Short
婚約者を奪った女に弁護を頼み込まれました

婚約者を奪った女に弁護を頼み込まれました

By:  硯月Completed
Language: Japanese
goodnovel4goodnovel
8Chapters
28views
Read
Add to library

Share:  

Report
Overview
Catalog
SCAN CODE TO READ ON APP

私は久世紗和(くぜ さわ)。法律事務所のパートナー弁護士に昇格した日、5年前に別れた元婚約者・椎名慶悟(しいな けいご)が突然現れた。 慶悟が連れてきたのは、泣き崩れる相原莉奈(あいはら りな)だった。慶悟はこの事務所でいちばん腕の立つ弁護士に依頼したいと言った。 莉奈は、慶悟がかつて指導していたインターンだ。学生時代には、私が学費も生活費も援助していた。私たちが別れる原因になった女でもある。 5年前、法律扶助で引き受けた事件をきっかけに、私は莉奈と知り合った。 莉奈には頼れる人がおらず、生活も苦しかった。だから、大学を卒業するまで、学費も生活費もすべて私が負担した。卒業後は、法律事務所でインターンとして働けるよう手配した。 それなのに、私たちが婚約する直前、莉奈は慶悟と関係を持った。 慶悟は莉奈を背にかばった。 「莉奈はずっと苦労してきたんだ。悪いのは俺で、莉奈は何も悪くない。責めるなら俺を責めろ。殴りたいなら俺を殴れ」 慶悟は私に、身を引くよう迫った。 私は何も言わなかった。 そして今、私はかつて慶悟が座っていた席にいる。 「飲酒運転で人に重傷を負わせた以上、弟さんの刑を少しでも軽くするには、事故の状況が分かる証拠をそろえなければならない。被害者との示談も進める必要がある。『わざとじゃなかった』の一言で、裁判所の判断は変わらないわ」 慶悟は複雑な表情で私を見つめ、唇をかみ、ようやく答えた。 「全部、紗和の言うとおりにする」 別れ際、慶悟は私の腕をつかんだ。 「あのとき弁護士を辞めたのに、どうして戻ってきたんだ?」 私は小さく笑った。 「やっと気づいたの。終わった恋と、私を裏切った人には、弁護士としての信念も仕事も捨てるほどの価値なんてなかったって!」

View More

Chapter 1

第1話

「紗和さん、お願い!助けて!」

莉奈は慶悟の手を振りほどいた。よろめきながら駆け寄り、私の前にひざまずいた。

「弟はわざと事故を起こしたわけじゃないの。落ち込んで、つい飲みすぎただけなの。警察が捜査を始めて、弟はもう送検されてるの……

紗和さんはいちばん腕のいい弁護士でしょう?見捨てたりしないよね?」

泣きじゃくる莉奈の肩は震え、涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃだ。その姿は、5年前、なぜ私の婚約者と寝たのかと問い詰めたときの莉奈とは、まるで別人に見える。

「まず立って」

私は慶悟から渡された事故関係の資料に目を通した。

「裁判所は証拠に基づいて判断するの。誰かがひざまずいて泣いたからといって、裁判所の判断が変わるわけじゃない。さっき伝えたものを、一つ残らずそろえて持ってきて。私が見るのも証拠だけ。涙じゃない」

5年前のことを思えば、慶悟が私の返事に驚いたのも無理はない。

当時、敏腕弁護士だった慶悟は、莉奈のために私との婚約を破棄し、昇進まで断った。しかも、長く支えてきた婚約者の私まで、あっさり捨てた。

その騒動は法曹界に知れ渡った。私まで噂の的になり、2年間まともに依頼を受けられなかった。あれだけのことをされたのだから、二人を追い返しても誰にも責められない。

慶悟はしばらく呆然と立ち尽くし、ようやく口を開いた。

「紗和、ありがとう」

「弟さんの処分が少しでも軽くなるよう、できる限りのことはする。ただし、裁判で有利な結果を得られるかどうかは、事故の状況次第よ。刑が軽くなるかどうかは、被害者との示談が成立するかにもかかっている。

慶悟も弁護士だったんだから、飲酒運転で人に重傷を負わせれば、どうなるかは分かるでしょう。私にできるのは、必要な資料を整理して提出し、少しでも刑が軽くなるよう、弟さんに有利な事情を主張することだけよ」

私は今後の手続や考えられるリスクを、一つずつ説明した。

十分はっきり伝えたつもりだったし、二人も理解したと思っていた。

ところが莉奈は突然駆け寄り、勢いよく私を突き飛ばした。

「紗和さん、何をそんなに偉そうにしてるの?!

