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第240話

Author: 浮島
蒼空が見せた映像は、まさに彼の頬を張り飛ばすような一撃だった。

まさか、本当に自分は蒼空を見誤っていたのか?

そんなはずはない。

予選のとき、彼は蒼空の演奏を最初から最後まで見ている。

映像の中のあのレベルなど、絶対にありえない。

そんなはずがない。

兼井の視線が揺れた。

――そうだ。

蒼空が見せた映像は後から音を差し替えたものかもしれない。

動画のピアノの音は彼女が弾いたものじゃない可能性だってある。

そう思った瞬間、兼井の胸の中に安堵が広がった。

きっとそうだ。

蒼空の実力が一晩であそこまで上がるわけがない。

絶対に裏がある。

兼井の目が暗く沈む。

まさか蒼空にそれほどの腹芸があるとは思わず、危うく騙されるところだった......

だがそのとき、彼女が手にしているカメラに目を向けた瞬間、兼井の思考はぴたりと止まった。

数分が過ぎても、兼井は口を開かず、表情にも「信じたくない、認めたくない」という色が滲んでいた。

しかし蒼空は焦らない。

彼が一度くらいは賢い選択をすると信じているからだ。

そのとき、突然ドアが外から開き、警備員が中に入ってきた。

彼の手にはカメラがあり、それを蒼空に手渡す。

蒼空は微笑み、「ありがとうございます」と告げた。

兼井は見慣れたカメラに目を見開き、一瞬頭が真っ白になる。

「なんであれが......」

蒼空は片眉を上げた。

「これのこと?」

実は舞台上にいたときから、兼井が隅に何かを置いていたのに気づいていた。

恐らくカメラだろうと思っていたが、案の定だった。

だからここへ来る前に、警備に頼んで探してもらっていたのだ。

案の定、兼井はまだカメラを取りに行く暇がなかった。

蒼空がカメラのボタンを押すのを見て、兼井は激昂する。

「動画を消すつもりか!?あれはもう俺のパソコンに同期されてるんだ!消しても無駄だぞ!あれにはお前の音被りなんか入ってねぇ!」

蒼空は目だけ上げて鼻で笑った。

「誰が消すなんて言った?」

兼井は怒気を含んだ目で、荒い息を吐きながら睨みつける。

「なら何するつもりだ」

蒼空は手のカメラを軽く持ち上げた。

「これなら、後から音を当てたなんて疑いようがないでしょ?」

兼井は黙したままだった。

蒼空はカメラを彼の目の前に置き、映像を再生させた。

数分
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