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第2話

Author: 南波
史哉は、凛音からそう言われても特に驚いた様子はなく、優しく微笑んだ。「どのような条件かね?凛音ちゃん、あまりに無理なお願いはしないでくれよ」

「心配しないでください。良い話ですから」

凛音は冷たい笑みを口元に浮かべる。「早めに籍を入れたいんです」

「早めるって、どのくらい?」

「半月後には入れたいと思っています」

史哉は一瞬驚いたが、快く頷いた。

電話を終えた凛音は、ラインを開いた。善紀からいかにも自分のことを心配しているようなメッセージがたくさん届いている。

凛音はふっと鼻で笑うと、そのまま携帯をそばに放り投げた。

もう寝よう。

眠れないかと思っていたが、気づいたらもう朝になっていた。

髪をかき上げて身を起こすと、時間は9時。スマホには、善紀からの不在着信が2件あった。

凛音はちらりと見ただけでスマホの画面を消し、洗面所へと向かう。

再び善紀と暮らす邸宅へ戻ると、何とも言えない複雑な感情が込み上げてきた。

あの男は……あろうことか、自分のすぐ側にいながら結衣を愛していたなんて。

全く気がつかなかった!

凛音は深呼吸をして、中へ足を踏み入れる。

玄関で覚悟を決めていたからか、忌々しい結衣の姿を目にしても、心は波立つことはなかった。

「凛音さん、おかえりなさい」

凛音を見た結衣が、気まずそうに立ち上がる。

「あの、今日は特に予定もなかったから、お父さんに凛音さんに会いにきたらって言われて」

凛音は結衣をちらりと見てから、テーブルの上の牛乳に目をやった。多くも少なくもない絶妙な量。一目で善紀が入れたものだとわかる。

凛音はふっと笑みを漏らして言った。「私に会いに来たの?それとも罵られに?お父さんも優しいことね。私があなたのことを煙たがっているのを知ってても、事あるごとに私とあなたを会わせるんだから」

「凛音さん……」

「そんないかにも自分が可哀想みたいな顔しないでくれる?そういうの、私には通用しないから」

結衣の顔色が暗くなり、彼女が言葉を詰まらせた時、背後から善紀の冷たい声が聞こえた。「結衣は君と仲良くなりたいだけなんだ。いちいちそんな言い方をしなくてもいいだろ?」

灰色の部屋着を着た善紀が、すっと背筋を伸ばし、涼しげに立っていた。そこにいるだけで周囲の目を惹きつけるオーラがある。

凛音は何とも言えない表情で、善紀を見た。「そんなに結衣が可愛い?」

凛音の皮肉なもの言いに、善紀が眉をひそめる。

「結城先生、私は大丈夫。凛音さんだって、冗談で言っただけだから」と、結衣がすぐフォローに回った。結衣は笑っていたが、その笑顔が逆に痛々しい。

凛音は思わず笑ってしまった。

この女の化けの皮を剥がしてやりたくてたまらない。だが、そんなことをしたら逆に喜ばせるだけのような気もして、余計に腹立たしい。

善紀は凛音をじっと見てから、振り返ると驚くほど甘い声を出した。「結衣、調子が悪いのか?家に送るから、ゆっくり休め」

「帰って何するの?」

凛音はふと、二人の演技を見ているのも悪くないと思ったのだ。

眉をくっとあげる。「私と仲良くなりたいんでしょ?じゃあ、買い物にでも行こうよ」

結衣の目に一瞬驚きが走ったが、すぐ嬉しそうに言った。「やった!凛音さんとショッピングなんて初めて!」

結衣が行くとなれば、当然善紀もついてくる。

3人は車に乗りこみ、ショッピングモールへと向かった。

車を降りた結衣が先に歩き出すと、善紀は反射的にその背中を追ったが、数歩進んでから、思い出したように立ち止まる。

「凛音、昨晩はどこで寝たんだ?」

好きな女が目の前にいるのに、こんなことが聞けるのだから、ある意味見上げたものだ。

凛音は善紀の顔を見つめ、初めて心の底からの嫌悪感を覚え、静かに口を開いた。「飲みすぎちゃったから、梨花とホテルに泊まったの」

善紀は頷く。「何もなかったなら良かった」

そう言うと、彼は結衣の後を追った。

善紀が結衣の耳に何か囁くと、結衣は花が咲いたような笑みを浮かべ、そのきらきらと輝く瞳に見つめられた善紀も、顔を綻ばせる。

その光景がナイフのように凛音の胸に刺さった。

しかし、こんな二人をこれまで何度か見てきたな、とふと思い出す。

自分が結衣を軽く咎めるだけで、いつも善紀が結衣を庇ったし、結衣が辛そうな顔を見せると、善紀は誰よりも早くそばに寄り添った。

さらに、結衣が行きたがる場所なら、善紀はいつも自分をあの手この手で誘い出して、そこに「たまたま」を装って結衣を連れてくるのだ。

ずっと、あれは医者だからこその、面倒見の良さからきているのだと思っていた。

だが今思えば、一番滑稽だったのは、どうやら自分だったらしい。

まあ、もうすぐそれも終わる。

凛音は自嘲の笑みを浮かべ、ゆったりとショッピングモールの中へ入っていった。

買い物中、凛音は一言も発さなかったが、対照的に結衣の口は休まることなく、凛音の機嫌をとるかのように、ずっと話題を振っている。

「凛音」

我慢できなくなったように、善紀が険しい表情で凛音を見た。

「来たくなければ来なくたって良かったんだ。でも、来たんだったら、そんな態度取るなよ」

「結城先生……!」結衣は慌てて二人の間に入り、首を横に振った。「凛音さんはいつもこうだから気にしないで。私も慣れてるし、大丈夫」

しかし、彼女の口元に浮かんだ苦い笑みは、それだけで十分、自分が被害者であることを主張している。

凛音は口角を上げ、冷たい視線を結衣の手元に向けた。

善紀にしがみついている腕。まるで、彼ら二人が本物の恋人同士のようだ。

「慣れてるのね」

結衣は今初めて凛音の視線に気づいたように、勢いよく手を放した。「わ、私……違うの!凛音さん、誤解だから……」

「全く騒がしいわね。掴みたいんだったら、掴んでおけばいいでしょ?でも、離しちゃだめだからね」

凛音がふっと鼻で笑い、すっと二人の横をすり抜ける。

善紀は深く眉をひそめ、何か言いたげだったが、結局は押し黙っていた。

凛音が少し離れてから、善紀は優しく囁いた。「結衣、凛音のことは気にしなくていいからな。何か欲しいものがあれば選んで。俺が買ってやる、な?」

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