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第709話

Author: 浮島
電話を切ったあと、アシスタントは向こうでどこか気まずそうな顔をしつつ、内心で二、三言ぼやき、結局は「松木社長ほどの人でも、妻のことになると疑心暗鬼になるものなんだな」としみじみ思った。

瑛司は通話を終えると、しばらく佑人と話していたが、そこへまた着信が入った。

母親からだった。

電話に出ると、初枝の穏やかな声が響く。

「瑛司、相馬が海外から戻ってきたって聞いたけど?」

瑛司はやや疲れた表情で眉間を揉み、低く「ああ」と答えた。

相馬の母親と瑛司の母親は同母異父の姉妹なので、相馬と瑛司は従兄弟にあたる。

相馬のほうが年上だ。

血縁はあるものの、両家の行き来はそれほど多くなく、関係が特別親しいわけでもなかった。

母はやや不満を含んだ口調で続ける。

「いつ相馬が戻ったのを知ったの?どうして家に一言も言わないの。私、挨拶もできてなくて失礼でしょう。さっき泉から電話が来て、初めて知ったのよ」

柳泉(やなぎ いずみ)は相馬の実母であり、初枝の同母異父の姉だ。

瑛司は眉間を押さえ、静かに言った。

「時間を作って、彼と母さんを会わせようか?」

初枝はすぐに首を横に振る。

「聞いたら、今は首都にいるんでしょう。私はまだ海外で、すぐには戻れないから。あなたが代わりにちゃんと歓迎してあげて。若い同士なら話も合うでしょうし、私とお父さんは忙しいから、無理に出ていかなくていいわ」

最近の瑛司はそこまで予定が詰まっておらず、時間を作ることもできたため、素直に了承した。

初枝はさらに言い添える。

「ここ数年、為澤家は海外で順調に伸びているわ。相馬と良い関係を築いておくのは、あなたにとっても家にとってもプラスよ。会うなら、瑠々と佑人も一緒に連れて行って、顔合わせしておきなさい」

瑠々と瑛司は結婚してから順調で、仲も良く、聡明な息子にも恵まれていた。

初枝はこの嫁を心から気に入っており、どこへ行くにも連れ立ち、普段からも「もっと大切にしなさい」と瑛司に言い聞かせていた。

瑛司は、ここ数日の瑠々のことには触れず、ただ「わかった」とだけ答えた。

長年、分別ある行動をしてきた息子に対し、初枝は十分信頼している。

念を押す程度で、それ以上は言わなかった。

ふと初枝が笑って言う。

「佑人はそばにいる?少しお話ししたいわ」

「ああ」

瑛司はスマホを佑人に渡した
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瑠々に天罰が下り不幸のどん底へ堕ちますように! 蒼空が前世分を含めてめっちゃ幸せになりますように。
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