LOGIN澄依を見るたびに、どうしても咲紀のことを思い出してしまう。そして、咲紀に向けていた感情が、そのまま澄依への優しさへと変わってしまう。かつて自分も人の家に身を寄せていたからこそ、優奈と和人のもとで「預けられている」澄依の気持ちが分かる。他人の家に居候するのは、決して楽なものじゃない。あの日、神社で澄依が優奈に置き去りにされたときから、すでに薄々感じていた。――あの二人は、あまりこの子に心を向けていない。優奈の気まぐれな性格からして、澄依を引き取ったのも、ただの一時的な衝動だったのだろう。だから最初の熱が冷めれば、関心も自然と薄れていく。実の親でもない限り、子どもに対して長く忍耐強く接するのは難しい。ましてや、甘やかされて育った優奈なら、なおさらだ。――そして今夜の電話が、その推測を裏付けた。明日はもう大晦日だというのに、澄依を保育園に置き去りにしたまま?それは単なるうっかりでは済まされない。完全に、あの子のことを軽んじている証拠だ。蒼空は澄依の現状を理解するほど、胸が重くなっていく。こんなことすら忘れられるなんて......あの子はどれほど肩身の狭い思いをしているのか。蒼空は車を停めたまま、優奈からの返信を待つことにした。さっき電話を二度かけたとき、どちらもすぐに切られた。つまり、スマホは手元にある。メッセージに気づかないはずがない。――だが、数分経っても返信は来ない。蒼空は眉を寄せ、もう一通メッセージを送った。――その頃。優奈は佑人を連れて、首都のテーマパークで遊んでいた。そこは、もともと澄依も一緒に行く予定だった場所だ。巨大なガラス水槽の前で、佑人は目を輝かせながら泳ぐ魚を追い、何度も歓声を上げている。あまりのはしゃぎように、人混みに紛れて何度も見失いかけた。優奈はそれを防ぐため、しっかりと手を握って離さない。その一方で、彼女は蒼空からのメッセージを見下ろしていた。口元には冷笑。目には露骨な軽蔑と嘲り。――電話もメッセージも、すべて「見せつけ」にしか思えなかった。自分が澄依を預かっているのに、保育園に残した連絡先も自分のものなのに、連絡してくるのは蒼空。まるで言われているみたいじゃないか。――どれだけ一緒にいても、あの子は結局
向こうが一瞬黙り込んだ。「......申し訳ありません......その番号、澄依ちゃんのリュックの中から見つけたもので......本当にすみません。実はどうしようもなくて、澄依ちゃんの保護者が保育園に残している番号に何度もかけたんですが、まったく繋がらないんです。別の電話からも試しましたが同じで......澄依ちゃんに聞いても、『ここに残る』としか言わなくて......」先生は少し言葉を選びながら続けた。「澄依ちゃんはまだ子どもですから、保護者のご意向が一番大切です。もう大晦日も近いので、こちらとしては全員の行き先を把握しなければなりません。でも保護者の方と連絡が取れず、やむを得ずリュックを確認してしまい、それで、この番号を見つけました......保護者の方だと思ってお電話してしまい、失礼しました」と、声を少し和らげる。「ですが、澄依ちゃんがこの番号を持っていたということは、何かご関係があるのではと思います......もしご存じでしたら、保護者の方にご連絡を取っていただき、澄依ちゃんの今後について確認していただけないでしょうか」丁寧で低姿勢な頼み方だった。申し訳なさもはっきり伝わってくる。しかも澄依のこととなれば、蒼空は断れない。「連絡先なら知っています。こちらで確認して、後ほどご連絡します」先生はすぐに感謝を述べた。「ありがとうございます。差し支えなければ、お名前を伺ってもよろしいでしょうか。記録に残したいので......」蒼空は簡潔に答える。「関水です」通話はすぐに切れた。通話の間、小春は隣で頬杖をつきながら一部始終を聞いていた。何か言う前に、蒼空が車を路肩に停め、スマホを取り出して連絡先を探し始める。小春が覗き込む。「何探してるの?」「優奈」そう言って、表示された名前を迷いなくタップし、スマホを耳に当てる。呼び出し音が鳴っている間に、小春が小声で聞いた。「なんで彼女に電話?何かあった?」蒼空は横目で軽く答える。「あとで説明するよ」だが、その電話はすぐに切られた。蒼空は特に驚く様子もなく、もう一度かけ直す。――また切られた。内心ため息をつきながら、蒼空はスマホを下ろす。隣で小春が呆れたように舌を鳴らした。「あいつ、感じ悪いよね」電話がダメな
