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当て馬役はもう辞めます
当て馬役はもう辞めます
作者: ユキ

第1話

作者: ユキ
「すみません、もうすぐ閉庁時間なのですが……一日中お待ちのようですが、お相手の方はまだいらっしゃいませんか?」

午後五時、区役所内はすでに人影もまばらだった。窓口の職員が時計をちらりと見やり、最後に残った女性に丁寧な口調で声をかけた。

傍らの同僚がそれを横目で見て、慌てて彼女を脇へと引っ張った。

「もう放っておいて、窓口を閉めよう。ここ三ヶ月で、あの人が来るのをもう五十回は見てるよ。毎回相手の男はすっぽかしだ。今や、うちの区役所で一番惨めな花嫁ランキングの堂々一位だよ」

しばらくして、区役所の正面玄関が重い音を立てて閉ざされた。

結城雪乃(ゆうき ゆきの)は虚ろな目を伏せ、一日中握りしめていた窓口の順番待ちの番号札を粉々に引き裂いた。

その後、スマートフォンを取り出し、インスタのストーリーの公開範囲から瀬崎湊(せざき みなと)を外し、こう投稿した。

【新郎をチェンジする予定。誰か結婚したい人いる?とりあえず籍だけ入れよう】

投稿してすぐに、友人たちが次々と反応し、面白がってコメントを書き込んできた。

【最近はこういう冗談が流行ってるの?雪乃、誰が新郎を替えてもあんただけは替えないでしょ。あんたが湊にベタ惚れなことくらい、みんな知ってるんだから!】

【そうそう、八年も思い続けて、やっとゴールインするのに、手放せるわけないじゃん】

これらのからかいの言葉を見て、雪乃は自嘲気味に笑った。

そうだ、彼女がどれほど湊を愛しているか、誰もが知っているのだ。

初めて彼に出会ったのは大学一年生の時だった。雪乃は同級生に引っ張られ、ディベート大会の撮影を手伝わされていた。

広い講堂の中で、息を呑むほど端正な顔立ちで、並み居る論客たちを次々と論破していく青年に、雪乃は一瞬で目を奪われた。

法学部のエリートである彼にレンズを向けると同時に、その冷ややかで浮世離れした横顔は彼女の心に深く刻み込まれ、以来忘れられなくなった。

後になって、湊がキャンパス中の女子を熱狂させる、大学一の秀才でイケメンなのだと知った。

しかし、彼は女性を一切寄せ付けず、誰もその高嶺の花を摘み取ることはできないと噂されていた。

だが、雪乃は諦めきれず、しつこく彼を追いかけ回した。

湊が所属するサークルに入り、彼の専門科目の講義に潜り込み、彼が参加する飲み会に何とかして紛れ込み、頻繁に偶然の出会いを演出した。

雪乃は小さな太陽のように、四六時中、湊の周囲を飛び回り、ついに周囲の羨望の眼差しを一身に浴びながら、この高嶺の花を摘み取ったのだ。

二人は五年間付き合い、学生時代からの交際を実らせて、そのままゴールインするはずだった。

しかし、湊は結婚について一言も口にしようとしなかった。

両親からは何度も急かされ、祖父の体調も日に日に悪化しており、唯一の願いは孫娘が家庭を持つのを見ることだった。雪乃は仕方なく、彼に結婚の話題をそれとなく振ってみた。

