LOGIN以前なら、嫌味に聞こえて顔を赤くしたかもしれない。 だが、今のミレーヌは少しだけ苦笑した。 「私も、以前はそう思っていませんでした」 侍女長が目を瞬かせる。 「ですが、確認しなかったことで、届かなかったものがありました。ですから、今は確認します」 部屋が静かになった。 侍女長は、しばらくミレーヌを見ていた。 やがて、深く礼をした。 「承知いたしました。受領先確認を取り直します」 「お願いいたします」 セリアが丁寧に答える。 「また、発送前確認をしてくださった侍女の方の記録は補助記録として扱います。捨てずに添付してください」 侍女長の表情が、少し変わった。
「認めます」 セリアは答えた。 「ただし、何を確認したのかが必要です。箱数なのか、刺繍の出来なのか、発送前の品物なのか、孤児院到着後なのか」 「ああ……」 同じ確認済みでも、意味が違う。 ミレーヌは頷いた。 「では、補助記録欄の詳細様式も添付します」 「お願いします」 リーナが小さく微笑んだ。 「ミレーヌ様、慣れてきましたね」 「まだ、少し怖いです」 「怖い?」 「空欄を空欄のまま返すのが」 正直に言うと、リーナは少しだけ表情を和らげた。 「私も怖いです」 「リーナ様も?」 「はい。差し戻すと、相手が怒るかもしれませんから」 「そうですよね」 「で
慈善記録官室に届いた最初の問題書類は、思ったより美しい封筒に入っていた。 白地に金の縁取り。 封蝋には、優雅な百合の紋章。 差出人は、ホルスト伯爵夫人。 社交界では、慈善刺繍会を毎年開いていることで知られる夫人だった。 表向きには、孤児院支援に熱心な貴婦人である。 ただし、ローゼン侯爵夫人の集まりには一度も姿を見せていない。 つまり、新しい標準記録様式に対して、あまり好意的ではない側の人だった。 「……綺麗な封筒ですね」 ミレーヌが言うと、リーナは少しだけ眉を寄せた。 「綺麗な封筒ほど、中身が厄介なことがあります」 「経験則ですか?」 「最近、学びました
ジュリアスは、そこで一度言葉を切った。 「だから、その負担も記録する」 補佐官たちが顔を上げる。 「負担を?」 「そうだ。処理時間、差し戻し件数、差し戻し理由、再提出までの日数。三か月後に見直す」 ライオネルが、少しだけ表情を変えた。 「三か月後に、手順を改める余地があるということでしょうか」 「ある」 ジュリアスは答えた。 「ただし、確認を省く方向には戻さない。無駄を減らすために改める」 ライオネルは黙った。 王太子が、自分たちの負担を見ないのではなく、記録すると言った。 それは小さな違いだった。 だが、現場にとっては大きい。 「殿下」 若い書記
前年踏襲の根拠不明。 これは大きい。 「イリス」 「はい」 「王太子府の問題は、署名確認だけではありません」 「慣例確認の問題でございますか」 「ええ。前年と同じ、例年通り、慣例により。その言葉が、実質的な確認の代わりになっています」 イリスは小さく頷いた。 「便利な言葉ですね」 「便利すぎます」 クラリスは新しい紙を取り出し、上に題名を書いた。 王太子府署名確認手順における初期抵抗と慣例処理の問題 そこまで書いて、手が止まる。 自分で全部整理したくなる。 今すぐ王太子府へ行き、補佐官たちと話し、慣例処理の一覧を作らせ、差し戻し基準を整えたくなる。
王太子府で最初に悲鳴を上げたのは、書記官ではなく砂時計だった。 いや、もちろん砂時計は悲鳴など上げない。 けれど、机の上で静かに落ちていく砂を見ながら、王太子府の補佐官たちは同じことを思っていた。 ――遅い。 これまでなら、朝一番に積まれた決裁書の半分は、昼前には署名済みとして次の部署へ送られていた。 王太子ジュリアスは忙しい。 儀礼、謁見、外交文書、王族としての公式行事、貴族家からの陳情。 だから決裁書の細部は、補佐官が整理する。 要点を伝える。 殿下は確認し、署名する。 それが王太子府の流れだった。 だが今は違う。 ジュリアスは、読む。







