恋人はあまえた(元)優等生

恋人はあまえた(元)優等生

last updateÚltima actualización : 2026-09-26
Por:  七賀ごふんCompletado
Idioma: Japanese
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学校一の優等生として過ごす川音深白には、学校一の優等生として過ごす川音深白には、大切な幼馴染、貴島月仁がいる。 六年前に家庭の事情で離れ離れになった月仁が転校してくることを知った深白は、今こそ昔守られていた恩を返そうと意気込むが…。 ──────── クール・過保護×本当は甘えたい優等生

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Capítulo 1

幼馴染のお迎え

「ねぇねぇ。一組の川音君、生徒会会長に立候補したらしいよ」

「そうなの? 絶対投票しよ〜! 川音君以外に考えられないもん」

「川音君って部活も委員会も入ってるよね。それで常に成績上位だし、すごすぎ」

通りすがりに聞こえた会話が、凪いだ海の浅瀬で跳ねた。

目指してる姿がある。

理想は少しずつ、だが着実に具現化できていると思う。

温厚篤実で完全無欠。絵に描いたような優等生に向けて。

「川音、一生のお願い! 英語の課題写させて!」

もちろんいいよ。

「……お、川音。悪いけどこのプリント、教室の掲示板に貼っておいてくれないか?」

はい、もちろん。

頼まれたら笑顔で引き受けるのがモットー。その甲斐あり、教師からの信頼も厚い。

一年生からは羨望の眼差し。三年生からは称賛、時々嫌味を言われる高校ライフを送っている。

これで良いのかと訊かれると、一瞬固まるけど。それでも昔よりはマシだと思う。

泣き虫で引っ込み思案で、いつも誰かの影に隠れていたあの頃よりは。

高校生活二年目。川音深白《かわねみしろ》は窮屈なネクタイを緩め、小さく息をついた。

今日は朝から一年の女の子に告白されて焦ったけど、穏便に断った。

部活に専念したいから。勉強に集中したいから。テンプレだけど、それが一番相手を傷つけずに済む。

……いや。傷つかずに済んだのは俺の方かも。

女の子は恋愛対象じゃない、なんて言ったらどうなるか。考えただけで恐ろしくて身震いする。

「川音君、生徒会選挙に出るんだって? 私達応援してるから頑張ってね!」

「ありがと! 頑張るよ」

絶対に隠さなきゃ。

単純だから女の子からキャーキャー言われるのは普通に嬉しいし。一部を敵に回しても、ひとりで何でもできる人間でいたい。

都内でも有数の進学校だからか実力主義的なところがあって、ひとつの分野で突出してるとそれだけで人気が出る。ファンクラブもあったりして、ほとんどアイドル扱いだ。

俺も元は地味で、窓際にぽつんといるタイプだった。超弩級の人見知りで、過緊張。クラスメイトの前で自己紹介をさせられたときは膝と声が震え、隣の女子から具合が悪いのかと本気で心配されたほど。

しかし紆余曲折を経て、今は学校の中心人物になるほどに変貌した。

必死に“変わろう”としたのは、ある存在がいたから。

彼と再会したときに成長した自分を見せたくて、今日まで努力してきた。

「おーい、川音ー」

「川音君、体育祭のことなんだけど」

「川音先輩、今日の練習内容は何を……」

一歩廊下に出ると、すぐ誰かに引っ張り出される。

昔の自分なら死んでもあり得ないこと。だからすっごく充実してるはずだ。……なのに、視界がぐらぐらする。

「大丈夫。全部やっとくよ」

優しく微笑むと、皆の不安そうな顔がパッと明るくなる。

だからこれが最適解なんだと思っていた。

( 作り笑いし過ぎて顔面神経痛になりそうだけど…… )

放課後。ひとり教室に残り、頼まれた仕事を片付ける。

優等生のふりは正直疲れる。でもそのおかげで刺激的な日々も送れてるし、何とかこなさないと。

椅子の背にもたれて天井を見上げる。小さなため息をついた時、ふとスマホが鳴った。

「ん?」

それは一件のメッセージだった。

とても懐かしい……心の底から会いたいと願っていた、ひとりの少年からの。

スマホの画面に表示されていた言葉は、『今夜そっちに行けそう』というもの。

なんっっ!!!

