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悪女の代役ですが、殺される前に逃げようと思います!〜皇太子と次期公爵様がなぜか離してくれません!〜
悪女の代役ですが、殺される前に逃げようと思います!〜皇太子と次期公爵様がなぜか離してくれません!〜
作者: 朝比奈未涼

1.始まりと終わりの夜

last update publish date: 2026-07-22 23:04:58

三日月が浮かぶ夜空の下。

宮殿の立派な中庭を走り続ける私にとって、頼れる光はその欠けている月と、宮殿の窓からほんの僅かに漏れる光のみ。

だが、今の私にとって、この暗闇は好都合だった。

誰にも見つかることなく、私はここから逃げなければならない。

そうしなければ私の命はないからだ。

ほんの数時間前までこの宮殿内で誰よりも輝きを放っていた存在だったというのに、何がどうなって命を狙われてしまっているのだろうか。

いや、考えなくても答えはわかっている。

私はルードヴィング伯爵に裏切られたのだ。

「…っ」

左脇腹の傷が疼き、一度その場に立ち止まる。

先程暗殺者に短剣で刺された傷だ。

逃げることを最優先にしていた為、傷の手当てなどもちろんしていない。

傷口からゆっくりと血が流れ出ている。

ーーー止血しなければ。

この大きな中庭について、私は知り尽くしていた。

その為、少しだけ辺りを見渡し、見つかりづらそうな木の影を見つけると、そこに身を隠した。

「…はぁ、はぁ」

木の幹にぐったりと体重を預けながら、自分が着ている上等な絹の寝巻きのワンピースの裾をビリッと破る。

何とかそれで傷口を抑え止血を試みるが、すぐにじわりと血が滲み、布はあっという間に血で染め上げられた。

血を流しすぎたのかもしれない。

何故、私は今、このような状況に陥っているのか。

朦朧としてきた意識の中で、先ほどまでの出来事が走馬灯のように脳裏を駆け巡り始めた。

*****

遡ること、数時間前。

今日の主役であった私は、宮殿内に用意された部屋で、婚約式へ向けての準備を進めていた。

「リタ様、大変お美しゅうございます」

「さすがですわ。磨けば磨くほど輝く、リタ様以上に美しい方はこの世には存在しないでしょう」

「まさに我がミラディア帝国の美の女神ですわね」

大きな鏡に映された〝リタ〟を大絶賛する周りのメイドたちに、私は形の良い口をふっと緩める。

ただ機嫌よく笑っただけでも、美しく魅力的なのだからメイドたちの〝リタ〟に対する大絶賛は正しいのだ。

鏡に映る美女の名前はリタ・ルードヴィング。

歳は18歳で、メイドたちが言うようにとんでもない美女であり、スタイルも抜群だ。

アメジスト色の猫目からは意志の強さを感じ、腰まである絹のように細いシルバーのふわふわの髪からは常に甘い花のような香りを漂わせている。

このミラディア帝国内で〝リタ〟より美しい女性はなかなかいないだろう。

だから〝リタ〟はミラディア帝国の美の女神、なんて少々小っ恥ずかしい名で呼ばれているのだ。

「私が美しいのは当然のことだわ。気分がいいからずぅっと、私がこの部屋からいなくなるその瞬間まで私のことを称え続けなさい」

私は気分のいいフリをして、ふふ、と笑い、私を一斉に褒め称えていたメイドたちを一瞥した。

するとメイドたちは一瞬だけ戸惑いの色を見せた。

…が、それはほんの一瞬で、すぐに私に悟られないようににっこりと笑った。

「何と光栄なことなのでしょうか。ぜひ、称えさせてくださいませ」

そこからメイドたちは代わる代わる私のことを褒め称え続けた。

なんて無茶なことをさせるのだろうか。

だが、これが私が代役を務めている〝リタ・ルードヴィング〟なのだから仕方ない。

実は私が〝リタ〟ではないと悟られない為にも、私は完璧な〝リタ〟であり続けなければならない。

私は魔法薬でリタになっているただの平民、ステラなのだから。

それも孤児院出身で、苗字さえもない。

そんな私はかれこれリタの代役を、もう8年も続けている。

8年前、リタより1つ年上だった私は、孤児院からルードヴィング伯爵に引き取られた。

そして私と伯爵はある契約をした。

それは私がリタの代役を務める代わりに、私の生活を伯爵が保証する、というものだった。

リタ・ルードヴィングはとても美しかったが、自己中心的であり、あまりにも気まぐれだった為、勉学を疎かにしていた。

