(青山竜一 視点)
俺が速水の部屋を訪ねると、彼は部屋を熱心に掃除していた。もともと奇麗に整頓された部屋を、速水は異様に目を輝かせて畳を乾拭きしている。
その様子に躊躇っていると、先に気がついた速水が声をかけてきた。
「竜一さん、どうしたの?」
「ああ……速水。掃除か?」
「見ての通りね。もうすぐ、この部屋を追い出されるだろうから……早めに掃除しようと思って」
俺はわずかに目を細めて速水を見た。
父・青山清一に無理やりこの屋敷に連れてこられた速水は、もう立派な大人へと成長している。だが、速水はいまだに不安定でどこか幼さを残したままだ。
速水がニコニコ笑いながら俺を見る。
ーーこいつはもう保護を必要としない大人だ。
そうと分かっていても、いまだに速水を見ると不安がつのる。こいつは一人で生きていけるのかと。
「速水、おまえ何歳になった?」
「ん?」
「何歳になったんだよ?」
「竜一さん、僕の誕生日を覚えていてくれたの?」
「え、誕生日?」
「あ~、その反応は偶然の質問だったか。忘れたの、竜一さん?今日は僕の誕生日だよ?」
「今日が誕生日だったか……忘れてた」
「竜一さんは薄情だな~。竜二さんは僕に時計をプレゼントしてくれたよ!」
そう言うと、速水が嬉しそうに腕時計を見せた。
かなりの高級な時計だが、速水がその価値に気づいているとは思えない。弟の竜二が速水を囲いたがっているのは明らかだ。速水の腕に嵌められた腕時計が、俺にはまるで拘束具に見えた。
ーーそれにしても……速水の誕生日におやじが死ぬとはな。速水にとっては、あまりにもひどい仕打ちだ。
速水からすべてを奪った父・清一が、彼の誕生日まで奪った事になる。速水は誕生日を迎えるたびに、おやじの事を思い出すだろう。その体に這う手の感触や、体内に埋まる男の存在を。
「速水はもう二十歳か……成長したな」
「誰だって成長するよ。ねえ、竜二さんは時計を僕にくれたよ。竜一さんは僕に何をくれるの?」
「じゃあ、俺からの誕生日プレゼントは言葉にする」
「え~、言葉で済ますつもり?『おめでとう』なんてありきたりな言葉なら、物品を要求するからね?」
俺は速水を真っすぐに見つめて口を開いた。
「速水、おめでとう」
「……マジで言葉だけで済ますつもりなの、竜一さん」
「今朝、おやじが死んだ。おまえの囲いは取り払われた。速水、今日からおまえは自由の身だ」
「…………」
「速水?」
「あの人……僕の誕生日に死んだの?」
「……ああ、そうなるな」
速水は突然立ち上がると、俺を無視して自室を後にする。その行先は、清一の部屋だった。
おやじは病院で亡くなった。それなのに、速水は迷いもなく清一の部屋に入る。そして、部屋の奥の寝室に入って行った。
俺は速水に続いて寝室に入る事を躊躇った。おやじの寝室を嫌悪していたからだ。
寝室から響く子供の……速水の泣き声と助けを呼ぶ声を俺は何度も聞いた。
だが、子供の俺には何もできなかった。
苦い思いが胸に広がる中、速水がおやじの寝室で叫び声を上げる。ぎょっとして、俺はおやじの寝室に入った。
速水は泣きながら怒りで体を震わせる。
「なんだよ、あんたは!勝手に病気で死んで、僕との約束をほごにして!ーー性奴隷のアナルがガバガバになって……使い物にならなくなったら、僕を山に埋めるんだろ!ーー生き埋めにしてって言ったら、あんた承知しただじゃないか!ふざけんなよ!僕の体と時間を好きなだけ奪っておいて、勝手に死んで僕を放り出すな。
勝手すぎるだろ、勝手すぎる!なんで……殺してくれなかったんだよ!」
速水が興奮して部屋の調度品を壊しはじめた。俺は慌てて背後から速水を抱きしめる。速水は肩で息をしながら、それでも暴れようと俺の腕の中でもがく。
「離してよ、竜一さん!」
「落ち着け。大丈夫だから落ち着け」
「大丈夫じゃない。大丈夫じゃないよ!」
「……速水」
「あいつは僕を山に埋めると約束したのに、それをほごにしたんだよ?僕はもう二十歳で……性奴隷としてはもう寿命。アナルだってきっとガバガバで使い物にならないはずだよ。なにの……どうして僕を生かした!意味のない人生をどうして僕に与え続ける!
