INICIAR SESIÓNジュリアが目を開けると、すでに朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。反射的に、彼女はベッドの反対側へ手を伸ばした。けれど、シーツは冷たかった。ロドリゲスは、とっくに出て行ったようだった。いつもの朝と同じように。ジュリアは数秒間、横になったまま天井を見つめていた。やがて、そっとお腹に手を添える。唇に小さな笑みが浮かんだ。「おはよう……」あまりにも小さな声だった。自分にしか聞こえないほどの声。その思いだけが、彼女の心を少しだけ慰めてくれた。しかし、その温もりはすぐに消えてしまった。ジュリアは起き上がり、静かに身支度を整えると、食堂へ降りていった。屋敷の中には、淹れたばかりのコーヒーの香りが漂っていた。家政婦のマリアが彼女の前に料理を置く。そして、心配そうにジュリアを見つめた。「奥様……最近、ますます食事の量が減っていますよ。顔色もとても悪いです」ジュリアは優しく微笑んだ。「心配しないで、マリア。私は大丈夫よ」その嘘を口にすることが、かえって彼女の胸を痛ませた。自分が今、何を抱えているのか。どうして説明できるだろう。昨日から、彼女は人生を大きく変えてしまう秘密を抱えている。お腹に手を触れるたび、胸の奥には大きな幸せが広がる。けれど、その幸せはすぐに不安へと変わってしまう。もう、彼女は一人ではない。それなのに――これほど孤独を感じたことはなかった。そのとき、テーブルの上に置かれていたスマートフォンが振動した。ロドリゲスからのメッセージだった。「昼食には戻らない。ダイアナとの会議がある」ジュリアは、数秒間その短い文章を見つめた。「元気か?」そんな言葉はない。「身体に気をつけて」そんな気遣いもない。ハートも、笑顔の絵文字さえない。ただ、事務的で冷たい一文だけ。ジュリアは何も返信せず、画面を閉じた。……返事をして、何になるのだろう。---一方、NLEグループ本社では、まったく違う空気が流れていた。ダイアナの復帰は、社内の大きな話題になっていた。彼女がエントランスを通り抜けた瞬間、何人もの社員が駆け寄ってくる。「ケイタさん、お久しぶりです! またお会いできて嬉しいです!」「以前よりさらにお綺麗になりましたね」「お帰りなさい!」ダイアナは一人一人に、完璧に整えられた笑顔を向けた。ま
クリニックを出たあと、ジュリアは階段の途中で数分間立ち止まった。胸元に医療記録の入ったファイルを強く抱きしめる。まるで、それだけが彼女を安心させてくれる唯一のもののようだった。自分のお腹の中で、小さな命が育っている。その事実を知ったばかりだった。本当なら、笑顔になっているはずだった。心が軽くなり、幸せを感じているはずだった。なのに、胸の奥には大きな空虚感が広がっていた。数分後、ジュリアはタクシーに乗り込んだ。車が走り出してからも、彼女は窓の外を流れていく街の明かりを見つめ続けていた。けれど、その光景はほとんど目に入っていなかった。車が屋敷の前に止まったとき、時刻はもう午後十一時近くになっていた。屋敷は静まり返っていた。静かすぎるほどに。ロドリゲスは、まだ帰ってきていなかった。ジュリアはゆっくりと二階へ上がった。一歩、また一歩。足取りは、進むほど重くなっていった。寝室に入ると、鏡の前で何気なくイヤリングを外した。そのときだった。彼女の視線が、ベッドの中央に置かれた上品な黒い箱に止まった。ジュリアはわずかに眉をひそめた。心臓が少し速く鼓動し始める。これは……プレゼント?自分に?結婚して四年。ロドリゲスが何かの記念日でもないのに、彼女へ贈り物をしたことなど一度もなかった。それなのに、なぜ今夜?子どものような戸惑いを抱えながら、ジュリアはゆっくりと箱へ近づいた。指先でそっと蓋に触れる。そして、慎重に開けた。