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第10章

Author: 匿名
私は口を開かなかった。

しばらくして、彼はポケットから磨き直された指輪を取り出した。

よく見ると、中には私の名前が刻まれていた。

「三年だ。ずっとこれを身につけてきた。もしもう一度お前に会えたら、必ずもう一度はめさせようと思ってた。

どうしてあの時、早く自分の気持ちを認めなかったのか……そのせいでお前を追い詰めてしまったことを、今さらながら後悔してる。

最近はよく思い返すんだ。最初の頃、お前は俺に刺されても一歩も退かず、『気にしない』って言ってくれたこと。

それから一緒に色々やってくれたこと。俺がレースで事故った時も、必死に探してくれた。あれがなければ俺はとっくに死んでた」

安彦の頬を涙がつたった。

私は無表情のまま。

「だから何?

私が本当に離れなければ、君はいつになって目を覚ました?

結局、手に入らないものこそ一番いいんだろ?」

安彦の体がふらついた。

「違う、違うんだ……」

「死ななかったのはただの運だ。そうでなきゃシャンデリアの下で死んでたのは私だ」

安彦は低い声で私にすがりつく。

「もうやめてくれ……

俺が悪かった。本当にごめん。

許してくれ、一緒に帰ろう」

私は頷かなかったし、その謝罪も受け入れたくなかった。

「俺はずっと愛を知らなかった。だから……」

私は安彦の言葉を遮った。

「それは分かってた。だけど言い訳にはならない。

無意識の行動は嘘をつけない」

安彦は呆然とし、口を半開きにしたまま言葉を失った。

彼が必死で私の世界まで来たのは、結局私を連れ戻すためだけ。

でも私がそんな馬鹿なら、あの時自分から帰ってきたりしない。

そうだ、私はずっと自分を誤魔化してきた。

昔の私は、安彦が甘い呼び方をしないのは、ただ愛を知らないせいだと自分に言い聞かせていた。

誕生日にサプライズもなく「おめでとう」の一言だけだったのも、愛を知らないせいだと。

無意識に私を突き放したのも。

それも愛を知らないせいだと。

あの日、ガラスで首を切った時、本当に痛かった。

私は馬鹿じゃない。

そんな経験をしてなお、安彦が私を愛してないことくらい分からないわけがない。

彼は本当に愛を知らないのかもしれない。だから今さら私を探しに来たのだろう。

けど、私はもう彼に何の感情も持っていない。

「君は私を愛してるって言うけ
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