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恋文を晒されたので、婚約破棄です
恋文を晒されたので、婚約破棄です
Author: 狐坂

第1話

Author: 狐坂
同窓会の日、親友が抽選箱を取り出した。

箱にはこう書かれている。

【桜井糸(さくらい いと)、恋する乙女の名言集・大抽選会】

その場がどっと沸いた。

誰かが引き当てたのは、高3のとき角田旭(かくだ あさひ)に渡したラブレターだった。

【旭くんが今日、私に笑いかけてくれた。だから明日も、彼に捧げたいと思った】

別の誰かが引いたのは、大学時代のもの。

【返事が来なくてもいい。忙しさが落ち着いたら、きっと思い出してくれるはずだから】

けれど旭に宛てた手紙に、彼が返事をくれたことは一度もない。とっくに捨てられたのだと、今までずっと信じ込んでいた。

最後に親友が引き当てたのは99通目。

彼女は旭の胸に寄りかかったまま、笑いながら読み上げた。

「もしいつか私のことが必要なくなっても、それでも幸せを祈ってる」

旭は紙をひったくり、笑って親友をたしなめた。

「よせよ。糸は恥ずかしがり屋なんだから」

そう口では言いながらも、その目はどこか、私が恥をかくのを面白がっているように見えた。

親友が手紙をめくった拍子に、箱がぐらりと傾き、中の手紙がこぼれ落ちた。それを拾おうとかがんだ私は、箱の底に小さく書かれた文字に気づいた。

【毎月更新】

【仲間内だけのお楽しみ】

そこでようやく思い知らされた。私の本気は、みんなの笑い話でしかなかったのだと。

黙り込む私に、旭が歩み寄ってきて機嫌を取るように言う。

「もう拗ねるなよ。好きでもない相手の手紙を、何年も取っておくわけないだろ」

やけに堂々とした物言いだった。まるで、恥をかかせることすら、自分からの恩恵だとでも言うように。

だから私は、カバンから100通目の手紙を取り出した。

旭はその封筒を見て、気だるげに手を伸ばしてくる。

「やっと渡す気になったのか」

私は彼を見つめ、ふっと笑みをこぼした。

そして、皆の前でその手紙をずたずたに破いた。

「旭。もう読まなくていいから。

これからはもう、書くことはない」

紙片が旭の黒いスラックスに落ちる。彼は一瞬目を伏せ、それから片眉を上げた。

「お前さぁ、いったい何のつもりだ」

個室に、一瞬の静寂が落ちた。

けれどすぐに、誰かが低く笑いを漏らす。

「あらら、本気で怒っちゃった?」

「旭、早くなだめてやれよ。恋する乙女心が砕けちまうぞ」

旭は笑わなかった。かがんで破れた紙片を拾い上げると、目を細めて言った。

「俺の質問に答えろ」

昔なら、彼の声が少し硬くなっただけで、私はすぐに怯えていた。言い訳して、謝って、下手に出て彼の望む形に自分を押し込めていた。

けれど今回は、そうしなかった。

椅子の背にかけていた上着を取り、彼を避けて出口へ向かう。

その時、背後から手首を掴まれた。

旭が手首を掴む力はさほど強くない。それでも、振りほどけない絶妙な強さだった。

彼は私を見下ろし、声を低く抑えて言う。

「こんな大勢の前で、みっともない真似をするつもりか」

私は何も答えなかった。

ただ急に、すべてが心底馬鹿馬鹿しく思えた。

10年間、旭に言いたかったことは山ほどあった。

なのにその言葉はいつも喉元でつかえて、声にならずに消えていくばかりだった。

そのとき、親友の上村遥香(かみむら はるか)がふいに立ち上がった。仲裁するような甘くやわらかい声だった。

「糸、もう怒らないでよ。みんな久しぶりに会えて、ちょっと盛り上がりたかっただけなの」

彼女は手を伸ばし、私の袖を引く。

「それに糸、昔からずっと『一生、旭くんだけ』って言ってたじゃない。みんな、昔のことを思い出させてあげようとしてるだけなのに、どうして怒るの?」

男子たちも次々に調子を合わせた。

「そうだそうだ、糸、ノリ悪いって」

「昔は学校中に知れ渡るくらい旭を追いかけてたくせに、今さら澄まし顔かよ」

「100通目まで書いておいて、まさか、そんな芝居を打って旭に告白させたいだけなんじゃないのか?」

その最後の一言で、ようやく腑に落ちたとでも言うように、旭の眉がわずかに上がった。彼は力を緩めたが、口調にはまだ苛立ちが滲んでいた。

「糸、こんなやり方で騒ぐなよ。送っていってほしいなら、そう言えばいいだろ」

私は目を上げて彼を見た。

この顔を、10年間好きだった。

彼が何気なく渡してくれたペットボトル1本で、2週間は浮かれていられるほどに。

彼がSNSに【胃が痛い】と一言呟いただけで、深夜3時に街中を駆け回って薬を探すほどに。

旭がいなければ生きていけない女だと、誰もが知っているほど、私は彼に執着していた。

けれど今、こうして見つめていても、ただ、ひどく遠い他人のように感じるだけだった。

愛されていないと、相手の独りよがりな憐れみすら、刃のように人を傷つけるのだと初めて知った。

私はゆっくりと手を引き抜いた。手首には、赤い痕がうっすらと残っていた。

旭はそれに気づくと、目の奥にわずかな痛みがよぎった。

「痛かったか?」

彼が手を伸ばしかけたその時、遥香がふいにお腹を押さえ、小さく息を吸った。

「旭、ちょっと胃が……さっき急にお酒を飲んだせいかも」

旭の手が宙で止まる。

彼女は俯いて、迷惑をかけまいとするように微笑んだ。

「いいの、先に糸をなだめてあげて。私は少し我慢すればいいだけだから」

けれど次の瞬間、旭はもう身体を向け、彼女を支えていた。

「冷たいものは飲むなって言っただろ」

その声に滲む隠しきれない焦りが、細い針のように、そっと私の胸を刺した。

遥香はそれ以上何も言わず、ごく自然な仕草で彼の袖口を掴み、体を彼の胸に預ける。

旭が彼女の肩にそっと上着をかけてやるのを、私は黙って見ていた。

その上着は、去年の誕生日に私が贈ったものだった。

1か月も前から特注し、袖口の裏にはそっと刺繍まで入れた。

A.K

彼はあのとき、包みを開けて一目見ただけで「地味すぎる」と言った。

あの夜、私は箱を抱いたまま夜中まで座り込み、それでも「口が悪いだけ」と自分に言い聞かせていた。

そして今、彼の指はちょうど、あの文字の上を撫でている。

まるで、私が最後まで認めたくなかった惨めさまで、彼の手で押し潰されたようだった。

入口では、店員がドアを開けて待っていた。

遥香がふいに手を離す。

「もういいよ旭。糸はいつもこうなの。少しなだめればすぐ機嫌が直るから」

旭は彼女を押しのけなかった。私を見つめ、まるで情けをかけてやるように言った。

「戻って座れ。酒を飲めば、それで終わりにしてやる」

私はそのグラスを受け取らなかった。代わりに、身をひるがえして個室のドアを開けた。

背後で、旭の声がついに冷え切った。

「糸。今日出て行ったら、後悔するぞ」

私は足を止めなかった。ドアが閉まる直前、遥香の甘えた笑い声が聞こえた。

「大丈夫、あの子どうせ下の階までしか行かないから。今までだって、本気で放っておけたことなんて一度もないんだから」

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