中には、とても美しいネックレスが入っていた。細いホワイトゴールドのチェーン。その先には、雫の形をしたペンダントが揺れていた。中央には大きなダイヤモンドが輝き、その光が部屋の中をきらめかせている。ジュリアは言葉を失った。気づけば、唇には小さな笑みが浮かんでいた。ほんの一瞬だけ。彼女の心は、ありえない可能性を信じようとした。もしかしたら……。もしかしたら、彼は自分のことを考えてくれたのかもしれない。もしかしたら、二人の関係も少しずつ変わり始めているのかもしれない。ジュリアはうっとりしながら、そっとネックレスを手に取った。その瞬間――ドアが開いた。ロドリゲスが寝室に入ってきた。ジャケットをまだ肩に掛けたままだった。長い一日の疲れが、その顔にははっきりと浮かんでいる。しかし、ジュリア
ジュリアの指の間で、スマートフォンが再び振動した。彼女は画面をじっと見つめたまま動かなかった。そして、届いたメッセージをもう一度読む。一度。二度。三度。何度読んでも、そこに書かれている言葉が変わることはなかった。「NLE夫人、検査結果が出ました。できるだけ早くクリニックへお越しください」喉が締めつけられた。ここ数週間、彼女の身体は無視できない変化を訴えていた。朝の吐き気。突然襲ってくるめまい。そして、身体にまとわりつくような強い疲労感。最初は、すべてストレスのせいだと思っていた。愛してくれない男のそばで暮らすだけでも、人は十分に疲れてしまう。けれど、担当医は念のため検査を受けるよう勧めていた。もし……。ジュリアは一瞬、目を閉じた。だめ。結果を聞くまでは、期待してはいけない。「ジュリア?」ロドリゲスの声に、彼女はびくっと肩を震わせた。慌てて顔を上げる。「ほとんど食べていないじゃないか」ジュリアは無理に微笑んだ。「……あまり食欲がないの」彼は数秒間、彼女を見つめた。何かを尋ねようとしているようだった。しかし、その短い時間を一人の女性の声が遮った。「ロドリゲス、少し借りてもいい?」いつもの自信に満ちた笑顔を浮かべ、ダイアナが二人のテーブルへ近づいてきた。ロドリゲスはほとんど間を置かずに立ち上がった。「もちろん」その二つの言葉だけで、ジュリアの心は再び沈んだ。彼は、彼女がどう思うかを尋ねることさえしなかった。視線も向けない。迷うこともない。ただダイアナと一緒に去っていった。まるでジュリアなど、そこにいる招待客の一人にすぎないかのように。彼女は二人の背中を目で追った。二人は驚くほど自然に並んで歩いていた。小さく笑い合っている。その姿は、まるで一度も離れたことなどなかったかのようだった。周囲では、再び会話が始まった。「二人がどれだけ愛し合っていたか、覚えてる?」「誰もが、二人は結婚すると思っていたわ」「もしかしたら、二人にはもう一度やり直すチャンスがあるのかもしれないわね……」ジュリアは静かに目を伏せた。一つ一つの言葉が、さらに彼女の心を切り裂いていく。もう聞きたくなかった。周囲の注目を集めないよう、彼女はそっと椅子を引いた。そして、誰にも何も言わず、会場を後にした。---
ジュリアはその場に凍りついた。周囲では会話が続き、グラスが触れ合う音が響き、カメラのシャッター音もまだ鳴り続けていた。それなのに、彼女には何も聞こえなかった。視線はロドリゲスから離れない。彼はまるで、自分の失っていた一部を取り戻したかのように、ダイアナを見つめていた。四年間。結婚してからの四年間、ジュリアは彼の表情を一つ一つ見分けられるようになっていた。冷静さ。真剣さ。人との距離を保つ態度。けれど、その笑顔だけは見たことがなかった。心からの笑顔。輝いていて、どこか優しい。「ダイアナ……」ロドリゲスがつぶやいた。その声は、普段よりずっと柔らかかった。ダイアナは迷うことなく彼に近づいた。その堂々とした姿は自然だった。