どうして……僕の誕生日に死ぬ。死んでまで僕を囲うつもりなのか、あんたは!」
「ーー速水!」
正気を失い暴れる速水は、不意に膝から崩れ落ちた。慌てて速水を抱きとめる。速水は虚ろな眼差しで、おやじのベッドを見つめていた。
そのベッドの上で、速水はどれ程の苦痛を強いられたのだろう……それを思うだけで胸が軋む。急に大人しくなった速水を抱きしめ、おやじの寝室を後にしようとした。
だが、寝室の出口には、おやじの弟の青山清二(あおやませいじ)が立っていた。俺はぎくりとする。女狂いで組長とは名ばかりだった青山清一に代わり、組を仕切っていた弟の清二。
叔父の清二は死んだおやじの跡目を継いで、次期組長に就任することが決まっている。
「……組長が死んだ日ぐらい、大人しく死者を弔え……囲われ者。まあいい。性奴隷のおまえが主を失って不安なのは当然だろうからな。おまえの処遇が決まった……俺の部屋に来い、速水」
叔父が速水に呼びかける。
速水は俺の胸の中から抜け出すと、清二の目を真っすぐに見つめた。速水は常識なしか、とんでもない度胸の持ち主だーーとにかく、次期組長に向ける視線としてはあまりに挑戦的すぎる。
清二はそんな速水を無視して、俺たちに背を向けた。俺はその背に向かって声を掛ける。
「清二叔父さん、俺も速水と一緒に部屋にお邪魔してよろしいですか?」
「ああ、おまえも関わっている事だ。一緒に来い、竜一。ついでに……その馬鹿が俺を背後から襲わないように押さえつけておけ」
忠告通り速水の肩を抱きしめ、俺は叔父の後に続いた。速水が叔父に襲い掛かるとは思えなかったが、一人で歩かせるには心もとない状態だ。
「ごめんね、竜一さん」
ぽつりと速水が呟く。
俺ははっとして速水を見つめ黙って頷いた。
(速水 視点)「あ、三原さん。店先で騒いでごめんね」「いえ……大丈夫です」僕と竜二のつまらない会話の間も、三原は黙って待っていてくれた。三原進は母親の三原沙月より辛抱強いタイプのようだ。それでも、僕が声を掛けると、三原はすっと視線を逸らされてしまう。ーーまあ、僕の自殺未遂が原因で『かさぶらんか』の経営が傾いたわけだから、三原に嫌われていても仕方ないか。それにしても……何もない店だな。「ねえ、三原さん。『かさぶらんか』って花屋だよね。花が全く見当たらないのだけど……なんで?」「はぁ?そんなの……金がないからに決まってるだろ。次の買主が花屋を経営するとも思えないからって、借金取りが花を全部回収していったよ」「え、そうなの?……僕は花屋を経営するつもりなんだけど」「え?」「僕は花屋『かさぶらんか』を経営するんだよ」店の傾きかけた看板を指さすと、三原もつられるように視線を向けた。色褪せた赤い板には、かすれた文字で『かさぶらんか』と記されている。ーー金具ごと抜け落ちそうなほど傾いていて、見上げているだけで不安になるような代物だった。「文字はかすれているけど、レトロでいい看板だね。綺麗にしてあげたら、いい感じなると思わない?」「『かさぶらんか』の名前で、花屋を経営するつもりなのか、速水。……あ~、速水さん」「速水でいいよ。年齢あんまり変わんないでしょ?僕も三原って呼んでいいかな?」三原とは長く付き合うつもりだから、呼び捨てのほうがしっくりくる。彼は黙って従うことにしたようで、静かに頷いた。その様子を見ながら、僕はさらに問いかける。「ねえ、地下の風俗店の入り口はどこにあるの? 花屋の奥?」「ああ、花屋の奥に店と繋がる扉はあるけど、こっち側からしか開かない仕組みになってる。風俗店の入り口は、このビルの反対側にあるよ。……って、速水も一瞬だけ勤めてたじゃないか、その……」三原が言葉を濁したので、僕が代わりに続きを引き取った。「……性奴隷としてね。でも、あの時はパニックになっていたから、風俗店の入り口とか全く覚えてないんだ。それに君のお父さんに囲われてからは、屋敷から出ることもなかったから」「……深窓の令嬢」三原の言葉に僕は思わず顔を顰める。性奴隷を深窓の令嬢とは……皮肉にもほどがある。僕は思わず三原を睨みつけていた。「深窓の令嬢が、