慶悟が私を選んで、あなたとは結婚しなかったから、恨んで仕返ししたいだけでしょう?!

私が頭を下げたのをいいことに、わざと困らせてるの?

慶悟が愛してるのは、初めからずっと私よ!これから先だって、あなたを愛することなんてない。いい加減、諦めて!」

言い終わらないうちに、莉奈の鋭い爪がまた私の首筋を引っかいた。

傷口から血が流れ出すと、慶悟が慌てて間に入った。

「いい加減にしろ。ここは法律事務所だ。わめき散らす場所じゃない。飲酒運転で事故を起こしたのはお前の弟だ。紗和はお前たちのために、今後の手続を説明してくれてるんだぞ。これ以上騒ぐなら、誰も助けてくれなくなる」

口では叱っていても、莉奈の涙を拭う手つきは優しい。

5年前、二人の関係を知って泣き崩れたときも、同じだった。

私は新居にそろえた物を、片っ端から床にたたきつけた。

傷つけられたのは私なのに、慶悟は最初から最後まで莉奈を抱きしめ、慰めながら涙を拭っていた。

婚約者だった私のことなど、目にも入っていなかった。

「莉奈が純粋で傷つきやすいのは、紗和も知ってるだろ。今はパートナー弁護士なんだ。これくらい、大目に見てやってくれ」

そう言って、慶悟は私に1枚のキャッシュカードを差し出した。

「この口座には200万円入ってる。莉奈の弟の件をうまく収めてくれたら、好きに使っていい」

私は目を上げ、差し出されたカードを見た。

あまりにばかばかしい。

あの頃は、司法試験に挑む慶悟を支えながら、狭いアパートの一室で3年暮らした。生理用品を買うお金にも困るほど貧しかった。

その後、慶悟は弁護士として成功した。それでも、私との将来のために用意したのは、二人で何十年もローンを返していく、70平米ほどのマンションだけだった。

それなのに莉奈のためなら、200万円をあっさり差し出した。

「事務所の規定では、パートナー弁護士は所内で割り当てられた案件を受けることになっている。

この件はすでに事務所が受任し、私の担当になった。正当な理由もなく断ることはできない。

だから、私まで私情で仕事を選ぶと思わないで」

Expand
Next Chapter
Download

Latest chapter

More Chapters
No Comments
8 Chapters
第1話
「紗和さん、お願い!助けて!」莉奈は慶悟の手を振りほどいた。よろめきながら駆け寄り、私の前にひざまずいた。「弟はわざと事故を起こしたわけじゃないの。落ち込んで、つい飲みすぎただけなの。警察が捜査を始めて、弟はもう送検されてるの……紗和さんはいちばん腕のいい弁護士でしょう?見捨てたりしないよね?」泣きじゃくる莉奈の肩は震え、涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃだ。その姿は、5年前、なぜ私の婚約者と寝たのかと問い詰めたときの莉奈とは、まるで別人に見える。「まず立って」私は慶悟から渡された事故関係の資料に目を通した。「裁判所は証拠に基づいて判断するの。誰かがひざまずいて泣いたからといって、裁判所の判断が変わるわけじゃない。さっき伝えたものを、一つ残らずそろえて持ってきて。私が見るのも証拠だけ。涙じゃない」5年前のことを思えば、慶悟が私の返事に驚いたのも無理はない。当時、敏腕弁護士だった慶悟は、莉奈のために私との婚約を破棄し、昇進まで断った。しかも、長く支えてきた婚約者の私まで、あっさり捨てた。その騒動は法曹界に知れ渡った。私まで噂の的になり、2年間まともに依頼を受けられなかった。あれだけのことをされたのだから、二人を追い返しても誰にも責められない。慶悟はしばらく呆然と立ち尽くし、ようやく口を開いた。「紗和、ありがとう」「弟さんの処分が少しでも軽くなるよう、できる限りのことはする。ただし、裁判で有利な結果を得られるかどうかは、事故の状況次第よ。刑が軽くなるかどうかは、被害者との示談が成立するかにもかかっている。慶悟も弁護士だったんだから、飲酒運転で人に重傷を負わせれば、どうなるかは分かるでしょう。私にできるのは、必要な資料を整理して提出し、少しでも刑が軽くなるよう、弟さんに有利な事情を主張することだけよ」私は今後の手続や考えられるリスクを、一つずつ説明した。十分はっきり伝えたつもりだったし、二人も理解したと思っていた。ところが莉奈は突然駆け寄り、勢いよく私を突き飛ばした。「紗和さん、何をそんなに偉そうにしてるの?!慶悟が私を選んで、あなたとは結婚しなかったから、恨んで仕返ししたいだけでしょう?!私が頭を下げたのをいいことに、わざと困らせてるの?慶悟が愛してるのは、初めからずっと私よ!これから先だって、
