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第7話

Author: もち米とりんご飴
手術室から出てきた時、律人は私のベッドのそばから一歩も離れなかった。

普段は几帳面な彼なのに、ネクタイは曲がり、真っ白なシャツには血の痕が点々と付着していた。

いつも静かに私を見つめていたその瞳には、拭いきれない痛みが滲んでいた。

彼はそっと目を閉じ、掠れた声で言った。

「汐里、ごめん。お前だと気づかなかった」

私は顔をそらし、初めて彼に応えなかった。

丸7日間、私は一言も口を開かなかった。

彼を恨んでいるのか?

多分、そうかもしれない。

彼があんなことをしなければ、私はあの子を失わずに済んだ。

それ以上に、自分自身が憎かった。

もっと早く妊娠に気づいていれば、彼を助けようなどとはしなかったのに。

律人も罪悪感を抱いていたのだろう。

仕事が一番だったはずの男が、毎日休まずに病院へ来て付き添ってくれた。

それでも私は、口を閉ざしたままだった。

ある日の深夜、夢を見た。二つ結びの小さな女の子が、駆けてきて私にしがみつく夢だ。

「ママ、泣かないで。また帰ってくるからね」

目が覚めると、枕が涙で濡れていた。

翌日、律人が病室にやってきた時、私は7日ぶりに初めて口を開いた。

「家に帰りたい」

それ以降、私たちは互いに暗黙の了解で、あの子の話は一切しなくなった。

私も、千夏のことを問い詰めることはなかった。

何もかもが今まで通りであるかのように振る舞った。

ただ一つ変わったのは、彼が「仕事で忙しい」「また今度」と口にする回数が、以前より少し減ったことだった。

それでも、彼がそう口にするたび。

私は無意識に千夏のSNSで彼の姿を探してしまうのだった。

青春時代の愛と、夢の中でのあの子との約束を支えに、私は何年も耐えてきた。

そして今日、いつものように約束を破られた。

私に残された僅かな愛すらも、とうとう消え去ってしまった。

あの子もきっと、こんな父親のもとには戻りたくなかったのだろう。

だから、私は離れる決意をした。

私の話を聞き終えた柚葉は、とっくに目を潤ませていた。

「私……」柚葉は声を詰まらせ、どう慰めればいいか分からないようだった。

「心配しないで。このインタビュー、私のすべてを懸けて書きますから。クズ男の元夫を絶対に後悔させてやるんだから!」

私のために怒ってくれる姿を見て、私は微笑み、柚葉を抱きしめた。

「ありがとうございます。記事、楽しみにしていますね」

律人が後悔するかどうか、今の私にはもうどうでもいいことだった。

「列車が到着します。海鳴市でお降りの方は……」

いつの間にか、空は白み始めていた。

私も、降りる時が来たようだ。

柚葉と連絡先を交換してから、私はスーツケースを手に列車を降りた。

駅を出て真っ先に向かったのは、近くの法律事務所だ。

弁護士に離婚届を用意してもらい、私は妻側の欄に丁寧に自分の名前を書いた。

2つ目として、私のものではない指輪を離婚届と一緒に封筒へ入れ、事務所から会社へ送ってもらうよう手配した。

宛先は、律人。

それらすべてを終え、私は実家へ向かう車に乗った。

わずか30分の距離なのに、帰るまでに4年もの時間がかかってしまった。

スーツケースを持って母の前に立つと、母は信じられないとばかりに口を押さえ、目を赤くした。

涙を拭い、夢ではないと確信すると、母はすぐさま私を抱きしめて涙をこぼした。

「あなた、帰ってくるなら一言連絡してよね」

口では恨めしげに言いながら、驚きと喜びを隠しきれない笑顔を見せてくれた。

母は私の後ろを確認して、恐る恐る尋ねた。

「律人さんは……一緒に来なかったの?」

私は視線を下げ、「うん」と答えた。

母はそれ以上追及せず、スーツケースを受け取ると急いで私を家の中に招き入れた。

「すぐにお父さんに電話して呼び戻さなきゃ。公園で将棋をしているのよ。あなたが帰ってきたと知ったら、きっと大喜びするわ。

それより、先にスーパーでスペアリブと白身魚を買ってきてもらわなきゃ。あなたの好物でしょう……」

母は耳元でそんな話をずっと続けていた。

4年の歳月を経て、私の心は初めて凪いだ海のように穏やかだった。

外の海を漂い続けていた小舟が、ようやく帰るべき港に着いたような気がした。

母はしばらく話したあと、急に額を叩いて私を寝室へと促した。

「あら、うれしさで忘れるところだった。長旅で疲れたでしょ。先に部屋で休んでいなさい。ご飯ができたら起こすから」

ドアの向こうから、母が鼻歌を歌う声が聞こえた。

久しぶりの小さなベッドに横たわると、陽だまりのような匂いがして、埃一つ付いていなかった。

そこで、ようやく私はスマホの電源を入れた。

電源を入れるや否や、ちょうど律人から着信があった。

私は電話を取った。

「家に着いたか?」

「……うん」

「昨夜言っていた離婚って、どういう意味だ?聞こうと思ったのに、ずっと電話が繋がらなかった」

気のせいだろうか、彼が甘えるような響きが混ざっているように聞こえた。

私は首を振って、そんな非現実的な妄想を消し去った。

離婚届を目にすれば、彼だってすべて理解できるはずだ。

「あなた宛に荷物を送ったわ。受け取れば分かるはず」

私は通話を切り、彼の電話番号を着信拒否リストに入れた。

……

律人は二度も妻に電話を切られたことになる。

もう一度かけ直すと、今度は電話がつながらないのではなく、着信拒否されていた。

帰りが遅くなっただけで、汐里がここまで怒るとは思えなかった。

以前は、そんなことで怒る汐里ではなかったのに。

彼は疲れ果ててこめかみを押さえた。

昨晩は、ほとんど一睡もできていなかった。

それでも、汐里から荷物を送るというメッセージがあったのだから、怒りはかなり収まっているはずだ。

あと数日、仕事を片付けて時間が空いたら、自分から海鳴市まで迎えに行けばいいだろう。

そう思い、律人は仕事へ没頭し続けた。

翌日、秘書の小林健二(こばやし けんじ)が一通の書類を届けてきた。

「周防社長、海鳴市からお届け物です」

律人は契約書にサインする手を止めずに言った。

「開封して、何が入っているか確認しろ」

口調には少しの愉快さが混ざっていた。

封を開けるカサッという音の後、健二が全身を強張らせて固まった。

律人は顔を上げて、怪訝そうに眉を寄せた。

「なぜ黙っている?」

健二は奥歯を噛み締め、震える手で離婚届を取り出し、律人の前に突き出した。

「周防社長……離婚届でございます」

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