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第753話

Author: 浮島
瑛司は一瞬、言葉を失った。

すると蒼空が言った。

「大丈夫です。遥樹が迎えに来るので」

彼女が別の方向へ顔を向けるのを見て、瑛司もその視線を追った。

道端に、目立たないアウディが一台停まっている。

運転席の窓は下がり、横向きのまま、車内の人物は肘を窓枠に預け、長い指で苛立たしげに車体を叩いていた。

誰なのかは、言うまでもない。

蒼空は数分前から近づいてきたそのアウディに気づいていた。

ナンバーも、見慣れたものだった。

彼女は静かに言う。

「では、私はこれで」

瑛司の視線は、隣に立つ女の顔に落ちる。

蒼空の笑みは、どこか甘やかすような色を帯びていた。

彼に向ける表情とはまるで違う。親

しい関係でなければ、決して見せない笑顔だ。

瑛司の指がわずかに動き、先ほどより冷えた声で言った。

「お前と遥樹は、恋人同士じゃないだろう」

疑問形ではあったが、疑っている口調ではない。

蒼空は一瞬言葉に詰まり、「......いつそれを?」と聞いた。

瑛司は答えず、顎を少し上げて言った。

「あとのことは、秘書から連絡させる」

「わかりました」

蒼空は一度彼を見てから、背を向けて歩き出した。

季節は晩秋へと向かい、北に位置する首都は冷え込みが早い。

出かけるとき、蒼空は上着を羽織ることなど考えていなかった。

海風に吹かれ、アウディから五メートルほど離れた場所で立ち止まった彼女は、小さく続けてくしゃみをした。

視界の端で、運転席のドアが開く。

遥樹が車を降り、彼女の方へ歩み寄ってくる。

蒼空は顔を上げ、鼻をすすりながら言った。

「ずっと後をつけてたの?」

「つけなきゃダメだろ」

遥樹は彼女を見つめ、指の腹でそっと目元を拭った。

表情は沈み、声も低い。

「......どうした。泣いたのか?」

蒼空が答える前に、遥樹は目を上げ、少し離れた場所にまだ立っている瑛司を睨みつけた。

「まさか、あいつに何かされた?」

今にも詰め寄りそうな様子に、蒼空は慌てて彼の腕を掴む。

「ううん。何もされてない。風が強くて、ちょっと寒かっただけ」

遥樹は腰をかがめ、近くで彼女の顔を確かめる。

「本当に、何もないんだな」

蒼空は苦笑した。

「何考えてるの。私が瑛司にいじめられるわけないでしょ。ほら、もう帰ろ?」

彼を軽く押して、「ほら」と
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