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恋人はあまえた(元)優等生
恋人はあまえた(元)優等生
Autor: 七賀ごふん

幼馴染のお迎え

last update Data de publicação: 2026-08-31 19:39:34

「ねぇねぇ。一組の川音君、生徒会会長に立候補したらしいよ」

「そうなの? 絶対投票しよ〜! 川音君以外に考えられないもん」

「川音君って部活も委員会も入ってるよね。それで常に成績上位だし、すごすぎ」

通りすがりに聞こえた会話が、凪いだ海の浅瀬で跳ねた。

目指してる姿がある。

理想は少しずつ、だが着実に具現化できていると思う。

温厚篤実で完全無欠。絵に描いたような優等生に向けて。

「川音、一生のお願い! 英語の課題写させて!」

もちろんいいよ。

「……お、川音。悪いけどこのプリント、教室の掲示板に貼っておいてくれないか?」

はい、もちろん。

頼まれたら笑顔で引き受けるのがモットー。その甲斐あり、教師からの信頼も厚い。

一年生からは羨望の眼差し。三年生からは称賛、時々嫌味を言われる高校ライフを送っている。

これで良いのかと訊かれると、一瞬固まるけど。それでも昔よりはマシだと思う。

泣き虫で引っ込み思案で、いつも誰かの影に隠れていたあの頃よりは。

高校生活二年目。川音深白《かわねみしろ》は窮屈なネクタイを緩め、小さく息をついた。

今日は朝から一年の女の子に告白されて焦ったけど、穏便に断った。

部活に専念したいから。勉強に集中したいから。テンプレだけど、それが一番相手を傷つけずに済む。

……いや。傷つかずに済んだのは俺の方かも。

女の子は恋愛対象じゃない、なんて言ったらどうなるか。考えただけで恐ろしくて身震いする。

「川音君、生徒会選挙に出るんだって? 私達応援してるから頑張ってね!」

「ありがと! 頑張るよ」

絶対に隠さなきゃ。

単純だから女の子からキャーキャー言われるのは普通に嬉しいし。一部を敵に回しても、ひとりで何でもできる人間でいたい。

都内でも有数の進学校だからか実力主義的なところがあって、ひとつの分野で突出してるとそれだけで人気が出る。ファンクラブもあったりして、ほとんどアイドル扱いだ。

俺も元は地味で、窓際にぽつんといるタイプだった。超弩級の人見知りで、過緊張。クラスメイトの前で自己紹介をさせられたときは膝と声が震え、隣の女子から具合が悪いのかと本気で心配されたほど。

しかし紆余曲折を経て、今は学校の中心人物になるほどに変貌した。

必死に“変わろう”としたのは、ある存在がいたから。

彼と再会したときに成長した自分を見せたくて、今日まで努力してきた。

「おーい、川音ー」

「川音君、体育祭のことなんだけど」

「川音先輩、今日の練習内容は何を……」

一歩廊下に出ると、すぐ誰かに引っ張り出される。

昔の自分なら死んでもあり得ないこと。だからすっごく充実してるはずだ。……なのに、視界がぐらぐらする。

「大丈夫。全部やっとくよ」

優しく微笑むと、皆の不安そうな顔がパッと明るくなる。

だからこれが最適解なんだと思っていた。

( 作り笑いし過ぎて顔面神経痛になりそうだけど…… )

放課後。ひとり教室に残り、頼まれた仕事を片付ける。

優等生のふりは正直疲れる。でもそのおかげで刺激的な日々も送れてるし、何とかこなさないと。

椅子の背にもたれて天井を見上げる。小さなため息をついた時、ふとスマホが鳴った。

「ん?」

それは一件のメッセージだった。

とても懐かしい……心の底から会いたいと願っていた、ひとりの少年からの。

スマホの画面に表示されていた言葉は、『今夜そっちに行けそう』というもの。

なんっっ!!!

