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第147話

Author: 藤崎 美咲
前に悠真が星乃の味方をしたときは、ただの衝動だと思っていた。

けれど今回は、どうやらそういう偶然じゃなさそうだ。

どうやら自分の息子も、世間が言うほど星乃を嫌ってはいないらしい。

そう思ったとき、雅信の脳裏にもうひとつの出来事がよみがえった。

星乃の母が亡くなったあと、冬川家は篠宮家との約束通り、二人の子どもの縁談を話し合った。あのとき篠宮家が連れてきたのは、美優だった。

彼らの狙いは誰の目にも明らかだった。

そもそも悠真は、この強引に決められた縁談に反発して、ついでのように星乃まで嫌うようになった。だから仕返しのつもりで「美優と結婚する」と言い出したのだ。

ところが、結婚式の前夜になって彼は外へ出かけ、一晩まるごと帰ってこなかった。

そして翌日、美優がある事情で式に出られなくなり、花嫁の席に座ったのは星乃になった。

何年も一緒に暮らしてきた息子の考えくらい、雅信に分からないはずがない。

すべて承知の上で、ただ笑みを浮かべ、言葉にはしなかった。

「悠真が本当にそう決めたの?」家族会議が終わったあと、花音に結衣から電話があった。事情を一から話すと、結衣はしばらく絶句した。

けれど前に一度経験しているせいか、今回はそこまで驚きはしなかった。

ただ、悠真の心の中に星乃がまったくいないわけではないと、ほぼ確信できた。

花音は口を尖らせて言った。「そうなの。誰にも分からないのよ、お兄ちゃんが今回は何を考えてるのか。こんな大事なことに、どうして星乃なんかを呼ぶの?もしかして星乃が変な薬でも使って、お兄ちゃんを惑わせてるんじゃない?」

薬という言葉が出た瞬間、結衣は唇を噛み、黙り込んだ。

花音はその沈黙を、怒っているせいだと勘違いして慌てた。「結衣さん、怒らないで。おばあちゃんの誕生日まで、まだ何日かあるし。お兄ちゃんだって、明日になれば後悔してるかもしれないから」

結衣は軽くうなずき、「うん」とだけ答えた。

だが彼女は悠真の性格をよく知っている。いったん決めたことを、後になって悔やむような人ではない。

思い出したのは、星乃から届いたあの短いメッセージだった。

あれは単なる挑発ではなく、きっとその時点ですでに悠真に耳打ちをして、登世の誕生日のことを話していたのだろう。

悠真自身は気にしていなかったかもしれない。

けれど、周りから見れば明
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