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第5話

Author: 南波
凛音は目の前の恋人を見つめた。わずか数日の間に、善紀が緊急時には結衣を優先し、そのうえ自分のことを言い過ぎだとか、大人げない態度をとるななどと、結衣を庇う。

凛音は手をぎゅっと握り、ふっと笑いを漏らした。

「私が結衣のことを気に食わないなんて、今に始まったことじゃないでしょ?それに、今回は私は何も悪くないんだから、引く意味はないと思うんだけど」

善紀の眉間に深いしわが寄り、あからさまな不快感が漂った。

凛音は冷ややかな目で彼を見返し、傍らにあった杖を手に取る。

「こんなこと聞きたくないなら簡単よ」凛音は杖を突き、緩やかなウェーブのかかった髪を肩に揺らしながら、毅然として言い放った。「出て行けばいいだけでしょ?あなたのお父さんなら、いくらでもあなたのためにお金を使ってくれるんだから」

それは度を越すほどに。

結衣が家に戻ってからというもの、宗厳は彼女を溺愛していた。

もし、結衣が天の星が欲しいとねだっても、宗厳は愛娘のために掴み取ってくるだろう。

さらに今は、善紀もいる。

善紀が言い返そうとすると、結衣が割って入り、まるで仲裁役のように間を取り持った。

「凛音さん……私が悪いの。結城先生がステーキを買いに行くのが、私のせいで遅れちゃったから……本当にごめんなさい」

何と物分かりのいい女なのだ。

だから、この物分かりの良さこそが、凛音の胸の内にある名もなき炎をいっそう激しく燃え上がらせる。

「へえ」凛音は鼻で笑った。「反省してるって言うのなら、それらしい態度を見せてよね。明日、家政婦さんが休みだから、あなたが料理をしてくれる?」

「凛音!」

善紀が低く凛音の名前を呼んだ。「いい加減にしろ!」

「大丈夫だから、結城先生」結衣は微笑んだが、その目元には悲痛な色が浮かんでいる。「私は、料理くらいはできるから。それに、凛音さんに食べてもらえるなら、それだけで十分」

そう言われてしまえば、善紀もそれ以上は咎められなかった。

善紀は凛音をちらりと見てから、結衣に向けて優しく言った。「じゃあ、今日は早く休んだほうがいい。明日の朝、一緒に食材を買いに行こう。俺も手伝うから」

胸が鋭く痛み、凛音は持っていた杖を握りしめた。

善紀が料理?

笑わせてくれる。

ところが驚くことに、御曹司であるはずの善紀が、本当に生活感にあふれる市場を闊歩し、エプロンをしてキッチンで忙しそうにしているのではないか?

3年間共にいたが、いくら世話を焼いてくれる善紀とはいえ、極度の潔癖症から、彼が自らキッチンに立つ姿など一度も見たことがなかった。

だが、できないわけではなかったらしい。

ただ、自分の為にはしたくなかっただけのこと。

凛音は離れた場所からその光景を眺め、言葉では表せない感情を味わっていた。

「凛音さん、おはよう」凛音が起きたことに気づいた結衣が、ドアのそばで愛くるしく微笑む。「早く顔を洗って食べてね。結城先生がいっぱい作ってくれたから。すっごく美味しそうだよ!」

