確かに当初のカイル様は仕事ができない子でしたね。 仕事を割り振りして、期限を明確にしてやっと仕事をするって感じだったし。 陛下はご存じなんでしょうか? 家に帰り、お父様と話す機会に恵まれた。「カイル様はどうやら宰相補佐がいないと仕事ができないタイプみたいなんですけど、陛下はどうなんですか?」「実は…陛下も宰相である私が仕事を割り振らないと仕事ができないんだよ。蛙の子は蛙というやつか?」「ですね……。カイル様に半人前とか言ったみたいですよ?」「そんな陛下も一人前とは言い難いかな?私がいなくなったら書類仕事ができるのか?」「国としてピンチじゃないですか?」「国家機密だな」「ですね」 翌日カイル様に家でお父様に聞いた事を耳打ちした。「陛下も人のこと言えないじゃないですか!陛下のところに行ってくる!」 そう言って、行ってしまった。 私は残された処理前の書類と一人格闘することになりました。 提出期日が間近なものから順にカイル様の机の側に置いていった。「はぁ、こんな仕事でもいいんだよなぁ。陛下提案の仕事はちょっと大変そう。……その分給金もいいんだろうけど」 戻ってきたカイル様は鬼の首を取ったかのようにスッキリとした顔をしていた。「いやぁ、陛下を言い負かしたことはなかったからすごく気分がいいよ」 そんなキラキラした顔をしても書類は待ってくれません。「カイル様?カイル様が陛下のところに行っている間に書類の仕分けをしておきました。カイル様の手元に近い順に提出期限が近いものです」 さっさと内容を精査して押印してくれ!というのが心の声。当然笑顔での対応をしました。そこは淑女として当然の所作です。「ああ、陛下からも許可をもらった。『ハルカはこのまま宰相補佐を続けるように』って。そういうわけでよろしくなー」「カイル様、お手が休まれております。このままでは今日中に書類が終わりません!」 そう言いながら、私は心の中でガッツポーズをしていました。「あ、カイル様が結婚後も宰相補佐を続けますので、気になさらずにお仕事を続けて下さい」「それはそれでなんだかなぁ」「え~!ハルカが乳母とかそんな希望もないんですの?」「ありません!婚約者もいませんし、そんなものです。フェブラリ姉さんも私が宰相補佐を続けることを気にしないで下さいね」「気にしないわよ
さあ、お父様はどうするのでしょう? これが四面楚歌というやつでしょうか? 陛下と決めたことですから今更反故にするわけにはいきませんが、愛する家族からは非難の嵐です。もちろん私も猛反対。 全く…なんのために私が宰相に名乗りを挙げたと思っているのでしょう?「陛下と決めたことだからなぁ」 そう言うと、家族からの冷たい視線が…。「ま、…待ってくれ!何とかするからっ!」 いつもならというか王城の中では強気なお父様も家族の前ですとあんまり大きくは出ることができないようです。 後日、陛下から呼び出しがありました。「宰相から泣きつかれた。比喩表現じゃなくて、本当に泣いていたからどうしようかと思った。とりあえず、二人きりになるようにした。ハルカはカイルの側妃になる気はないのか?」「ちっともありません。働くのが目的ですし、私が淑女として尊敬してやまないフェブラリ様が正妃となられるのに、私が側妃など烏滸がましいにもほどがあります。フェブラリ様の専属の侍女のお話ですが、そこそこ働くことができるのかと思ったのですが、本人とお話をさせていただきました。私はフェブラリ様の側にいるだけでよいとのことです。愛玩ペットみたいな感じでしょうか?どちらも働くことは叶わないようなので、二択でもこのお話を受けることはできません!」 はぁ、言い切った。でもなぁ、大貴族に歯向かったんだからそれ相応の処罰が下されそうだなぁ。「ハルカよ。いっそのこと王宮内で弁護人のような仕事をするというのはどうだろう?先日の孤児院のような事例はまだたくさんあるんだろうと思うが、流石に国王ともなるとそう簡単には市井に出て調査をすることはできない。そこで、ハルカにその調査をするという仕事を専門とする職についてもらいたいのだ!」「恐れながら、王家の影をつかえばすぐにわかるのでは?」「ハルカの報告を元に影には動いてもらおうと思う。その前段階でハルカには動いてもらいたい」「そして報告書ですね?現在の宰相補佐という職は?」「カイルももう一人で大丈夫だろう?……多分」 カイル様に陛下との話し合いでの事を伝えた。「え?ハルカ、宰相補佐じゃなくなるの?俺は一人で仕事?やだよ~」 駄々っ子ですか?二十歳過ぎくらいの年齢ではありませんでした?「ということは、ハルカは私の専属の侍女に?」「それとも違います。ちょ