貴族は12歳~18歳まで学院に通い、勉学に励む。

そこで勉学嫌いな彼女の代わりに、私が求められたことは、学院で優秀な成績を残す、というものだった。

だがこれはおまけに過ぎなかった。

私がリタ・ルードヴィングになり、一番に求められたものは、ここミラディア帝国の皇太子であるロイ・ミラディアの婚約者の座を得ることだった。

ロイの婚約者の座を得た時、私と伯爵の契約は終了し、私は一生分の生活を伯爵から保証される約束なのだ。

だから私は8年間、死に物狂いで頑張った。

ルードヴィング伯爵家内でも、学院内でも、社交界でも。

どこででも、私は完璧なリタになりきり、文武両道は当たり前、常に成績はトップクラスで、非の打ち所のない完璧なご令嬢になり続けた。

美の女神と言わしめるほどの美貌と、学院内でも群を抜く成績。

性格の悪さ以外、リタ・ルードヴィングは完璧だった。

ただ、性格は非常に悪い為、裏では〝悪女〟と呼ぶ者もいたが、そこは知らない。

そこまでのフォローは求められていないので無視である。

「リタ様は本当にお美しく…」

「あら?それはさっきも聞いたわ。まさか同じことを私に言うつもり?」

「いえ!とんでもございません!」

「じゃあ早く続きを言いなさい」

とうとうリタへの褒め言葉が尽きたメイドに、私はすぐさま反応し、リタとして冷たい笑顔を浮かべる。

いくら絶世の美女と言われていても、言葉が尽きないわけがないのに、何と哀れなことか。

リタを満足させられなければ、このメイドはクビだろう。

「リタ、準備はできたかい?」

哀れに思いながらメイドの次の言葉を待っていると、この部屋に颯爽と皇太子、ロイが現れた。

「ロイ様!」

先程の冷たい空気はどこへやら。

私は心底嬉しそうに笑い、ロイの方へと視線を向けた。

こちらに向かってやってくる美青年こそが、リタより2つ年上のロイ・ミラディアだ。

ブロンドの少し長めのサラサラの髪から覗く顔は、大変整っており、まるで天使のように美しく、儚い。

こちらを優しく見つめるルビー色の瞳こそ、皇族である証で、皇族は皆、ロイのように美しいルビー色の瞳をしていた。

リタはロイに恋をしていた。

「僕のリタ、とても美しいね」

「…ありがとうございます」

私の髪を手に取り、優しくキスを落としたロイに、私は頬を赤く染める。

ロイは優しく、そして甘い。

女性なら誰もが憧れる王子様のような男だ。

まぁ、実際皇子さまなんだけど。

先程の冷たい空気からロイによって明るい…いや、甘酸っぱい空気へと変わった。

やっと解放されたメイドたちは、安堵したような表情を浮かべている。

よかったね、メイドさん。

リタはアナタたちなんて忘れてロイ様に夢中ですよー。

「さて準備もできたようだし、一緒に婚約式の会場へ行こうか。僕の愛しの婚約者様」

「はい、ロイ様」

ふわりと甘い笑みを浮かべ、ロイが私の手をスマートに引く。

私はそんなロイに花のように愛らしく笑い、この部屋を後にした。

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最新章節

  • 悪女の代役ですが、殺される前に逃げようと思います!〜皇太子と次期公爵様がなぜか離してくれません!〜   57. 逃げられない

    帝国外へと出る為に、検問所の列に並ぶこと数十分。やっと私の番がすぐそこまでやってきた。「スムーズな手続きができるように書類の準備と本人確認の為に帽子、フード、マスクなどをしている方は事前に取ってお待ちください。ご協力をお願いします」並んでいる人たちに、検問所の職員である女性が先ほどからそう声をかけている。その声に、私は顔が見えないように深く被っていたフードを下ろした。「では、次の方。こちらへどうぞ」「はい」検問所の入り口の横にある受付の男性の職員に呼ばれ、前へと進む。私と職員を隔てるように机があり、その受付の横、検問所の入り口と呼ばれる場所には、仰々しい大きな魔法陣があった。職員の許可が下りない限り、この魔法陣を跨いで向こう側へと行けない仕様になっているのだ。「書類の提出をお願いします」「はい。お願いします」職員に促されて、私は予め用意しておいた偽の書類を提出する。何でもない表情を浮かべているが、内心は緊張で心臓がバクバクと忙しなく動いていた。もし、ここで書類が偽物であるとバレれば私は終わりだ。ここを違法に通ろうとしたことや書類詐称などいろいろな理由で捕まってしまうだろう。そして最悪罪人としてルードウィング伯爵に見つかり、殺される。職員の動向を固唾を飲んで見守ること、数分。職員はやっと顔を上げた。たった数分のことだったが、この列に並んでいた時よりもずっと長く感じた。「書類に不備はありませんでした。お通りください」「はい。ありがとうございます」淡々と機械的にそのまま進むように案内される。私は落ち着き払った様子で、足を魔法陣へと伸ばした。一歩、また一歩と、魔法陣の上を進んでいく。

