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第4話

Auteur: 深夜の蝋燭
風を切る音と共に竹刀が振り下ろされる。背中の肌が焼けるように熱い。

「あんなに良い家柄の男と結婚させてやったのに、ろくに夫婦生活も続けられないとはな!そのくせ、旦那の愛人に手をあげたっだと?余計なことばっかりしやがって」

冷たい叱責の声が二宮家の邸宅に響き渡る。

使用人2人によって床にねじ伏せられた明里は、脂汗と血を流しながら、膝の痛みに耐えていた。弱みを見せまいと、奥歯を食いしばる。

正人が復讐しようとも、彼は彼自身の手を汚すような真似は決してしないことに、もっと早く気づくべきだった。

二宮家が清水家との利害関係を最優先すること、そして明里がこの家でどれほど肩身の狭い思いをしているかを、正人は知り尽くしていた。そして、明里の父・二宮豪(にのみや ごう)に一言囁くだけで、彼が明里を死ぬほど追い込めるということも……

「最初、この事業には見向きもしなかったじゃない?」

明里は顔を上げ、不満と怒りを露わにする。「ここ数年、私が死に物狂いで立て直してあげたから、今や二宮家の収入の大半を支えることができてるんだよ?

清水家との利害関係のために、私をただの交換条件として正人の妻にしただけでしょ?それなのに仲良く結婚生活を続けろだって?

お兄さんたちは好き勝手生きてるのに、男って理由だけでお父さんは可愛がってる。でも、女の私には、一度だってまともに向き合ってくれたことがないよね?」

明里は一語一句かみしめながら言った。「死んでも、お父さんの言いなりになんかならない!」

「まだ口答えするのか!」

豪の顔色は怒りで真っ赤になった。竹刀が雨のように降り注ぎ、竹刀が真っ二つに折れたところで、豪はようやく手を止めた。

「お前の旦那が浮気したからって何だ?」豪は明里の髪を掴み上げる。「お前が清水家の嫁でいる限り、俺ら二宮家にとっては都合がいいんだよ。

なのに離婚だと?二宮家の大事な資金源を断つつもりか!」

豪の躾の中に、親の愛情があったことなど一度も無い。

明里はただ利害関係をつなぎ止めるだけの紐、いつでも捨て駒にできる「モノ」に過ぎないのだ。

明里は口の中に溜まった血を吐き出し、意思の硬い瞳で豪を睨み返す。「離婚は絶対にするから」

「生意気な口をきくな!」豪は怒りで体を震わせながら壁際のゴルフクラブを掴んだ。「今日お前を殺してでも、清水家の墓に入れてやる!」

鋭い音を立ててゴルフクラブが振り下ろされようとした瞬間――

明里はかっと目を見開き、最後の手札を晒した。

「私が名義人になっているすべての事業を二宮家に返すから。代わりに離婚を認めることと、親子の縁を切る誓約書を書いて」

自由を求め、明里は全てを差し出す。

豪の動きが止まった。

彼は明里の条件を素早く計算する――この娘が持っている事業に注目が集まってるのは確かだ。それに、「清水夫人」の名より価値があるし、何より損がないはずだ。

「いいだろう」

豪はゴルフクラブを放り投げた。「すぐに手配してやる。だが、お前はもう嫁いだ身、つまりはよその家の娘だ。だから、二宮家の金は一銭たりともやらない。すべてお前の兄たちに残していけ」

豪はそう言い残し、そのまま振り返らずに去っていった。明里の様子を振り返ることも、傷を心配することもなかった。

部屋は再び静まり返った。

傷は骨にまで届いているようで、呼吸するたびに肌が裂けるように痛む。かつては、恵がこっそりやってきて、手慣れた様子で薬を塗ると、「大丈夫ですよ。すぐ良くなりますからね」と慰めてくれたのに。