(三原進 視点)花屋『かさぶらんか』が売れた。地下の風俗店も、まとめて。そして――付属品だった俺も、売られた。『かさぶらんか』は、かなりの安値で出ていた。それでも、まさか俺と同じ年齢の男が買い手になるとは思わなかった。速水の今の姿は知らない。けれど、過去の速水のことは、よく覚えている。◇◇◇◇俺は、随分昔に一度だけ、あいつに会ったことがある。母が「初物を手に入れた」と嬉しそうに話していたのを、今でも覚えている。その当時の俺はもう母親の商売を理解していた。だが、"初物"の速水は自分がこれから何をさせられるのか、理解していない様子だった。母親から教わる『アナル』という言葉さえ知らぬようで、困惑の表情を浮かべていた。今から男たちに犯され、性奴隷に堕ちるとも知らずに、速水は熱心に母親の言葉に耳を傾ける。ーー今までも、そんな子供はたくさん見てきた。それが俺の日常で……それでも、速水の事を覚えていたのは、やつが俺好みの容姿をしていたからだ。今も昔も男に興味はないが、それでも、速水は……とにかく可愛らしかった。まあ、それだけならきっと俺の記憶には残らなかったと思う。俺の記憶に残った原因はーー速水が勤務一日目で店を辞めたからだ。あいつは俺のおやじに店で犯され、その日の内におやじに手を引かれて店を出ていった。速水が親父の囲い者になった――そのことを、悔しそうに母から聞かされたのは、それから数日後だった。母は、死ぬまで速水のことを口汚く罵り続けた。「あいつが自殺未遂なんてするから、お前の父親に見限られたんだ」そうやって、何度も俺に恨み言をぶつけてきた。俺にとって、そんな母の存在は鬱陶しくて仕方なかった。親父に見放されてから、俺たち親子の生活は一変した。『かさぶらんか』の経営は傾くばかりだったのに、母は意地でも店を閉めようとはしなかった。たぶん、それは親父への意地だったのだと思う。元愛人としての、見返してやりたいという意地。「あなたの助けなんかなくても、私は立派にやっていける」――母は、そう言いたかったのかもしれない。けれど、現実はその逆だった。母は借金まみれの『かさぶらんか』を残して、死んだ。……結局、俺はそのつけを払わされることになった。『かさぶらんか』は、付属品の俺ごと売りに出された。もしも店がいい値で売れなければ、俺は内臓を切
(青山竜一 視点)叔父は、すっかり速水の保護者気取りだ。その態度に、ひどく苛立つ。――速水を、一度抱いただけで何がわかる。殴って、無理やり抱いたくせに。……そんなの、おやじと何も変わらないじゃないか。それなのに――速水はもう、すっかり懐いている。そのことが、また俺を苛立たせた。不機嫌なまま叔父を睨みつけると、今度は叔父がわずかに目を細めて睨み返してくる。――次期組長に逆らうな。その視線が、無言の圧力となってのしかかる。わかっている。そんなことは、百も承知だ。叔父が速水の味方になってくれたことは、本来なら何よりの収穫のはずなのに――それでも、まるで恋人を奪われたかのように、胸の奥がきしんだ。「う~ん、じゃあ、僕がお店を開きたいと言ったら、清二さんが資金を提供してくれるの?」「その前に、まずはどんな計画なのか聞かせろ。その上で、資金提供を考える。採算の取れないものに金を出すのは無駄だからな」速水は叔父の返事に対して、少し考え込んだ後に口を開いた。「竜二さんから聞いたんだけど、花屋の『かさぶらんか』と、その地下にある風俗店が売りに出されてるって。……それに加えて、『かさぶらんか』と風俗店の経営者だった三原進(みはら すすむ)も、売りの対象になってるって話も聞いた」「……竜二のやつ、そんな話をおまえにしたのか」俺は思わず舌打ちをしていた。「僕は花屋の『かさぶらんか』と地下の風俗店の両方が欲しい。