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第4話

Author: ファイブ
宗司は画面に目をやり、かすかに眉をひそめた。

「……怜奈か?」

電話の向こうから、泣きじゃくる声が漏れ聞こえてくる。

「悪夢を見て、すごく怖くて……そばに来てくれませんか?」

宗司は反射的に亜麻美へと視線を向けた。

「行きなさいよ。私なら大丈夫だから」

亜麻美は静かに言った。

宗司は深く考えもせず、小さく頷いた。

「ゆっくり休め。明日また来る」

足早に病室を出ていく後ろ姿はひどく慌ただしく、上着のジャケットすら置き忘れていった。

*

1週間後、亜麻美は退院して自宅に戻った。

ドアを開けると、リビングのソファに腰掛ける宗司の姿があった。

手には1枚の招待状が握られている。

「今夜、チャリティオークションがある」

宗司は顔を上げ、何事もなかったかのように平然と言った。

「怜奈もお前と仲良くなりたいと言っている。ちょうどいい、二人とも連れていく。これまでのことは水に流して、うまくやってくれ」

「行かないわ」

背を向け、階段を上がろうとする。

だが宗司はすばやく立ち上がり、拒否を許さない力で手首をつかみ取った。

「わがままを言うな」

強く締めつけられ、痛みに眉をひそめたものの、亜麻美は何も言わなかった。

*

オークション会場は華やかな歓談に包まれ、各界の名士たちが顔を揃えていた。

宗司は次々と高額な宝石を競り落としていく。

ダイヤモンドのネックレス、ルビーのイヤリング、サファイアのブローチ。

どれも、かつて亜麻美が好きだと話していたデザインばかりだった。

スタッフが個室へ宝石を運んでくると、怜奈は瞳を輝かせた。

「素敵……っ!」

怜奈はおずおずとダイヤモンドのネックレスに触れ、羨望の眼差しで見つめた。

「こんなに綺麗なジュエリー、生まれて初めて見ました……」

宗司は亜麻美に視線を向け、事もなげに言った。

「気に入ったなら譲ってやれ。まだ若いんだ、まともなアクセサリーも持っていないだろう」

亜麻美が無言のままでいると、さらに言葉を重ねる。

「それに、義父さんに骨髄を提供してくれる身だ。それくらい恩に報いるのが筋だろう」

麻痺しきった心で、亜麻美はただ小さく頷いた。

宗司はその物分かりの良さに満足したように、ネックレスを手に取ると自ら怜奈の首へとかけてやった。

長くて綺麗な指が白い項に触れる。見ているのが辛くなるほど、その手つきは優しかった。

「宗司さん、似合ってますか?」

頬を染めて尋ねる怜奈に、宗司は口元を緩めた。

「とても似合っている」

これ以上その場に耐えられなくなり、亜麻美は席を立って化粧室へと向かった。

化粧室を出て廊下へ戻ると、曲がり角で待ち伏せしていた怜奈が、満面の笑みを浮かべて立ちふさがった。

「あんなに優しくされてるのに、悔しくないの?」

「別に」

亜麻美は相手にせず、脇を通り抜けようとした。

どうせ、もうすぐこの街を去るのだから。

しかし怜奈はその冷ややかな態度を、宗司から深く愛されているがゆえの「正妻の余裕」だと見当違いな解釈をした。どんな女が現れようと、宗司が自分を手放すはずがないと高をくくっているのだと思い込んだ。

表情を一瞬で歪めると、怜奈は足早に背後へと詰め寄った。

そして階段の踊り場に差し掛かった瞬間、亜麻美の背中を力任せに突き飛ばした。

不意を突かれ、身体が大きく宙に傾く。

後頭部を階段の角に激しく打ちつけ、転がり落ちる最中、自分の骨が折れる嫌な鈍い音が響いた。

全身を猛烈な激痛が貫き、額からあふれ出た生温かい血が視界を赤く染め上げていく。

悲鳴を上げる暇すら与えられなかった。

怜奈が先に甲高い悲鳴を上げ、首のネックレスを引きちぎると、自ら床に倒れ込んで哀れっぽく泣きじゃくった。

慌ただしい足音が響き、駆けつけてきた宗司の目に飛び込んできたのはその異様な光景だった。

床にへたり込む怜奈と、散らばったネックレス。

そして階段の下で血まみれになって倒れる亜麻美。

「どうしたんだ!?」

怜奈がしゃくりあげながら訴えた。

「ネックレスをいただいたのが気に入らなかったみたいで、奪い返そうと……押し倒された拍子に、私もパニックになって突き飛ばしてしまって……全部、私のせいなんです……っ」

宗司は大股で駆け寄り、血まみれの亜麻美を目にした瞬間、動揺で目をみはった。

咄嗟に抱き起こそうと屈みかけたが、怜奈の言葉を聞いた途端、その動きをピタリと止めた。

「いつからそんな浅ましい真似をするようになった?若い子をいじめて満足なのか」

「ちが……」

弁明しようとした亜麻美の声は、怜奈の泣き声にかき消された。

「宗司さん、責めないであげてください……」

怜奈が涙を拭いながら、宗司の服の裾を引く。

「全部、私が悪いんです……」

宗司は振り返って怜奈の前に屈み込むと、信じられないほど甘く優しい声で尋ねた。

「怪我はないか?」

怜奈は庇うように身体をすくめ、見せようとしない。

「だ、大丈夫ですから……」

その遠慮がちな仕草が、宗司の焦りをさらに煽った。

宗司は怜奈を軽々とお姫様抱っこで抱き上げた。まるで壊れ物を扱うかのような慎重さで。

「病院へ行くぞ」

「でも……亜麻美さんは……?」

怯えたように尋ねる怜奈に対し、宗司は血の海に倒れる亜麻美を一瞥し、冷酷に吐き捨てた。

「他人の物を奪い取る元気があるなら、自力で起き上がるくらい造作もないはずだ」

冷たい床に横たわったまま、亜麻美は二人の背中が遠ざかっていくのをぼんやりと見つめていた。

額から流れ出た血が、床の上にじわじわと無残な赤を広げていく。

助けを呼ぼうと唇を開いても、漏れ出たのはかすかな掠れ声だけだった。

「たす……けて……」

静まり返った階段室に、応える者は誰もいない。

押し寄せる激痛とともに、視界が急速に暗転していく。

遠のく意識の底で、結婚式の日に宗司が膝をついて誓った言葉が蘇っていた。

「生涯、お前だけを愛し抜く」

宗司の言う「生涯」とは、たった5年ぽっちのものだった。

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