ログインそのあと、悠真は部屋の奥へ戻り、すぐにフロントへ電話をかけ、いきなり激しい口調で責任を追及した。フロント側は何度も謝罪し、二度と同じことがないと約束した。電話を切ると、悠真はようやく疲れ切ったようにベッドへ身を沈めた。ベッドに横になった悠真は、ぼんやりと天井を見つめていた。頭の中には、星乃と律人が一緒にいる場面ばかりが次々と浮かんでくる。星乃の優しく楽しそうな笑顔。律人の腕にそっと手を絡めたとき、二人が交わしていた甘い視線……突然、心も体も疲れ果ててしまったような気がした。会社の仕事に追われ、三日間ほとんど休まず働いた時よりも、ずっと疲れているように感じる。遥生とも律人とも、これまでに関わったことがある。遥生は理性的なタイプだが、恋愛になると引いてしまうところがある。もし星乃が選んだ相手が遥生なら、まだなんとか対処できる。だが、相手は律人だ。思っていた以上に手強い。自分が流させた記事はことごとく押さえ込まれ、律人もそんな噂などまるで気にしていないようだ。それどころか、今日の律人は何度も、自分を挑発してきた。そして星乃は……まるで律人しか見えていないかのように、自分の存在などまったく目に入っていない。そこまで考えたところで、悠真の胸にどうしようもない苛立ちが込み上げてきた。どれほど時間が経ったのか分からない。悠真は起き上がった。こめかみを揉みながら、独り言のように呟く。「だったら、もう諦めるか」世の中には女なんていくらでもいる。自分だって、星乃でなければならないわけじゃない。悠真は腹立たしさとやるせなさを抱えながらそう自分に言い聞かせ、スマホを取り出して誠司に連絡し、帰国便を手配してもらおうとした。だが、電話をかける前に、花音から着信が入った。……ホテルでは。星乃はスーツケースを床に広げ、そのそばで荷物を整理していた。ここ二日ほど街を歩き回って買った、遥生や遥香たちへの土産も、きちんとスーツケースの中にしまってある。「本当に、もう二日くらい延ばすつもりはないの?」寝室から出てきた律人は、星乃に荷物を渡しながら尋ねた。星乃の手が止まる。この二日間、律人とここで過ごしている間は、面倒なことも危険なことも何もなかった。まるで現実から切り離されたような場所だった。星乃も、正直なところ少
さっきまで悠真は、頭の中が星乃と律人のことでいっぱいで、部屋に誰かいることなどまったく気づいていなかった。「誰だ?」悠真は勢いよく身を起こし、警戒しながら声のしたほうを振り向いた。男がリビングの反対側から歩いてきて、悠真の前まで来ると、ソファに腰を下ろした。男は名刺を差し出した。「女はたいてい、自分より上だと思える男に惹かれるものです。復縁したいなら、ただ指をくわえて見ているだけじゃ何も変わりませんよ」悠真は目を細め、さらに警戒を強めた。「俺を尾けてきたのか?」目の前の男に心当たりはない。だが、相手は明らかに自分のことをよく知っている。とはいえ、相手の目的が分かるまでは、悠真も手を出すつもりはなかった。男は何も言わず、ただ口元に薄く笑みを浮かべ、名刺をもう一度悠真の前へ差し出した。悠真はそれを受け取り、目を落とした。「東條浩也……UMEの前の取引先か?」以前、UMEから人を引き抜こうとした際、悠真は誠司に遥生の情報をすべて調べさせていた。そのため、名刺に書かれた会社名を見ただけですぐに分かった。浩也は笑った。「俺のことをご存じとは光栄ですね。これなら、わざわざ詳しく説明する必要もなさそうです。このところ、冬川グループとUMEの間でいろいろあったことは俺も聞いてます。悠真社長もUMEにはかなり手を焼いているでしょう。俺も同じです。だから、悠真社長と一度、取引の話をしたいと思ってね」悠真は鼻で笑った。「どういう取引だ?」浩也は答えた。「悠真社長の会社が引き受けた案件の中に、UMEからの注文がいくつかあるはずです」それは、悠真が星乃への償いのつもりで、UMEの窮地を救うために別の会社を買収したときに引き受けたものだった。まさか、そこまで調べられているとは、悠真も思っていなかった。浩也は続けた。「俺が望んでいるのは、その注文にちょっとした問題を起こしてもらうことです。大した問題じゃありません」長年、ビジネスの世界に身を置いてきた悠真に、その言葉の意味が分からないはずがなかった。悠真は嘲るように笑った。「俺はそんな汚いやり方はしない。他を当たれ」悠真がそう答えることを予想していたのか、浩也は顔色一つ変えずに言った。「もう少し考えてみたほうがいい」「もちろん、UMEなんて相手にしてないことくらい
