ANMELDEN科学と魔術の粋を尽くした最強のお嬢様が、剣と魔法と銃が支配するポストアポカリプス世界で暴◯ん坊将軍するトンチキSFファンタジー。ただし解決は権力ではなく暴力です。やはり暴力……暴力はすべてを解決する!! ※第二章にはカニバリズム(食人)描写が含まれます。とくに第16話。苦手な方はご注意を
Mehr anzeigen「あの少女は何者だったのだろうか」 早暁。空が白み、小鳥たちが囀り始める頃。 アルドールは真樹派教会の礼拝堂で、ただ一人祈っていた。 両手を組み、傅いているのは真樹派の崇める世界樹を象った神像。 それにもたれるように、神弓イーヴァルヴィズルを携えた勇者の姿が彫り込まれている――はずだ。 アルドールの目はもはやそれを映すことはかなわない。 あの日、奇跡的に一命は取り留めたものの、オリーヴ色の両眼は白濁に色を変え、永久に光を失った。 代わりに、瞼の裏に焼き付いた姿がある。 切削刃の如き、金の巻き髪。 紫水晶の如き、紺碧の双眸。 白磁器の如き、滑らかな肌。 そして、少女の腰よりも身幅の広い、一振りの黒い大剣。 空を駆け、自由自在に剣を振るって混沌を退け、聖剣さえも跳ね返した存在。彼女の活躍によって救われた命は十万でも足らないだろう。 名をホウオウイン・レイカ。 異端者リンネの屋敷で働いていた助手であり、その企みをたった一人で挫いた戦士でもある。 ――勇者たちが立ち上がったのは、己の良心に従ってのことですわ。神様はそれを見守ってくださったかもしれませんが、立ち向かう意志は、勇気は、誰かから与えられたものなどではございませんの リンネの屋敷で交わしたわずかな会話。 茫洋とした少女の碧い瞳に、一瞬だけ力強い意志が宿っていたように見えたのは錯覚ではなかったか。「勇者……勇者たち……」 彼女は果たして、本当に勇者なのだろうか。 教団の教義では、たとえ様々に姿を変えようとも勇者は唯一人である。 もしも彼女が本当に千年前に世界を救った勇者で、そのひとりに過ぎないのだとしたら。その事実が知れ渡れば教団の混乱は免れないだろう。下手をすれば、分裂し教派間の戦争が始まるかもしれない。 そして、それを防ぐのが異端審問官の役目である。 だが、 アルバートの真っ暗な世界では、ただ少女の姿だけが輝いている。 心の中でさえ、異端と呼ぶことができない。 あるいは、彼女こそは真理なのではないか。 そう思う心が抑えられない。「神よ……偉大なる世界樹よ……」 だから、アルバートは神に祈る。 異端審問官になる際に、捨てたはずの神に。 人の身では抱えきれぬ苦悩に直面したときこそ、神に祈りを捧げるのかもしれない。
勇者の再臨。 そんなことがありえるのだろうか。 絶対にありえない。 それが、これまでのリンネの考えであった。 だが、眼前で繰り広げられている光景は何であろうか。 少女が宙を舞っている。 比喩ではない。 文字通り、空中で舞い踊っているのだ。 金糸のような巻き髪をたなびかせて、 くるくると、スカートの裾を翻し、 その手には黒い大剣。 複雑な文様が放つ光が一筆ごとに異なる色の線を引き、混沌を引き裂いていく。 少しずつ、少しずつ、チーズを削るように。 削り取られた肉片は、光の粒となって大気に溶けていく。 混沌とてやられるがままではない。 無数の人体を練り合わせて作った掌を少女に向かって伸ばす。 その速度は遅く見えるが、それは距離と巨大さから来る錯覚だ。 一本一本が、謝肉寺院の大礼拝堂を支える主柱ほどある。 矢のような速度で殺到する触手の群れ。 群がるそれを、優雅なステップで軽やかにかわす。 かわす。 かわす。 それはまるで、 蝶を追う子供の手のようであり、 天より垂れた糸に縋る亡者の手のようでもあった。 かわすたびに大剣が振るわれ、 指を切り落とし、 手首を切り落とし、 前腕を半ばから両断する。「なんて動きだ……」 眼前で繰り広げられる絶美に奪われていた己の理性を呼び覚ますため、リンネはあえて声に出して呟いた。「分析しなければ……」 まず、空中飛行の魔術。 通常、竜鱗の裔や翼腕鳥人、喋蝦蛄のような有翼種族を除けば、機械や魔道具の補助もなしに空を飛べる者などいない。ところがあの少女は、それらしい道具に一切頼っていないように見える。 また、混沌の因子は魔素に干渉する。あの怪物の直上は、魔力場が相当に乱れているはずだ。例え有翼種であってもまともに飛べる環境ではない。 にもかかわらず、少女は自在に空を舞っている。膨大な魔素出力と、精緻なコントロールが両立しなければ到底成し得ない所業だ。例えるなら、一本の絹糸の上を全力で駆けながら軽業を披露するようなもの。それほどの絶技を、少女自身よりも重いであろう大剣を操りながら、汗ひとつかくことなくやってのけている。 次に剣術の冴え。 リンネは剣術については完全な門外漢である。長剣と|幅広