思わずスマホを落としかけた。もう一度見て、見間違いじゃないことを確認する。

とうとうこの日が来た…………。

深呼吸し、即座に『迎えに行く』と打った。返事を待つより前に立ち上がり、鞄を取る。

生徒会の仕事なんてしてる場合じゃない。一目散に彼が到着する空港へ向かった。

心拍数が尋常じゃなく上がってるし、足元が覚束ない。

ふわふわした感覚に支配されながら、何とか目的のターミナルに着いた。

早く、早く……。電光掲示板を見上げながら呼吸を整えていたけど、急に見た目が不安になって手洗いに入った。

鏡の前に立ち、乱れた髪を手櫛で整える。軽く香水をかけ、襟元を正した。

緊張して吐きそう。でも、倒れそうなほど嬉しい。

到着ロビーに戻ってスマホを取り出すと、ちょうどメッセージの通知音が鳴った。

『今着いた』と書かれていた為、周りを見渡す。たくさんのフライト客がゲートから出てきたが、捜してる人物は見当たらなかった。

あれ。いないぞ。

心配になり、思いきって電話をかけた。どきどきしながら待っていると、三コール目で声が聞こえた。

『もしもし』

「あっ。もしもし。……今どこ?」

心臓が爆音を鳴らしてる。

努めて平静に尋ねると、相手は鼓膜を震わす低音を紡いだ。

『多分、目の前』

「え」

スマホを耳から離し、視線を上げる。そこにはひとりの青年が佇んでいた。

こっちが制服だから、尚さら麻痺していたのかもしれない。私服姿の彼は大人びた印象で、全く知らない人に見えた。

会うのは六年ぶりの幼馴染。

ずっ……と会いたかった、大切な存在。

「ひ、久しぶり。全然分からなかった、ってか……」

誰だ、このイケメンは。

美形過ぎて思考が停止した。人見知りだった頃と同じぐらい挙動不審になり、目を泳がせる。

子どもの頃も端正な顔立ちをしてたと思うけど、次元が違う。艷やかな黒髪、切れ長の瞳にすらっとした長駆。

幼馴染の貴島月仁《きじまつきひと》は、モデルか、とツッコみたくなるほどの美青年に成長していた。

「何があったんだよ、月……貴島」

「その台詞そっくりそのまま返すよ。一瞬、誰だか分からなかった。……川音」

思わず苗字で呼んでしまったけど……本当に会いたかったし、会えてすっっごく嬉しい。

なのに面影がなさ過ぎて、完全に知らない人のオーラが流れている。

いや、落ち着け俺。最後に会ったのは小学生だったんだ。声変わりもするし、別人になってて当然だろ。

凍てついた空気を打破するべく、彼の手を引いた。

「腹減ってない? 何か食いに行こう!」

周りにも再会を喜んでる人達がいたが、静かに見つめ合ってる自分達とは対照的。

居づらくてすぐさま場所を移ることを提案してしまったが、貴島は特に気にしてなさそうだった。

( 落ち着いてるなぁ…… )

