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第6話

Author: 南波
それでも凛音は階段の踊り場に立ち、じっと動かなかった。キャミソールワンピに身を包んだ凛音の姿はどこか妖艶で、まるで別世界の人間のような不思議なオーラを纏っている。

凛音は視線を外さぬまま、目の前にいる二人を見下ろしていた。

「謝ればいいの?」

すぐそばに置かれていた鉢植えを手に取ると、凛音はためらいなく善紀に向かって投げつけた。「じゃあ、あなたがこの怒りを何とかしてくれる?!」

「やめて!」

鋭い叫び声のあと、鈍い音が響く。

咄嗟に結衣が善紀をかばったため、鉢植えが彼女の背中を直撃したのだ。

「結衣!」

善紀は顔色を変え、取り乱した。

顔を上げて凛音を睨みつける善紀。その目つきは、今にも凛音を殺さんばかりの憎悪に満ちている。

しかし、善紀は何も言わず、結衣を抱きかかえ大股でその場を去った。凛音が耳にしたのは、善紀が運転手に浴びせた「車を出せ!病院に向かえ」という怒号だけ。

凛音の頬の筋肉が小さく震えたが、すぐに目をつぶり、溜め息をついた。

男ってものは……

大切に思う相手にしか、情をかけないらしい。

だが、善紀を捨てる決意をした今の自分には、そんなこと何も関係ない。

凛音は気持ちを切り替えると、着替えて出かけることにした。

この高級デパートは、そこそこの身分の人間が多く集まる場所だ。

梨花がベンツで現れた。ショートヘアで強調された耳元に、ダイヤのピアスが輝いている。

彼女はサングラスをずらし、凛音を見た。

赤い唇で艶やかに微笑み、「お姉さん、送っていこうか?」と声をかけてくる。

だが、凛音は冗談に乗る気分でもなく、警備員に手を挙げながら、「早く降りてきて。今日の支払いは全部、私でいいから」と伝えた。

梨花は目を輝かせ、車を降りた。

鍵を無造作に警備員へ投げる。

「何だか機嫌が悪いみたいだけど。善紀さんにまた冷たくあしらわれたの?」

凛音はため息をつき、何も答えなかった。

善紀に都合よく利用されていたという真実を、どうやって梨花に伝えたらいいのか分からない……特に数日前、あんな自信満々で「善紀が私を愛さないはずがない」と豪語してしまった手前、なおさらだった。

凛音の表情の暗さに気づいた梨花は少しトーンを落とし、おずおずと「まさか……もう別れたとか?」と尋ねる。

「うん」

梨花は驚きの表情を浮かべた。

そして笑う。「本当にあっちが使えなかったの?」

凛音は鼻で笑った。「それだけだったら良かったんだけどね」

結局、凛音は善紀と結衣のことを打ち明けた。話を聞いた梨花は暴言を吐きながら、喚き散らす。「さすがは御曹司、最悪すぎる!でも凛音、よくやった。まあ、私ならもっと強く投げてたけどね!」

凛音は目を伏せ、表情を隠した。

「でも、過ぎたことは忘れなよ。いい男なんて腐るほどいるんだしさ!」

梨花は凛音の手を引き、「帰ったら男を探しに行こう。あの男なんかよりずっと良い人を紹介してあげるから。だから、今日はあいつのカードで思いっきりお金を使って、スッキリしようよ!」

善紀がかつて、凛音にカードを一枚預けていた。

以前は、善紀の稼ぎが少ないと気遣い、あまり使っていなかった。

だが彼が御曹司であることを知った後、調べてみると、なんと上限のないカードだということがわかったのだ。

自分を散々利用してきた代償だ。これくらいはされて当然だろう。

普段から派手に生活している二人の女が一緒になれば、デパートの店を巡ることなんて、容易いことだった。気になるものを次々と買っては配送させる。

歩き疲れた二人は、カフェで休息をとった。

凛音は背もたれに体を預け、ぼーっと天井を眺めていた。

「ねえ」梨花が足で凛音を軽く突く。「これからどうするの?決着でもつける?」

「しない」

「え?」

「結婚する」

「はぁ?」

梨花が椅子からずり落ちんばかりに驚いた。「どういうこと?」

凛音は姿勢を崩さず、まるで他人の話をするかのように落ち着いたトーンで語りだした。「おじいちゃんには若い頃から仲良くしていた友達がいて、その人にも孫がいるの。で、元々は、その孫との結婚が決まってたんだけど、おじいちゃんが亡くなったあと有耶無耶になっちゃって。でも……」