思わずスマホを落としかけた。もう一度見て、見間違いじゃないことを確認する。

とうとうこの日が来た…………。

深呼吸し、即座に『迎えに行く』と打った。返事を待つより前に立ち上がり、鞄を取る。

生徒会の仕事なんてしてる場合じゃない。一目散に彼が到着する空港へ向かった。

心拍数が尋常じゃなく上がってるし、足元が覚束ない。

ふわふわした感覚に支配されながら、何とか目的のターミナルに着いた。

早く、早く……。電光掲示板を見上げながら呼吸を整えていたけど、急に見た目が不安になって手洗いに入った。

鏡の前に立ち、乱れた髪を手櫛で整える。軽く香水をかけ、襟元を正した。

緊張して吐きそう。でも、倒れそうなほど嬉しい。

到着ロビーに戻ってスマホを取り出すと、ちょうどメッセージの通知音が鳴った。

『今着いた』と書かれていた為、周りを見渡す。たくさんのフライト客がゲートから出てきたが、捜してる人物は見当たらなかった。

あれ。いないぞ。

心配になり、思いきって電話をかけた。どきどきしながら待っていると、三コール目で声が聞こえた。

『もしもし』

「あっ。もしもし。……今どこ?」

心臓が爆音を鳴らしてる。

努めて平静に尋ねると、相手は鼓膜を震わす低音を紡いだ。

『多分、目の前』

「え」

スマホを耳から離し、視線を上げる。そこにはひとりの青年が佇んでいた。

こっちが制服だから、尚さら麻痺していたのかもしれない。私服姿の彼は大人びた印象で、全く知らない人に見えた。

会うのは六年ぶりの幼馴染。

ずっ……と会いたかった、大切な存在。

「ひ、久しぶり。全然分からなかった、ってか……」

誰だ、このイケメンは。

美形過ぎて思考が停止した。人見知りだった頃と同じぐらい挙動不審になり、目を泳がせる。

子どもの頃も端正な顔立ちをしてたと思うけど、次元が違う。艷やかな黒髪、切れ長の瞳にすらっとした長駆。

幼馴染の貴島月仁《きじまつきひと》は、モデルか、とツッコみたくなるほどの美青年に成長していた。

「何があったんだよ、月……貴島」

「その台詞そっくりそのまま返すよ。一瞬、誰だか分からなかった。……川音」

思わず苗字で呼んでしまったけど……本当に会いたかったし、会えてすっっごく嬉しい。

なのに面影がなさ過ぎて、完全に知らない人のオーラが流れている。

いや、落ち着け俺。最後に会ったのは小学生だったんだ。声変わりもするし、別人になってて当然だろ。

凍てついた空気を打破するべく、彼の手を引いた。

「腹減ってない? 何か食いに行こう!」

周りにも再会を喜んでる人達がいたが、静かに見つめ合ってる自分達とは対照的。

居づらくてすぐさま場所を移ることを提案してしまったが、貴島は特に気にしてなさそうだった。

( 落ち着いてるなぁ…… )

ただ歩いてるだけで見惚れそうだけど、変な感じだ。

昔の彼はもっとお喋りで、活気的な少年だった。

ところが今の彼は寡黙で、恐ろしくクール。六年の月日が彼を変えてしまったらしい。

「ラーメン好き?」

尋ねるとコクッと頷いた為、彼とレストラン街のラーメン屋に入った。カウンター席に案内され、お通しのネギのせメンマを食べる。

「学校はいつから来るの?」

「来週の月曜から」

「じゃ、一緒に行こうぜ」

微笑みかけると、彼は一瞬驚いた顔を見せた。

いやいや、何でそこで驚くんだ。

「何、駄目?」

「違う。やっぱり雰囲気違うと思って」

「そう?」

「あぁ。真っ先に迎えに来たのも驚いた」

注文したチャーシュー麺が目の前に置かれる。手探り状態ではあるが、互いに言葉を発するタイミングを慎重に取り出していた。

割り箸を渡すと、貴島はようやく口端を上げた。

「ありがとな」

「……おぉ」

何か、改まって言われると照れる。

顔が熱くなった気がして、慌てて視線を前に戻した。

貴島とは、小学校五年生まで一緒だった。

家が隣だった為、物心ついた時から一番近くにいた。同い年なのにしっかりして、頼もしい彼に随分助けてもらっていたと思う。

でも六年前、俺は親がやってる割烹屋の移転の為東京へ引っ越すことになった。貴島の家と距離があるから、ずっと会えずにいたけど。

「お前のお父さんも大変だな。急にシンガポールに単身赴任とか」

「あぁ。でも二年だけだし、兄貴の家に居させてもらえることになったから。むしろついてた」

彼は父子家庭だ。そのお父さんが海外赴任することになり、急遽お兄さんが住んでる東京へやって来た。

半年前、久しぶりに彼から連絡を受け取った時、それはもう嬉しくて舞い上がった。

ずっと一緒にいたかったのに、離れなくてはいけなくなった親友。彼が自分が通う高校に転入するというのだから。

住所を移したり大変だったはずだけど、転入試験も問題なかったようだ。学校に生徒の枠が空いてることも幸いで、無事来週から一緒に通うことができる。

再会したときはやっばい緊張してたけど、ようやく喜びが込み上がってきた。

「前の学校はどうだった? 勉強難しかった? 部活とか、委員会は入ってた?」

「質問攻めだな」

貴島が苦笑したから、口を手で覆った。

訊きたいことがたくさんある。でも大移動で疲れてるだろうし、今日は彼を労らないと。

「悪い、それはまた今度! とりあえず、再会に乾杯!」

「はいはい。乾杯」

瓶のコーラをカチンと鳴らし、一気に呷る。冷たい炭酸は涙が出るほど辛かったが、頭の中がすっきりした。

( 貴島…… )