Read more
第2話
その夜、私は徹夜した。現場の防犯カメラ映像やドライブレコーダーの記録を、一つずつ整理した。血中アルコール濃度の検査結果と被害者の診断書も、順に確認した。周囲は私が莉奈のために全力を尽くしていると思っているけれど、本当の理由を知っているのは私だけだ。私はただ、証拠と法律に忠実でいるだけだ。被害者の家族との示談交渉を終え、病室を出ると、慶悟が廊下のベンチに座っていた。全身ずぶ濡れで、濡れた髪が頬に張りついている私を見ると、慶悟はとっさに上着を脱ぎ、足早に近づいてきた。「これ、羽織れ」私は横へ身を引いた。慶悟が初めて担当した法律扶助事件で、一緒に動いたときのことを思い出した。あのときの被害者の家族は、今回よりも激しく詰め寄ってきた。話を始めてすぐ、私にガソリンを浴びせ、ライターを手に弁護を降りるよう慶悟を脅した。私は少しもひるまなかった。どうしていいか分からず立ち尽くす慶悟を、まっすぐ見た。「たとえ火をつけられても、命がある限り、弁護士としての一線は守り抜く!慶悟、続けて!」私は目の前の慶悟に、今回の示談交渉の結果を伝えた。「被害者側は、治療費を全額支払い、後遺障害についても賠償するよう求めている。それから、莉奈と弟さんが直接謝罪に出向くことも、示談の条件だと言っている。示談が成立するかどうかは、私ではなく、あなたたち次第よ」私は私情を一切交えず、事務的な口調で告げた。「分かった。紗和、ありがとう。大変だったな。でも、せめてこの上着を羽織ってくれないか?昔から体が弱くて、少し冷えただけでも高熱を出してただろ。きちんと仕事をするためにも、まずは自分の体を大事にしろよ」その言葉に、私は小さく笑った。「私に仕事の仕方を教えるつもり?今さら、そんなことをして何になるの?5年前、莉奈のために私を周囲の非難にさらし、弁護士を続けられないところまで追い込んだ。それなのに5年たった今も、莉奈のために優しいふりをして私を気遣う。皮肉だと思わない?」慶悟の動きが止まり、上着を握る指先に力がこもった。「でも、俺は本当に紗和に負い目を感じてる。この5年、ずっと申し訳なく思ってた。いつか埋め合わせたいと思ってたんだ」私はさらに冷たく笑った。「そう。上着で償うつもり?」「違う!」慶悟は慌てて否
Read more
第3話
莉奈の甲高い声が事務所中に響き、所員たちが何事かとこちらの様子をうかがった。「慶悟が私を選んだだけでしょう?それなのに、奪ったみたいに責めないで。負けを認めたくないだけじゃない!」莉奈の声に耳の奥が痛んだが、私は冷静に見返した。「私はわざと話をこじらせたわけでも、被害者の家族に示談を断るよう吹き込んだわけでもない。そもそも、私にそんなことを決める権限はない。正式に手続を進める前に、条件は何度も説明したでしょう。被害者側が示談に応じる条件は、治療費を全額支払い、莉奈本人が直接謝罪に出向くことよ。だから、示談が成立するかどうかは、私ではなく莉奈次第よ」私は入り口に集まった所員たちを見回し、きっぱりと言い切った。「難しい言葉は使っていないわ。莉奈にも理解できるでしょう?」パシン!言い終えるなり、顔から血の気が引いた莉奈は、私の頬を力いっぱい平手打ちした。「何を考えてるかなんて、全部分かってる!5年前のことを根に持って、仕返ししてるだけでしょう!私が幸せになるのが許せないんでしょ。刑務所に入ればいいって思ってるんでしょう!紗和さんなんて、最低!」そこへ、慶悟が入ってきた。泣きじゃくり、髪を乱した莉奈を見ても、慶悟は真っ先に彼女を止めようとはしなかった。私へ目を向け、莉奈をかばうように低い声で言った。「莉奈は弟のことでずっと不安で、まともに眠れてないんだ。精神的にもかなり参ってる。