ただ歩いてるだけで見惚れそうだけど、変な感じだ。

昔の彼はもっとお喋りで、活気的な少年だった。

ところが今の彼は寡黙で、恐ろしくクール。六年の月日が彼を変えてしまったらしい。

「ラーメン好き?」

尋ねるとコクッと頷いた為、彼とレストラン街のラーメン屋に入った。カウンター席に案内され、お通しのネギのせメンマを食べる。

「学校はいつから来るの?」

「来週の月曜から」

「じゃ、一緒に行こうぜ」

微笑みかけると、彼は一瞬驚いた顔を見せた。

いやいや、何でそこで驚くんだ。

「何、駄目?」

「違う。やっぱり雰囲気違うと思って」

「そう?」

「あぁ。真っ先に迎えに来たのも驚いた」

注文したチャーシュー麺が目の前に置かれる。手探り状態ではあるが、互いに言葉を発するタイミングを慎重に取り出していた。

割り箸を渡すと、貴島はようやく口端を上げた。

「ありがとな」

「……おぉ」

何か、改まって言われると照れる。

顔が熱くなった気がして、慌てて視線を前に戻した。

貴島とは、小学校五年生まで一緒だった。

家が隣だった為、物心ついた時から一番近くにいた。同い年なのにしっかりして、頼もしい彼に随分助けてもらっていたと思う。

でも六年前、俺は親がやってる割烹屋の移転の為東京へ引っ越すことになった。貴島の家と距離があるから、ずっと会えずにいたけど。

「お前のお父さんも大変だな。急にシンガポールに単身赴任とか」

「あぁ。でも二年だけだし、兄貴の家に居させてもらえることになったから。むしろついてた」

彼は父子家庭だ。そのお父さんが海外赴任することになり、急遽お兄さんが住んでる東京へやって来た。

半年前、久しぶりに彼から連絡を受け取った時、それはもう嬉しくて舞い上がった。

ずっと一緒にいたかったのに、離れなくてはいけなくなった親友。彼が自分が通う高校に転入するというのだから。

住所を移したり大変だったはずだけど、転入試験も問題なかったようだ。学校に生徒の枠が空いてることも幸いで、無事来週から一緒に通うことができる。

再会したときはやっばい緊張してたけど、ようやく喜びが込み上がってきた。

「前の学校はどうだった? 勉強難しかった? 部活とか、委員会は入ってた?」

「質問攻めだな」

貴島が苦笑したから、口を手で覆った。

訊きたいことがたくさんある。でも大移動で疲れてるだろうし、今日は彼を労らないと。

「悪い、それはまた今度! とりあえず、再会に乾杯!」

「はいはい。乾杯」

瓶のコーラをカチンと鳴らし、一気に呷る。冷たい炭酸は涙が出るほど辛かったが、頭の中がすっきりした。

( 貴島…… )

親友。……以上、の青年。強くなりたいと思ったのも、全部彼がいたから。

昔はいつも心配をかけていた。だから今度は俺が彼を支えてみせる。

「貴島、困ったことがあったら何でも言ってよ。学校でもそれ以外でも」

「頼もしいな。……それじゃ、早速ひとついいか」

「何!?」

役に立てると思ったら嬉しくて、箸を置いて横を向いた。すると貴島は不敵な笑みを浮かべ、俺の額を指でつついた。

「学校の中。案内して」

「え」

あまりに些細なお願いをされ、拍子抜けしてしまった。

「そんなん頼まれなくてもする」

「そっか。サンキュー」

でもそんな小さなことすら確認しないといけないほど……俺達の距離は遠のいてしまったのかもしれない。

実際大人びた彼と相対するのは、妙に緊張する。他人行儀になりそうだけど、これは本意じゃない。

コーラを飲み、申し訳なさに俯く。

「貴島は……引くほどカッコよくなったな」

「何だソレ」

貴島は、ここで初めて可笑しそうに肩を揺らした。ひとしきり笑った後、意味ありげな視線を寄越す。

「俺からすれば、お前の方がきらきらしてて焦るよ。驚いたけど、中身は変わってなくて安心した」

「いや、中身の方が変わったよ。自分で言うのも何だけど、昔より百倍しっかりしてる」

「ほー……別に変わらなくても良いのに。川音はそのままで」

彼からすれば、何気ないひと言だったのかもしれない。

しかしそれは心の柔い部分に突き刺さった。

死ぬ気で勉強して、上がり症を克服して、揺るがない優等生像を築いた。それはかつての情けない自分を知る、貴島に胸を張って会う為だったから。

幼い頃はちょっと揶揄われただけで泣いていた。そしてその度に貴島に守られていた。

でももう甘えてはいけない。寄りかかってもいけない。

弱い心を戒めるようにシャツの裾を握り締めると、貴島は切れ長の目をさらに細めた。

「……ご馳走様」

「あ、もう食ったんだ。早いな」

俺はまだ半分しか食べてないのに、貴島はスープも半分近く飲んでいた。慌てて残りを食べようとすると、「ゆっくりでいい」と袖を引かれた。

でも横からちょいちょい視線を感じるから、超スピードで完食した。

「美味かったな」

「うん。……うぷ……っ」

店を出て、人の少ない電車に乗り込む。慌てて食べたせいでラーメンが逆流してきそうだ。最高に苦しかったけど、どこか楽しそうに窓の外の景色を眺める貴島を見て心を落ち着けた。