小春は一応おとなしく水を受け取ったものの、蒼空の言葉を聞いた途端、焦りが込み上げてきて、勢いよくコップをテーブルに置いた。中の水が少し跳ねる。「落ち着くわけないでしょ。久米川の親が出してきた精神鑑定書なんだから、相当ちゃんとしてるはずだよ。もしかしたら本当に審査を通るかもしれない。そうなったら、あいつ本当に出てくるってことじゃない!」「慌てる必要はないわ」蒼空は眉を寄せ、低く言った。「あの診断書は偽物だってことはみんな知ってる。偽物なら、必ずどこかに綻びがある」小春は太ももを叩いた。「それは分かってるけどさ!でも、でもあの親が出してくるくらいなんだから、相当うまく隠してるはずでしょ?どこから手をつければいいのさ!」蒼空は視線を落とす。瑠々の両親が精神鑑定書を裁判所に提出したと知ったのは、ついさっきのことだった。その瞬間、胸に湧いたのは嫌悪感だった。判決はほぼ確定していると思っていたのに、まさかこんな形で変数が増えるとは。だが、その後すぐに冷静さを取り戻す。瑠々に精神疾患があるかどうか――長年関わってきた自分たちが一番よく分かっている。――あり得ない。これほど短期間で、こんな「証拠」を作り上げるとは、相当手間をかけている。「ちょうど時間もあるし、現状を確かめに行きましょう。まずは、この診断書を出した病院を特定すること」小春は強くうなずく。「分かった」――瑠々の精神鑑定書の件は、美紗希の耳にもすぐに入った。彼女は激怒し、すぐにタクシーで蒼空のもとへ向かい、弁護士も連れてきた。一行はそのまま裁判所へ向かい、職員から瑠々の精神鑑定書を確認する。それは電子データを印刷したもので、まだ新しい。内容によると、瑠々は18歳の時点で精神疾患と診断され、高校卒業後に海外留学したのも、学業と同時に治療を受けるためだったと記されている。鮮やかな印が押されており、その客観性と信頼性を強く主張していた。記載された日付も確かに数年前のものだ。疑う余地がないように見える。蒼空は特に驚く様子もなく、すぐに署名欄へ目を向けた。――首都メンタルクリニック主治医山岸俊平。必要な情報を得ると、彼女は迷いなくその場を後にした。四人は車に乗り込む。運転席は蒼空、助手席に小春、後部座席に
「じゃあさ、松木社長と瑠々が離婚した理由って知ってる?」インターンの女性は顔を赤らめて首を振った。「......もうだいぶ前から松木家の情報は追ってなくて、最近のことはあまり......」周囲には少し残念そうな空気が広がる。誰かが言った。「つまり、松木社長はもう離婚してて、久米川は今も服役中でしょ?関水社長と復縁する可能性ってあるのかな?」「それは誰にも分からないでしょ」すると一人の女性が顎を上げて言った。「私はないと思う。松木社長はバツイチだし、関水社長はまだ若いんだから、わざわざそんな人に時間を使う必要ないでしょ。そもそも数年前に久米川を選んだ時点で、もうやり直しなんてないよ」周囲が何か言いかけたその時、隣から小声が飛んだ。「シー!関水社長だ!」一斉に空気が引き締まり、全員が口を閉じる。顔を見合わせながらも振り返ることはせず、慌ててそれぞれの席へ戻っていった。蒼空のそばには小春と数人の幹部が付き添い、社員たちのいた方へちらりと視線を向けたが、すぐに何事もなかったように目を逸らした。距離はあったが、さっきまでの話し声は断片的に耳に入っていた。隣にいる小春の顔色は明らかに悪い。腕を組み、何か言いたげだったが、後ろに幹部がいるため言葉を飲み込んでいた。会議が終わり、二人きりでオフィスに戻った途端、小春は机を叩いて怒鳴った。「あの連中、いい加減にしてほしいんだけど!?