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第120話

Author: 藤崎 美咲
悠真は愕然として、理解できなかった。

どうして彼女はこんなに冷静でいられるんだ?

胸の奥に広がる不安が、さらに大きく膨らんでいく。

誰かが取り乱す姿を見るのは好きじゃない。けれど、今の星乃にはむしろ泣き叫んでほしかった。

たとえ彼を一方的に責め立て、大声でぶつかってきたとしても、その方がまだ気が楽だった。

なのに彼女の表情は驚くほど静かで、その瞳の奥の痛みさえ薄れて見えた。

悠真は胸のあたりに詰まった息が、飲み込むことも吐き出すこともできずに苦しかった。

しばらくして、かすれた声で問いかけた。「……子どもは、どうして死んだんだ?」

「交通事故で……流産したの」星乃は簡潔に答えた。

「どうして俺に言わなかった?」悠真は彼女を見つめ、充血した目を揺らした。

その姿を見て、星乃はわずかに戸惑う。

――悲しんでいるの?

けれど、すぐに思い直す。

その子は彼の子でもあった。悲しくなるのは当然だ。

でも、それで何が変わるというのだろう。

「理由なんて関係ある?」星乃は静かに言った。「もう死んでしまったのに、追及したところで何になるの?」

彼女のあまりにも淡々とした口ぶりに、悠真の苛立ちは募るばかりだった。

彼に隠して妊娠していたこと。

そして流産したことさえ、彼は何も知らされなかった。

星乃は自分を一体どう思っているんだ?

悠真はついに堪えきれず、彼女の前に詰め寄ると、肩を乱暴に掴んだ。「星乃、忘れるな。俺はお前の夫であり、子どもの父親だ。知る権利がある!」

その瞬間、酒の匂いが鼻をかすめ、彼が酔っていることに気づく。

肩を握る手は骨が砕けそうなほど強く、星乃は思わず押し返したが、力はさらに増していく。

五年も一緒に過ごしてきて、彼の頑固さは嫌というほど知っていた。引けば突き放し、押せば逆に後ずさる。

酒が入ればなおさらだ。

星乃は抵抗をやめ、まっすぐに彼の目を見据えた。「じゃあ訊くけど、あなたが結衣のことばかり気にかけてたとき、自分が私の夫で、子どもの父親だって思ったことあるの?」

彼は結衣のために、怜司に命じて星乃を病院から追い出した。

あの徹底した気遣いを見れば、もし流産のことを伝えたところで――何が変わったというのだろう。

星乃の言葉に、悠真は言葉を失った。

――彼女は、自分がないがしろにされたことを責めている。
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