「前世のお前があんなふうな状況に置かれたのは、全部俺のせいだ。俺がやりすぎた。
お前を囲い込んで俺だけのものにしたかった。分かってなかったんだ」
「ああ、お前のせいだ。それに関しては否定するつもりはねえからな」
にべもない俺の返答にアスナが悔恨に満ちた表情を浮かべ、ため息をつく。
「……今は分かってるよ。
俺はお前を失って……長い間お前を探して……お前のいない世界がどんなものか知ってる」
アスナは苦い苦い表情で吐き捨てると、切なさに満ちた目で俺を見つめた。
「アスカ、俺はお前と同じ世界で隣に立てたらいいんだ。お前の存在を感じていられるだけでいい。
もちろんお前に選ばれたい。そうなるように努力はする。
だけど強制はしないし、強要もしない。お前が幸せならそれでいいんだ。
だから、俺がお前から奪ったものを返したい。
お前は本来なら孤立して生きるようなヤツじゃなかったはずだ。もっと人に囲まれて、笑っているはずのヤツなんだ。
本当のお前の顔をみんなに知ってもらいたいんだよ、俺は」
泣き笑いの表情で語るアスナ。これはきっと、彼の本心だろう。
俺は事故のあと気付けばここにいた。
素晴らしい両親に恵まれ、愛されて育った。
だがその間ずっとアスナは罪悪感と喪失感、絶望と共に生きてきたのだろう。
それは俺には想像もつかないような時間だったに違いない。
「……どうしてお前はそこまで俺に執着するんだろうな?」
思わず出た声は、自分でも驚くほど弱弱しいもの。
「どうしてだろうなあ……。でも一つだけ言
アスナが学園に通うようになって数か月。持ち前のコミュ力でアスナはすっかりクラスに、いや、学園に溶け込んでいる。そして何故か俺もクラスメートや学園の生徒に関わらざるを得なくなっていた。「おはようございます、アスカ様、アスナ様!」「おはよう」「おはよう、シルフィ嬢」「まあ、アスナ様、私の名前を憶えて頂いていらしたのですか?クラスも違いますのに!」「先日アスカ様に差し入れをくれたろう?アスカ様はこう見えて甘いものがお好きなんだ。毎晩食後のデザートを楽しみにしていらしてね。頂いた菓子も喜んで召し上がっていた。ありがとう」「召し上がってくださいましたの?嬉しいですわ!アスカ様!うふふ。なんだかアスナ様のお口から語られるアスカ様って、お可愛らしいですわね。また差し入れいたしますわね!」こんな具合でいつの間にか俺まで巻き込まれているのだ。しかも……「良かったね、アスカ。ふふふ。そうか、そんなに甘いものが好きだったとは知らなかった。今度私からも差し入れをするから、楽しみにしていて?」そう。レオンがなぜかいつもいる。クラスが違う癖に、俺の左にレオン、右にアスナというのが定位置になってしまった。その後ろからはレオンの側近がぞろぞろと。まずはゲームでの理性担当。宰相の息子、ワイマール・ネオン公爵令息。こいつは我が家と同じ公爵家。2大公爵家のうちの片翼だ。肩までの紺の髪にグレーの瞳、眼鏡をかけた外見からも分かるように、理知的なタイプ。ちなみにテスト順位は俺とレオンに次ぐ学年3位だ。次に武力担当。騎士団長の息子、カイザー・ギレン侯爵令息。いわゆるフェードカットの赤紙短髪、ワイルドさを売りにしている。率直な物言いで情に厚い。将来の騎士団長候補と言われる男。学園の校舎内では、カイザーがレオンの護衛も兼ねているようだ。この二人がレオンの側近。両翼となる。ハッキリ言って、これまで俺はこいつらにあまり好かれていなかった。まあそれは理解できる。こいつらのご主人様であるレオンに対して、婚約者としての敬意など払ってこなかったからな。俺からしてみれば、最初から婚約などしたくなかったし、婚約してしまってからもあわよくば解消を狙っているんだ、そういう態度にもなる。それに、ゲームの件もあるしアスナに似ていたこともあり、近寄りたくなかった。仕方ない。だが、彼らに
