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第5話

Author: 浮島
蒼空は髪をかきむしりながら、いらだちを隠しきれずにいた。

そんな時、文香が彼女の肩を掴み、真剣な顔で詰め寄った。

「まだ分からないの?この松木家では誰も私たちを歓迎していないのよ。あの使用人たちだって同じ、見下してるの。お母さんはあなたが出世することだけが頼りなのよ!」

前世の蒼空にとって、そんな言葉はもう聞き飽きていて、何の感情も湧かなかった。

「お母さん、もう言ったでしょ。私には無理――」

「蒼空、文香、いつまで夢見てるつもり?」

突然、甘ったるくも横柄な声が二人の耳に飛び込んできた。

扉の方を振り向くと、文香の顔色が急に変わり、慌ててへりくだった態度を取った。

「お嬢様、お帰りなさいませ」

蒼空は黙って文香の手からスーツケースを奪い取り、それをベッドの下に押し込もうとした。

だが、ちょうどそのとき、ヒールの音を響かせながら女が部屋に入ってきて、彼女の目の前で立ち止まった。

松木優奈(まつぎゆうな)。

瑛司の従妹で、松木家の祖父の唯一の実の孫娘。

まさに皆にちやほやされる存在。

その優奈が、蒼空には見慣れた侮蔑の視線を向けながら言った。

「私が帰ってこなかったら、あなたたち松木家をめちゃくちゃにするつもりだった?」

「蒼空、お兄ちゃんが言ってなかったの?近づくなって。なのに、厚かましくまだまとわりついて、出張にまでついて来ようとするなんて」

蒼空は落ち着いた表情で立ち上がり、優奈を正面から見つめ、静かに言った。

「松木さん、ここは私の部屋です。出ていってください」

優奈の顔にはさらにあからさまな嘲笑が浮かび、まるで滑稽な話でも聞いたように鼻で笑った。

「ここに長く住んでるからって、ここがあなたの家だとでも思ってるの?よく見なさいよ。ここは松木家、あなたの家じゃないわ。私が望めば、どこにだって入っていけるの」

蒼空の瞳には、わずかに冷たい光が宿る。

「でも、少なくともおじいさまの前では、ここは私の部屋です」

優奈の顔色が沈んだ。

「逆らう気?しかもおじいさまを盾に?あなた、何様のつもりよ」

前世の蒼空は、瑛司に好かれたい一心で松木家のすべての人に気に入られようとしていた。

横暴な優奈にまで、逆らうことはなかった。

彼女が何を言おうと、黙って従っていた。

瑠々のことで意地悪されても、耐えていた。

だが今、初めて優奈に言い返した。

痛快だったが、優奈が明らかに不満を抱いているのが見て取れた。

蒼空が背を向けようとしたそのとき、中庭から車の走行音が聞こえてきた。

優奈がふっと笑った。

「何のためにお兄ちゃんについて行こうとしてたか、私が知らないとでも思った?でも残念ね、その目論見は外れたみたいよ」

彼女は蒼空を押しのけ、窓際まで歩いて外を見下ろした。

「お兄ちゃん、瑠々姉、来てくれたの?」

蒼空の部屋はこの別荘の2階にあり、中庭の声がかすかに届く。

彼女は久しぶりに聞く瑠々の声を耳にした。

前世と同じように、上品で冷ややか、ほんのりと誘惑的なその声。

まさに瑛司が好むタイプだった。

「優奈ちゃん、プレゼント持ってきたよ。早く降りてきて」

瑛司の声も、ちょうど聞こえるくらいの大きさで届いた。

その声音には、甘やかすような優しさが滲んでいた。

「ヒールなんだから、急いで走るなよ。転ぶぞ」

蒼空の心臓がわずかに止まったような感覚に陥る。

瑠々が松木家にもう来ている。

前世では、瑛司が数井市に行った後に瑠々を松木家に呼び寄せていたはずだ。

今回は、思っていたよりもずっと早い。

蒼空は拳を握りしめ、視線を瑠々に釘付けにする。

久米川瑠々。

その人こそが、自分の実の娘を死に追いやった元凶。

瑠々の笑顔を見ていると、蒼空は怒りに震え、呼吸することすら忘れてしまうほどだった。

頭の中には、娘の咲紀が自分の腕の中で息絶えたあの光景しかなかった。

瑠々は自らの口で、あの事故――

咲紀の命を奪った交通事故は自分の計画だったと認めた。

あんなに幼く、健康だった咲紀が、たった五歳で命を奪われ、墓すらなかったというのに。