紗和は莉奈より経験があるんだから、少し言葉を選んで、これ以上刺激しないでくれ」思わず耳を疑った。「今、勝手な言いがかりをつけ、手まで上げたのは莉奈よ。それなのに、莉奈を止めるどころか、私のほうに我慢を求めるの?慶悟、5年たっても、どちらが悪いのかさえ分からないの?」莉奈を見る目が冷え切った。スマホを取り出し、迷わず警察へ電話をかけた。「それとこれとは別よ。人前で騒ぎを起こし、暴力まで振るった。見逃すつもりはない」電話がつながった途端、莉奈が飛びかかってきた。スマホを奪って床にたたきつけ、そのまま力任せに踏みつける。「私の将来をめちゃくちゃにして、慶悟まで奪おうとして、今度は警察に通報して、私を捕まえさせるつもり?紗和さんの思いどおりになんて、絶対させない!」莉奈はスマホを踏みつけながら、怒鳴り続けた。浮気相手、略奪女、男
Read more
第4話
「私が騒いでるって?あの女は私たちの家まで奪ったのよ。今さら、人前で恥をかくことなんて気にすると思う?」その言葉に、事務所内がざわついた。莉奈はなおも食い下がった。「紗和さんは、表向きは公正な弁護士を装ってるけど、本当は初めからこの事件を利用して、私に仕返しするつもりだったのよ。私のものを全部奪って、慶悟まで取り戻そうとしてる!みんなの前で言い切れる?この事件を口実に慶悟とよりを戻そうとしてないって。慶悟に家を渡せと迫ってないって!」莉奈は今にも食いつきそうな目で私をにらみ、鼻先に指を突きつけた。騒ぎを聞きつけ、事務所の責任者たちも険しい顔で私の部屋へ入ってきた。年配の所長が眉をひそめ、口を開いた。「紗和、パートナー弁護士に就任したばかりだ。職務規程はきちんと守らなければならない。依頼人から事務所を通さずに個人的に財産や報酬を受け取る行為は認められない。ここまで来るのは簡単じゃなかっただろう。感情に任せて、自分の将来を台なしにするな」私が答えるより先に、莉奈は得意げに、床に散らばった写真を数枚拾い、所長へ差し出した。「これが紗和さんの本性よ!弁護士の立場を利用して事件を盾に私を脅し、家まで巻き上げたの。そのうえ、恥知らずにも人の男に手を出した!弁護士のくせに法律を破って、立場まで悪用してるのよ!事務所として、きちんと処分するべきよ。こんなやり方を許しちゃいけないわ!」思わず慶悟へ目を向けた。慶悟は唇を固く結んだまま長く黙り込み、やがて覚悟を決めたように口を開いた。「久世先生にそんな意図があったとは気づきませんでした。ただ、家を渡したのは事実です。今回の件は刑事事件ですし、先生には何度も動いてもらいました。その分の報酬として家を渡しても、おかしくはないと思います」おかしくはない……胸の奥が一気に冷えた。その曖昧な言い方には、私への疑いを晴らす言葉が一つもなかった。一見中立に聞こえたが、みんなの疑いを裏づけたも同然だった。これでは、私が事件を利用して家を要求し、わざと慶悟に近づいたようにしか見えない。こうして私は、何の根拠もない疑いをかけられた。「何か言うことはあるか?」所長が冷たい目を向けてくる。「依頼人から個人的に財産や報酬を受け取ったのなら、職務規程に反し、懲戒の対象になり得る
Read more
第5話
「紗和、何をするつもりだ?」慶悟が真っ先に反応し、慌てて私の前へ駆け寄ってきた。私が確証もなく動く人間ではないことを、慶悟は誰よりも知っている。記者を呼んだ以上、私がすべてを覆す証拠を握っていると気づいたのだろう。だが、それを聞きたいのは私のほうだ。「あなたたちこそ、何をするつもりなの!事務所へ来たとき、泣きながら、この事件を引き受けてほしいと頼んだのは、あなたたちでしょう。そもそも、弟さんの事件は、刑を軽くできる余地がほとんどなかった。それでも私は、少しでも刑が軽くなるように手を尽くし、被害者側との示談交渉も進めた。莉奈が求められた賠償金を支払い、直接謝罪に出向きさえすれば、示談はまとまったはずよ。それなのに莉奈は、賠償金も支払わず、謝罪にも行こうとしなかった。それどころか、事務所へ押しかけて騒ぎを起こし、根も葉もない話まででっち上げて、私を陥れようとした」思わず苦笑した。「私を信用できないなら、どうして依頼に来たの?