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第8話

Author: 六々
産婦人科の須藤海子(すとう うみこ)先生が、いつもの明るい笑顔で声をかけてきた。

「恵美さん、今日はひとりですか?隼人さんは?いつもなら必ず一緒でしたのに……

こんな週数になって、逆に見なくなるなんて珍しいですねぇ」

妊娠が分かってから、隼人は一度も妊婦健診を欠かしたことがなかった。

しかも来るたびに、決まってフルーツや菓子折りを手土産に持ってくる。

「先生たちも疲れてるだろ?少しでもおいしいもの食べれば、妻にも優しくしてくれるでしょ?」

あのときの隼人は、まるで「理想の旦那さん」の見本みたいに振る舞っていた。

気づけば、私たちは先生とすっかり顔なじみになっていて、この子の性別も、こっそりと教えてくれた。

私の、かわいいプリンセスだった。

でも今回は……

椅子にもたれ、私は目を閉じてから、ようやく声を絞り出した。

「……須藤先生。今日は健診ではなく、中絶の相談に来ました」

「うん、中絶ですね……

……ちゅう、……?

……中絶!?」

思わず大きな声を上げてしまった須藤先生に、待合室にいた妊婦さんたちも一斉にこちらを見つめた。

慌ててドアを閉めた先生の顔からは、さっきまでの笑顔が跡形もなく消えていた。

代わりに浮かんでいたのは、事情を察した人だけが向ける、深い同情だった。

産婦人科医という仕事柄、心が折れた妊婦を何度も見てきたのだろう。

だから私が何を抱えているのか、聞かずとも分かったのだ。

それでも、先生は迷うように口を開いた。

「……恵美さん。何か……誤解ではないでしょうか?

隼人さんはね、本当に……私が見てきた中でも、いちばん良い旦那さんで……」

どうやら、隼人まで浮気することを信じられないのは……私だけじゃないらしい。

胸に溜まった痛みを、もうこれ以上噛みしめたくなかった。

だから私は、ただ「産みたくない」とだけ、先生に伝えた。

その瞬間、先生は、きゅっと眉を寄せた。

「……恵美さん、私ね、隼人さんの味方をするつもりはありません。

でも、倫理的には、この赤ちゃんはもう……ひとりの人間として認められているのですよ。

だから、よほどの奇形がなく、母体に重大なリスクもない限り……中絶は認められません」

その瞬間、怒りが跳ね上がった。

おかしくないか。

どれだけ踏みにじられても、裏切られても、妻は産むしかな
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