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第3話

Author: 南波
結衣は俯いて首を振った。「大丈夫。自分で買えるから」

そんな二人の芝居じみたやり取りが聞こえていた凛音は、つきあっているのが馬鹿らしくなった。そもそも善紀と3年一緒にいて、彼に金を出させたことなんて一度もない。だが、盛沢市でも指折りの御曹司だと知った以上、最後くらい思いきり使わせてもらわなきゃ損だろう。

善紀もどうやら感じたようだった。

凛音が欲しいものを選び、善紀がその後ろで淡々と支払いを済ませていく。

有名ブランド品の店舗に入った時、結衣が唇を噛み締めながら言った。「凛音さん……もう結城先生にかなり買ってもらってるから、他のお店にしない?」

「なに?私がこんなに彼のお金を使って、心配してるの?」

結衣が言葉を詰まらせた。

凛音は彼女を一瞥してから、隣の善紀に向かって意地悪く微笑む。「心配しないで。これくらいじゃ善紀のお財布は痛くも痒くもないはずだから。そうでしょ、善紀?」

善紀は表情を全く崩さずに頷いた。凛音への返答だったが、その目はじっと結衣のことを見ていた。

「結衣も欲しいものがあるなら、気にせず選べばいい」

結衣が驚いたように顔を輝かせる。「本当?」

「本当だ」

凛音は二人が見つめ合う姿を眺め、鼻で笑った。

その場を離れ、一人で鞄を袋に詰めてもらう。

結衣は困ったように善紀を見上げていた。その無垢な視線は、まるでこんなふうに甘やかされるのが当たり前だと言わんばかりだった。

善紀はわずかに眉をひそめ、その瞳には痛ましげな色が一瞬だけよぎった。

凛音が店員と話し始めた隙に、結衣は長い髪を耳にかけ、甘えた声を出す。「結城先生、この間私が倒れた時、助けてくれて本当にありがとう。まだお礼も言えてなかったから」

「君が無事で何よりだよ」

善紀の声は低く、優しい。「それに、俺はたまたま通りかかっただけだから、気にしないで」

その会話が聞こえていた凛音は、危うく吹き出しそうになった。

たまたま?

結衣がいる場所には、彼女を万が一の事態から守るためだけに、善紀が必ずと言っていいほど一番近くにいた。

そんな「たまたま」があるわけがない。

善紀と話をしていた結衣が、ショーウィンドウを見て声を上げた。「わぁ、このバッグすごく素敵……こっちも!」

「申し訳ございません。こちら2点につきましては、現在当店には在庫がなく、他店舗からの取り寄せもできないんです」

「え……買えないんですか?」

結衣は顔を曇らせ、黙り込む。

凛音もちらりと目線を向けると、その2つは入荷困難で、いくらお金を出しても手に入らないものだった。以前、善紀と一緒に来た時、自分も欲しかったのだが、あの時の善紀は何と言ったっけ?

そうそう。

どうせどれも同じようなバッグなんだから、他の店で適当に買えばいい、そう言われたのだ。

だが、今の善紀は結衣の落胆した様子を見て、黙ってスマホを取り出すと一言だけメッセージをどこかに送った。

それから10分もしないうちに、店員に一本の電話が入る。

「お客様」

店員は結衣の前に戻ってくると、先ほどよりも丁寧な接客を始めた。「お客様、先ほどの2点は他エリアからの手配が可能になりました。VIPルームで詳細をご案内いたしますので、こちらへどうぞ」

状況が飲み込めない結衣は、戸惑いを隠せなかった。

「えっ……突然どうしてですか?」

「通常ですともうご案内できる枠がないのですが……先ほど社長から連絡が入りまして。あなた様がお望みでしたら、何としてでも用意するように、と。もちろん、お代もいただきません」

店員は憧れの眼差しを結衣に向ける。「結城グループの御曹司様から、社長へ直々にお話があったそうです。お客様、本当にお幸せですね」

結衣は一瞬呆気にとられ、顔を赤らめた。「私、そんな方なんか知りません。なのに、どうして……」

「きっとお客様に想いを寄せていらっしゃるんではないでしょうか?」

店員は調子良く続ける。「それにお客様はこんなにお綺麗なんですから、当然だと思いますよ」

善紀も結衣に優しい眼差しを向け、店員の言葉を肯定するよう、静かに言った。「店員さんの言う通り、当然のことだよ」

「もう、やめてください……綺麗といったら、凛音さんには敵わないから」

結衣が振り返って凛音を見た。口元は嬉しさを隠しきれず緩んでいるくせに、わざとらしくこう言う。「凛音さん、結城先生が二つもバッグをプレゼントしてくれたから、一つは凛音さんがもらって!」