「でも何?」

「でも、その孫っていうのが、視力を失っちゃったの」

「……」梨花が複雑な表情をする。「障害のある体で嫁探しが難しくなったから、古い話を蒸し返してきたってわけ?」

「うん」

「凛音の家に女は二人いるじゃん。なんで凛音が嫁がなきゃいけないの?」

「お父さんが、愛する結衣を嫁がせると思う?」

そんなの、ありえない。

そうじゃなければ、縁談の話をこんなにも先延ばしにするわけがないのだから。

「なんて親なの……」梨花が短くため息をつき、誰にともなく呆れた言葉をこぼした。

凛音は言葉を切り、天井の複雑な模様を眺め続けていた。

コーヒーを飲み終えた頃には、もう買い物をする気分など無くなっていた。

食事を済ませ、それぞれ家路につく。

本家に戻ると、玄関先に宗厳の車が停まっていた。

凛音は足を止めたが、そのまま扉を開けた。

リビングは異様な重苦しさに包まれていた。スーツ姿のまま座る宗厳の表情からして、これから問い詰められるであろうということは明白だった。

「凛音、こっちへこい」

入ってくるなり、宗厳は向かいのソファを鋭い視線で示した。「座れ」

凛音はゆっくりと向かい、座ると足を組む。

「何の用?」

宗厳はそんな態度と、買ってきたばかりの荷物に目が行き、怒りが限界に達した様子で吠えた。「結衣が病院で寝ているというのに、よく平気で遊んでいられるものだな。お前に、人としての情というものはないのか!」

「無いよ」凛音はあっさりと頷き、宗厳に同意する。

さらに続けて聞いた。「で、死んだの?」

激昂した宗厳がテーブルを激しく叩く。「ふざけるな!結衣はお前の実の妹だろうが!」

凛音は皮肉な笑みを浮かべ、淡々と答えた。「お母さんは私一人しか産んでいないから、私に妹なんていないよ」

「黙れ!」

宗厳の顔がみるみる赤くなり、その震える手が今にも突き出されそうになった。

「これが最後の警告だ。二度と結衣を傷つけるな。次やったら、この家から追い出してやる!」

もうこっちから出て行くのだけれど。

ただ宗厳の態度から察するに、まだ九条家からの電話は来ていないようだ。

まあいい……宗厳にも善紀にも、これで結衣が助かると錯覚させておけばいい。

全てを知った時、彼らはどんな顔をするのだろう?想像するだけで楽しい。

「他に言うことは?」

凛音は目の前の父親を見つめ、無感情に呟いた。「用がないなら2階へ行くよ。もう眠いから」

もちろん、あと二言三言言いたかった宗厳だが、この娘の気難しさを一番理解しているのも彼だった。何を言っても聞き入れず、なだめても脅しても効かない。まるで心まで鉄でできているみたいな頑固さなのだ。

宗厳は咳払いを一つし、ふと気まずそうに言葉を続ける。

「あれだ……会社の資金繰りが少し悪くてな。お前の母さんの会社の資産を動かしたいんだ。後で部下が書類を持っていくからサインしておけ」

凛音が断ることを恐れたのか、宗厳はさらに言葉を続けた。「安心しろ、損はさせないから。それに、家族だろ?最後は必ず返すさ」

凛音は唇を僅かに動かし、微笑む。

「うん、お父さんの言う通りだよ」と素直に頷いたあと、言った。「でも、お父さんは最近仕事で忙しそうで、体調を崩さないか心配なの。だから、これらの面倒な事務手続きは全部私が引き受けるよ」

思いがけない申し出に、宗厳は鳩が豆鉄砲でも喰らった表情になった。

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