湊は相変わらず何の反応も示さず、ただ淡々と「じゃあ、結婚しよう」と言っただけだった。

気の利いたプロポーズも、花束も婚約指輪も、将来の誓いもなかったが、雪乃はそれでも甘んじて受け入れた。

しかし、初めて婚姻届を出しに行った日、雪乃は一日中待っても湊に会えず、家に帰ってようやく彼からあっさりとした説明を受けた。

「ゼミの後輩が足を捻挫したから、家まで送っていた」

二度目の提出日も、彼は姿を見せなかった。今回の理由は、その後輩の誕生日パーティーに招待されたからというものだった。

三度目、彼を区役所の前まで引っ張って行ったものの、彼は一本の電話を受けただけで、酔い潰れた後輩を迎えにバーへ直行し、またしても雪乃を置き去りにした。

雪乃にはどうしても解せなかった。普段は女性を全く寄せ付けず、彼女である自分といる時でさえそっけない彼が、なぜ一人の後輩にだけはこれほど世話を焼くのか。

雪乃が香水をつければ露骨に距離を置くのに、その後輩がキツイ香水をつけていても、彼はそばにいることを許した。

彼は車内で飲食することを誰にも許さず、雪乃が低血糖でクッキーを食べただけでも咎めるのに、その後輩は彼の車内で平気でお菓子を食べていた。

そうしたことの積み重ねで、雪乃の心は少しずつ冷え切っていった。

そして二ヶ月ほど前、雪乃はある夢を見た。自分たちがいるこの世界は、一冊の恋愛小説の中なのだという夢を。

瀬崎湊とその後輩、篠原莉子(しのはら りこ)がこの世界の主人公とヒロインだった。

そして自分は、二人の恋の障害となるだけの、当て馬の脇役にすぎなかった。

だから、雪乃が何度区役所へ行こうとも、湊と結婚することなど絶対に不可能なのだ。

雪乃はその事実を受け入れられず、何度も婚姻届を出そうとしたが、その度に失望して帰るだけだった。

湊が五十二回目にすっぽかした時、雪乃はついに諦め、夢の中の世界が現実なのだと信じた。

彼女はタクシーを拾い、車に乗り込んだ直後、スマートフォンが数回鳴った。

【俺、立候補します】

画面を開くと、親友の弟がそのインスタの投稿に返信しており、雪乃はその場で呆然とした。

まだ状況が呑み込めないうちに、電話がかかってきた。

「雪乃さん、新郎の代わり、俺じゃダメですか?」

大学進学で帝峰市(ていほうし)へ出て以来、雪乃は実家に帰ることが少なくなっていた。

親友の神谷結衣(かみや ゆい)とは年に三、四回会う程度で、その弟である神谷蒼真(かみや そうま)とはほとんど会ったことがなかった。

彼女の記憶の中の彼は、まだ十五歳の中学生のまま止まっていた。

だから、蒼真からこんな要求をされて、雪乃はすぐには受け入れられず、自分は冗談を言っているのではないと何度も説明するしかなかった。

しかし、蒼真は軽く笑い、少年にはない大人びた決断力を滲ませて言った。

「雪乃さん、俺も冗談じゃないですよ。本気で結婚したいんです」

雪乃はまだ少し戸惑っていたが、彼の真剣な口調に嘘はないように思えた。何より彼女自身焦っており、他にふさわしい相手もいなかったため、意を決して承諾した。

「分かった。こっちの身辺整理に数日かかるから、それが終わって蒼海市(そうかいし)に戻ったら、すぐに婚姻届を出そう」

家に帰り、メイクを落とした直後、湊が帰宅した。

彼は相変わらずよそよそしく淡々とした様子で、冷ややかな声で言った。

「今日、オフィスの照明が落ちてきて、莉子が下敷きになったんだ。病院へ連れて行っていたせいで、区役所には間に合わなかった。また別の日程を決めよう。次は一緒に行ける」

湊はまるで大したことではないかのように、あっさりとそう説明した。

そこに罪悪感も謝罪の言葉もなく、雪乃がそれで怒るはずがないと固く信じているようだった。

二人の関係において、常に雪乃の方が深く愛し、多くを捧げてきた。

一方の湊は、最初から最後まで主導権を握る絶対的な強者だった。

誰もが、彼女は愛のためにどこまでも妥協し、従順でいるだろうと思っていた。

しかし今回ばかりは、雪乃は諦めることを決意した。

彼女は怒ることもなく、ただ非常に静かな口調で彼に告げた。

「もういいの。あなたは安心して後輩の面倒を見てあげて。私はもう、別の人と入籍する約束をしたから」

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