「前世のお前があんなふうな状況に置かれたのは、全部俺のせいだ。俺がやりすぎた。お前を囲い込んで俺だけのものにしたかった。分かってなかったんだ」「ああ、お前のせいだ。それに関しては否定するつもりはねえからな」にべもない俺の返答にアスナが悔恨に満ちた表情を浮かべ、ため息をつく。「……今は分かってるよ。俺はお前を失って……長い間お前を探して……お前のいない世界がどんなものか知ってる」アスナは苦い苦い表情で吐き捨てると、切なさに満ちた目で俺を見つめた。「アスカ、俺はお前と同じ世界で隣に立てたらいいんだ。お前の存在を感じていられるだけでいい。もちろんお前に選ばれたい。そうなるように努力はする。だけど強制はしないし、強要もしない。お前が幸せならそれでいいんだ。だから、俺がお前から奪ったものを返したい。お前は本来なら孤立して生きるようなヤツじゃなかったはずだ。もっと人に囲まれて、笑っているはずのヤツなんだ。本当のお前の顔をみんなに知ってもらいたいんだよ、俺は」泣き笑いの表情で語るアスナ。これはきっと、彼の本心だろう。俺は事故のあと気付けばここにいた。素晴らしい両親に恵まれ、愛されて育った。だがその間ずっとアスナは罪悪感と喪失感、絶望と共に生きてきたのだろう。それは俺には想像もつかないような時間だったに違いない。「……どうしてお前はそこまで俺に執着するんだろうな?」思わず出た声は、自分でも驚くほど弱弱しいもの。「どうしてだろうなあ……。でも一つだけ言
ガターーン!!椅子を蹴倒す勢いで立ち上がる俺に、差し出したフォークもそのままに固まる二人。「おい!!お前ら!!」ビシイッ!二人に順に指を突き付けてやる。「俺は食事くらいは一人でゆっくりと味わいたいのだ!お前たちが横からごちゃごちゃ言うから、楽しめないではないか!俺は一人で食べる。だからお前たちは二人で食事をするがいい!食事時くらいは一人にしてくれ!!」言っている内容は非常に情けないものだが、とにかく俺は飯の時間を至高の時だと思っている。これ以上こいつらに邪魔されたくないのだ。1週間も耐えたのだから、褒めて欲しいくらいだ。俺が本気だと示すため、あえて威圧を押さえずにぶつけてやる。通常ならば、周囲の生徒までが青ざめるほどの濃度。それを二人に集中させる。ところがアスナは、怯えるどころか嬉しそうに頬を赤らめた。「……ああ……アスカの魔力だ……。うん。いいね……」と興奮したように俺の魔力でうっとりとしている。酔っているのか?俺の魔力で⁈従魔だからか⁈レオンはレオンで少し顔色が悪くなりはしたが………「ああ、さすがはアスカ!素晴らしい威圧だ!」喜色満面、未来の王妃にふさわしい、やはり君は最高だ、などと呟いている。いや、褒めて欲しいわけではない。こいつら、おかしいんじゃないか?こんなことなら、アスナをレオンに入れたままにしておけばよかったかもしれない。二人に分けたことで面倒が二倍になってしまった。失敗した。そんなことを考えていると、急にアスナの身に纏う空気が変わった。「……アスカ、今おかしなことを考えていなかった?」うっそりと細めた眼をギラリと光らせる。この目は……あの頃、あいつがおかしくなった頃と同じ目だ!レオンがとっさに俺を庇うように立ち上がって俺とアスナの間に入ってきた。レオン!お前はやはりいい奴だ!!友人としてなら仲良くしてやってもいいぞ!反射的に「いや、別に……何でもない」と目をうろつかせる俺。情けない!くっそお!!とたん、ご機嫌に戻ったアスナが、何事もなかったかのようににっこり微笑んでフォークをまた差し出してくる。「そう?ならいいけど。さあ、アスカ?時間が無くなるぞ?さっさと食おうぜ?」「……分かった」心周囲の視線が同情に満ちたものに変わったように感じる。ああ、俺の孤高のランチタイムが………。ほ