竜二さんの話だと、かなりの安値で売り出されていると聞いたけど……駄目かな、清二さん?」叔父は、難しい顔をしていた。確かに、あの物件は安値で売られている。だが、それにはそれなりの理由がある。――速水は、頑固だ。一度心に決めたら、そう簡単に引かない。だからこそ、俺が叔父の代わりに説明するしかなかった。速水に、『かさぶらんか』をあきらめさせるために。「速水、あの店はやめておけ。花屋『かさぶらんか』は、地下の違法風俗店の利益で維持されてたんだ。だけど今は、その売り上げじゃもう店を支えきれない」「どうして? 地下の風俗店、今でも営業してるんでしょ?」「ああ、確かに営業はしてる。けど……昔みたいに“ガキ”は扱ってないんだ」「……? 今は、何を扱ってるの?」言葉に窮した俺の言葉を継いだのは補ったのは叔父の清二だった。それもひどい言葉で。
(速水誠 視点)やってしまった……清二の寝室のベッドで、僕は一人目覚めた。その横に清二の姿はない。身は奇麗に清められ着物が着せされていた。まあ、清二自身が身を整えてくれた訳ではないだろうが……。でも、これは大きな失態だ。きっと、清二は僕に性奴隷としての技巧を期待していたに違いない。だからこそ、男に興味のない彼が、僕を抱いてくれたのだ。なのに……僕は清二とのセックスを全うする事なく気絶してしまった。死んだ清一は、セックス後に気絶した僕を弄ぶことも楽しみの一つにしていた。でも、清二がそんな変態だとは思えない。まるで、僕の事を処女でも扱うように丁寧に抱いてくれた。それにもかかわらず気絶するなんて……性奴隷として失格だ。ーーいや、僕は清二の性奴隷の座ではなく、彼の愛人の座を狙っている。でも、愛人なら情事の後には自らの体を清め、旦那様に衣装を用意したり、心安らげる会話を提供したりするものではないのか?「全部できてないーーーー!」僕は思わず嘆きの叫びをあげてしまった。性奴隷としての技も披露できず、さらにーー次期組長の腕をナイフで斬りつけてしまった。これって、大阪湾に沈められる案件じゃないの?まずい、まずい状態だ。……どうしよう。逃げ出そうか?逃げ出せるかな……。「ようやく目が覚めたか、速水?」「ひぃい!」突然、寝室の扉が開き着物姿の清二が姿を現した。僕は清二の姿を見て悲鳴を上げてしまう。そんな僕を清二は妙な顔で見つめてきた。そして、口を開く。「なんだ、その反応は?」「せ、清二さん……」「だから、なんだ?」「ご、ごめんなさい!」「はぁ?」「性奴隷でありながら、セックスを全うできず先に気絶してしまいました。ごめんなさい。でも、次は頑張ります!だから、清二さんの愛人の一人に加えてください。時々、清二さんが抱いてくれるだけで、僕には大きな武器になります。だから、どうか僕を見捨てないで!僕に武器を与えてください!」清二は困惑した表情を浮かべると、僕を見つめながら口を開いた。「あ~、悪かったな、速水。俺は男の抱き方を知らん。だから、むちゃをしておまえを気絶させてしまった。それに、おまえをぶん殴った。頬が腫れあがってる。痛いだろ……大丈夫か?」「いえ、全然平気です。それより、今後の事を話し合いたいのですが……よろしいですか?」「体が平気ならこっち
(青山竜一 視点)風俗店が立ち並ぶ一角に、『かさぶらんか』という名の花屋があった。だが、その表向きとは裏腹に、地下では違法風俗店が密かに営業されていた。この花屋と地下店の経営を任されていたのが、おやじの愛人の一人である三原沙月(みはら さつき)だった。彼女は地下店の店長として、長らくこの場所を仕切っていた。そして――その違法風俗店こそが、速水が初めて働かされた場所でもあった。おやじがその風俗店を訪れたのは、愛人である三原沙月のご機嫌伺いのためだった。一方、店長を務めていた三原もまた、組長の機嫌を取ろうと、“初物”の速水をおやじにあてがったにすぎない。だが、三原の思惑に反して――おやじは速水を気に入り、屋敷に囲ってしまったのだった。