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第348話

Auteur: 楽しくお金を稼ごう
天音は、渉と一緒に何社かのベンチャーキャピタルを回ったけど、どこも門前払いだった。

技術力が足りないとか、今は投資する気がないとか、そんな理由で断られるばかり。

銀行の方は、いい返事をくれた。4千万の融資は問題ないけど、審査を待つ必要があるとのことだった。

天音がエレベーターを降りると、向かいの部屋で掃除が行われていた。誰かが引っ越してくるみたい。

出入りしている人たちは、素朴な感じで、天音に笑顔で挨拶してくれた。

天音が指紋で家の鍵を開けると、小さな影が胸に飛び込んできた。しゃがんで想花を抱きしめると、ふんわり子供の匂いに、疲れも心配もほとんど吹き飛んでしまった。

「ママ、会いたかった」想花は天音の頬にキスをした。

天音は、心がとろけていくのを感じた。今日一日、外で受けた冷たい扱いや悔しい気持ちが、すっと消えていくようだった。

「ママも会いたかったよ」天音は想花を抱き上げようとしたけど、想花はするりと腕から抜け出した。

想花は天音の前でくるりと一回転した。大きな黒い瞳をきらきらさせて尋ねた。「ママ、これ可愛いでしょ?」

「すごくきれいよ」天音は想花のおさげを撫でながら言った。「そんなにおめかしして、どこかに行くの……」

その時、午後に暁と交わした約束を思い出した。腕時計を見ると、もう夜の七時だった。

由理恵が、想花のお出かけの準備をしてキッチンから出てきた。

「お迎えはもう来たの?」天音は尋ねた。

「もう下でお待ちですよ」そう言うと、由理恵は想花の手を取った。

「そっか、パパとパーティーに行くから、こんなにおめかししてたんだね」天音は優しい声で言った。「何か面白いことがあったら、帰ってきたらママに教えてちょうだいね」

想花が力強くこくんと頷く姿は、たまらなく可愛かった。

天音は思わず笑みを浮かべ、由理恵と想花を階下まで見送った。

入り口には黒い車が停まっていた。それは、以前要が乗っていた防弾仕様の車ではなかった。

三人が楽しそうに話しながら車に近づくと、運転手がすぐに降りてきてドアを開けた。

微笑んでいた天音の視線が、要の静かな瞳とぶつかった。

その笑みは、ぴたりと固まった。要の視線は天音の顔に留まることなく、何気なく想花の方に向けられた。

「パパ!」

日に日に成長する想花は、言葉もずいぶんとはっきりしてきた。

五日
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