紙を印刷することなんてもうないと言うのに……。あれは、俺を待っていたのか?会うために敢えて来たのか?)