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第6話

Author: ゆず
私が研究に没頭したいと言えば、彼は研究室まで用意してくれた。

一人でいたくないと言えば、海外に会社を作ってまで、そばにいてくれた。

まるまる三年間、ずっと。

その間、松浦家から連絡が来ることは一切なかった。

……

これ以上、啓太に迷惑をかけたくないって、ちゃんと説明したかったのに。

でも、そう言った途端、啓太の周りの空気は一変し、凍てついたようなオーラを放ち始めた。

掴んでいた袖さえも、振り払われてしまった。

今度はこっちがカチンときた。

「啓太、こっち向いて」

彼は二秒ほど黙った後、こちらを向いた。

でも、その完璧なまでに整った顔は冷たく、相変わらず黙ったままだった。

もういい。

話したくないなら、別に。

私も黙った。

私は車の後部座席に寄りかかって、目を閉じた。

最初は寝たふりをするつもりだったけど、いつの間にか本当に眠ってしまった。

次に目が覚めたときには、もう家に着いていた。

食事の準備もできていた。

私の好きなものばかり。

今日の松浦家のパーティーではほとんど何も食べていなかったから、確かにお腹がぺこぺこだった。

啓太はソファでリモート会議をしていた。私に気づくと、こちらをちらっと見てから、会議を終えた。

スマホを切ると、彼はそれを傍に置き、代わりに経済雑誌を読み始めた。

私は彼のそばに歩み寄り、その膝の上に乗ると、両腕を首に回した。

彼は抵抗しなかった。

私は調子に乗って言った。「お腹すいた。食べさせて」

啓太は片腕で私を支えながら、ダイニングテーブルまで連れて行ってくれた。

私が膝から降りずにいると、彼は根気よく椅子に座ったまま、料理を私の口に運んでくれた。

お腹が満たされてくると、私の手は彼の体を這い始めた。

彼は私の手を抑えつけ、目で「よせ」と警告してきた。

残念ながら、私は彼の言いなりになるような女ではない。

私は彼の手を取って自分の腰に回させ、首に腕を絡めて、ぐっと引き寄せた。

最高潮に達したその時、スマホの画面にビデオ通話の通知がポップアップした。

いいところで邪魔をされると、本当に腹が立つ。

相手を見ずに、手探りで電話を切ろうとしたら、間違って通話ボタンに触れてしまった。

スマホから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「楓!大輔さんが酔っ払ってるんだ。早く迎えに来てやって
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