まるで、二人の間に流れた年月など存在しなかったかのように。彼女は笑顔で手を差し出した。「あなた、変わったわね」ロドリゲスはしばらく彼女を見つめ、それから小さく笑った。本当の笑い声だった。「君も変わっていない」ジュリアの胸が締めつけられた。その笑い声を、彼女は何度夢見たことだろう。家で食事をしているとき。二人で話しているとき。いつか自分にも、そんな笑顔を向けてくれる日が来ると信じていた。けれど今、彼女は理解した。その笑顔は、最初から自分のためのものではなかった。彼女はただ、蘇った過去の記憶を目の前で見ているだけだった。やがてダイアナが、ようやくジュリアへ視線を向けた。その笑顔は礼儀正しいものだった。「あなたがジュリアね」「はい……初めまして」ジュリアは優しく答えた。けれど、喉は乾ききっていた。ダイアナはわずかに頭を下げた。「私がいない間、ロドリゲスの面倒を見てくれてありがとう」上品な口調だった。敵意など少しも感じられない。それなのに――ジュリアの胃がきゅっと締めつけられた。私がいない間。まるで、すべてが最初から決められていたかのようだった。まるで、自分は夫の人生に一時的に置かれていただけの存在だったかのように。それでもジュリアは待った。一言。何かの説明。ロドリゲスが「彼女は僕の妻だ」と言ってくれることを。自分は代わりの女性ではないと、彼自身の口から伝えてくれることを。しかし、彼は何も言わなかった。ただ黙って立っていた。その沈黙は、ダイアナのどんな言葉よ
4年後――ジュリア・マルティネスは、二人の寝室にある鏡の前で、数秒間じっと立っていた。指先で、アイボリー色のドレスの生地を無意識になでる。ドレスは彼女の身体に完璧に馴染んでいた。それでも、彼女が鏡の中に見ていたのはドレスではなかった。目の下に薄く残るクマ。そして、無理に作ろうとしているのに、どうしても心から笑えない笑顔。どれだけ化粧をしても、長い間、彼女の中に積もっていた疲れを隠すことはできなかった。今日はNLEグループの創立50周年記念日だった。そこには名だたる経営者、投資家、取引先、そして多くのメディア関係者が集まる、盛大な祝賀会が開かれる。そして、いつもの公式行事と同じように、彼女は夫の隣に立つことになる。ジュリアはゆっくり息を吸い、ドアを開けた。ロドリゲス・NLEは、すでに準備を終えていた。完璧に仕立てられた黒いタキシードを身につけ、落ち着いた様子でカフスボタンを留めている。その一つ一つの動作は正確で、どこか機械的だった。整った顔立ちは相変わらず魅力的だったが、その表情は固く、何を考えているのかまったく読み取れない。ジュリアはしばらく彼を見つめた。4年。同じ屋根の下で過ごしてきた4年間。彼女は、彼の習慣なら何でも知っていた。毎朝飲む、砂糖の入っていないコーヒー。深夜を過ぎても終わらない仕事。そして、仕事仲間に向けることさえ少ない笑顔。彼女は彼のことを何でも知っていた。――ただ一つ、彼の心を除いて。結婚して4年。それなのに、彼は一度も、彼女がずっと聞きたかった三つの言葉を口にしてくれなかった。「愛している」「準備はできたか?」ロドリゲスは彼女を見ることさえせず、ジャケットを手に取りながら尋ねた。胸を締めつける痛みを飲み込み、ジュリアは小さく微笑んだ。「ええ」彼は車の鍵を手に取った。「行こう」車内は、いつものように静まり返っていた。以前のジュリアは、その沈黙を壊そうとしていた。今日あった出来事を話したり、庭で育てているバラの話をしたり、新しく作った料理を彼に食べてもらいたいと話したり。いつか一緒に訪れたい国について語ったこともあった。けれど、ロドリゲスの返事はほとんどいつも同じだった。「……うん」何年も経つうちに、ジュリアは話しかけることをやめた。本当の答えを待ち続けた末に、彼女は







