Mag-log in「UMEが目に留まるとは……?」浩也は一瞬きょとんとし、自分の耳を疑った。シンディは穏やかな口調で続けた。「いえ、特別なことではありません。UMEの状況はすでに調査済みです。技術面も発想も非常に先進的で、現時点の同業他社とは比べものになりません。むしろ、そのような企業と提携できることを、私たちの方こそ大変光栄に思っております」シンディの評価を聞き、浩也の驚きはさらに強まった。だが驚き以上に、胸に広がったのは恐怖だった。L.Lは海外での知名度も実力も誰もが認める存在だ。もしUMEが彼らと提携すれば、他の企業も必ず嗅ぎつけて群がってくる。そうなれば、UMEの賭けも負けるとは限らない。もちろん、それが一番の問題ではない。最も厄介なのは、取締役会に知られた場合だ。L.Lとの提携を自分が取れず、遥生に奪われたとなれば、たとえ先にUMEを取り戻せたとしても、「無能」のレッテルを貼られるのは避けられない。浩也はぎこちなく笑った。「私たちはUMEの元クライアントで、彼らの技術も把握しています。それにUMEよりも、こちらのほうが資金力はあります。なぜ彼らが選ばれたのかは分かりませんが、長期的なパートナーを選ぶのであれば……」言い終わる前に、シンディが口を挟んだ。彼女は軽く微笑む。「申し訳ありません、UMEとの提携は私の判断だけでなく、弊社のオーナーの意向でもあります」浩也はあきらめきれず、なおも説得しようとした。だがシンディは言った。「私はトップから任された仕事を遂行するために来ただけで、決定に異議を唱える立場ではありません。申し訳ありませんが、今後もし別の形でご縁があれば、その際はご連絡いたします」そう言うと、ドアは閉められた。浩也は扉の前に立ち尽くし、複雑な思いに沈んだ。当初、星乃が言っていた『大型契約』は時間稼ぎの口実だと思っていた。だがまさか本当で、しかも相手がL.Lのような巨大テック企業だったとは。こうなれば、UMEを取り込むのはそう簡単じゃない。しかもシンディの口ぶりからすると、彼らとUMEの提携はほぼ確定している。L.Lのトップは女性だと聞く。公の場にほとんど姿を見せないが、強い後ろ盾を持ち、本人も決断力があり、容赦のない手腕で知られている。だからこそ、短期間で海外に確固たる地位を築いたのだ。そ
病院着の下の背中は細く、まぶたは静かに伏せられている。整った顔立ちはどこか頼りなげで、ひどく儚い。きっと、かなり疲れているんだろう。星乃は心の中でそう思った。ここ数日、自分でも判断に迷う問題にぶつかると、彼に意見を求めていた。律人の視点はいつも新鮮で、参考になることが多い。けれど、今になって考えると、彼は病気で療養している最中なのに、こうして半ば無理やり仕事を手伝わせている。自分はさすがに思いやりがなさすぎるかもしれない。とはいえ、その反省も二秒ほどで終わり、すぐに気分は持ち直した。確かに思いやりは足りないかもしれないが、今回の提携がうまくいけば、UMEは危機を乗り越えられるし、遥生も解任を免れる。自分だってそれなりの配当を手にできる。律人はお金に困っていないし、こういう利益にも執着はない。しかし、自分には必要だ。理想を追いかけるには、お金がなければどうにもならない。ロマンチックなことだって、結局はお金があってこそ実現できるものもある。何を贈ればいいだろう。自分の手の届く範囲で、それでいて特別で、律人が喜んでくれるもの……考え込んでいた星乃の視線は、ふと律人のそばに置かれていた金縁の眼鏡に留まった。数秒思案して、彼女はひらめく。星乃は再びパソコンの前に座り、新しいファイルを開いて設計図を描き始める。律人は軽い近視だが、読書の習慣があり、ほぼ毎日何かしら本を読んでいる。ならば、彼のために専用のロボットを設計して、そばで常に彼が読みたい内容を呼び出してくれるようにすればいい。それだけじゃない。プログラムには格闘機能も追加し、戦闘能力は最大まで引き上げるつもりだ。美琴は、身の回りに信頼できる人がいないと言っていた。ならば、決して裏切らないロボットを律人のそばに置けばいい。今の自分の技術ではまだ実現できない部分もあるけれど、頭の中にはすでに大まかな構想ができている。そう思うと、一気にやる気が湧いてきた。アイデアを膨らませながらパソコンに向かって手を動かしていると、星乃のもとに悠真から電話がかかってきた。「結衣の謝罪が欲しいんだろう。約束は守る。明日の朝、冬川家で会おう」……ホテルでは、浩也が同行している外国人たちを夕食でもてなした後、全員満足げにそれぞれの部屋へ戻っていった。部屋に戻