けれど、星乃は肩に掛けられた上着を外そうとはせず、軽く肩を寄せるようにして、律人との会話を続けた。少し大きめのメンズジャケットを羽織った姿は、それだけでいつもとは違う雰囲気を醸し出していた。少し離れたボックス席では、誠司が向かいに座る悠真をおそるおそる見ていた。先ほど星乃の姿を見かけてからというもの、悠真の機嫌は明らかに悪かった。しかも今、星乃が律人のジャケットを羽織っているのを見て、手にしたスプーンが曲がってしまいそうなほど強く握りしめている。「悠真様、だったら別の店に移りませんか……」誠司がおずおずと切り出した。誠司はネットの旅行ガイドを参考に、このレストランを選んだだけだった。それなのに、まさかこんなに偶然が重なるとは思わなかった。食事をしに来ただけで、星乃と鉢合わせするなんて。星乃一人なら、まだよかった。ところが律人まで一緒にいて、そのうえ二人は見るからに仲がよさそうだった。悠真は何も答えず、ただ視線を逸らした。複雑な表情を浮かべたまま、何を考えているのか分からない。「悠真様……?」誠司が探るように声をかける。悠真は顔を上げ、独り言のように呟いた。「前に一度、結衣が帰国したとき、クラブで帰国祝いのパーティーを開いたことがあったのを覚えてる……あの夜、星乃が俺に会いに来た。でも俺は、ただ鬱陶しいと思って、店の人間に外で足止めさせた。そのあと、あいつはクラブの前の花壇の縁に座って、一晩中俺を待ってた」あのときの星乃も、きっと今の自分と同じ気持ちだったのだろう。その話を聞いて、誠司はすぐには何も言えなかった。これまでの五年間、似たようなことがあまりにも多かったからだ。実は、ずっと口にできずにいたことがある。悠真がどれだけ星乃を追いかけたとしても、おそらくもう、星乃が振り向くことはない。誠司には、そんな気がしてならなかった。食事を終えると、星乃は律人と一緒に近くの市場を見て回り、遥生や遥香たちに現地のお土産をいくつか買った。それを済ませてから、二人はようやくホテルへ戻った。その後の二日間も、星乃と律人は近くの観光スポットをいくつか巡り、二人でたくさんの写真を撮った。その中で何度か、星乃は人混みの中に悠真の姿を見つけた。けれど、もう一度よく見ようとしたときには、悠真がいたはずの場所には誰もいな
星乃が目を覚ましたときには、もう午後になっていた。空はどんよりと曇り、窓の外から差し込む光も、どこか薄暗く、黄みがかっている。寝室には彼女一人しかいなかった。星乃は時間を確認し、もう夕方が近いことに気づくと、慌ててベッドから飛び起きた。まず洗面所へ行って身支度を整え、寝室を出ると、リビングのソファに律人が仰向けになっていた。目を閉じているが、眠っているのかどうかは分からない。星乃は小さなブランケットを一枚持ってくると、そっと近づき、彼に掛けてやった。立ち上がろうとしたそのとき、律人が手を伸ばして彼女の手首をつかみ、少し力を込めた。不意を突かれた星乃はよろめき、そのまま彼の上に倒れ込んだ。驚いて起き上がろうとしたが、律人に腰を抱き寄せられ、そのまましっかりと腕の中に閉じ込められる。「ちょっとお腹空いたな。今は我慢するしかないし、もう少しこのままでいさせて」律人は小さく笑った。星乃は少し困ったような顔をしたが、それ以上動こうとはせず、顔を上げて彼を見つめた。目覚めたばかりだからだろうか、律人の瞳は少し潤んでいて、照明に照らされると、きれいな光を帯びていた。この顔は、本当に欠点のつけようがないほど整っている。「外に食べに行く?」星乃が言った。一日ほとんど何も食べていないので、彼女も少しお腹が空いていた。律人は頷いた。。「この辺、美味しい店が何軒かある。たぶん君の好みに合うと思う」「じゃあ、着替えてくる」そう言って、星乃は立ち上がって寝室へ戻り、黒いキャミソールワンピースに着替えた。少し考えてから、薄手のショールも羽織った。「ショールはないほうが似合う」律人はドア枠に軽く寄りかかりながら、そう勧めた。星乃は眉を上げた。「本当に?」「うん」律人は笑って頷いた。星乃は肌がとても白く、黒いキャミソールワンピースがその白さをいっそう際立たせていた。清楚な顔立ちに、どこか色っぽさを感じさせる雰囲気も相まって、思わず目を奪われるほど綺麗だ。まるで完成された芸術作品のようだった。ショールを羽織ってしまうと、かえって少し地味に見えてしまう。「こんな格好で出かけて、他の人に見られても、嫉妬しないの?」星乃は探るように尋ねた。律人は笑うと、彼女の前まで歩み寄り、身をかがめて首筋にキスをした。そして離れた