赤い霧は薄れ、今は低い位置に靄がかかる程度になっていた。 リンネはバルコニーから身を乗り出し、光受容細胞を集中して眼下の光景に見入っている。 それは油絵具をでたらめにぶちまけた抽象画のようだった。 赤が、青が、黄色が、緑が白が黒が茶色が滅茶苦茶に入り混じり、地面を埋め尽くし、何か巨大な生物の内臓のように脈動している。あちこちで起きる小爆発は僧兵による銃撃だろう。衝撃波を発生させる鎮圧用の魔弾を使っているようだが、効果はあまりなさそうだ。 その上には、無数の人影が蠢いていた。 顔面を掻きむしって泣きわめく人間。頬の皮膚がべろりと剥がれ指に絡みつくが、すぐにとろけて指そのものに同化する。めくられた皮膚は瞬く間に再生し、再びべろりと引き剥がされる。 咆哮しながら手近な人間に喰らいついているのは食人巨鬼。若い女の肩口に噛みつくが、顎と肩肉が癒着し、顔を埋めたままくぐもった叫びを上げる。 竜鱗の裔が火の吐息で緑肌矮人を黒焦げの炭に変えるが、卵の殻を剥くように炭化した組織が剥がれ落ち、内側から現れた緑肌矮人がわけもわからない風にきょろきょろとあちこちを見回している。 いずれも下半身が脈動する異形の大地と融け合わさっている。大地からは代わる代わる人が生え、また溶け落ちるように沈んでいった。混沌に飲み込まれた人々が再生と融合を繰り返しているのだ。「なるほどなるほど、他の生物や物質と融合しても、すぐに意識を失うわけじゃないのか」 リンネは目の前の光景を神経細胞の回路に刻み込み、体内の最も安全な深部にしまい込む。粘体生物は体細胞の位置を変更し、全身で効率的に記憶を行えるが、重要な記憶は損傷を防ぐために体表から遠ざけるのだ。「同志ィいいいぃイ! リンネぇ同志ィいいいぃイ!」 己の名を呼ぶ声。 混沌の中央あたり、そこにイワナガの身体が生え、大きく手を振っていた。上唇と下唇が癒着しかかって糸を引いている。声帯や口腔も元の形は保っていないのだろう。人外じみた奇妙な発音になっていた。「リンネ同志ィ! やリました やりまスィたゾぉ! 大ホウ壊 始源の地ゴク 混沌に満ちた世界の終ワリ! 勇者再臨のトキは来たレリぃ!」 イワナガの胴体が蛇の
【巡察官による捜査資料より抜粋】◯氏名:チュユ氏族のキリリ◯性別:女性◯種族:緑肌矮人◯爵位・階級:二等市民◯備考:重要参考人(カール・フォン・リンネ 粘体生物)の隣家の使用人。副業で占い師◯聴取内容(録音ママ): ええ、はい。ちょうどお勤めが終わりまして、二等市民街の家に帰るところでした。ああ、あたしは通いでしてね。洗濯だの掃除だの、一通りの用事が済んだら帰るんですよ。 最初はね、地震だと思ったんです。 ぶるぶるぶるぶるって、地面が細かく揺れる感じで。 でも、驚くじゃありませんか。 どおおおおおーーーーーん! って、急に突き上げるような揺れが。 それで、隣のリンネ先生…… いや、もう呼び捨ての方がいいんですかね? 異端が起こしたテロに関わっていたんでしょう? 時々頼まれごとなんかされてたんですよ。 ああ、恐ろしい恐ろしい。 あんな人の好さそうな顔してねえ……。 あ、いえ、言葉のアヤですよ。 粘体生物に顔つきも何もありませんって。 ほんと、よくわからなくて不気味な連中ですよねえ。 あ、すみません。話を戻しますね。 それで、リンネの屋敷がどどどどどどって崩れ落ちましてね。 いやあ、仰天しましたよ。 思わず腰を抜かしちゃって、持って帰ろうとしてた卵がみんな割れちゃいましたからね。 あれ、嫌ですよう。盗んだわけじゃありませんって。 古くなった食材を持ち帰って処分しようとしてただけですからね。 ご主人様にお話しなさっちゃ嫌ですよ。 それで、リンネの屋敷が崩れて、もうもうっと土煙が上がって。 そこから何がでてきたと思います? 怪物ですよ、怪物。 迷宮の深層に住んでいるようなでっかくて醜いやつが、たーくさん。 え? 迷宮に潜ったことがあるのかって? 嫌ですよう、こんなおばさんを捕まえて。 あるわけないじゃないですか。 でも、怪物なら幻画や新聞でよく知ってますよ。 地下に潜れば潜るほど、大きくって強くって、不細工なやつが出てくるんでしょう? それから考えたら、あの怪物たちはどう考えたって最下層レベルですよ。 ひょっとしたら深淵から来たのかも? 深淵、知りません? 迷宮の最奥を迷宮探索者たちはそう呼ぶって言うじゃありませんか。 まだ誰も