  • 悪女の代役ですが、殺される前に逃げようと思います!〜皇太子と次期公爵様がなぜか離してくれません!〜   56. 帝国外へ

    キースの忠告通り、私は1週間、とんでもなく苦しい思いをした。〝体の時間を戻す〟魔法薬の効力を消す為に毎日3回も飲む、ドロドロとした苦い薬に、副作用として私を襲う熱と頭痛と吐き気。永遠にも思えるほど続く苦痛は、私をいとも簡単に狂わせた。何故、自分は今、死にそうになっているのか。生き延びたいはずなのに。どうして。それでもほんの少しずつ症状は和らぎ、1週間後には完全に〝体の時間を戻す〟魔法薬の効力を無事消すことができ、私は本来の19歳の姿を取り戻した。そこから1週間は魔法薬解除によって失われた体力の回復に努め、さらにその後はキースの研究を手伝いながらも帝国外へと逃走する下準備を進めた。そうして、キースに保護されて1ヶ月の月日が経った。体力も戻り、準備も整った。いよいよ今日、私はキースの家から国境の検問所を目指し、帝国外へと出る。「キース。本当に1ヶ月間お世話になりました。キースのおかげで無事生きて帝国から出られそうだよ」玄関先でどこか眩しそうに朝日を浴び、こちらを見つめるキースに、私はにっこりと笑うと、深々と頭を下げた。何もかも計画通りに、…いや、それ以上に順調にことを進められたのは、間違いなくキースの力あってこそだ。今の私なら問題なく、国境を越えられる。帝国外へ出るには、必ず国境にある検問所を通らなければならない。検問所を通る為にはいろいろと書類が必要なのだが、その中には自分が自分であると証明する書類も必要だった。私には戸籍がない。その為、自分を証明する書類を作ることさえもできないのだ。だからこそ、私のような戸籍のない人間は、本来帝国外には出られない。私の当初の計画では、旅人や行商人に報酬を渡し、彼らの荷物に隠れ、あるいは高等な技術ではあるが、偽りの書類を用意して、帝国外へと出ようとしていた。この逃走で1番の難所であった検問所の通過。しかし、それはキー

  • 悪女の代役ですが、殺される前に逃げようと思います!〜皇太子と次期公爵様がなぜか離してくれません!〜   55. 魔法薬の真相

    私から全てを聞き終えたキースのリアクションはこうだ。「え、えぇ…。僕ってやっぱり天才だったんだぁ。さすが帝国一…いや大陸一の魔法使いだよ」ぱちぱちと何度も瞬くその瞳には、恍惚とした感情しかない。波乱万丈な私の半年を労うでも心配するでもなく、自身の魔法薬の功績を噛み締め、喜んでいる。キースらしい反応だ。「…それで私の体に一体何が起きているの?」キースの姿に呆れながらも、私はここまで来た目的である私の体についてキースに問いかけた。するとキースは緩み切った表情に力を入れ、改めて真剣な声音で難しそうに話し始めた。「…まず、僕が試験的に作った〝時間を戻す〟魔法薬は君を見ればわかるけど、まぁご覧の通り失敗に終わった。だけどこれがただの失敗ではなかったんだ。僕が作った魔法薬の本当の効能は〝体の時間を戻す〟ものだったんだよ。だから君の体も時間が戻って幼い姿になったんだ」なるほど。私の説明と現状を見ただけでここまで断言できるとは、さすが製作者本人である。やはり、少し時間がかかったとしても、ここへ来てよかった。 「…天才だ。天才だよね、僕。〝時間を戻す〟ことには失敗したけど、〝体の時間を戻す〟ことには成功したんだ。まだこの世界には、時間に関与できる魔法薬は存在しない。それを僕は作ったんだよ!」先ほどのシリアスな空気はどこへやら。キリッとしたキースの顔は、静かに喋りながらも、また興奮でらんらんと輝き始め、最後にはこちらに力強く自身の成し遂げたことを訴えかけていた。「スゴイネー」その様子に、私は思わず苦笑いを浮かべた。〝体の時間を戻す〟魔法薬など、見たことも聞いたこともない。つまりそれだけ雲の上の話だったことを、キースは形にして見せた