親友。……以上、の青年。強くなりたいと思ったのも、全部彼がいたから。

昔はいつも心配をかけていた。だから今度は俺が彼を支えてみせる。

「貴島、困ったことがあったら何でも言ってよ。学校でもそれ以外でも」

「頼もしいな。……それじゃ、早速ひとついいか」

「何!?」

役に立てると思ったら嬉しくて、箸を置いて横を向いた。すると貴島は不敵な笑みを浮かべ、俺の額を指でつついた。

「学校の中。案内して」

「え」

あまりに些細なお願いをされ、拍子抜けしてしまった。

「そんなん頼まれなくてもする」

「そっか。サンキュー」

でもそんな小さなことすら確認しないといけないほど……俺達の距離は遠のいてしまったのかもしれない。

実際大人びた彼と相対するのは、妙に緊張する。他人行儀になりそうだけど、これは本意じゃない。

コーラを飲み、申し訳なさに俯く。

「貴島は……引くほどカッコよくなったな」

「何だソレ」

貴島は、ここで初めて可笑しそうに肩を揺らした。ひとしきり笑った後、意味ありげな視線を寄越す。

「俺からすれば、お前の方がきらきらしてて焦るよ。驚いたけど、中身は変わってなくて安心した」

「いや、中身の方が変わったよ。自分で言うのも何だけど、昔より百倍しっかりしてる」

「ほー……別に変わらなくても良いのに。川音はそのままで」

彼からすれば、何気ないひと言だったのかもしれない。

しかしそれは心の柔い部分に突き刺さった。

死ぬ気で勉強して、上がり症を克服して、揺るがない優等生像を築いた。それはかつての情けない自分を知る、貴島に胸を張って会う為だったから。

幼い頃はちょっと揶揄われただけで泣いていた。そしてその度に貴島に守られていた。

でももう甘えてはいけない。寄りかかってもいけない。

弱い心を戒めるようにシャツの裾を握り締めると、貴島は切れ長の目をさらに細めた。

「……ご馳走様」

「あ、もう食ったんだ。早いな」

俺はまだ半分しか食べてないのに、貴島はスープも半分近く飲んでいた。慌てて残りを食べようとすると、「ゆっくりでいい」と袖を引かれた。

でも横からちょいちょい視線を感じるから、超スピードで完食した。

「美味かったな」

「うん。……うぷ……っ」

店を出て、人の少ない電車に乗り込む。慌てて食べたせいでラーメンが逆流してきそうだ。最高に苦しかったけど、どこか楽しそうに窓の外の景色を眺める貴島を見て心を落ち着けた。

