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第2話

Penulis: 音羽
あれは、ずいぶんと昔のことだった。

海市大学の桜並木で、十八歳の雪乃は蒼真に一目惚れをした。

後になって知ったことだが、彼は大学のカリスマ的存在だった。家柄、容姿、成績、すべてが完璧で、彼を追いかける女子学生の列はキャンパスを五周できるほどだと言われていた。

しかし雪乃は怯まなかった。思い立ったら迷わず突き進む彼女は、これまで挫折というものを知らなかった。

そうして全校の知るところとなった。ジャーナリズム専攻の雪乃が蒼真に猛アタックしていると。

初めこそ礼儀正しく断っていた蒼真だったが、やがて呆れて逃げ回るようになり、最後には二人は結ばれた。

その期間は、彼女の人生で最も幸せな日々だった。しかし大学四年のある日。蒼真からプロポーズされるはずだったその日、彼女は海辺で日が暮れるまで待ったが、彼が姿を現すことはなかった。

蒼真のルームメイトが目を真っ赤にして駆け込んでくるまでは。「蒼真が、ここへ来る途中で事故に遭って……!」

「手術は無事に終了しました。幸いにも一命は取り留めましたが、意識がいつ戻るかについては、まだわかりません」と、医者はこう告げた。

それからの時間はあまりにも長く、黒川家の人々でさえ次第に絶望の淵に沈んでいったが、彼女だけは決して諦めなかった。

八ヶ月後。蒼真はついに目を覚まし、そして最初の一言を放った。

「お前は誰だ?」

その瞬間、世界が静止した。

医師の下した診断は、選択的記憶喪失。家族のことも、友人のことも、過去のあらゆる出来事も覚えているのに、唯一、雪乃のことだけがすっぽりと抜け落ちていた。

最初、彼女は信じられなかった。二人で撮った写真を取り出し、三年間も愛し合っていたのだと必死に訴えかけた。

しかしその度に、蒼真は頭が割れるような痛みに襲われ、最も酷い時にはそのまま意識を失い、昏睡状態にまで陥ってしまうほどだった。

「これ以上の刺激は、彼の命に関わります」医師は厳しく警告した。

蒼真の母、黑川照代(くろかわ てるよ)は泣きながら雪乃に懇願した。「雪乃、あなたの辛いお気持ちは痛いほど分かるわ。でも、蒼真の体はもう耐えられないの。二人は別れたということにしてくれないかしら……お願い」

あの日、雪乃は涙を見せなかった。ただ静かに頷き、そして蒼真の人生から完全に姿を消した。

それから二年後。琴音の婚約パーティーで、琴音が婚約者として「自分の夫となる男」を紹介するまでは。そこに立っていたのは他でもない、蒼真だった。

……

後方から響いたクラクションの音で、雪乃は過去の記憶から引き戻された。彼女はアクセルを踏み、再び車を走らせた。

家に着くなり、息子の黑川隼人(くろかわ はやと)が駆け寄ってきて胸に飛び込んできた。

「お母さん!明日はお楽しみ会なんだ。僕、バイオリンを弾くから、絶対に見に来てね」

彼女は隼人の頭を撫でた。「ええ、もちろんよ」

「お父さんも来てくれるかな?」

雪乃の手がピタリと止まった。「お父さんに来てほしい?」

隼人は唇を噛み締めた。「ずっと会ってないから、少し会いたいなって」

そして慌てたように付け加えた。「でも、お母さんが来てくれるだけで僕、すごく嬉しいよ!」

隼人の健気さに、彼女は鼻の奥がツンと痛むのを感じた。彼女のせいとはいえ、蒼真は隼人に対しても冷淡そのもので、幼稚園の行事に参加するなど到底あり得ないことだった。

お父さんも来るわよ、と嘘をついてあげたかった。だが、一生隠し通せることではない。

「隼人」雪乃は隼人をしっかりと抱きしめた。「もしこれから、お母さんと二人だけで暮らすことになっても……いい?」

腕の中の体が、一瞬だけビクッと強張った。そして、小さな両腕で彼女を抱き返してくれた。「お父さんにも会いたいけど、僕はお母さんが一番好きだよ」

雪乃は強く何度か瞬きをして、込み上げる涙をぐっと堪えた。

「いい子ね……」

翌朝早く、雪乃は照代の元を訪ねた。

彼女の姿を見るなり、照代は少し驚いたようだった。「雪乃?こんな朝早くにどうしたの?」

「お義母さん」雪乃は静かに呼びかけた。「少し、ご相談したいことがあって参りました。

私と蒼真が結婚した際、実は婚姻届を出していませんでした」

照代のティーカップを運ぶ手が止まり、雪乃の顔を見つめた。

「ですから、隼人は私が連れて行きます」雪乃は淡々と告げた。「テレビ局で三年間の長期プロジェクトがありまして、隼人を連れてそこへ行くつもりです」

長い沈黙の後、照代はティーカップをテーブルに置いた。

「どうしても行かなければならないの?蒼真があなたたちを蔑ろにしているのは分かっているけれど……あなたと隼人は、私が認めた大切なお嫁さんと孫よ」

雪乃は微笑んだが、その眼差しに温度はなかった。「お義母さん。私はもう、こんな生活を続けたくないんです。

もしあの時、私がすべてを隠し通し、世間からの罵声と屈辱を一人で引き受けた恩を少しでも感じてくださるなら。どうか、この唯一の願いを聞き入れてください」

その場の空気がふっと静まり返る。やがて照代は手を伸ばし、雪乃の手の甲を優しくポンポンと叩いた。

「わかったわ。約束する。でも、どこへ行こうと、いつになろうと、帰りたくなったら戻っていらっしゃい。ここはいつでもあなたたちを歓迎するわ」

雪乃はその手をそっと握り返した。「……ありがとうございます、お義母さん」

……

幼稚園の正門前には、すでに大勢の保護者が集まっていた。

色とりどりの風船で作られたアーチの下で、子供たちがはしゃぎ回っている。

雪乃が門に足を踏み入れた途端、担任の佐藤先生が笑顔で駆け寄ってきた。「隼人お母さん、いらっしゃい!さあ、中へどうぞ。実は隼人お父さんがもう中にいらっしゃいますよ。ご案内しますね」

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