  • 悪女の代役ですが、殺される前に逃げようと思います!〜皇太子と次期公爵様がなぜか離してくれません!〜   54. 保護

    sideステラ薄暗い森の中。必死に走り続ける私の背後には、たくさんの騎士たちがいる。逃げても逃げても彼らは私を追い、決して逃そうとはしない。「リタ!待って!」騎士たちの中から金髪の天使が必死にこちらに手を伸ばす。そしてその指先が私の背中にわずかに触れた。「やめて、ロイ!」私は天使に向かって必死にそう叫んだ。*****「…っ!」突然、意識が覚醒し、勢いよくまぶたを開ける。そんな私の視界にまず入ってきたのは、温かみのある木で作られた見たことのない天井だった。どこからどう見てもここはあの薄暗い森ではない。誰かの家だ。そこまで状況を理解して、初めて私は今見ていたものが夢だったと気がついた。…何て嫌な夢を見てしまったのだろうか。妙に現実味のある嫌な夢に、寝ていたはずなのに疲れを感じてしまう。おまけに額や背中の汗も酷く、不快感まである。最悪な目覚めだ。今自分が置かれている状況を知る為に、私は体を起こそうとした。「…っ」しかし、驚くほど体が重く、それは叶わなかった。意識を手放す前の最後の記憶は、キースの元まで辿り着けたところだった。その後、今までの疲労と安堵からすぐに意識を手放したところまでは覚えている。だが、その後がまるでわからない。ここがどこかさえもわからない。仕方がないので首だけ動かして何とか周りを確認する。天井と同じように木で作られた壁と床。広さはそれほどなく、家具も必要最低限置かれており、清潔感もある。ここがどこなのか未だにわからないが、温かみのある木造の小さな寝室にいることだけはわかった。置かれている状況の次は、自分についてだ。今度は重たい体を何とか動かして、布団から手を出す。目に映った手は幼いものではなく、本来のものだったので、自分が今、19歳の姿なのだとわかる。あれからまだ朝が来ていないからこの姿なのか、何日も経っており、今が夜だからこの姿なのかはわからない。「…あ?起きた?」思考する私の耳に、聞き覚えのある低くてハスキーな声が届く。そしてその声の持ち主であろう足音が、こちらにゆったりと迫ってきた。「おはようございます、ニセモノのリタお嬢様」ーーーキースだ。音の方へと視線を向けると、そこには唇のはじを上げ、不気味な笑みを浮かべるキースがいた。「…キース。私が誰だかわかるの?」私を

