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第330話

Author: 三佐咲美
それは、私の昔のmixiの日記のことだった……

私はかつてmixiを日記帳みたいに使っていて、たくさんのことを書き込んでいた。全部を一字一句覚えている自信はなかったけれど、それでも思い出せば、だいたい内容は言える。

でも慎一が口にしたのは、まさに一言一句違わない、あのときの私の言葉だった。

目の前の男はどんどん距離を詰めてきて、息さえもどこか艶めかしい。私は思わず顔をそらし、数字の羅列を口にした。

「アカウント、渡す。パスワードは……あなたの誕生日。勘違いしないで、面倒だから変えなかっただけで、今はもう使ってないアカウントだから」

すると、慎一が私の顔をぐいっと掴んで正面を向かせる。「言い訳しないでくれ。黙ってたら、俺、多分朝まで機嫌いいままだったのにな」

けれど私は、彼がさらに不機嫌になることを口にした。「昔のことはもう全部終わった。投稿も全部消したし、アカウントもパスワードも渡すから、好きに調べればいいよ」

慎一は、この展開を全く予想していなかったようだ。

しばらく黙った後、声を震わせて大きく言う。「消した?誰が消していいって言ったんだ!」

重たい沈黙が流れる。

私は静かに答える。「あなたよ」

私の「日記帳」を探し出させて、全国放送で読み上げさせたのは、彼じゃない?

私の愛は、別に隠すようなものじゃなかったけれど、見知らぬ人にまで晒せるほど寛大でもなかった。

彼を好きだった気持ちは、かつて私だけが大事にしていた秘密だった。

慎一の顔色は青ざめて、どこか陰りも差していた。私は彼の頬にそっと触れた。「私はもう、過去に縛られたくないだけ」

慎一は窓を開け、外の冷たい空気を深く吸い込んだ。風が彼の髪を弄び、頬をなで、全身を冷たい現実で包み込んだ。

もし佳奈が、この過去を全部抜き去ってしまったら、この先の未来に慎一の居場所は残っているのだろうか。

私の片頬が風で痺れ始めた頃、慎一が突然後ろから強く抱きしめてきた。片腕で私の腰を抱き、もう片方の手で肩をぐっと掴んだ。

ほんのわずかな時間で、彼は何を考えたのだろう。突然、折れるようにして言ってきた。「打ち上げ、俺も一緒に行く」

私は少し驚いて、「え?私が行くって、言ってなかったよ?」

慎一は私の耳たぶに軽く歯を立て、不満げに言う。「お前と真思が初回で番組に盛り上げてくれたんだろ。普通に考
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