星乃は、気のせいかもしれないと思いながらも、律人の顔色が以前より少し青白くなっているように感じていた。 以前、怪我をしてからというもの、律人はずっと体調があまりよくない。それでも今日は、いつにも増して儚げに見えた。 「どうした?ずっと僕のこと見てるけど」律人は星乃の頭をくしゃっと撫でて、笑った。「僕ってそんなにかっこいい?」星乃は頷いた。「芸能界に入らないなんて、本当に芸能界にとって大きな損失だよ」律人はその言葉に、小さく笑った。星乃は少し探るように尋ねる。「最近、体調はどう?」律人は一瞬黙ると、星乃のほうへ身を寄せた。そして彼女の顎をそっと持ち上げ、唇を耳元へ近づけると、二人にしか聞こえない声で囁いた。「だったら、今夜、君が自分で確かめてみる?」星乃「……」ところがその夜、確かめるどころではなかった。星乃は生理が来ていることに気づいたのだ。律人はいたって平然としていた。前回の経験もあって、今回は手慣れた様子で体を温める滋養スープを作った。相変わらず、何十種類もの高級食材をこれでもかというほど鍋に詰め込んでいた。星乃はそれを飲み終えてから、一晩中ほとんど眠れなかった。明け方になってようやく、ふらふらしながら眠りについた。律人はもともと星乃を連れて買い物に出かけるつもりだったが、彼女があまりにも眠そうだったので起こさなかった。そのまま隣に横になって本を一冊手に取り、静かに読み始めた。午後になると、美琴から電話がかかってきた。律人はそっと部屋を出て電話に出ると、すぐに美琴が尋ねてきた。「星乃と悠真、どういうこと?」律人には何のことか分からなかったが、美琴から送られてきたニュース記事を見て、ようやく事情を理解した。パパラッチが飛行機の中や空港で撮った星乃と悠真の写真を、ある芸能メディアが都合よく切り取り、二人が復縁するのではないかと憶測を広めていたのだ。「今、瑞原市ではその話でもちきりよ。もし星乃にその気があるなら、あなたは何なの?」美琴は思わず言った。彼女だって、こういうニュースが根も葉もない噂を大げさに取り上げているだけだということくらい分かっていた。それでも、星乃と悠真があんなふうに人目も気にせず堂々と一緒にいるのを見て、少し腹が立った。あの頃、律人は星乃のために命まで落としかけたとい
空港のロビー。誠司は電話を終えると、メモ用紙に数行書き留め、それを悠真に差し出した。「悠真様、これが律人さんの今の住所です」そう言って、少し離れたところにいる星乃へ目を向けた。誠司の胸中は、何とも言えないほど複雑だった。誠司だけではない。悠真自身も、ふとした瞬間、自分はどうかしていると思った。自分が、元妻の今の恋人の住所を教えようとしてる?だが、さっき飛行機の中であの女性に言われたことを思い出し、悠真はもう一度深く息を吐いた。自分はおかしくなったのかもしれないという考えを、無理やり胸の奥へ押し込める。昔、星乃はあれほど長い間、自分を追いかけてきた。それを思えば、これは自分が負っていたものなのかもしれない。想いが届かないことが、こんなにも苦しいものだったなんて。悠真は目を閉じ、星乃のもとへ歩いていった。その頃、星乃は目を伏せたまま、律人に送るメッセージを打っていた。すると突然、目の前に影が差した。反射的に顔を上げると、そこにいた人物を見て、星乃は一瞬ぽかんとした。「どうしてここにいるの?」星乃はすぐには状況を飲み込めなかった。さっきまで連絡がつかなかった相手が、今、自分の目の前に立っている。白いコートをさらりと着こなし、上品な雰囲気を漂わせている。律人は薄く笑い、星乃の頭を優しく撫でた。「君がここにいる夢を見たんだ。それで、空港に来てみた。まさか、本当に会えるとは思わなかったよ」律人は眉を上げると、二歩ほど後ろへ下がった。そして両腕を広げ、まだ状況を飲み込めていない星乃に向かって言った。「こんなに久しぶりに会えたのに、抱きしめてくれないの?」星乃は数秒固まっていたが、ようやく我に返った。そして早足で彼のもとへ駆け寄り、ぎゅっと抱きついた。律人はそんな星乃を抱き上げ、その場で二度ほどくるりと回った。星乃を床に下ろすと、律人はその頬をつまみ、冗談めかして言った。「痩せたな。そんなに僕に会いたかったなら、こっちの用事を早く片づけて帰って、君と一緒に過ごすよ」星乃は、その言葉が本気なのか冗談なのか分からなかった。慌てて首を横に振る。「急がなくていいよ。ゆっくりで大丈夫。ちょうどこの二日間は休みだから」「あ、そうだ。ジジ、また大きくなったよ。もう三キロ近くあるの。子猫って、あんなにたくさん食