それは、三原にとって屈辱的な出来事だった。彼女は、男相手に身体を売る性奴隷たちを、いつも軽蔑の眼差しで見下していた。愛人という日陰の立場に甘んじながらも、性奴隷たちを自由に支配できることが、彼女にとって唯一の優越だった。ときに、彼女はその立場を利用して、彼らにひどい扱いをすることもあった。だが――その軽蔑の対象でしかなかった性奴隷の一人、速水が、組長の目に留まり、囲われ者となったのである。三原沙月はおやじとの間に子がいた。息子の名は三原進(みはら すすむ)。彼は愛人の子供という理由だけで、組の屋敷に入ることを許されなかった。にも関わらず、囲われ者の速水は屋敷に部屋を与えられ住んだいる。その現実が彼女の心を捻じ曲げた。おやじは愛人の三原と性交を持った後には、必ず『かさぶらんか』で自ら花を選び彼女に花束を作らせ速水への土産とした。三原にとってその花束を作る事は屈辱的な行為だった。セックスの余韻に浸る暇もなく、囲われ者の為に花束を整える。その繰り返しが彼女の心をむしばんでいった。ーーそんなある時、彼女は稚拙ないたずらを思いつく。三原は、花束の中に一つの細工を施した。女性用の剃刀――安全刃のない、むき出しの鋭い刃先。それを、嫉妬心を込めて、美しく束ねられた花々の間に忍ばせたのだった。あたかも、花の香りに酔ったその指先が、偶然触れてしまうのを、密かに願うように。三原にとっては普段のうっ憤を晴らす為のいたずらに過ぎなかった。悪意のあるその刃先が、速水の指先をほんの少しでもかすめてくれたならーー。だが、自殺を
(青山竜一 視点)ーー俺はここで何をしている?叔父の部屋で床に座り込み、ただ二人が消えた寝室を見つめているだけ。これ程、無駄な時間があるか?速水は……俺の言葉を無視した。叔父に抱きつき耳元で睦ごとをささやいていた。その速水の後ろ姿は紛れもなく性奴隷のものだった。その速水の姿に、俺は嫌悪感を覚え同時に失望した。ーーおやじの囲いが取れても……おまえは性奴隷から抜け出すことはできないのか。だが、時間が経ち冷静になると、自分の浅はかさに嫌悪感が募る。……速水は俺よりもずっと、己の置かれた立場を理解しているだけだ。速水はおやじの囲いから解放された後、この地を早急に去る予定だったに違いない。自室を片付け荷物を整えていたのも、その準備の一環だったのだろう。だが予想に反して、速水はこの街から出られなくなった。この街で暮らす限り、あいつは常に性奴隷として扱われる。一度でも奴隷に堕ちた人間に対して、この街に住む者は容赦がない。速水はその現実と対峙し決断した。ーー自分の身を削ってでも武器を手に入れると。そして、速水は叔父の提案にのったのだ。あいつはもう二十歳の大人だ。その決断を安易に非難する事は間違っている。それでも、速水が性奴隷として叔父に抱かれることが許せなかった。ーーあいつを守る力を持たない自分も許せない。叔父の寝室はおやじの部屋とは違い、防音が施されているようだ。二人の様子を伺いしれない。速水と叔父の睦ごとを聞いたところで、自身が惨めになるだけだ。……それでも、俺は叔父の部屋を後にすることができなかった。だが、二人が寝室から出てきた時に、床に座りっぱなしではあまりに情けない。俺は苦笑いを浮かべ、ソファに座り直した。そして、天井を見上げてため息をつく。ーー速水が寝室に入りしばらくたつが随分と静かだ。もしかすると、二人は案外と相性がいいのかもしれない。叔父が男を抱いた経験があるのかは不明だが、痛みや苦痛をできるだけ与えぬように、優しく抱いているのかもしれない。叔父はおやじとは違う。至ってノーマルな人間だ。速水は良い選択をしたという事になる。それなのに、俺は速水が叔父を嫌って泣き叫び、俺に助けを求める事を願っている。俺の心は随分と捻くれているらしい。虚しい時間をやり過ごすために天井をじっと見つめる。叔父の部屋の天井は、おやじの寝室の天井と似ていた