精神鑑定書とか、何それ!あいつがいつ精神疾患になったの、聞いたこともない!罪を逃れるためなら何でもありってわけ?」ソファにどさっと腰を下ろし、防音の効いた室内で遠慮なく怒鳴り散らす。それでも収まらず立ち上がり、両手を腰に当てて部屋を歩き回りながら怒り続けた。「ほんと最低!何なのあいつら!松木家の連中が急に首都に来た時点で怪しいと思ってたけど、診断書のためだったなんて......恥も外聞もないの?しかも明日が大晦日。こんなニュース出てきたら、年越しどころじゃないじゃないか」蒼空はデスクの後ろに座り、書類に目を落としたまま、まるで何も聞いていないかのように冷静だった。小春がどれだけ怒鳴っても、表情一つ変えない。やがて小春は喉も乾き、デスクの前まで来ると、信じられないという顔で蒼空を見下ろし、重い木の机を強く叩いた
「一審のときには精神鑑定なんて出してなかったのに、今になって出してくるとか、どう見ても怪しいよね」「久米川家って権力も金もあるって聞くし、精神鑑定書くらい用意するのは簡単なんじゃない?」オフィスの一角では、ひそひそとした話し声が途切れ途切れに続いていた。誰も大きな声では話さない。「本当かどうか分からないし、公式発表が出るまでは断定しない方がいいと思うけど......でも、あのやり方を見ると、逆に本当に精神的におかしいんじゃないかって気もする。普通じゃあんなことできないでしょ」先ほどスマホでニュースを見ていた同僚は、周囲の会話を楽しそうに聞きながら、コメント欄を見ようと画面を操作した。ページを更新した瞬間――画面が真っ白になる。「ページが見つかりません」と表示され、その下には似たような別のニュースが並ぶが、さっきのものはどこにもない。彼女は眉をひそめ、アプリのトップに戻り、検索欄に「久米川瑠々」と打ち込んだ。だが。関連する情報は、すべて消えていた。表示されるのは無関係な記事ばかりで、何ページスクロールしても瑠々に関する投稿やニュースは一切出てこない。彼女は思わず声を上げた。「ちょっと、みんな見て!」「どうしたの?公式発表出た?」「違う、久米川瑠々のニュース、全部消えてる。検索しても出てこないよ!」その場の全員が一斉に集まり、スマホの画面を覗き込む。「ほんとだ......さっきまであったよね?」「......これ、裏で動いてる人間がいるでしょ。こんなに一斉に消えるなんて普通じゃない。口封じだな」「ってことは、精神鑑定書は偽物ってこと?」――そう考えるのが自然だった。疑われる前に、徹底的に情報を消した。だからこそ、こんな強引なやり方をしたのだ。その場にいた全員が言葉を失い、顔を見合わせる。これほどの手際と影響力――背後にどれほどの力があるのか、想像するだけで背筋が寒くなる。しばらくの間、誰も口を開かなかった。やがて、一人がぽつりと口にする。「......そういえば、関水社長と久米川瑠々って、もともと何が原因で仲悪かったんだっけ?」「確かピアノのコンクールじゃなかった?関水社長が優勝して、それで久米川のファンがずっと叩いてたとか」別の女性社員が少し考えてから口
「本当だって。この話、私だけじゃなくて他にも何人か覚えてる人がいる。ただ会社じゃ誰も口に出さないだけ」その人は説明を続けた。「この久米川ってピアニストなんだけど、自分で曲が書けなくて、他人に書かせてたの。いわゆるゴーストライター。でもその人が言うこと聞かなかったんだって。で、久米川は医者に金を渡して、その人の祖母の偽の診断書を作らせたんだよ。末期の骨がんで、治療にすごくお金がかかるって。でもその子にはそんなお金がないでしょ?だから『ゴーストライターをやれば治療費を出す』って持ちかけて、仕方なく書かせたわけ。でも実際は、おばあさんは全然病気なんかじゃなかったの。しかもリアルに見せるために、本当に抗がん剤治療まで受けさせたらしいよ。健康な人が化学療法なんて......どれだけ苦しいか」周りの人たちは聞けば聞くほど顔色を変え、目を見開いた。「そんなことできるの......?」