「川音はすっかり東京に染まってるな」

「そりゃ六年もいればな。貴島もすぐ慣れるよっ」

むしろ俺から言わせれば、彼の方がオシャレで目を引く。知らない道も颯爽と歩くし、心なしかすれ違う女性の視線も感じる。

ガラガラだったからシートに座り、肩を寄せ合った。

大したことじゃないのに、何故かどきどきする。

相対してるよりはマシなんだけど。……何か喋らなきゃ。

「あ。荷物はもうお兄さんの家に送ってるんだっけ?」

「あぁ。だから楽だったよ」

電車を乗り換え、貴島の最寄り駅のホームに降り立つ。まだ話していたいけど、時間も遅いしあまり引き留められない。

それでも手を後ろに回してソワソワしてると、彼は含みのある笑みを浮かべた。

「お前、ずっと落ち着きないな」

「あ。だって……」

久しぶりに会ったのに。会えたのに、貴島はちょっと落ち着き過ぎだ。

不安になる。嬉しいのは俺だけなんだろうか。

「貴島が、何か静かだから。俺何かしちゃったかな、って思って……」

迎え役には相応しくなかったか。

恥ずかしいけど、俯きがちに尋ねた。手が震えていたから、気づかれないようポケットに入れる。

ああ……やっぱり訊かなきゃ良かった。

微妙な反応が返ってきたらど───しよ。

恐る恐る顔を上げると、彼は不思議そうに首を傾げた。

「いつもこうだよ。むしろテンション高い」

「ほ、ほんと?」

「六年ぶりに会えて、嬉しくないわけないだろ」

彼は至極真面目に告げた。表情が一切変わらないから不安で仕方なかったけど……どうやら喜んでくれていたらしい。

ホッとして、ひとり息をつく。すると貴島は思い出したように鞄からお菓子を取り出した。

「来てくれたお礼」

「わっ。そんなお気遣いなく……でも貰う。ありがとう」

貴島がくれたのは、俺が大好きだった地元の銘菓。有り難く受け取り、今度こそ改札口まで向かった。

変化はあるけど、根本的なところは変わってないんだろう。

底なしの優しさとか。上手く言い表せないけど……何の根拠もないのに、俺は彼を絶対的に信頼している。

そう思わせる理由があったんだ。忘れるほど、ずっと遠い昔に。

何にせよ、躊躇いなく空港まで駆けつけるぐらい大事な存在。

腰元までしかない鉄柵を挟み、改札から出た彼と向き直る。

「貴島っ」

柵に腕をかけ、声を潜める。

「あのさ。真面目な話。……会えて嬉しかった」

でか過ぎて手に負えない感情。隠さないと、と思うのに無理だった。

引かれることを覚悟して待ってると、貴島は一瞬顔を逸らした。瞼を伏せ、静かに告げる。

「それ俺の台詞」

視線を交差させ、互いに吹き出した。

彼はやっぱり落ち着いていたけど、優しく微笑んでいた。逡巡の後こちらに一歩寄り、俺の前髪にそっと触れる。

「気をつけて帰れよ」

「うん。おやすみ」

その後も無言で見つめ合ってしまったせいか、周りの視線を少し感じた。咳払いし、慌ててその場から離れる。

貴島の後ろ姿が見えなくなってすぐ、またメッセージが届いた。

『今日はありがと』、という一文だけ。

けど存外嬉しいもので……しばらくその場で画面を眺め続けてしまった。

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幼馴染のお迎え
「ねぇねぇ。一組の川音君、生徒会会長に立候補したらしいよ」「そうなの? 絶対投票しよ〜! 川音君以外に考えられないもん」「川音君って部活も委員会も入ってるよね。それで常に成績上位だし、すごすぎ」通りすがりに聞こえた会話が、凪いだ海の浅瀬で跳ねた。目指してる姿がある。理想は少しずつ、だが着実に具現化できていると思う。温厚篤実で完全無欠。絵に描いたような優等生に向けて。「川音、一生のお願い! 英語の課題写させて!」もちろんいいよ。「……お、川音。悪いけどこのプリント、教室の掲示板に貼っておいてくれないか?」はい、もちろん。頼まれたら笑顔で引き受けるのがモットー。その甲斐あり、教師からの信頼も厚い。一年生からは羨望の眼差し。三年生からは称賛、時々嫌味を言われる高校ライフを送っている。これで良いのかと訊かれると、一瞬固まるけど。それでも昔よりはマシだと思う。泣き虫で引っ込み思案で、いつも誰かの影に隠れていたあの頃よりは。高校生活二年目。川音深白《かわねみしろ》は窮屈なネクタイを緩め、小さく息をついた。今日は朝から一年の女の子に告白されて焦ったけど、穏便に断った。部活に専念したいから。勉強に集中したいから。テンプレだけど、それが一番相手を傷つけずに済む。……いや。傷つかずに済んだのは俺の方かも。女の子は恋愛対象じゃない、なんて言ったらどうなるか。考えただけで恐ろしくて身震いする。「川音君、生徒会選挙に出るんだって? 私達応援してるから頑張ってね!」「ありがと! 頑張るよ」絶対に隠さなきゃ。単純だから女の子からキャーキャー言われるのは普通に嬉しいし。一部を敵に回しても、ひとりで何でもできる人間でいたい。都内でも有数の進学校だからか実力主義的なところがあって、ひとつの分野で突出してるとそれだけで人気が出る。ファンクラブもあったりして、ほとんどアイドル扱いだ。俺も元は地味で、窓際にぽつんといるタイプだった。超弩級の人見知りで、過緊張。クラスメイトの前で自己紹介をさせられたときは膝と声が震え、隣の女子から具合が悪いのかと本気で心配されたほど。しかし紆余曲折を経て、今は学校の中心人物になるほどに変貌した。必死に“変わろう”としたのは、ある存在がいたから。彼と再会したときに成長した自分を見せたくて、今日まで努力してきた。「おーい
