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第6話

Auteur: 温井虚秋
喉に込み上げた血が、遥香の口元を赤く染めた。

しかし蓮司の瞳には嘲弄の色が浮かぶばかりで、彼はそのまま大股で立ち去ろうとした。

バランスを崩した遥香は、床に激しく叩きつけられる。

彼女が吐き出した血が、淡い色の絨毯をまたたく間に無惨な赤に染め上げていく。

「遥香、芝居もいい加減にしろ。そんな見え透いた真似で俺の気を引けると思うな!」

そう吐き捨てると、蓮司は一度も振り返ることなく立ち去っていった。

遥香はそのまま意識を失った。

彼女のスマートフォンだけが、絶え間なく着信音を響かせていた。

……

「遥香さん!遥香さん、しっかりしてください!」

遥香は重い瞼をこじ開けた。視界はまだひどく霞んでいる。

だが、覗き込んでいる顔が新しく抜擢した部下、瀬戸勇人(せと ゆうと)であることは分かった。

勇人は彼女より数歳年下で、彫りの深い端正な顔立ちをしていた。

彼の温かい手に包み込まれていることに気づき、遥香は気後れして、慌てて自分の痩せ細った手を引き抜いた。

勇人は彼女が目を覚ましたのを見て、ようやく安堵の息を吐いた。

その時、遥香は自分の頬に何か熱いものが落ちてきたのを感じた。

彼が私のために泣いているのだろうか。

「勇人さん……」遥香は口を開いたが、その先をどう言えばいいのか分からなかった。

「気がついて本当によかったです。いくら電話しても出ないから、スマホの位置情報で家まで押しかけたんです。遥香さん……」

勇人が言葉を詰まらせ、むせび泣いていた。

「勇人さん、ありがとう」遥香は泣いているのか笑っているのか分からないような表情で、掠れた声で尋ねた。「私の子は駄目だったの?」

「……はい」

彼女は静かに目を閉じ、あふれ落ちる涙が頬を濡らすのに任せた。

この子は生まれてくるべきではなかった。これでよかった。

勇人は彼女の涙を拭いながら、低い声で慰めた。「遥香さん、僕が最高の専門医を探し出します。国内が駄目なら海外へ行きましょう。がん治療なら、海外の方が進んでいますから」

遥香は自分と勇人がそこまで親密な間柄ではないと思っていた。

おそらく、自分の過酷な病状に同情してそう言ってくれているのかもしれない。

「ううん、いいの!」遥香は首を振った。「明日、退院の手続きをしてくれるかしら」

勇人は焦ったように声を荒らげた。「駄目です!命の危機を脱したばかりじゃないですか!しかも流産までして、体も回復していないのに、退院なんてできるわけありません!」

「自分の身体のことは、私が一番よく分かってる」

結局、誰も遥香の強情さを折ることはできなかった。

一方、遥香がスマートフォンの電源を入れると、蓮司からの着信履歴でたちまち画面が埋め尽くされた。

彼女が弱り切った体を引きずって帰宅するなり、待ち受けていたのは、怒りに燃える黒い瞳だった。

「あの男と逢引きに出かけていたのか?」蓮司は冷徹な声で言った。「丸一週間もだ。随分と楽しんできたようだな」

遥香も負けじと言い放った。「ええ、そうよ。あなたが外で愛人と逢引きしていいのに、どうして私には許されない?」

蓮司は言葉に詰まった。

次の瞬間、彼は怒りで我を忘れ、遥香の顎を乱暴に掴み上げて問い詰めた。「お前と勇人、一体どういう関係だ!」

「あなたが想像している通りの関係よ!」

蓮司の指先にさらに力が込められる。その目からは今にも怒りの炎が噴き出しそうだった。

遥香は、顎の骨が砕けてしまうのではないかと感じた。

彼女は痛みを堪えながら彼の手を力強く掴み返し、嘲るような口調で言い放った。「ええ、彼はあなたより若くて格好いいわ。あなた自身が他の女の誘惑に勝てないのに、どうして私が我慢できるっていうの?」

蓮司は手を離した。「遥香!よくもそんな口を……いい度胸だな!」

その時、蓮司のスマートフォンが鳴った。

彼が電話に出ようとした時、画面に表示された名前が遥香の目に入った。――「愛しの詩織」。

彼は少し離れた場所へ移動して電話に出たが、その内容は遥香の耳にもはっきりと聞こえた。

片方の視力を失ってからというもの、それを補うかのように彼女の聴覚は鋭敏に研ぎ澄まされている。

電話越しの詩織はひどく甘えた声を出していた。「蓮司、お腹の子のためにお医者様に入院して安静にするよう言われちゃった。お願い、一緒にいてくれない?」

「分かった! 今すぐ行く!」

蓮司が詩織とそのお腹の中にいる子供をどれほど溺愛しているか、嫌というほど伝わってくる。

彼が背を向けたのを見て、遥香は呼び止めた。「蓮司、待って!」

蓮司が足を止める。

遥香はすぐさま寝室から、「離婚協議書」という表題部分を伏せた書類と、あらかじめ用意してあったペンを取り出し、彼に突き出した。

蓮司はそれを受け取る。

遥香の心臓は緊張のあまり、激しく脈打っていた。

「……遥香、どういう意味だ?」

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