  • 悪女の代役ですが、殺される前に逃げようと思います!〜皇太子と次期公爵様がなぜか離してくれません!〜   53.彼女の仮説 sideロイ

    ピエールが言っていた〝あの話〟とは、僕が立てたある仮説のことだった。僕はリタと婚約した後、早い段階で今目の前にいる女が僕の愛している女性ではないと気がついた。見た目は確かにリタだったが、中身が全然違ったからだ。彼女はわがままで自分勝手なところもあったが、同時に聡明で努力家な面もあった。不思議な二面性のある彼女だからこそ、僕は面白いと思っていたし、そんなところに惹かれていた。それなのにその聡明さや努力家な面が、突然綺麗さっぱりなくなってしまったのだ。他の者ならこんな話を聞けば、単に性格が変わっただけでは?と思うだろう。だが、僕は彼女の姿にある仮説を立てた。ーーーリタには影武者がいたのだ、と。 わがままで気分屋なリタには、苦手なことややりたくないことも多いはずだ。その全てを押し付け、完璧にこなす優秀な影武者をルードヴィング伯爵は娘の為に用意していたのではないか。だから僕の愛したリタには二面性があった。わがままで自分勝手なリタと聡明で努力家なリタ。時と場合によって変わるリタに、僕はまるで2人のリタに会っている感覚を覚えていたが、それはあながち間違っていなかったのだ。その優秀な影武者こそが、僕の愛したリタだった。そして、彼女は何らかの理由で姿を消してしまった。もし、この仮説が正しければ、今までのこと全てに説明が付き、自然だ。「話は終わりだね、ピエール。一刻の猶予もない。早く行って」「はい。それでは失礼いたします」僕に急かされて、ピエールは素早くこの場から離れた。*****その後、僕は本物のリタの捜索を一旦中止し、ホテルへと戻った。それから続々と戻ってきた者たちの証言をまとめ、次の手を考える為に、部隊長やピエールたちと共に情報共有をしていた。「ステラの姿もないんだね…」「はい」向かい側のソファに座る部隊長が、僕の言葉に渋い顔になる。彼の横に腰掛けるピエールも、また同じような顔を浮かべている。あの女性だけではなく、ステラまで姿を消すとは。ステラはおそらく吐血をしている。扉越しではあったが、僕は確かにそのようなただならぬ音を聞いたのだ。苦しそうな、息も絶え絶えなステラの震える声。続く咳に生々しい何かが吐き出された音。その後微かに鼻をかすめた鉄の匂い。異変に気づいたからこそ、僕はステラの制止を無視して扉を開けたの

  • 悪女の代役ですが、殺される前に逃げようと思います!〜皇太子と次期公爵様がなぜか離してくれません!〜   52. 愛した彼女を探して sideロイ

    sideロイ本物のリタを探し続けて半年。彼女だと確信を持てる女性は未だに見つけられていない。最初は帝都を探し、それからその周辺の街や村を探した。それでも見つからなかったので、捜索の範囲はさらに広がり、今では帝国中を探している。ここ、国境付近の街マルナへもリタを探す手がかりを求めてやって来た。マルナの奥にあるルーワの森には、リタが懇意にしていた、この帝国一の魔法使いキースがいる。あの魔法使いならば、彼女について何か知っているのではないか。そう考えた僕は、彼の元を目指した。だが、キースに会う前に、ついに本物のリタだと思える女性を見つけたのだ。ステラがいたはずの部屋。窓から降り注ぐ西陽が、彼女を柔らかく照らしていて。栗色の鎖骨より少し長い髪に緑色の瞳。可愛らしい顔立ちは人によっては、印象に残らないほど普通なのだろうが、僕の脳裏には鮮明に焼きついている。どこかに誰かの面影を感じさせる女性。口から血を垂れ流す彼女は、僕の探しているリタな気がしてならなかった。何もかも違うというのに。「…ロイ様、あの女性を見失ってしまいました」僕の目の前で騎士団の男の1人が申し訳なさそうに頭を下げる。僕はやっと見つけた女性をここに来てまた追う術を失ってしまった。「この森に入ったことは確かだ。森全域に捜索の手を広げよう。ただ街に戻る可能性もあるだろうから少数精鋭で街を捜索する隊も作れ。それから街の人たちに協力を仰ぎ、街でも彼女を見つけられるようにするんだ」「はっ」僕の淡々とした指示を聞き、騎士がすぐに動き始める。彼女を見失ってしまったのは、ここルーワの森だ。つい先ほどまで、彼女の存在を確認できていたはずだが、突然彼女は僕たちの目の前から姿を消した。あまりにも綺麗さっぱり彼女の存在が消えてしまったので、様々な修羅場をくぐってきた騎士たちでさえも、この状況に困惑していた。ここには、あの魔法使いキースがいる。おそらく彼が魔法を使い、僕たちの前からリタの姿を隠してしまったのだろう。そうでなければ、ここまで綺麗に全てを消すことなど不可能だ。やはりあの女性こそがリタであり、魔法使いと何か関係があることは間違いない。さらに何もかも違うはずの彼女に対して、リタだと確信を持てる理由は他にもあった。それはあの身のこなしだ。最上階である4階から難なく下へと

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