凛音は善紀の何とも言えない顔を眺めて楽しんでいたのだが、名前を呼ばれてようやく視線を引き戻す。

何というのか……

ある意味、この二人はとてもお似合いだと思う。

どちらもいい顔ばかりして。

凛音は冷たい笑みを浮かべる。「せっかくプレゼントしてもらったんだから、自分で持ってなよ。死ぬ時だって、一緒に埋めてもらいな」

毒のある言葉に結衣と善紀の顔が凍りついたが、店員が間に入ってくれたおかげで、そこまで空気は悪くならなかった。

ほどなくして、他にも裕福そうな婦人たちが来店し、結衣が手に入れた限定バッグを見て口々に羨ましがった。

結城グループの御曹司から贈られた物だと聞くと、我先にと結衣とラインを交換し始める。

今までこんなことのなかった結衣は、表面上は謙虚を装っていたが、心の中の得意げな気配は隠しきれていない。

そして善紀は……

ずっと結衣を見つめ、笑みを浮かべていた。

気にしなくたっていい、3年間をドブに捨てただけだ、と凛音は自分に言い聞かせる。

それでも胸の奥の鬱憤は消えず、今にも外へ溢れ出てきそうだった。

大きく二度深呼吸し、踵を返して外へ出る。

焦りすぎて足早になってしまったからだろう、古傷が鋭く痛み出した。

凛音は歩く速度を落としたが、胸中のやり場のない感情はまだ燻ったまま。

元々専属医をそばに置いていたのも、この痛みが原因だった。定期的にマッサージを受けないと、歩けなくなることさえあったから。

それなのに、まともに歩くのもつらい状態の今、恋人であり、専属医でもある善紀は、別の女に付き添って鞄を選んでいる。

自分がいなくなったことにすら気づいていない。

これ以上に、滑稽なことなどこの世にあるのだろうか?

凛音は唇を歪めた。その瞬間、もう痛みが我慢できずによろけてしまい、そばを通った人にぶつかってしまった。「すみません……」

「何がすみませんだ?どこを見て歩いてんだよ!母さんは高齢だっていうのに、万が一何かあったら、責任を取ってくれんのか?」

「本当よ!全く、今時の若い子は道すらちゃんと歩けないのかしら。しっかり前を見て歩きなさいよ!」

「金持ちだからって、俺らみたいな庶民を馬鹿にしてるんだろ?おい!みんな見てくれ!金持ちのお嬢様が、庶民を馬鹿にしてくるんだ!」

男がそう叫ぶや否や、凛音の周りに人だかりがあっという間にできてしまった。

こめかみがズキズキと波打ち、口を挟む隙もない。

少し離れた場所では、善紀が大小様々な袋を下げて、結衣と談笑しながらのんびり歩いている。

ついに我慢ができなくなった凛音は、目を瞑って叫んだ。「善紀!」

善紀と結衣は顔を上げ、騒ぎに気がついた。

しかし、善紀は慌てる様子も微塵もなく、先に車に袋を積んでから、眉間に皺を寄せたまま状況を尋ねにきた。

すると、今まで凛音を取り囲んでいた人々は、善紀の姿を見て、怒らせてはいけない種類の人間だと感じ取ったのか、文句をぶつぶつ言いながら立ち去っていった。

「凛音、大丈夫か?」

凛音は車のドアにもたれかかりながら、足の痛みが先ほどよりひどくなっているのを感じた。

善紀を見つめ、そしてその後ろで媚びるような笑みを浮かべる結衣に視線を移して言った。「おかげさまで、まだ死んでない」

善紀は凛音の視線を追うと、眉を顰める。「悪かったな。結衣は心臓が弱いから、少し待っていてやっただけなんだ」

「大丈夫、謝らなくていいから」

凛音は冷え切った瞳で、善紀を見つめた。

「結衣は心臓が悪いもんね。それに、あなたはお医者さんだから、彼女が必要なら心臓を交換してあげるのも自然なこと。私は何も気にしないわ」

善紀の瞳の奥が一瞬凍りつき、探るような目つきで凛音をじっと見つめてくる。

「なんでそんなこと言うんだ?」

「私、何か間違ったことでも言った?」

凛音は自分がもう知ってしまったことを悟られないように、何も知らないふりをする。「お医者さんって、みんな人を助けたくて医者を目指したんじゃないの?」

まあ、普通の医者ならそうだろう。

だがこの男は、結衣一人のためだけに愛も心も使う。

たとえ、自分の心臓を抜き取る方法まで考えていたとしても!

そう思った瞬間、凛音の怒りは全て恨みに変わった。「お腹空いたから、もう家に帰る」

「凛音さん……」

結衣が口を開こうとした時、けたたましいエンジン音とともに1台のバイクが迫ってきた。

凛音の瞳が恐怖に収縮する。体がすくんだ瞬間……隣にいた善紀は一切凛音を見ることはなく、反射的に結衣の方へ飛び出し、彼女を強く抱きしめた。

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