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後悔の果て、永遠の夢に抱かれて
後悔の果て、永遠の夢に抱かれて
Author: 温井虚秋

第1話

Author: 温井虚秋
「星野さん、本当に治療を放棄して、退院するつもりですか?」

眼鏡のブリッジを指で押し上げ、医師は厳しい面持ちで星野遥香(ほしの はるか)を真っ直ぐに見つめた。

「今の病状で退院して自宅に戻れば、長く見積もっても一ヶ月の命です。医師として、私はこのまま治療を継続されることをお勧めします。ところで、ご主人はまだ同意書のサインに来られないのですか?」

遥香が答えようとした瞬間、喉の奥から血の匂いがせり上がり、彼女は思わず激しく咳き込んだ。

慌ててバッグからティッシュを取り出して口元を覆い、顔を背けて咳を続ける。

白いティッシュは、またたく間に目を刺すような鮮血に染まった。

咳の刺激で涙が滲み、もともと霞んでいた視界がさらに歪み始める。

よく見れば、彼女の片方の目は普通の人とは異なっていた。

漆黒に沈み、焦点も光も一切ない。それどころか、眼球そのものが少し陥没し、変形している。そう、この目は何も見えない。失明していたのだ。

本来の整った顔立ちがその異様な瞳をカバーしていなければ、誰の目にも不気味に映ったことだろう。

「星野さん!」医師は慌てて遥香の前に駆け寄り、気遣うように声をかけた。「すぐに救急で処置をしましょうか?」

「いいえ、大丈夫です」

遥香は手を振り、無理に微笑みを作った。「木村先生、前にも言ったはずです。夫なら、もう死にましたから」

医師はなおも心配を拭いきれない様子で言った。「分かりました。ですが、少しでも具合が悪くなったら、いつでも治療に来てください」

「はい、ありがとうございます」

そう言い残し、遥香は医師の哀れむような視線に耐えきれず、逃げるように病室へ戻って荷物をまとめ始めた。

その頃、テレビではあるニュースが流れていた。

「輝星テクノロジーグループが、海外の技術封鎖をついに突破しました。世界初のAIアンドロイド執事は、発売開始からわずか数分で完売となりました。

関係者によりますと、このAIアンドロイド執事は、人間の執事としての基本機能を備えているだけでなく、独自のチップを搭載しているため、単身者のニーズに合わせたカスタマイズや情緒的なサポートの提供も可能とのことです」

遥香は片目しか見えないため、画面に限界まで顔を近づけ、必死に目を凝らして見ようとした。

続いて、アナウンサーが現場の記者に中継を繋ぐ。

画面に映し出された輝星テクノロジーの社長であり、遥香の夫である藤城蓮司(ふじしろ れんじ)は、相変わらず端正で気高く、そして冷静で余裕に満ちていた。

記者の質問に対し、彼は微笑みを浮かべながら簡潔に答える。その振る舞いからは、IT業界のトップに立つ者としての自信と教養が滲み出ていた。

「妻が十年前、この構想を提案してくれました。彼女が信じ続け、背中を押してくれなければ、今の私はありません」

彼の一言は、現場の記者たちの間に大きな反響と推測を呼んだ。

コメント欄にも、ネットユーザーからの羨望と祝福の言葉が次々と流れていく。

しかし、突然あるコメントが目に飛び込んできた。

【羨ましがる必要なんてないぞ!聞くところによると、藤城社長の奥さんは片目がない不細工なんだぞ。お前ら見たことあるか?片方の目が潰れてて、マジで化け物みたいに醜いんだぜ】

遥香はその文字がやけに目に刺さり、慌ててテレビの電源を切った。

十年前、遥香は蓮司のプロポーズを受け入れた。

彼女はなけなしの全財産を持ち寄り、結婚式もウェディングドレスもなしで、たった六百円の指輪をはめ、迷うことなく彼と籍を入れた。

新婚生活が始まって間もなくのこと。

立ち上げたばかりの会社のために、遥香は志を同じくする大学の先輩たちを呼び寄せ、研究室で不眠不休の努力を重ねた。

輝星テクノロジー専用の独自チップも、遥香がある半導体業界の巨頭のもとへ何度も足を運び、冷たくあしらわれながらも必死に頼み込み、ついにはなりふり構わず土下座までしてようやく勝ち取った長期提携の成果だった。

蓮司は言った。「遥香、事業が安定したら、A国へ行ってウェディングフォトを撮ろう。いいだろう?」

かつて蓮司を守るために、彼に恨みを持つ者の手によって片目を奪われるほどの代償を払ったというのに、遥香は今もなお、彼の約束が果たされる日を待ち続けている。

遥香は疲れ果てた重い体を引きずり、家へと帰った。

邸宅の前に着くと、一台の高級車が目に飛び込んできた。

車窓は半分開いている。

中から甘えきった女の声が漏れ聞こえてきた。「蓮司、ひどい!痛くて死んじゃいそう」

続いて、男の低い吐息と車体がきしんで揺れる音が響く。

遥香にとって、誰よりも聞き慣れた声だった。

しばらくして、運転席のドアが開いた。

すらりとした長い脚が地面に降り立ち、続いて、凛とした佇まいの男が姿を現す。

蓮司だった。

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