拓真は、結衣が何を考えているのか分からなかったが、それでも了承した。「そういえば、UMEの件ですけど、データの問題でかなり騒ぎになってるんです。どう対応するべきですか?」と拓真が尋ねた。彼自身も、どこかおかしいと感じていた。前日に千佳のパソコンから技術を手に入れたばかりなのに、翌日には盗作騒ぎが一気に広まり、しかも相手側の証拠提出は異様に早い。下書きや発想の流れまで細かく示されていて、明らかに周到に準備されていたものだった。こちらも大幅に手は加えているとはいえ、UMEはファン数が多く、世論への影響力も侮れない。きちんとした説明を出さなければ、この件は収まりがつかないだろう。少し考えてから、彼は探るように言った。「誰かに責任をかぶせるっていうことですか……?」結衣は唇の端をわずかに上げ、さっき千佳が去っていった方向へ視線を向けた。拓真もその視線を追うと、ちょうど千佳が泣きながら路肩のタクシーに乗り込む後ろ姿が見えた。「この件は冬川グループの体面に関わるわ。だから、身代わりにするのは絶対に冬川グループの人間じゃダメ。……言いたいこと、分かる?」結衣は、まるで当たり前のことでも話すかのように、落ち着いた口調で言った。拓真はその意味を理解し、体が一瞬こわばる。数秒後、彼はゆっくりとうなずき、目に決意を宿した。「分かりました」拓真が去ったあと、結衣は椅子の背にもたれ、彼の後ろ姿を見送りながら、ゆっくりとコーヒーをひと口飲んだ。そのとき、テーブルの上に置いていたスマートフォンが突然鳴り出した。結衣はちらりと画面を見た。そこに「悠真」の名前が表示されているのを見て、ぱっと表情が明るくなる。前に星乃のことで口論して以来、悠真から連絡が来ることはほとんどなかった。一緒にいても素っ気ない態度で、妊婦健診ですら花音に付き添わせていたほどだ。昨日、悠真が退院したことも、怜司から聞いて初めて知ったくらいだった。そんな中で、まさか悠真のほうから電話が来るとは思ってもいなかった。結衣の胸は高鳴る。慌ててコーヒーカップを脇に置き、気持ちを整えてから通話ボタンを押した。「今夜七時、冬川家の食事会だ。時間を空けて、一緒に来い」低く冷たい声が電話口から聞こえてきた。それを聞いた結衣は一瞬きょとんとし、次の瞬間、胸の奥から喜び
律人は小さくため息をついた。看護師は案の定、彼の言葉にすっかり押されてしまった。律人の身分が並大抵ではないことを知っている彼女は、慌てて口外しないと約束し、そのまま薬を差し出した。「この件は必ず秘密にします。でも、専門の有名な医師や専門家には必ず相談してくださいね」看護師が去ったあと、律人は遠くを見やった。目の前はぼんやりとかすみ、白い霧がかかったように見える。彼は目を閉じ、深く息を吐いた。「大丈夫だ」彼は小さくつぶやいた。……七日前。千佳はオフィスを泣きながら飛び出したあと、しばらくぼんやりしていた。智央の言葉が耳の奥で何度も繰り返される。「千佳、お前の能力は高く評価しているし、ここまで来るのも簡単じゃなかったはずだ。だからこそ、私的な事情で仕事を台無しにするような真似はしてほしくない。データ流出の件を包み隠さず正直に話せば、会社としても処分は軽くできる。だが、意地を張り続けるなら、機密漏洩なんて重大な問題だ。一度追及されればお前の将来は終わる。俺でも助けられない」智央でさえ、自分を信じてくれなかった。千佳は、事の重大さをようやく思い知る。頭の中はぐちゃぐちゃだった。ビルを出て家へ帰ろうとしたはずの足は、気づけば別の方向へ向かっていた。無意識のうちに冬川グループのビルの下へ足が向き、恋人の拓真に助けを求めようとしていたのだ。だが、ビル下のカフェに着いた瞬間、店内にいる拓真と結衣の姿が目に入った。拓真は指輪をひとつ取り出し、結衣の前へ差し出していた。その笑顔は、千佳が今まで一度も見たことがないほど晴れやかで、どこか媚びるようでもあった。ガラス越しでも完全には音を遮れず、二人の会話がかすかに聞こえてくる。「結衣さん、ご安心ください。UMEのデータ流出の件はすでに処理済みですし、あちらのデータ技術の核心も掴んでいます。うまく手を加えれば、問題は起きません。前に約束していただいた件、まだ有効ですよね?」拓真の視線は、まっすぐ結衣に注がれていた。彼の視線に気づいていながら、結衣はあえて避けなかった。ちらりと横に目をやり、すぐに戻して微笑む。「あなた、彼女がいるって聞いたけど?バレてもいいの?」その言葉を聞いた瞬間、拓真は「可能性がある」と確信し、胸の内が一気に高揚した。結衣が悠真の婚