「川音はすっかり東京に染まってるな」

「そりゃ六年もいればな。貴島もすぐ慣れるよっ」

むしろ俺から言わせれば、彼の方がオシャレで目を引く。知らない道も颯爽と歩くし、心なしかすれ違う女性の視線も感じる。

ガラガラだったからシートに座り、肩を寄せ合った。

大したことじゃないのに、何故かどきどきする。

相対してるよりはマシなんだけど。……何か喋らなきゃ。

「あ。荷物はもうお兄さんの家に送ってるんだっけ?」

「あぁ。だから楽だったよ」

電車を乗り換え、貴島の最寄り駅のホームに降り立つ。まだ話していたいけど、時間も遅いしあまり引き留められない。

それでも手を後ろに回してソワソワしてると、彼は含みのある笑みを浮かべた。

「お前、ずっと落ち着きないな」

「あ。だって……」

久しぶりに会ったのに。会えたのに、貴島はちょっと落ち着き過ぎだ。

不安になる。嬉しいのは俺だけなんだろうか。

「貴島が、何か静かだから。俺何かしちゃったかな、って思って……」

迎え役には相応しくなかったか。

恥ずかしいけど、俯きがちに尋ねた。手が震えていたから、気づかれないようポケットに入れる。

ああ……やっぱり訊かなきゃ良かった。

微妙な反応が返ってきたらど───しよ。

恐る恐る顔を上げると、彼は不思議そうに首を傾げた。

「いつもこうだよ。むしろテンション高い」

「ほ、ほんと?」

「六年ぶりに会えて、嬉しくないわけないだろ」

彼は至極真面目に告げた。表情が一切変わらないから不安で仕方なかったけど……どうやら喜んでくれていたらしい。

ホッとして、ひとり息をつく。すると貴島は思い出したように鞄からお菓子を取り出した。

「来てくれたお礼」

「わっ。そんなお気遣いなく……でも貰う。ありがとう」

貴島がくれたのは、俺が大好きだった地元の銘菓。有り難く受け取り、今度こそ改札口まで向かった。

変化はあるけど、根本的なところは変わってないんだろう。

底なしの優しさとか。上手く言い表せないけど……何の根拠もないのに、俺は彼を絶対的に信頼している。

そう思わせる理由があったんだ。忘れるほど、ずっと遠い昔に。

何にせよ、躊躇いなく空港まで駆けつけるぐらい大事な存在。

腰元までしかない鉄柵を挟み、改札から出た彼と向き直る。

「貴島っ」

柵に腕をかけ、声を潜める。

「あのさ。真面目な話。……会えて嬉しかった」

でか過ぎて手に負えない感情。隠さないと、と思うのに無理だった。

引かれることを覚悟して待ってると、貴島は一瞬顔を逸らした。瞼を伏せ、静かに告げる。

「それ俺の台詞」

視線を交差させ、互いに吹き出した。

彼はやっぱり落ち着いていたけど、優しく微笑んでいた。逡巡の後こちらに一歩寄り、俺の前髪にそっと触れる。

「気をつけて帰れよ」

「うん。おやすみ」

その後も無言で見つめ合ってしまったせいか、周りの視線を少し感じた。咳払いし、慌ててその場から離れる。

貴島の後ろ姿が見えなくなってすぐ、またメッセージが届いた。

『今日はありがと』、という一文だけ。

けど存外嬉しいもので……しばらくその場で画面を眺め続けてしまった。

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