善紀もコンロの前に立ち、時折結衣を振り返っては満足げに微笑む。

「海塩を、取ってくれる?」

「はーい!」

結衣が棚を開けようとしたその隙に、善紀は冷ややかな目で凛音を見やり言った。「顔は洗ったのか?洗ったんだったら早く座れ」

凛音は何も答えず、ゆっくりと階段を降りた。

ここ最近は生活リズムも狂い、昼過ぎまで寝ていることが多かった。

どうやらこの二人は一緒に朝食をとり、買い物に行き、帰ってきてからは一緒に食事の支度をしたらしい。

本当に仲睦まじい夫婦のようだ。

凛音は視線を落とし、心の中に渦巻く全ての感情を押し殺す。

善紀が最後の品を完成させると、結衣が嬉々としてダイニングテーブルに運んできた。

席に着くと、結衣は期待に満ちた目で言った。「凛音さん、もう怒ってないよね?」

凛音が答えるよりも早く、善紀が遮るように口を開いた。「一晩経てば機嫌も直っているだろう。早く食べよう」

善紀は凛音を素通りして椅子をひき、結衣と向かい合う形で座った。

すると、結衣が恐る恐る凛音の方を一瞥し、控えめな声で善紀に呟く。「まだ機嫌悪いみたい……」

凛音は口元をひきつらせた。「分かってるんだったら、それ相応の態度でいてね」

それきり、凛音は口を開かなかった。

黙って箸を取り、食事を始める。

皿の上の料理は火の通り方も切り方もバラバラで、料理初心者が作ったのは一目瞭然だった。

凛音が無言で食べ進める中、二人はひっきりなしに言葉を交わしていた。

結衣に至っては、わざとらしいほど声を潜め、いかにも凛音を怒らせないようにと、振る舞っている。

「結城先生、本当にすごいね。私が、好きなものを何気なく言っただけなのに、全部作り方を覚えてくれるなんて!

結城先生みたいな人が恋人なんて、凛音さんは本当に幸せ者だね。私にはいつ、運命の人が現れるんだろう……」

すると、善紀が結衣に甘い視線を向けた。

低く優しい声。「君にも、もうすぐ現れるはずだから」

パシッ。

凛音は力任せに箸をテーブルに置くと、立ち上がりながら鼻で笑った。「結衣、そこまで私を羨む必要はないから。善紀が、あなたの好きなものを作ってくれたんでしょ?それで十分、幸せじゃなくて?

それと、善紀……」

凛音は視線を隣の善紀に向けた。途端に鼻の奥がツンとしてくる。

だが、どうにか平静を装い、見苦しい姿を見せまいと歯を食いしばる。

「私が何か作ってほしいなんてお願いしたときは、死ぬほど嫌がってたよね?なのに、今はどこかで料理の修行でもしてきたの?」

「凛音さん……」口を開いた結衣の瞳から涙が溢れ出た。「結城先生を責めないで……私が、しばらく家庭料理を食べてないって言ったから……私のせいなの!ごめんなさい!」

「もちろんあなたのせいだよ?だって、もしあなたがいなければ、こんな胸糞悪い事態にはなっていなかったんだから!」

善紀は結衣がいたからこそ、自分に近寄ってきた。

そう自覚するたびに、凛音は心臓が抉り取られるほどの嫌悪感を感じた。

瞼を閉じ、これ以上は一言も話すまいと心に決める。

椅子を強く突き出し、自分の部屋へと戻ろうとした。

階段を上がる手前、結衣が追いかけてきて腕を掴んだ。「凛音さん……どうしても私のことを好きにはなれないの?何をやっても間違いになる?」

「ええ」

凛音は一切迷わず、振り返って結衣を見下ろした。

「何をしていても気に食わないの。だって、あなたの存在そのものが間違いだから。あなたの存在なんて、私の神経を逆なでする以外の何ものでもない!」

凛音の凍てつくような冷徹な眼差しが、刃物のように結衣の瞳を貫く。

結衣の息がわずかに詰まったが、その視線の底に、一瞬だけ別の影が過ぎ去った。

凛音は鼻で笑った。「腕を、まだ離してくれないわけ?」

「凛音さん!」

結衣は凛音の腕を掴んだまま、首を振った。「あなたのお母さんが死んだのは、私のせいじゃないし……私のお母さんのせいでもない。私たちは姉妹なのに、どうして仲良くできないの?」

「……」凛音は絶句した。

この女は正気なのか?

母のことを出すなんて。

凛音のこめかみで血管が脈打つ。理性がプツリと切れ、張り詰めたものが崩れ落ちた。

腕を激しく振り払うと、結衣がその反動でよろめき、駆け寄ってきた善紀の胸へと転がり込んだ。

善紀の瞳が凍りつき、怒声を上げる。「凛音、謝れ!」

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