何十階もの高い場所を歩いていて、突然足を踏み外したような感覚だった。星乃はびくっと体を震わせ、はっと目を覚ました。「悪い夢でも見た?」律人が、そばでくすっと笑いながら声をかけてきた。星乃は顔を上げて、ようやく自分がいつの間にか眠っていたことに気づいた。背筋を伸ばしてこめかみを軽く揉む。肩にかけられていた毛布がするりと落ちた。きっと律人が、起こさないように気を遣いながらも、冷えないようにそっと掛けてくれたのだろう。星乃は毛布を拾い上げ、時間を確認する。眠っていたのはせいぜい十数分。けれど不思議なことに、疲れは取れるどころか、むしろ余計に重くなった気がした。「少し休んだほうがいいよ」律人はベッドから降り、指先で彼女の肩を軽く揉んだ。「一週間以上ずっと残業続きだろ。どんなに丈夫でも、休まないと」星乃は首を横に振り、無理やり気合いを入れる。「大丈夫、さっきちょっと寝たし。もう全然元気」今回のプロジェクトはUMEの運命を左右する。気は抜けない。それに、皆が必死で働いているのに、自分だけ先にサボるなんてできるはずがない。星乃は振り返り、両手で律人の白くて柔らかな頬を軽くつまんで、にこっと笑った。「いい子にして先に遊んでて。お金稼げたら、お姉ちゃんが飴買ってあげるからね」彼女の瞳がきらきらと輝いている。律人は笑って、そのノリに合わせた。「じゃあ、ありがとうお姉ちゃん」「でも、飴よりお姉ちゃんのほうが好きだけどね」そう言いながら、視線を下へと落とし、星乃の唇に向ける。形のいい唇。ほんのり淡いピンクで、うっすらと艶があって、妙に色っぽい。その視線に気づいた星乃は意味を察し、顔が一気に赤くなった。「ちょっと、やめてよ」律人はくすっと笑い、何か言おうとしたその瞬間、目の奥に鋭い痛みが走り、笑みがわずかに固まった。まぶたがびくっと痙攣し、針で刺されるような痛みが広がる。星乃は照れていて彼を見ていなかったため、その異変に気づかなかった。「ねえ律人、好きなものとかある?私……」言い終わる前に、律人が口を開いた。「ちょっと外に出てくる。先に仕事してて」そう言い残すと、返事を待たずに病室を出ていった。本当は、彼の好きなものを聞いて、このプロジェクトが終わって配当が入ったら、サプライズでプレゼントしようと思ってい
黎央はぱっと目を輝かせた。「何でも聞いていいのか?」「うん」沙耶はうなずいた。何にせよ、今の黎央は自分と同じ側にいる。本当は最初、ひとりで瑞原市に戻るつもりだった。けれど黎央が心配して、どうしてもそばで守ると言い張るから、断りきれず一緒に来ることになった。ここまで来た以上、いくつかのことは彼にも知っておくべきだ。沙耶は、相手がどうしてあんな大げさに自分を追い詰めてくるのかとか、命に関わる危険があるのかとか、あるいは無事に逃げ切れるのかといったことを聞かれると思っていた。ところが黎央は少し間を置いて、どこか照れくさそうにこう聞いた。「圭吾さんって、沙耶さんの婚約者じゃなかったのか? なんであんなに避けてるんだ?」「婚約者?」沙耶は一瞬きょとんとした。「誰がそんなこと言ったの?」否定された途端、黎央の目がぱっと明るくなり、すぐに戸惑いが混じった。悠真が言っていたはずだ。沙耶の婚約者は圭吾だと。その名前は何度も頭の中で繰り返した。間違えるはずがない。しかも、沙耶の計画で圭吾のそばにいたときも、何度も確認していたし、圭吾自身も何度か沙耶の名前を口にしていた。けれど、沙耶の表情はとても嘘をついているようには見えない。「違うのか?」黎央は戸惑いながら聞いた。沙耶の目に、はっきりとした嫌悪が浮かぶ。「どうしてあの人が私の婚約者になるの? 私の婚約者は優しくて、思いやりがあって、それでいて芯の強い人だった。あの人は、私の婚約者を殺したの。私の仇よ」黎央は言葉を失った。沙耶の目の奥にある悲しみと、うっすらとにじむ涙が見えた。ずっと昔の、消えない痛みが掘り起こされたように。「……ごめん」黎央は小さく言った。沙耶は首を横に振る。そして、ふっと微笑んだ。「もう、終わったことだから」律人の言っていたことは正しいとわかっている。圭吾は警戒心が強い。たとえ近づけたとしても、紀弥の仇を討つことなんてできない。かつて閉じ込められていたあの頃、自分も何度か復讐を試みた。けれど、そのたびに失敗した。それだけじゃない。圭吾は、人を追い詰める方法を、まるで生まれつき知っているかのようだ。復讐に失敗するたび、自分にとって命のように大切なものが、少しずつ奪われていった。紀弥の部屋、紀弥の遺品、あのとき紀弥が助けた小犬……恵理