あれから1週間。第一王子レオンハルトと髪の色が違うだけという容姿。さらには俺の従者という特殊な立場であるにもかかわらず、アスナはあっという間に学園に受け入れられた。しかも熱烈なまでに好意的に。もともとレオンは莫大な人気を誇る王子だ。恵まれた容姿もさることながら、学年2位(首席はもちろん俺だ。レオンに譲るつもりはない)という頭脳、魔力も十分、運動神経まで抜群だ。ここまで揃うと神のえこひいきだと言いたくもなるが、それを言えば俺自身が奇跡のスペックだ。まあゲーム補正なのだろう。それだけでなく、穏やかで誠実な物言い、貴族にも平民にも平等に接する公平性。そういった「中身」の良さもレオンの人気を不動のものとしている。そこにきて「レオンハルト殿下の婚約者」である俺に親し気にふるまう殿下そっくりの従者。しかも、俺の対するいきすぎた気持ちを隠そうともしない。そうなれば、普通ならばアスナに、明確にではないにしろ、なんらかの複雑な感情を向けられただろう。だが、アスナは前世で見せたカリスマ的な魅力であっという間に学園生徒の気持ちを掌握してしまった。アスナの「禁断の愛」とやらを応援する派閥までできてしまい、学園は今ちょっとしたアスナフィーバー。そして、その弊害が俺にまで及ぶようになった。これまではまるで神をあがめるかのように遠巻きに熱視線を送られるか、下僕のように俺に使われようとするかだった生徒たち。彼らの俺に向ける視線が変わってきたのだ。アスナといると、つい素が出てしまったり笑ってしまうことがある。そんな俺の姿を見て新たなファンが出来てしまったのである。そう。名付けて。「アスカ様とアスナ様を応援し隊」なんだそれは⁈ふざけているのか⁈そもそも、対外的には俺は第一王子の婚約者なのだぞ?不敬すぎないか?しかし、よく見て欲しい。「応援し隊」と言っているだけで、「恋を」だの「愛を」だのと言ってはいない。何を応援するのか名言していないのがミソなのである。だがその活動内容は「ふたりの幸せ」なのだ。これは俺の被害妄想でもなんでもない。実際に二人で歩いていると、会長とやらが躍り出てきて「お二人のことを応援しております!障害を乗り越え、お二人が幸せに結ばれるよう、影ながら応援しておりますので!!」と熱弁を振るわれたのだ。どうしてこうなった⁈たった1週間だぞ?そのたっ
こうして特に疑われることもなく学園長との面談は終わった。寮の部屋についても、俺の部屋に付属している従者用の部屋でいいとのことだ。クラスも俺と同じ、Aクラス。ちなみにクラスはAからDまで成績順、かつ選択別となる。俺もレオンもAクラスだが、レオンは経営科でA-1、俺は魔法科でA-2。教室は別なのだ。「お前もAクラスだが……大丈夫か?そもそも、講義内容を理解できるのか?」教室に向かいながらアスナに確認すれば、自信ありげな笑みを見せるアスナ。「レオンの目や耳を通して俺も学んでいたからな。問題ない。少なくともレオンと同程度には理解できていると思うぞ?」アスナの言葉にレオンがゾッとしたように身を震わせた。「……つまり、私の全てを把握していたということか?」気持ちは分かる。下手なストーカーも真っ青だ。「まあな。少しは俺の意志をお前の行動に反映させることもできたし。あと少しだったんだがなあ……」青ざめるレオン。