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第2話

Author: 灯り
男はようやく顔を上げ、わずかに眉をひそめた。

何か言いかけたその時、着信音に遮られた。

画面に表示された名前を見た彼は、口元に笑みを浮かべて電話に出た。

「どうした、お嬢様?

スープはもう煮てる。退屈なら子どもと遊んでろ」

不意に、彼は言葉を切った。

意味ありげに私を一瞥し、そのまま向こうに向かって一言返した。

「咲希はまだ知らない。安心しろ」

電話を切ると、彼は私を見た。

「真央はまだ、俺が全部お前に話したことを知らない。

知らないふりをしてろよ。あいつはお前っていう友達を失いたくないんだ」

そう言って、彼はスープを保温ポットに移した。

そして慌ただしく出ていこうとした。

私は彼を呼び止め、もう一度言った。

「離婚よ」

男は振り返り、理解できないという顔をした。

「俺たち、入籍したばかりだろ。何が離婚だよ。

周りに笑われたいのか?少しは体面を考えろ。もう騒ぐな」

私は手近にあった花瓶を掴むと、彼の足元に思いきり叩きつけた。

怒鳴った。

「騒いでるのは私?

私が父の葬式で泣いていた時、あなたたちは裏で寝てたんでしょう。その時、私の体面なんて考えてくれた?

そのうえ子どもまでいるくせに、どうして私だけが体面を守らなきゃいけないのよ!」

なのに、その瞬間、情けないほど勝手に涙がこぼれた。

侑斗は眉をひそめたまま、軽く一言だけ落とした。

「頭おかしいんじゃないか」

そうしてドアを乱暴に閉め、出ていった。

遠ざかっていく彼の背中を見つめながら、私はその場に崩れ落ちた。

ほどなくして、スマホに真央から立て続けにメッセージが届いた。

【咲希、私が起きるまで待たずに帰っちゃったの?】

【私の息子、もう見た?】

【いつ侑斗と新婚旅行に行くの?】

【侑斗ってほんとひどくない?私が出産する日にわざわざあなたと入籍するんだもん。これじゃ産後しばらく私のそばにいてもらえないじゃん。うぅ】

続けて、もう一通届いた。

【でも心配しなくていいよ。子どものパパが来てくれてるから】

その直後、一枚の写真が送られてきた。

写真の中では、男の細長い指が哺乳瓶を持っていた。

その薬指には、私と同じ結婚指輪がはまっていた。

全身が震えた。スマホすら握っていられなくなりそうだった。

あの人たちはもう、取り繕うことすら面倒になっていたのだ。指輪さえ外していなかった。

その時ちょうど、真央がSNSを更新した。

たった一言だけだった。

【今回、私があなたに残ってって言ったら、あなたは残ってくれる?】

次の瞬間、侑斗からメッセージが届いた。

【新婚旅行は先に一人で行ってくれ】

胸がぎゅっと締めつけられ、呼吸が乱れた。息は浅く速くなり、全身が震えた。

必死に真央のコメント欄に、一行打ち込んだ。

【そんな回りくどいことしなくてもいい。あなたたちのことは、私が認めてあげる】

書き終えると、疲れきった体を引きずって二階へ上がり、荷物をまとめ始めた。

私が少しずつ整えてきたこの新居には、もう一秒たりともいたくなかった。

けれど出ていく間際、クローゼットの奥から古いスマホを見つけた。

ほとんど考えることもなく、真央の誕生日を入力した。

ロックはあっさり解除された。

待ち受けは、侑斗と真央がキスしているツーショットだった。

メモには、真央のことばかりが並んでいた。

真央の生理周期。

真央の食べられないもの。

真央の妊婦健診の日程。

アルバムの中も。

やはり真央ばかりだった。

眠っている顔。

無邪気に笑っている顔。

唇を尖らせて甘える顔。

欲情に溺れた時の、頬を染めた顔。

分娩室へ運ばれていく時、目尻に滲んでいた涙の顔。

一枚、また一枚。

十二歳の頃から昨日まで、彼は彼女にまつわるすべてを記録していた。

笑ってしまうのは、侑斗が盗み撮りした真央の写真の構図の中に、私の姿まで映り込んでいたことだった。

指先の震えがひどくて、どうしても止まらなかった。

人の一生なんて三万日ほどしかないのに、侑斗は真央の写真を四万枚近く撮っていた。

私たちが付き合った三年間で、ウェディングフォト以外のツーショットは一枚もまともにない。

私がスマホを手にして写真を撮ろうとするたび、侑斗はいつも眉をひそめて断った。

「お前は芸能人だ。写真が出回ったら、騒ぎになるに決まってる」

彼は一度だって私の撮影現場に差し入れに来たことはなかった。なのに真央のライブには、欠かさず姿を見せていた。

私が計画していた新婚旅行も、せいぜい国内で行くくらいのものだった。

けれどあの人たちは、一緒に国内を旅し尽くし、果ては北極圏のオーロラビレッジにまで足跡を残していた。

二人は合わせて二十七回もディズニーに行っていた。

道理で私が記念日にディズニーへ行こうと言うたび、彼はいつも「つまらない」の一言で片づけたわけだ。

本当につまらないなら、どうして彼女と二十七回も行ったの?

自分を痛めつけるみたいに、最後まで写真を見終えた。

そして顔を上げた時には、涙はもう乾いていた。

スマホを元の場所へ戻す。

マネージャーにメッセージを送った。

【ハリウッドのあの映画企画、受けます。ポールを迎えに寄こして】

【咲希さんが復帰してくれるなんて、本当にうれしい!】

マネージャーに返信を返し終えると、私はスーツケースを引いて家を出た。

けれどタクシーに乗り込もうとしたその瞬間、後ろから誰かに強く引き止められた。

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