ところで、裁かれたキューブ家ですが、キューブ令息はあれだけ大々的に婚約破棄をするほどに、真実の愛に目覚めたはずですが、男爵令嬢となったハナ嬢曰く、「伯爵令息じゃなくなった貴方にはなんの価値もないわ」と、あっさりと振られたという話を風の噂で聞いた。 真実の愛じゃなかったのだろうか? 私は久しぶりに実家に帰った。「久しぶりです。お母様」「いやーん、髪がちょっとは伸びたんじゃない?またお揃いにしたいわねぇ?」 伸びてるのか。あの長さだと、ちょくちょく切らないと伸びるのかな?仕事に差し障りがなければいいんだけど。最近は孤児院の仕事ばっかりだったからなぁ。髪はあんまり関係なかったし。「ところで、お父様は?」「もうすぐ、お帰りになると思うわよ?なんかあったの?」「ええ、ものすごく私の人生に関わる事が!」 私は顔は笑っているけど、目は笑っていないという状態だったと思う。「おかえりなさい、あなた。今日もエントランスで待っていたわ。待ちきれなくて!」 ラブラブでなによりです。これから質問攻めにするんですけどね。うふふ。「おかえりなさいませ。お父様」「どうした?ハルカ。実家で顔を合わせるのは珍しいな」 どうした?私の人生に関わる事を独断専行したのに?「お父様にちょっとした質問がありまして。まあ帰ってきてすぐですし、夕食の席でもどうぞ。我が家の夕食は絶品ですから」 退職した王宮のシェフを引き抜いてるからね。退職する年齢低いからまだまだ働ける年齢だし。問題はない。 その席で私は単刀直入で聞いた。「お父様?私が、カイル王子の側妃になるかフェブラリ嬢の専属の侍女になるか2択にしたんですの?お聞きしたところによると、私の意志は関係ないそうで。いつの間に決まったのでしょう?この話は陛下もご存じのようですが?」 ホーラホラ、お母様が怒ってきましたよ?お父様はどうなさいます?「どちらに転んでも私は‘働く’ということがないようなのですが?私は働きたいのですが?そのために宰相補佐になったわけですし?」「どういうことなの?あなた!」 あーあ、お母様が本格的に怒るよ?「いや、私はよかれと思って……」「それをですね。私抜きで知らないところで決められていたことが問題なのです。せめて、私を交えての相談でしたら……。了承はしなかったでしょうね。おかげで私は今後、仕事
「どうだ?間違ってるか?」「「……」」「黙ってるのは肯定の意味だけど、いいんだな?」「さて二人の今後の処遇だけど、院長はそうだなぁ、北の修道院にでも入って金銭欲など俗っぽい‘欲’というものから離れた生活をするといい。キューブ伯爵だが……降爵だな。男爵位まで。命があるだけ有難いと思うといい」 元・キューブ伯爵はその場にうずくまってしまった。 エイブ院長は修道院に行くことになるなら、その前に欲という欲を満たそうと思った。「あ、財産は差し押さえだからね!伯爵の財産は半分でいいかぁ。院長は全財産差し押さえ」 エイブ院長はこれで娼館に行くこともできなくなった。 別宅も差し押さえられているので、修道院に行くまでは孤児院で暮らすこととなる。それが自然なんだけど。今までのが不自然なのよ。だから裁かれるのよ!「あの孤児院はその後運営とかどうしましょう?」「うちがすることになったわ!」 フェブラリ姉さん!ワーグナー公爵家なら絶対安心の経営が期待できる。 久しぶりに見たフェブラリ姉さんも麗しい。見惚れてしまう。「あら、そんなに見ても何もでないわよ?」 そんなに見つめてしまってのか。ちょっと恥ずかしいです。「ハルカの今後なんだけど」「それなんだけど、俺の側妃とかダメ?」「嫌よ。ハルカは私の専属の侍女!」 お二人ともで私の争奪戦のようです。「あのー。私はあくまでも宰相補佐なんですけど…?」「カイル様が側妃を持つことも反対ですし、ハルカは私の専属の侍女になってもらうのよ!」 だから私は宰相補佐なんですけど…?「この議論については陛下もハルカの父君、宰相も了承済みだ」 お父様、私に何の相談もなくこのようなことを決めて!あとで制裁です!注:グリーン家における当主に対する制裁とは、お母様に言いつける。を意味します。お母さんから何らかの制裁が下されるでしょう。ご愁傷様です。「えーと、私の意志は?」「「ない!」」 何も声を揃えて言わなくたって……。 カイル様の側妃というのはフェブラリ姉さんと寵愛を競う形になるわけですし、働きたい私としては望みませんね。 フェブラリ様の専属の侍女……とりあえず働けるのかな?「フェブラリ姉さんの専属の侍女って何をするんですか?起床をお知らせしたり、お茶を淹れたりですか?」「いいのよいいのよ。ハルカは私の側にいる
