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第十八話

Author: 麻木香豆
last update Huling Na-update: 2025-07-30 08:41:58

 藍里は突然のことにびっくりした。まだこの家の中にはさくらがいるかもしれないと思うと藍里はどしようって思ったら狼狽えるが、泣いている時雨を突き放すことはできない。

 きっとさくらのことで泣いているのであろう。20も上の男性が泣き喚くのは初めて見た藍里。そして初めて父親以外の男性に抱きつかれたのがこんなシチュエーション。

 いつかは願ってはいたのだがまさかこんな形で願いが叶うのかと……。自分の近くで大人の男性が自分の腕の中にいる感覚、なんとなく自分の父親に抱きついた時の自分を思い出す藍里。

 父のことを抱きしめた小学生の頃、あの温かい体温、もさもさの髪の毛。さくらとは違った男の人の独特の香り。忘れてはいたが、なんとなく似ていた。藍里は少しぎゅっと抱きしめた。

 その中でずっと時雨は泣いている。いつもニコニコとしていたのに。初めて見た彼の弱さを知ることになった。

 五分ほどして時雨は少しずつ呼吸も落ち着いてきて、藍里からキッチンタオルをもらい涙を拭って眼鏡をかけ、最後に鼻をすすって台所にある丸椅子に座った。

「ごめん、抱きついたりして……しかもこんな情けないところを見せてしまったよ」

「ううん、ビックリしたったけど。もしかしてママのことで?」

 時雨は頷いた。さくらの部屋に行こうとしたが時雨に引き止められた。

「多分今日はダメだと思う、1人にしてやったほうがいい。食事は持っていくし、機嫌良くなったら良くなったで彼女のペースに合わせるしかない」

「こういうこと初めてじゃないよね。ごめんなさい」

「謝ることじゃないよ、僕は何もできなくて不甲斐ないって気持ちでいっぱいなんだ」

 時雨はグッと口を閉じる。彼はさくらから前の夫、綾人から受けたモラハラを全て聞いている。不定期に彼女が不安定になるたびに寄り添っていたのだが今日はもう耐えられなかったようだ。

「藍里ちゃんのお父さんのことを悪くいうつもりはないし、したくはないけども……離婚して離れても彼女の心の傷はとにかく深い。心の暴力は目に見えない、その傷はずっとさくらさんの心をえぐり取って。僕が美味しいものを作っても抱きしめても宥めてもなんともならない……それが悔しい」

 時雨は再び涙が溢れるがすぐ左手で拭った。藍里もさくらと一緒に逃げたのだが逃げる前から常に不安定だったし、当たられていたし、逃げてからも施設にいる時もまだまだ怯え
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