last updateÚltima actualización : 2026-08-31
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#1
カーテンの隙間から陽光が射している。いつも通りの朝。でも実は全然違う。けたたましいアラームを止め、ベッドから飛び起きた。────今日から貴島が学校に来る。舞台に乗り出すような勢いで制服に着替え、身なりを完璧にしてから家を出た。昨夜のうちに連絡して、待ち合わせの約束をした。学校の最寄り駅に降り、改札口へ向かう。するとちょうどスマホに視線を落とす貴島が見えた。「貴島! おはよっ」「……おはよう」安定のローテンション。しかし美形はそこにいるだけでマイナスイオンを発するらしい。周りにいる女子高生の熱い視線を感じながら、彼と並んで歩き出した。貴島は慣れてるんだろうな。どこ行ってもポーカーフェイスだし、心乱さないし。俺だったら転校初日とか緊張で具合が悪くなる。だから彼は色んな意味ですごい。「ウチの学校の制服、めっちゃ似合ってるぞ」「どうかな。一年生に戻った気分だ」貴島は慣れない制服だから入学式に来たみたい、と零している。ポケットに手を入れ、可笑しそうに空を仰ぐ。そしてふとこちらを向いた。「……でも、お前とこうして歩けるのは嬉しい」「……おぉ」俺もだ。同じ学校に通えるなんて思わなかったから、感動してる。でも頷くだけにしておいた。冷静な彼の手前、あまりはしゃげない。これはこれで難儀だけど、俺も今まで通りクールに振る舞おう。これまで築いたイメージを覆すわけにはいかない。学校に着き、貴島と長い廊下を歩く。職員室の前を通りがかったとき、ちょうど扉付近にいる担任と目が合った。まだ若い男性教師、藤間先生だ。「おー、おはよ。川音に、貴島君だな。改めてこれからよろしく!」ん?藤間先生は俺だけでなく、貴島に向かって微笑みかけた。既に知り合いのようだけど、もしかして。「あれ。貴島が入るのって、二年一組?」「あぁ」「俺もだよ。奇跡じゃん!」やった!まさかの同じクラス。こんな嬉しい偶然があって良いんだろうか。ほくほくしながら佇んでると、藤間先生は感心したように顎に手を添えた。「転校生が来るなんて言ってなかったのに。よく貴島君に気付いたな、川音」さすが生徒会長有力候補は違うな〜、と彼は笑っている。でも一緒にいるのはちゃんとした理由があるから、説明しようとした。「いえ。先生、実は俺達幼なじ」「実は職員室の場所忘れてしまって。迷ってたら、彼
last updateÚltima actualización : 2026-09-02
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#2
「貴島月仁です。これから一年宜しくお願いします」クラスメイトに向けた貴島の自己紹介は、本当に短かった。皆軽く呆気にとられている。けど「転校生だから」というよりは、整然とした彼の一挙一動に釘付けになってるようだ。無表情で黒板の前に佇む貴島は、本当に同い年かと疑いたくなるレベルで……大人びている。このクラスもおしゃれな男子が多いけど、次元が違う。またそんな人物を女子が放っておくはずがなく。休み時間に入ると、彼女達は一斉に貴島を取り囲んだ。「貴島君、前はどこに住んでたの?」「部活入ってたなら、こっちでも体験入部してみたら? 私達案内するよっ」いつもよりワントーン高い声が後ろから聞こえる。偶然にも俺の真後ろが貴島の席だった。話しやすい位置なのは嬉しいけど、これだと彼らの会話が嫌でも耳に入る。ていうか、貴島は女子にわいわい囲まれるの大丈夫なのかな。昔と違って、今は静かに過ごすのが好きそうだけど。内心焦っていると、水のように透き通った声が聞こえた。「ありがと。でも大丈夫。藤間先生に、放課後は川音君に案内してもらうように言われたから」貴島がやんわり断ったことで、盛り上がっていた女子達は残念そうに話した。「そっかぁ。じゃ、他に困ったことがあったら何でも言ってね」「川音君はねぇ、完璧な上に超優しいから安心だよ〜」彼女達はそう言い残すと、和気あいあいと去っていった。後ろを振り返ると、貴島は椅子の背にもたれ、息をついた。「やっと解放された」「はは、おつかれ。でもしばらくこんな感じだと思うぞ。ほら、他のクラスの子もお前のこと見に来てる」ドアの方を見ると、何人も貴島のことを興味津々に覗いていた。恐らく女子達がイケメンの転校生が来たと吹聴してるのだろう。「転校生の何が嫌って、目立つから嫌だよ」貴島は目を細める。それはその通りだけど、彼の場合それに輪をかけてイケメンだから。という言葉をグッと飲み込み、頷いておいた。「だいじょーぶ! それなら俺が女子ガードになろう!」ただでさえ慣れない場所にいる貴島を疲れさせてはいけない。ので、休み時間は彼の傍にぴったりくっつくことにした。貴島が言った通り、学級委員長的立ち位置の俺が転校生といることはそれほど触れられず。おかげでどこへ行っても「川音君は面倒見がイイナー」、で済んだ。「川音君、転校生ってその子
last updateÚltima actualización : 2026-09-03
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#3