また陰から殿下が現れた。「こういう目に遭うと思ったんだよなぁ」 思ってたなら、最初から何とか対処を!「で、ジャーン!ここにあるのが本物の報告書です。さっき君に渡したのは、ダミー」 私は脱力してしまいました。「おっと」 カイル様の手を煩わせることになってしまいましたね。これはいけない。「すいません、安心してしまって」「緊張していたんだろう」 誰のせいだよ?と思ったけど、口には出せない。不敬だから。 え?えぇ?「腰まで抜かしたんだ。仕方ないだろう?不可抗力だ。このままあの場所に置いておくこともできないしな」 カイル様にお姫様抱っこをされてしまいました。「陛下、このような格好で失礼します」「よいよい。廊下での一部始終は報告を受けておる」 てことはあの侯爵令嬢の家門……なんらかの処罰対象なのかな?大切な書類(ダミーだけど)をビリビリに破いたんだもんね。私に非はないわけだし。「これがあの一連の事件での報告書です」 陛下に拝見していただいた。「ふむ。これは酷いなぁ。キューブ伯爵家はどうせ潰れるからと思って放っておいたが、こんなことをしていたとなるとなぁ。直接悪事を働いたのはこの院長だとしても、支援をしていたのはキューブ伯爵家だしなぁ」 何もせずに潰れればよかったのに、自分から死期を早めるような行為をしたんだもんね。陛下からの召喚かなぁ? 陛下はキューブ伯爵とエイブ院長を召喚した。 エイブ院長は何を血迷ったんだろう?かなり豪華な服装で現れた。とても孤児院の院長には見えない。「此度召喚したのには理由がある。まあ、理由もなく召喚したりはしないのだけど。単刀直入に、エイブ院長は孤児院の寄付金を着服している容疑。キューブ伯爵はその金銭的支援だな」「お言葉ですが、陛下。私には身に覚えのないことでございます。確かにエイブ院長の孤児院には寄付をしていますが、その後の金銭の使い道までは把握していません」「うむ、軽く監督義務違反といったところか?今のところ。エイブ院長は何かあるか?」「何をおっしゃっているのかさっぱりです。私はキューブ伯爵が孤児院に寄付して下さった金銭を適切に処理しているだけでございます」「では聞こう。其方が今着ている衣服は孤児達も着ているものか?まさかお主だけが着ているものではないだろう?」「……」 この時になって初めて
魔法陣の解析でかなりの事がわかった。・この魔法陣は‘エイブ別宅’と孤児院を繋ぐものである。・この魔法陣は院長エイブのみが使用可能である。 と、魔法陣からわかったことは少ないのだが…。「この魔法陣、キューブ伯爵のお抱え魔術師が得意なタイプじゃないか?」 と、一人が言うと「ああ、そうそう」と、多くの魔術師が同意した。「魔法陣の制作者がキューブ伯爵のお抱え魔術師?ってことか?」「魔法陣ってクセが出るんですよねぇ」「そうそう、この辺りとかアイツっぽいよなぁ?」「「「わかる~」」」 魔術師にはわかるらしい。 もうひとつ、・この魔法陣はキューブ伯爵のお抱え魔術師が制作したものの可能性が高い さあ、わかったことを報告書でまとめて陛下に拝見していただく。~報告書~ 孤児院長エイブについて ・孤児院とは別の家で暮らしている ・休日にはその別の家に商人を呼び、買い物をしているようだ ・自分が孤児院を留守にしている間は、別の人間に孤児院を預けているようだ ・娼館に通っている 物証はグリーン伯爵家の隠密によって院長別宅と孤児院に魔法陣があり、その書き写しを魔術師達に解析を頼んだ <結果> ・この魔法陣は‘エイブ別宅’と孤児院を繋ぐものである。・この魔法陣は院長エイブのみが使用可能である。・この魔法陣はキューブ伯爵のお抱え魔術師が制作したものの可能性が高い《結論》 院長とキューブ伯爵は癒着している。院長はキューブ伯爵からの寄付金を横領し私利私腹を肥やしている。「この報告書さぁ、院長の悪事はたくさん書いてあるけど、キューブ伯爵ことはそんなに書いてないよね…」「いいのです。彼も一応貴族です」「一応って…」「噂が噂を呼び、社交界ではなかなか生きにくくなるのでは?と思います。それに、次の代で潰れることが決まっているような家門ですから」「そうか…。ではこの報告書を陛下のところへ持って行ってほしい」 ああ、この部屋と陛下の部屋の入り口を繋ぐ私専用の魔法陣が欲しい!あの廊下を通らなければと思うと気が沈む。「では、行って参ります」 こんな時フェブラリ姉さんがいたらなぁ。「あーら、今日もお遣いかしら?」「そうですので、ここをお通しください」「わたくし、侯爵令嬢ですの」「私は陛下より宰相補佐を賜っております、伯爵令嬢です。この報告書