それなのに、瑠々とその息子は全てを手に入れていた。

優奈は瑠々に応えた後、振り返って蒼空を嘲るように見た。

「瑠々姉が来てくれたんだし、一緒に挨拶に行こう?」

蒼空は冷たく笑った。

もちろん行く。

この女に、必ず自分の手で代償を払わせてやる。

彼女はリビングで立ち尽くし、瑛司が瑠々のピンク色のスーツケースを持って入ってくるのを見た。

彼の細く深い瞳は、黙って瑠々が優奈に駆け寄る姿を温かく見守っていた。

瑠々は彼の手からプレゼント袋を受け取り、優奈と松木のじいさんに渡した。

「優奈ちゃん、これはあなたとおじいさまへのプレゼントよ。気に入ってくれるかな」

優奈は小さく悲鳴を上げ、満面の笑みを浮かべた。

「私がずっとこのネックレス欲しかったって、なんで知ってたの?」

瑠々は優しく微笑みながら、彼女の頭を撫でた。

松木じいさんは袋の中の栄養剤を見ながら、

「来たのなら、しばらく滞在していきなさい。まだ用事があるから出るよ」とだけ言って立ち去った。

瑠々ははにかみながら笑った。

「ありがとうございます、おじいさま」

その後、彼女は瑛司の腕を取り、彼のそばに立ち、あたかもそのとき初めて蒼空に気づいたように、礼儀正しくも距離を感じさせる笑みを向けた。

「ごめんなさい、関水さん。あなたへのプレゼントは用意していないの。怒ったりは......しないよね?」

蒼空は変わらぬ表情で彼女を見つめ、何も答えずに言った。

「私に用がないみたいなので、先に部屋に戻ります」

瑠々が反応するよりも早く、瑛司の目が一瞬にして暗くなった。

優奈が冷笑して近づいてきた。

「何よその態度。せっかく瑠々姉が来たのに、それはないんじゃない?」

蒼空は冷静に彼女を見つめた。

「いいえ、歓迎していますよ」

優奈はあざけるように鼻で笑った。

「なに気取ってのよ」

「優奈ちゃん」

瑠々が困ったように微笑みながら言った。

「大丈夫だよ。関水さんも松木家の人間だし、好きなところに行けばいいでしょ。

でも、一つだけ謝らせて」

瑠々は恥じらいを浮かべながらも堂々とした態度で、瑛司の腕を取りながら蒼空を見た。

「瑛司に会いたすぎて、何の連絡もせずに来ちゃったの。関水さんは、気にしないよね?」

優奈はあざ笑った。

「彼女が松木家の人間?そんなわけないわ。彼女には権利なんてないのよ。家族だと思っている人は、おじいちゃんくらいだよ。

瑠々姉、ゆっくりしていってね。あんな嫉妬深い女なんか放っておけばいいの」

瑠々は伏し目がちに微笑みながら、瑛司に身を寄せ、低く囁いた。

「こんなふうに言うのは、大丈夫かしら?」

優奈は誇らしげに言った。

「大丈夫よ。余計なことをするなら、必ず追い出してやるんだから」

彼女は蒼空の冷静な表情をじっと見つめ、そこに軽蔑され、嫌われたという失意の色が浮かぶのを期待していた。

だが、蒼空の顔には終始、何の感情も現れなかった。

まるで、彼女の言葉も存在も、どうでもいいかのように。

優奈は内心で怒りを噛みしめ、どうしても蒼空の顔から傷ついた表情を引き出したかった。

「お兄ちゃん、瑠々姉と仲良くしてね。二人の仲を壊そうとするやつは、私が絶対に許さないから」

ふと、蒼空は瑛司に目を向けた。

だが彼は彼女を見ようともしなかった。

まぶたを伏せ、瑠々の肩に手を置き、低く穏やかな声で言った。

「部屋、案内するよ」

それは優奈の言葉に対する返事ではなかったが、否定でもなかった。

蒼空が瑠々を侮辱するのを、黙認しないという暗黙の了承だった。

その瞬間、優奈の顔には勝ち誇ったような笑みが浮かんだ。

瑠々の顔にもようやく満足げな笑みが浮かぶ。

「うん」

その様子を見ても、蒼空はもう驚かなかった。

彼女は黙って視線を外し、階段を上った。

瑛司はその背中を一瞬見つめたが、瑠々の問いかけに気を取られた。

「どうしたの?」

わずか一瞬、彼の瞳に冷たい光が走ったが、声は相変わらず穏やかだった。

「なんでもない。行こう」

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