昼休みが終わり、授業内容を軽く振り返って、あっという間に放課後を迎えた。「やった、終わりー! 貴島……君、お疲れ様っ」「あぁ」クラスメイトの手前、若干取り繕った笑顔を浮かべた。俺と彼は初対面の設定だから、昔の話ができない。もししたら、貴島はともかく俺はうっかりボロを出しそうだ。皆貴島の出身地を訊きまくるから、俺が答えそうになる場面が何回もあったし。心労を抱えながら片付けをしてると、近くにいた男子二人が俺を見て笑った。「川音、今日何かいつもより固くなかった? 転校生の前で緊張してんの?」そんなタイプじゃないだろー、とツッコみを入れられる。貴島は無表情だから何を考えてるか分からないけど、俺は焦っていた。図星にも程がある。が、それを悟られるわけにはいかない。深呼吸し、彼らに優しく微笑んだ。「……貴島君ってすごく礼儀正しいから、俺も無意識に頑張ってたのかもね。あはは」最終的に自分でもよく分からない理由を言い、廊下へ出た。周りに人がいないことを確認し、貴島も訝しげに頭を掻く。「俺に礼儀正しい要素なんてないけどな」「し、しょうがないだろ。そもそも初対面のフリをしろって方が無理ある!」壁に背を預けて頬を膨らますと、貴島は可笑しそうに吹き出した。「あぁ、ほんと……俺が誰かに声かけられるとむくれるから、笑いこらえんの大変だった」「……っ!」彼は楽しそうだけど、羞恥心で顔が熱くなった。俺は、貴島は自慢の幼馴染だと明かしたい気持ちと闘ってる。でも当の貴島が何でもないように過ごしてるから、葛藤してる自分が馬鹿みたいに思えた。たったひとりの幼馴染。いや、幼馴染以上の存在だから。「……俺はこの学校じゃ貴島のことを一番知ってる。なのに知らないふりしなきゃいけないのが悔しい……いや」虚しくて、つい押し殺してた本音が零れた。「やっぱ、その……寂しいよ」
last updateÚltima actualización : 2026-09-03
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#4
あ、やばい。俺何言ってんだ。「……川音?」ハッとして振り返る。案の定、貴島は心配そうにこちらを見ていた。「ごめん! 帰ろう!」彼から顔を背けて歩き出そうとした。が、後ろから腕を掴まれ、バランスを崩してしまう。「わわっ!」危うく転びかけたが、貴島の胸にすっぽり抱き込まれた。「大丈夫か?」「おぉ……」まだ心臓がバクバク鳴ってる。早く先に行こうと思うのに、貴島の手はまだ前に回ってる。踵に力を入れて進もうとしたものの、やんわり阻まれた。これ、何が何でも離す気ないな。「貴島。どした?」一体どうしたというのか。恐る恐る後ろを見ると、彼は消え入りそうな声で零した。「俺も本当は、これぐらいの距離でいたい」「え」体がフリーズした。うなじに彼の吐息が当たりそうだ。このまま振り返ったらいけない部分に触れる気がして、顔を前に戻した。貴島は静かに、しかし掠れた声を紡ぐ。「俺だけが、昔の可愛いお前を知ってるって言いふらしたい」「やめろ」それは自殺案件だ。一気に血の気が引くけど、先程とは打って変わって明るい笑い声が聞こえた。「お前と過ごした時間は、俺にとって宝物なんだよ。確かに誰かに見せたい気もするけど、最終的には俺とお前だけ知ってればいいか。って気になる。……まだ俺達だけのものにしておきたい」「貴島……」彼がそんな風に考えていたことに、正直驚いていた。俺と彼は考えが真逆だ。俺は大事だから人に見せたくて。でも彼は、大事だからこそ秘密の宝箱に仕舞っておきたいと思ってる。その対比に戸惑ったけど、彼が昔を大事に思ってくれていたことは変わらない。昨日と同じ。彼も、同じ気持ちになってくれてる。それが分かったら嬉しくて、むしろさっきより彼に背を預けた。「でも、寂しい思いさせてすまない」「ううん。……今は……はは、嬉しい」彼の肩に後頭部を乗せ、思わず笑った。「てか何で俺、こんなにモヤモヤしてたんだろ。変なの」「分からないで言ってたのか」貴島は驚き半分、呆れ半分で俺のつむじを押した。「俺が誰かにとられそうで、不安だったんじゃない?」確かに。モヤモヤは、言い換えれば焦りでもある。貴島が知らないところに行ってしまいそうな、漠然とした不安に押し潰されそうだった。でもそれって。「俺、貴島の周りに焼きもちを焼いてた。ってこと?」「……そうじ
last updateÚltima actualización : 2026-09-04
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#5
こうなることは分かっていた。分かっていたけど、受け入れられるかは別の話。「貴島君、次移動教室だよ」「視聴覚室行ったことないよね? 案内するから一緒に行こ〜!」「いや、ちょっと……」……!!女子達に半分拉致されてる貴島を見つけ、フラッとした。貴島が転校してきてはや一週間。だいぶ学校の雰囲気にも慣れたようで、そこは安心していた。けど慣れてきたのは女子達も同じ。勿論、男子勢もだ。貴島は落ち着いてるだけで、冗談を言われれば笑って返している。何となく貴島に怖いイメージを持っていた男子達も、次第に積極的に関わるようになっていた。とは言え下心半分なことも分かってる。どうも、貴島と一緒にいれば女子と仲良くなれると思ってるみたいだ。「なあ、貴島は部活入んないの?」「俺はバイトしようと思ってるから」「へー。川音と同じ料理部に入ると思ってた。じゃあ今度皆でカラオケ行こうぜ。女子も呼んでさ〜……」…………。遠巻きに貴島とクラスメイト達のやりとりを見守り、腕を組む。俺としたことが、ちょっと油断した。気付けば貴島は、常に誰かに囲まれてる状況になっていた。やっぱイケメン転校生のカード強いんだな。俺が一年半かけて手に入れた優等生カードの有効期限がわずか一週間とは。それにこの前まで貴島の隣で通訳係みたいなことができたのに、今は入り込む余地もない。