どうして私が、あなたたちの依頼を引き受けなければならないの?」言い終えた瞬間、胸に鋭い痛みが走った。持病の狭心症の発作が、また起きた。胸を押さえ、わずかに身をかがめる。初めて発作を起こしたのは、莉奈の両親の事件を担当していた頃だ。莉奈の両親は建設現場で作業中、足場から転落した。二人ともけがが重く、その場で亡くなった。工事を請け負っていた業者の社長は、後ろ盾があるのをいいことに責任を逃れ、損害賠償を一切拒んだ。残された莉奈には頼れる人もおらず、当時まだ15歳だった。弁護士になって間もない私は、この難しい事件を法律扶助で引き受けた。周囲では、遺族を利用した売名行為だの、注目を集めたいだけだのと、好き勝手に噂された。その一方で、業者から何度も脅しを受けた。現場へ通い、証人を探し、資料を整理した。二人の無念を晴らすため、できる限りのことをした。結果は決して満足のいくものではなく、求めていた額の賠償も得られなかった。それでも、悪質な業者に法的責任を負わせることはできた。無理を重ねた末、私は狭心症を患うようになった。あの頃の莉奈は、私に抱きついて泣いた。今まで出会った人の中で、私がいちばん優しく、いちばんいい人だと言い、何があっても一生かけて恩返しすると誓った。恩返し
Read more
第6話
だが、私は莉奈に言い逃れをする隙など与えない。動揺する莉奈を見据え、数百人の所員と事務所の責任者たちを見渡した。最後に、記者たちへ視線を向ける。「皆さんの中には、5年前、婚約者の裏切りで私の婚約が破談になったことをご存じの方も多いでしょう。また、建設現場で起きた死亡事故をめぐる難しい事件を、私が法律扶助で引き受けたことも覚えていらっしゃるはずです」私は全身を震わせる莉奈を指さし、全員に聞こえる声ではっきりと言った。「この女性は、当時の事故で両親を亡くした遺児です。頼る人もなく、生活に困っていた彼女を、私は学費も生活費も負担して支えてきました」次に、顔をこわばらせる慶悟へ視線を移した。「こちらは、私の元婚約者で、彼女がインターンだった頃の指導担当でもあります」深く息を吸う。胸の奥にはまだ鈍い痛みが残っているが、声は少しも揺れない。「二人とも、かつて私が誰よりも信じ、大切にしていた人たちです」「紗和さん、何をするつもり?!皆さん、信じないで!全部でたらめよ!悪意のある中傷よ!」莉奈は甲高い声で私の話を遮り、なおも事実をねじ曲げて私を悪者にしようとした。「人の恋人に手を出して、私たちの仲を壊そうとしたのは紗和さんよ!話をすり替えて、全部私たちのせいにしようとしてる!早く警察に通報して、この人を捕まえてもらって!」私が言い返すより早く、莉奈は血相を変え、パソコンを奪おうと飛びかかってきたが、警備員がすぐに取り押さえた。「紗和、ここまで事を荒立てる必要はないだろ」慶悟が足早に私の前へ回り込み、眉を寄せた。いつものように莉奈をかばい、この場を丸く収めようとしている。「莉奈は弟の事件が心配で、感情的になってるだけだ。悪気はない。紗和のほうが年上で、経験も分別もあるんだから、そこまで追い詰めなくてもいいだろ」私が追い詰めている?その言葉に、思わず笑いが漏れた。追い詰められているのは、いったいどちらなのか。いつもそうだ。いつも、「そこまでしなくてもいいだろ」の一言で済ませる。莉奈がどれだけ問題を起こし、取り乱し、私を目の敵にしても、慶悟の言い分はいつも同じだった。莉奈はまだ若い。つらい境遇で育った。苦労してきた。悪気があったわけじゃない。いつも莉奈をかばって何をしても許し、私にだけ我慢して譲ること
Read more
第7話