今、隣には誰もいない。ただ、終わりのない痛みと寒さだけが残っている。

意識が朦朧としてくると、隣に恵が座り、薬を塗りながら耳元で何かを囁いている幻覚を見た。

「こんなことになるって知っていれば……あなたの父親なんか探さなかった……」

明里には言葉の意味がわからなかったが、久々の温もりに包まれるのを感じ、微かだが笑みを浮かべた。「あなたがいてくれて、本当によかった……」

その瞬間、強烈な光が差し込んできた。

はっと明里が目を覚ますと、そこは清水家の寝室のベッドの上で、横には正人がいた。

「動くな。今、薬を塗ったところだから」

自分の目に涙が浮かんでいることに気づき、明里は顔をそらして、正人の手も払いのけた。

「触らないで」と、氷のように冷たく言い放つ。「偽善者」

正人の手は宙に止まったままになり、その瞳には複雑な感情がよぎった。

今回、自分に責任があるのは認める。ただ明里を「教育」し、わがままを捨てさせ、これ以上穂花に関わらせないようにさせたかっただけなのに、まさか豪がこれほど過激なことをするとは……

「そんな感情的になるな」正人は何とか明里に分かってもらおうと試みたが、その口調にはまだ教説じみたものが含まれていた。「お前のお父さんもだって、理由なくお前に手を挙げたわけじゃないだろう。こんなことが起こったら、誰だって……」

「私が悪いっていうの?全て私が招いたこと?」

明里は傷の痛みを我慢しながら上体を起こし、正人を睨みつける。

「だから私が殴られたのは、当たり前って?でも、あなたの大切な愛人さんはいつだって罪のない純粋な女の子。だから、ちょっとでも傷付いたら、大事……そういうことなんだね?」

正人の眉間のしわがさらに深くなった。

今まで苦労して育ってきた穂花は、とても純粋でかわいそうな子。一方の明里は気が強くわがままだという先入観が、正人の中では強く根付いていたのだった。

しかし、傷だらけで涙を浮かべる明里を見て、ようやく語気を少しだけ和らげ、お茶を濁すように答えた。

「そう思いたいなら、そう思えばいい」

正人は否定しなかった。

それが逆に、明里の心に胸焼けするような怒りを溜め込ませる。

……

心が晴れないからなのか、傷の治りが遅く、明里は毎日寝たきりで過ごしていた。

1週間後、退院を間近に控えていた時、豪からメッセージが届いた。

【正人に記入させた離婚届は準備できたから、お前は資産の譲渡準備を始めろ。30日以内に終わらせるんだぞ】

メッセージを見た瞬間、明里は久々に心から喜ぶことができた。瞳にもようやく光が宿る。

ちょうどドアを開けて入ってきた正人はその笑顔を見て、雑誌の中の宝石が気にいったのだと思い、機嫌を取ろうと話しかけた。

「それが気に入ったのか?気に入ったのなら、買ってあげるぞ」

帰宅中も、正人は最近の宝石相場について、まるで浮気も冷戦も傷跡も、何もなかったかのように熱心に話していた。

しかし、明里はずっと黙ったまま。

もう心の中では、次の一手を既に決めていたから。

……

翌日、明里は特注のスーツに着替えた。それは、いつも通り御曹司の青年風の装いだった。

幼い頃から二宮家で男として育てられてきたせいか、このような服装に明里は慣れきっていて、少しも違和感は無かった。

昨晩、正人から送られた宝石箱を手に持ち、明里は真っ直ぐ穂花のもとへと向かった。

中身を見た瞬間、穂花の目は瞬時に輝いたが、口では一度辞退する。

「こんな高そうなの……受け取れないよ」

明里は微笑み、箱を差し出した。「偽装結婚だとしても、結納品くらいは必要だろ?

本当か偽りかなんてのはどうでもいいくらいに、穂花と一緒に過ごした日々は今までで一番楽しい時間だったからさ」

明里は絶妙な優しさを演出する。「受け取ってくれないかな?」

「かっちゃん……本当に素敵」

穂花はもう我慢できなくなり、宝石箱をで受け取った。

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