普通に押しのけられるし、あれ、川音君いたの? みたいな反応をされる。「最近の川音は影が薄いなー」と、隣にやって来たのは同じクラスの都波。いつも見た目を気にして女子と遊んでるのに成績優秀というハイスペ男子だ。「前はみんなして川音君がー、って言ってたのにさ。薄情だと思わない?」「あはは、そんなこと……。自分の時間ができてむしろ嬉しいよ。貴島君は人気出て当たり前のイケメンだし」ここで弱みを見せてはいけない。努めて穏やかに微笑むと、都波は前に屈み、耳打ちした。「前から思ってたけど、そのイイコちゃんキャラやめれば? 貴島が来た以上、もう覇権は奪えないだろうし」「……っ!」教科書を開こうとした手を止め、思わず彼を見返す。誰にも触れられたくない部分に手を突っ込まれたみたいで、顔が熱くなった。都波は多分、学校で唯一俺の“素”に気付いてる。おどけてるようで勘が良く、油断ならない。「前は白原高校と言えば川音君って感じだ
last updateÚltima actualización : 2026-09-05
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幼馴染の付き添い
明くる日も、二学年は貴島フィーバーをしていた。あれだけ俺に頼み事をしてきた生徒達も全然声を掛けてこない。都波の言う通り、若干ショックでもある。でも相手が貴島なら仕方ない。貴島が皆に好かれるのは嬉しいから。( 嬉しい……んだけど、何だこれ )貴島がひっきりなしに誰かに連れて行かれるから、疎外感と孤独感が膨れ上がって大変なことになってる。もっともっと貴島に人気が出てほしいと思いつつ、俺はもう用済みですか? と訊きたくなる。 「あ〜〜……っ!!」情緒不安定。感情のジェットコースター。相反する気持ちを踏んづけながら、ひとりで頭を抱える。息苦しくて、初めてネクタイを緩め、襟元を開けた。「あ、いたいた。川音、生徒会選挙の演説文考えた?」抜け殻のように廊下を歩いていると、三年生の国木先輩に声を掛けられた。生徒会選挙?一瞬きょとんとして固まったが、彼が前生徒会長だということを思い出し、かぶりを振った。「いえっまだです。ははは……そういえばありましたね。……ん!? いつまででしたっけ!?」「一ヶ月後か。まだ応募の段階だから焦らなくてもいいけど」国木先輩は笑いながら去年撮ったという演説例文の動画を見せてくれた。イカ────ン。立候補したときはやる気満々だった。嘘じゃない。でも急遽貴島が転校してきて、何やかんや俺が優等生ということを彼に知ってもらって。もうこれ以上“完璧”を追い求める必要はないんじゃ?……と思い始めてる自分がいた。部活も委員会も生徒会も所属してるし、あとは成績だけキープしていれば内申点も問題ない。充分じゃないか。貴島は俺なんかいなくても楽しくやっていけそうだし……。「川音、どした。顔色悪いぞ」「いや、大丈夫です。でもすみません。……選挙のこと、一度考え直してもいいですか。自分に務まるのか不安になっちゃって」「ああ、そりゃもちろん……でもお前がなったら皆納得すると思うけどなぁ」全然そんなことない。先輩に申し訳ないと思いながら別れた。俺は今最高に自分勝手で、孤独で、やさぐれてる。ドMではないけど、いっそすごい罰を与えてほしい。ため息を飲み込みながら教室に戻ると、ちょうど貴島が帰り支度をしていた。あ……。前なら普通に「帰ろう」と声を掛けていたのに、不安になってる。また振り出しに戻ったみたいだ。潮の満ち引きのよう。
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#1
そこまで考えてるんだ。やっぱり俺と違って偉い。「川音は? 進学するんだろ? 行きたい大学は決まってるのか」「うーん。考え中」「成績良いから、進学しないのは勿体ないぞ」やってきた電車に乗り、貴島はシートに座った。隣の座面をぽんぽんと叩き、俺にも座るよう促す。「川音」「あ、うん」隣に腰掛け、視線は前に向ける。鞄を靴の上に置き、ふぅと息をついた。「もう二年だけど、将来のこととか考えられない。……いや、考えたくないんだろうな」「はは。皆そうだよ」貴島はそう笑うけど、俺は輪をかけてだと思う。まだまだ、彼の隣にいるこの瞬間を噛み締めていたい。ずっとこうしていられたらいいのに。「でも、俺も特にそうかも。卒業した後のことなんて考えたくないよな。やっとこうして、お前といられるようになったのに」「……っ!」それは……その言葉は、心の中の深いところに浸透していった。貴島は俺が欲しい言葉を的確に拾い過ぎだ。彼がどんどん遠い存在になっていく気がして、怖くて悲しかったけど。また、飛び上がりたいぐらいの喜びに襲われてる。「貴島。このあと用事ある?」「いや」「じゃ、ちょっと付き合って!」学校から離れてようやく、優等生の仮面を外せる。誰の目も気にせず、懐かしいあの頃に戻れる。貴島と一秒でも長くいたいから、俺の家の最寄り駅に彼を誘っていた。「ただいまー」「おかえり、深白。あら、友達?」「うん。ほら、島根にいた時の幼馴染。転校してきたんだよ」「え! じゃあ、月仁くん!? 久しぶりねぇ〜! 大きくなって!」「あ、本当にお久しぶりです」俺の家。……の隣にある店の引き戸を開けると、母が目を輝かせてやってきた。厨房の奥では父が何事かと覗いている。「急に転校してきたんじゃ大変だったでしょう。困ったことがあったら深白に言ってね」「ありがとうございます。本当にいつも助けてもらってます」貴島はまた、そつなくお辞儀をした。俺とタイプが違う……という俺は家ではダラダラしてるから、貴島が相当礼儀正しく見えたんだろう。父も母も「は〜っ」と感嘆の声を上げていた。両親は、俺が物心ついた時から割烹料理屋をしている。元々は島根の小さな町で営んでいたけど、六年前一大決心して都心に移転したのだ。それもあり俺は貴島と離れ離れになった。幼馴染の貴島のことは両親もよく知ってい