「お前の意志を反映、というのに心あたりがあるのが恐ろしいよ。何があと少しだったのかは聞かないでおこう。アスカ……本当に心から感謝する。ありがとう」俺は今お前に心から同情しているよ。アスナが悪かったな。あまりにも不憫で、思わず自分から手を伸ばしてレオンの頭を撫でてしまった。「……いや、間に合って良かった。……?どうした?」ふと見ればレオンが見たことのない表情をしている。と、みるみるその顔が真っ赤に染まっていった。「⁈本当にどうした⁈」レオンは慌てたように片手で口元を覆い顔を背けた。「い、いや…………その…………アスカから私に触れたのは初めてだったので……驚いて……」「?そうだったか?」そんなことくらいでこんな顔をするのか。昨日からこいつのおかしな顔ばかり見ている気がする。「ふは!変な奴だ」思わず笑えば、レオンが目を丸くして俺を凝視。アスナはアスナでムスっとした表情で不機嫌そうに腕を組んだ。「なんだよ?気持ち悪い」「……アスカが……私に向かって笑ったから……。いや、なんでもない。さあ、行こうか」ホント、変な奴。教室の前でレオンと別れた。ギリギリになってしまったせいか、もう生徒はみな着席しているようだ。「アスナ、行くぞ」「ああ。……これからはまたクラスメートだな。よろしく、アスカ」アスナが嬉しそうに笑う。
微笑み合うアスナとレオンの姿は、一見親し気に見えるようだ。観衆のひとりがぼそっと呟いた。「アスカ様を護る金と黒の守護騎士のよう……」とたん、あちこちから同意言葉と共に「金と黒」という声が上がり始める。その言い方だと、俺がいわゆる姫ポジというやつではないのか?言っておくがここで一番の強者は俺なのだぞ?舐めてもらっては困る。俺は不毛な力比べをしている金と黒の肩を掴んで引き剥がし、こう言い放ってやったのだった。「いいかげんにしろ。俺が誰だか忘れたのか?俺はアスカ・ゴールドウィンだぞ?貴様らに護られる必要などない。ここで一番強いのは俺なのだからな!だが、アスナが俺の傍に居ることは許す。俺を護る必要は無いが、俺のために尽力しろ。さあ、いつまでそうしているつもりだ?さっさと行くぞ。お前たちが来ないのなら俺一人で行くが?どうする?」顎を上げて言い放ってやると、レオンは慌てて両手を上にあげて降参だと示した。「いや、私ももちろん一緒に行くよ?大切な婚約者の頼みだからね」すると今度はアスナがわざとらしく俺に向かって一礼。「わたくしも、もちろん一緒に行きますよ?従者ですから。常にアスカ様と共に」アスナの美しい礼に、周囲から「ほう……」と感嘆のため息が落ちる。どこでこんな所作を身に着けたんだか。本当に器用な奴だ。「じゃあ、いくぞ!」二人が着いてくるのを待たずさっさと歩きだした。こんなことをしていたら授業に間に合わないではないか。遅刻など、恥だ。俺が時間管理もできない人間のようだろうが!振り返りもせず優雅に、しかし最速で歩を進めたおかげで、想定の時間内で学園長室に着いた。「失礼致します。アスカ・ゴールドウィンです。わたくしの従者アスナが本日よりこちらに通いますゆえ、ご挨拶に伺いました。よろしいでしょうか?」「ああ、待っていたよ。入り給え」「失礼致します」レオンが先に話を通してくれていたためスムーズだ。共に入ってきたレオンの姿に気付いた学園長が、慌てて立ち上がって頭を下げた。「「レオンハルト殿下もご一緒でしたか。大変失礼を致しました」「ああ、座ってくれ。学園内では一学生として扱ってほしい。こちらこそ、無理を言って済まなかった。彼はアスナ。私の遠縁にあたるのだが、この通り私と容姿が似ているものでね。いらぬ面倒の無いようにと社交の場