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第229話

Author: 浮島
久米川家の娘というのは、確かに良い相手だった。

家柄こそ松木家には及ばないが、それでも十分に由緒ある名門だ。

思えば、かつて敬一郎も、久米川家を縁組の候補として挙げていたことがある。

久米川家の娘の中でも、瑠々は抜きん出て才気にあふれ、美名も高かった。

単身で海外に留学してピアノを学び、帰国の際には数々の栄誉を携えていた。

松木家と久米川家――

まさに釣り合いが取れた家柄だった。

しかも、噂によれば、瑛司と瑠々は高校時代から密かに交際していたらしく、互いに初恋の相手であり、深く愛し合っていたという。

数年離れてもその情は薄れることなく続いていたらしい。

瑛司と瑠々――

恋愛も家柄も申し分なく、まさに強者同士の理想的な組み合わせ。

初枝が瑛司の恋人が久米川家の瑠々だと知った時、本心から嬉しかった。

息子が本気で人を愛していることが嬉しかったし、瑠々の家柄ならば敬一郎の目にも適うだろうという安堵もあった。

まさに一石二鳥。

天が結んだ縁だと思った。

ただ、一つだけ気がかりがあった。

それが、蒼空の存在。

初枝が自分の結婚生活を憎んでいる一番の理由は、「裏切り」だった。

若い頃の一博は容姿も立派で、言葉遣いも洗練されていた。

彼女もまた胸をときめかせ、一生を共に歩む相手だと信じていた。

だが、結婚して半年も経たないうちに、その信頼は裏切られた。

初枝は心が引き裂かれるような痛みを知っていた。

壊れた結婚生活の虚しさも味わった。

だからこそ、彼女は瑛司と瑠々に同じ苦しみを味わわせたくなかった。

母として、息子のためにできることはするべきだと思った。

蒼空に与えた猶予は一週間。

もし一週間経っても彼女がしつこく絡んでくるなら、もう容赦はしない。

初枝は一瞬、瞳の奥に浮かんだ動揺を隠すようにまばたきし、次に顔を上げたときには、穏やかな表情に戻っていた。

「私は瑛司の母親よ。瑛司には幸せな結婚をしてほしいの。私みたいに道を間違えじゃ駄目よ。わかった?」

彼女は優しく息子の肩に手を置いた。

「瑠々は妊娠しているの。情緒が不安定になりやすい時期だから、ちゃんと気遣ってあげなさい。感情を溜め込みすぎると体にもよくないわ。

初めての妊娠だし、瑛司も初めて父親になる。わからないことがあったら、いつでも私に聞いて」

「ありがとう
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