last updateÚltima actualización : 2026-09-07
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#2
貴島の横顔は、ほんのり赤く色づいていた。火傷でもしたんじゃないかと言うほど。耳まで赤くなってる。「口に合ったみたいで良かった」「美味くないわけない」「それは言い過ぎだろ」笑って返すも、貴島は真剣な表情のままだ。両手を合わせ、「ご馳走様でした」と呟いた。「すごいな、川音」「別に何も。毎日やってれば、それっぽいもんは作れるよ」「いいや、お前は特別だよ。頑張れば何でもできる。俺なんかいなくても」え。一体どういう意味だろう。思わず見返すと、貴島は俯き、少し暗い面持ちをしていた。貴島が何を思ってるのか、俺には分からない。でもひとつだけ言えることがある。「俺は、貴島がいたから頑張れたんだよ。……貴島にまた会えると思ったから。だから、お前がいなかったら、今も何もできなかった」本音だった。ある意味盛大なポンコツ宣言だけど……どうしようもなく事実だ。「弱くて泣き虫で、学校が怖かった時期も、お前が引っ張ってくれるから通えてた。でもお前はどこに行っても人気だから……お前の隣にいても恥ずかしくないように、必死にやってきたんだよ」「川音……」決死の告白に、貴島は驚いていた。恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。笑われるのは仕方ないけど、引かれないか心配で心配で……息するのもやっとだった。「空港で会った日、昔のままでいい、って言ってくれたけど。それじゃ駄目なんだ。俺は貴島の隣にいる資格がない」「資格って何だよ。むしろ俺みたいな転校生の方が肩身が狭いよ。お前は学校代表みたいだし……傍にいて当たり前、みたいな顔するなって思われてる」「そんなことない!」「なら、お前だってそうだよ。そんなことない」言葉の打ち返し。熱くなり、しばらく無言で見つめ合う。でも次第に可笑しくなって、吹き出してしまった。「つまり、俺達の自意識過剰。ってことで良いだろ?」「そだな。別に一緒にいてもいい。………んだよな」「当たり前だろ」貴島は俺の方に椅子を向ける。「他人にどう思われたっていい。俺はお前といたくて 転校してきたんだ。お前といられないなら、何もこの学校じゃなくて良かったと思ってる」「ほんと?」「本当。……どれだけお前に会いたかったと思ってんたよ」彼は口角を上げ、俺の頭を撫でた。温もりを確かめるように、下ろした手を優しく頬に添える。「幼馴染ってことを隠し
last updateÚltima actualización : 2026-09-08
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#3
「お父さんとお母さんが元気そうで良かった。お店も繁盛してるみたいだし」 店を出て、駅へ向かって歩く。月仁はかすかに微笑みながら、ポケットに手を入れた。「まぁ、すごいポジティブな人達だからね。閑古鳥が鳴いてものらりくらりやると思うよ」「ははっ」月仁には困ってる風に言ってしまったけど、何だかんだ仕事をしてる両親が好きだ。夜更けまで店を開くから独りの時間も多かった。お店の賑わいと対照的で、寂しいこともあったけど……夜中に作ってもらえるご飯も、それはそれで嬉しくて。「深白は実家を継ぐのもアリかもな」「う〜ん。……それも、あの人達次第かなぁ」俺というより、彼らが引退後店を持ち続けるのかも分からない。だからひとまず進学を目指すことにした。三歩先すら見えない未来。でも、彼が傍にいれば何とかなる気がしている。「月仁、またウチに来てよ。夜飯ならいつでも作るから」「……ありがと」遠慮しなくていいと彼が言ってくれたから、素直に伝えることができた。行きよりずっと、足取りが軽い。心も弾んでるのか、スキップしそうになった。「深白。さっきの話だけど」「うん?」「俺は本当に、お前のこと一番に想ってるから」風に乗って届いた声は、低いけど温かかった。足を止めて振り返ると、月仁はゆっくり手を差し出した。「絶対ひとりにしない。……約束する」小指を前に出される。何故か懐かしい香りがした。遥か昔にも、こんなことをした気がする。高校生になって指切りは珍しいかもしれない。でも、嬉しくて俺も小指を差し出した。「やっぱ月仁は優しいなぁ」「お前にだけだよ」「あはは」そんなことないのに、おどけるところも好きだ。でも“優しい”とは別に、月仁は俺に甘すぎる気もするけど。( どっちかって言うと、甘えてほしいんだよな…… )その為にしっかりしようと奮起したわけだし。ただそんなことを知らない月仁は、俺にめいっぱい世話を焼いてくる。「何かあったらすぐ連絡しろよ。帰りも気をつけて、暗い道はなるべく避けて」「ほいほい」めっちゃ心配してくれたけど、家は駅から十分もかからない。俺としては月仁の方が心配だから、改札口で背中を軽く叩いた。「家着いたら、一応連絡して」「……分かった」彼は小さく頷く。そのまま行ってしまうと思いきや、自分の鞄につけてたキーホルダーを俺に渡し
last updateÚltima actualización : 2026-09-09
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