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2.契約満了

last update publish date: 2026-07-23 21:14:49

ロイと共に宮殿の謁見の間へと向かう。

そこで私たちはこれから皇帝陛下のもと、婚約式を執り行うのだ。

そう、私は今日、やっと正式にロイの婚約者となる。

つまりこのとんでも悪女、リタの代役生活を終え、一生を保証される楽しい生活を手に入れることに成功したのだ!

「なんだか嬉しそうだね、リタ。やっぱり僕の婚約者になれたことが嬉しいのかな」

「そうです、その通りです…!」

「…違う意味なんだろうね」

優しく微笑むロイに嬉しそうに笑えば、ロイはどこか面白そうに瞳を細めた。

「君は僕なんて愛していない。どうして僕を愛しているフリをするのかな?」

「愛している時だってあるでしょう?」

「そうだね、まるで人が変わったみたいに僕に愛を囁く君は確かにいるね」

相変わらず鋭いロイの指摘に、私は心の中で、さすがだな、と感心する。

ロイは私…リタの代役を務めるステラが、自身を愛していないことに気づいていた。

一方、本物のリタはロイを愛していたため、彼にとってはおかしな状況だったのだ。

ある時は自分を愛し、ある時は自分を愛さない。

2人とも確かに同じリタなはずなのに、どこか違う。

そして、その違うどこかを、ロイは見つけた。

ーーー自分を愛しているか、いないか、だ。

ロイはまさか別人がリタを演じているとは思っていなかったようだが、どこか変化するリタを面白がっているようだった。

「やっぱり君は面白いね。これから楽しくなりそうだよ」

「それはよかったですわ」

まるで新しいおもちゃを見つけた子どものように、どこか無邪気にロイが微笑む。

私はそんなロイに、慣れた調子で静かに頷いた。

この8年間、私は契約を果たすために、あらゆる手を使ってロイに近づいた。

そして気がついた。

この男は完璧であるがゆえに、変化や異端を好み、普通ではないもの、自分にはないものを常に求めているのだ、と。

だから私は普通ではない令嬢を彼の前で演じた。

あんなにも人前で好き好きオーラを出していたのに、ロイの前では出さないようにしたり、剣術を磨いて誰よりも強くなってみたり。

ロイには理解できない謎の存在になってやろうと決めた。

こうして私の努力はついに実り、彼の婚約者としての座を得たのだ。

…ちょっと特殊な形になってしまったけれど。

「リタ、婚約条件の再確認をしよう。僕は君に僕を退屈させない最高の隠れ蓑になって欲しい、君は僕に公共の場で最低限婚約者として振る舞って欲しい、だったね」

「ええ。そうですわ」

何ということでしょう。

私たちの婚約は条件付きの婚約だったのです。

別にロイはリタを愛して婚約したわけではなく、面白いリタを側に置き、ついでに他の婚約話や女性から自身を隠すための道具にしてしまったのだ。

腹黒皇太子には脱帽だ。

これは一筋縄ではいかない。

だが、伯爵との契約内容は〝皇太子の婚約者の座を得ること〟だった。変な形ではあるが、達成はできているので問題はないだろう。

「これからよろしくね、リタ」

「こちらこそ」

優しい笑みのはずなのに、どこか意地の悪さを感じさせるロイに、私は自身の猫目を細め、にっこりと笑った。

*****

皇帝陛下に見守られ、誓約書に血判を押す。

これが我がミラディア帝国の婚約式の主な内容だ。

私が代役を務めるリタ・ルードヴィングが、正式にロイ・ミラディアと婚約した夜。

私は宮殿に用意されたリタの部屋で、絹のワンピースの寝巻きに身を包み、ルードヴィング家からの迎えを待っていた。

これからの手筈は、メイドに扮したリタがこの部屋に訪れ、私が着ている服をリタが、リタが着ている服を私が着て、入れ替わることになっている。

そしてそのまま私はメイドとしてここから出て、ルードヴィング邸へと帰るのだ。

そこからはもう私がリタの代役を務めることはない。

伯爵から大金と土地をいただき、めでたく8年間の契約終了だ。

私の人生を保証する契約なので、その後もお世話になることだろう。

窓を開け、宮殿の庭を眺める。

夜空に輝く三日月が宮殿の中庭をわずかに照らす。

夜の闇の中に浮かぶその場所は、庭師たちによって美しく整えられた木や花が生い茂っており、とても幻想的だった。

この景色とも、今日でお別れだ。

ロイと距離を詰めるために、また親しくなってからも、ここにはよく通った。

それも今日で、おしまい。

もう見納めかと思うと何だか名残惜しくて、じっと外を眺め続けていると、ノックもなしに誰かが私の部屋の扉を開けた。

ーーールードヴィングの者が来たのだろう。

私は扉の方へと視線を向けた。

「…え」

そしてそこにいた思わぬ人物たちに、私は小さく声を漏らした。

扉の前にいたのは、全身黒ずくめの3人の男だったのだ。

顔まで布に覆われている彼らの姿に、私はすぐに察した。

彼らが暗殺者であるということを。

…やはりそうなってしまったか。

私の契約相手は貴族だ。

金も権力もあり、何でもできる。

こうなってしまう可能性を私はずっとどこかで危惧していた。

契約満了と同時に、ルードヴィング伯爵に裏切られ、暗殺されるのではないか、と。

私が代役を務めたからこそ、リタは文武両道、才色兼備、完璧なご令嬢として、その名をこの帝国内に馳せていた。

私が代役を務める前までのリタは、容姿端麗なだけのただのわがままお嬢様だった。

その評価を変えたのが、代役の私だ。

完璧なリタは私なのだ。

それを知っているのは、リタと私とルードヴィング伯爵と、ほんの一部の人間だけ。

リタには、実は代役がいました。

しかもその代役が、完璧であることを叶えていました。

本物は美しいだけで何もできません。

そんなことが世間に知られてしまえば、リタはどうなる?

彼女の評価は地に落ち、最悪ルードヴィング伯爵家にも不利益をもたらすだろう。

契約で私は自分がリタの代役だったと話せない。

だが、何かの拍子に私がそれを喋ったら?

偶然どこかでそのことが漏れてしまったら?

その可能性を考え出したらキリがない。

私という存在はルードヴィングにとって、脅威でしかないのだ。

だから殺す。死んでしまえば…、その存在が消えてしまえば、全てなかったことになるから。

そんな最悪のシナリオも頭の隅にはあったが、まさか契約が満了した婚約式の夜を狙われるなんて。

どうやらルードヴィング伯爵は、早く私を始末したいらしい。

今の私は絹のワンピースに、何も持たない丸腰だ。

対する相手は殺しのプロ。しかも3人もいる。

剣術が優れている私を暗殺するためには、このくらいいると判断しての人員だろう。

本当、嫌になる。

今まで一生懸命働いてきて、最後にこんな形で裏切られるなんて。

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