【慶悟のお金は全部、私に使って。私以外の人には使わないで】慶悟は、頭をなでるスタンプを送ってから、こう返していた。【まったく、莉奈にはかなわないな。分かったよ。莉奈が喜ぶなら、何でも言うとおりにする】プレゼントを受け取った日、アクセサリーを持ったことすらなかった私は、それを宝物のように大切にした。慶悟はそのブレスレットを、私の手首につけてくれた。そのとき慶悟は、これから先もずっと二人で生きていこうと言った。このブレスレットは、自分の気持ちそのものだとも。それが2000円のおまけにすぎず、莉奈に贈った6万円のペンダントとは、比べるのもばかばかしいほど安物だったと知った。2018年5月3日。結婚式の準備を始める前、二人で過ごせる唯一の連休だった。慶悟は、遠方へ出張すると私に言っていた。大勢が見つめる画面に、莉奈のメッセージが映し出される。【紗和さんは、慶悟が出張なんかしてないって知らないでしょうね。今頃、私と市内のホテルにいるなんて、思ってもいないでしょう?】【ねえ、もっと大胆なことしない?写真を撮って、SNSに載せようよ】その日、SNSを見ていた私は、莉奈が投稿した、男女が手をつないだ写真を見つけた。男性の薬指に残る見覚えのある指輪の跡を見て、嫌な予感が胸をよぎった。それでも当時の私は何も知らず、莉奈に好きな人がいるのだと思い、恋人なのかと尋ねただけだ。たったそれだけの質問がきっかけで、私たちは初めて激しく言い争った。以前、莉奈は私に、何も隠さず、何があっても正直に話すと約束していた。少なくとも、私を心配させるようなことはしないと。だが、その日の莉奈は目を赤くして、私に怒鳴った。「紗和さんは私の何なの?どうして私のことにいちいち口を出すの?誰を好きになって、誰と付き合おうと、いちいち報告しなきゃいけないの?自分がそんなに偉いとでも思ってるの?少しお金を出してくれたくらいで、私の人生に口を出さないで!」2018年5月20日。慶悟との交際5周年の記念日だった。莉奈は慶悟へ、こんなメッセージを送っていた。【慶悟、紗和さんのために作った、あの一点もののウエディングドレスを私にちょうだい】【そんなに高いものじゃないけど、デザインもシルエットもほかにはないでしょう。ずっと欲しかったの】慶悟
Read more
第8話
「根拠のない話をでっち上げ、紗和が依頼人を脅して財産を要求しただの、素行に問題があるだのと、大勢の前で言いふらした。これは、ただの口論では済まない。事実無根の話で紗和の名誉を傷つけた以上、名誉毀損にあたる可能性がある」所長は莉奈を鋭く見据え、その場にいる全員に聞こえる声で、どのような法的責任を問われるのかをはっきりと告げた。「今日ここにいる数十人の記者と数百人の所員が、あなたの発言を聞いている。紗和の名誉を傷つける話が、それだけ広く伝わったということだ。民事では、損害賠償や謝罪広告など、名誉を回復するための措置を求められることがある。さらに、紗和が告訴すれば、刑事責任を問われる可能性もある。名誉毀損罪の法定刑は、3年以下の拘禁刑、または50万円以下の罰金だ」所長が言い終えると、室内はしんと静まり返った。莉奈は足から力が抜け、その場に崩れ落ちた。「紗和さん……」しばらくして人々が散ると、強気だった莉奈は、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにし、四つん這いで私の足元まで這ってきた。「紗和さん、私が悪かった。本当に反省してる。私、どうかしてたの。嘘をついて紗和さんを悪者にしたのも、欲を出したのも、全部私が悪かった。お願い、訴えないで。一度だけ許して」それまで何かにつけて莉奈をかばってきた慶悟も、すべての証拠を前に態度を一変させた。床にへたり込んだ莉奈の腕をつかみ、無理やり立たせた。「ここまで来て、まだ騒ぐつもりか!自分が紗和に何をしたか、分かってるのか?どれだけ大変なことをしたのか、本当に分かってるのか!」莉奈は息もできないほど泣きじゃくり、何度も首を振って許してほしいと訴えている。目の前の光景が、ただただばかばかしかった。決定的な証拠を突きつけられるまでは、莉奈が騒いで私を傷つけても、慶悟は言い訳を並べてかばい、私にばかり我慢を強いた。ところが、すべてが公になり、もううやむやにはできなくなった途端、今度は手のひらを返して莉奈を責め始めた。気持ち悪い。本当に、吐き気がする。「紗和」背を向けようとした私の腕を、慶悟がつかんだ。「悪かった。こんなことになるとは思ってなかった。紗和、本当に悪かった。もう一度だけ機会をくれ。今度こそ償わせてほしい。莉奈がこんな最低なことをするなんて、思ってもみなかった……紗和はあれだ
Read more
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status