「で、その後は?」「その後、そのゴーストライターが気づいたんだよ。祖母は病気なんかじゃないって。それで怒って警察に通報して、久米川は逮捕されることになった」「そのおばあさんは?無事なの?」「詳しくは分からないけど、体調は回復して退院したって話だったと思う」それを聞いて、多くの人がほっと息をついた。「それならよかった......」だが話していた本人は手を振った。「いやいや、まだ終わりじゃない」周囲は再び目を見開く。「え、まだ続きあるの?」「逮捕されたその日、久米川は『道路で子どもを助けようとして車に轢かれて死亡した』って発表されたんだ。死亡したから、それ以上の追及はされなかった。ゴーストライターの方も、それ以上は追わなかったみたい。でもね――」と、その人は声を潜めた。「後になって分かったんだけど、彼女、実は死んでなかった。海外に逃げて、整形して身分も名前も変えて、ずっと国外にいたらしい。で、親や子どもに会いたくなって帰国したところを発見されて、そこでやっと捕まって裁判になったんだって」周囲は呆然としていた。「そんなこと......完全にドラマじゃん......」「捕まってよかったよ、こんなの逃げられたら怖すぎる。ここまでやるなんて、やばい人じゃん」「昔はファンも多かったよね?」「今はどうなの?」「ほと
そう言い終えたあと、礼都はふと思い出したように尋ねた。「明日に行くつもりなんだけど。一緒に来る?」蒼空としては、もちろん一緒に行きたかった。だが、今の体調ではどう考えても無理だった。コン、コン、コン――聞き慣れたノックの音。ゆっくりで、どこか人をからかうような間の取り方。遥樹特有のものだ。蒼空の胸が一瞬ざわついた。無意識のうちに、遥樹に、自分が礼都と並んで座って話しているところを見られたくないと思ってしまう。遥樹は、彼女が調査を続けること自体に反対している。今の光景はどう見ても、憲治の件を相談している最中だ。遥樹が察しないはずがない。知られた
蒼空は、不意に嗚咽のような音を耳にし、わずかに表情をこわばらせて礼都のほうを振り向いた。礼都は前かがみになり、肘を膝に乗せ、両手で顔を覆っていた。表情は見えないが、震える肩と、指の隙間から零れ落ちる涙がはっきりと分かった。彼女はしばらく呆然としていたが、やがて車内に置いてあったティッシュを数枚取り、差し出した。「どうぞ」礼都は受け取ると、乱暴に顔を拭った。それでは足りなさそうだと思い、蒼空はティッシュの箱ごと渡そうとした。「いい」彼はそう言って断った。声にははっきりと泣き声の名残がありつつも、徐々に落ち着きを取り戻しているのが分かった。蒼空はティッシュを
蒼空が座っている車椅子はリモコン操作式で、普段なら瑛司が後ろから押す必要はほとんどなかった。だが瑛司は頑として譲らず、彼女がすでにリモコンを握って操作していても、後ろに立ってハンドルを握り続けていた。蒼空は何度か止めるように言ったが、そのたびに瑛司の動きを感じ取り、結局は手を離して操作をやめた。体中が痛み、動かずに済むならその方が楽だったからだ。瑛司に押されて医療棟を出ると、外は夜で、星がいくつか瞬いているだけだった。病院の中庭の木々はどれも背が高く、枝葉が生い茂っていて、ひと目見ると少し奥深く、暗く感じられる。もっとも、街灯が道を照らし、木の下では数人が談笑していたた
礼都の意識は、車体が二回目に横転したところで途切れた。頭を強くガラスに打ちつけ、視界が一気に血に染まり、そのまま気を失った。試しに身体を動かそうとすると、あちこちに鋭い痛みが走る。なかでも頭部の痛みがひどかった。複雑な思いを抱えながら、礼都はかすれた声で言った。「......まだ、動けません」医師はうなずき、軽く息をついた。この街の医師たちは学会などで顔を合わせることも多く、若くして聡明で実力もある後輩――礼都のことは、彼も多少なりとも知っていた。そんな櫻木先生が病床に横たわっている姿を見るのは、やはり胸が痛む。医師は丁寧に、今の身体の状態について一つ一つ説







