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第226話

Author: 三佐咲美
真思は唇の端をピクピクさせ、顔だけは笑っているものの、その目には冷たさが宿っていた。「ふふ、安井さん、ちょっと口が悪すぎるんじゃない?そんなにムキになってどうしたの?」

私は微笑みながら、真思に視線を向けた。「心配してあげてるだけよ。放し飼いだなんて、惨めに聞こえるじゃない」

真思の顔はみるみる青白くなり、慎一の腕に絡めた手をぎゅっと握りしめた。

けれど、彼女は雲香よりよほど分別がある。騒がず、怒らず、ただ慎一に向かって、「慎一、もう行こう。お父様とお母様がお待ちかねよ」とだけ言った。

まるで、慎一の両親に自分が認められていると、私に言いたげな態度だ。

だけど私は、別に構わない。どうせなら見届けてやろうじゃないか。慎一が、霍田当主が健在なうちに、彼女を本当に霍田家に迎え入れることができるのかどうか。

慎一は何も弁解せず、反論もしなかった。ほんの少しだけ私を振り返り、冷淡で落ち着いたまなざしを投げかける。「行くぞ」

私たちの間には、どこか一番身近な他人のような距離感がある。

その「行くぞ」という一言も、きっと真思にも向けられたものだったのだろう。

私も後を追ったが、立ち尽くしていたせいか、足がすっかりしびれていたのを忘れていた。バランスを崩し、そのまま慎一に倒れ込んでしまった。

慎一は、まるで背中に目があるかのように、私が声を上げるよりも早く、手首をしっかりと支えてくれた。

華奢な私の手首は、彼の大きな手の中で今にも折れてしまいそうだ。

彼との距離はとても近く、呼吸も手のひらも熱いのに、彼の声は氷のように冷たい。「何年も前の手口、今さらまた使うつもりか?」

その嘲りに、私は怒りがこみ上げた。

幼い頃の想いは純粋だった。お金も、権力も、複雑な世間のしがらみもなかった。ただ、好きだから好きだった。

それなのに、どうして彼はそんな安っぽい言葉で、私の過去を踏みにじるのだろう。

皮肉を言うのはタダだろうけど、私は彼の目をまっすぐに見つめ返し、怯まず言い返した。「何年経っても、あんたがまだ引っかかってるのは、どうして?それこそ、惨めじゃない?」

拳を握りしめ、手首をひねっても、慎一の拘束からは逃れられなかった。

「安井さん、そんな言い方しないで」真思が慎一の反対側で彼の肩を軽く揺すった。「慎一、気にしないで。安井さん、サングラスのせいで足元見
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Comments (2)
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ayako
今康平が来てくれたらいいのに。
goodnovel comment avatar
シマエナガlove
離婚おめでとう バカな慎一と浮気相手退場で 絶対幼なじみがいい 早く交際初めて
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