四度目の結婚 ~不完全なオメガと冷徹な夫の運命~

四度目の結婚 ~不完全なオメガと冷徹な夫の運命~

last updateDernière mise à jour : 2026-02-12
Par:  ひなた翠Complété
Langue: Japanese
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三度の離婚歴を持つエミールは、「妊娠できない淫乱なオメガ」という噂に苦しんでいた。 二十五歳、オメガとして出産のタイムリミットが迫る中、四度目の結婚相手は戦争の英雄レオニード。 しかし新婚初夜、夫は部屋に来なかった。 それ以来自分から、毎晩誘っても冷たく拒絶され続け――。 失敗できない四度目の結婚生活。 子どもがほしい。 ただそれだけの願いが、どうして叶わないのか。 自分と結婚をしたレオニードの事情を知り、離婚を申し出るが「離婚はしない」とレオニードに断言されてしまう。 抱いてくれないうえに、離婚もしてくれない―― すれ違いの果てに見つけた、真実の愛の物語。

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Chapitre 1

第一話「失敗できない結婚」

 父の書斎の扉をノックすると、中から低い声が響いた。

「入れ」

 扉を開け、重厚な木の香りが鼻をつく書斎へと足を踏み入れた。父ハインリヒは窓際の大きな机に向かって書類に目を通していて、僕が入ってきても顔を上げることはなかった。

 壁一面に並んだ本棚には古い書物が整然と並び、重苦しい空気が部屋を満たしている。暖炉の火がパチパチと音を立て、薄暗い部屋の中でわずかな明かりを灯していた。

 僕は父の机の前に立ち、返事を待つ。父はペンを走らせ続け、インクの擦れる音だけが静寂を破る。時計の針が進む音が妙に大きく聞こえて、喉の奥が渇いていくのを感じた。立っているだけで足が震え、膝の力が抜けそうになる。

 やがて父はペンを置き、ゆっくりと顔を上げた。灰色の瞳が僕を捉え、表情のない顔で僕を見つめる。感情の読めない冷たい視線に、背筋が凍りついた。

「結婚が決まった」

 父の声は淡々としていた。僕の心臓が跳ね上がり、息が詰まる。

「お、お相手は……」

 声が震えた。父は書類を僕の方へと押し出し、冷たい眼差しで僕を見下ろす。

「レオニード・フェルゼン伯爵だ。先の戦争の英雄で、王の覚えもめでたい。将来、有望な人材だ。二十歳でお前より五歳若いが――お前を妻にしてもいいと言ってくれた唯一の男だ」

 唯一の男……そう父に言われて胸が抉られるような痛みが走る。

「来週、式を挙げる。今度こそ失敗するな」

 父の言葉が胸に突き刺さり、呼吸が苦しくなる。『今度こそ』その言葉の重みが、僕の肩に圧し掛かってくる。

 過去三度の結婚に、三回の離縁経験がある。全てが失敗に終わった僕の結婚生活。

「はい」

 僕は返事をすると頭を下げた。父はもう僕を見ていなかった。再び書類に目を落とし、ペンを走らせ始める。僕の存在など、もうどうでもいいとでも言うように。

(まあ、三回も出戻って来たオメガの息子など、どうでもいいんだろうけど)

「下がれ」

 命令に従い、僕は書斎を後にした。扉を閉めると、足の力が抜けてその場に倒れ込みそうになる。壁に手をつき、なんとか身体を支えた。

 廊下を歩きながら、僕は自分の部屋へと向かう。使用人たちが行き交い、僕の姿を見るとすぐに視線を逸らして通り過ぎていく。彼らの冷たい視線が背中に突き刺さり、胸が痛んだ。

 四度目の結婚。

 僕はもう二十五歳になる。オメガとしては高齢出産で、妊娠できる可能性は年々減ってきている。医学書によれば、オメガの初産における最高齢は二十八歳だという記録があった。それもその人は一人しか授からなかった。

 初産でなくても、二十八歳以降の年齢で子を産んだという症例はない。

 つまり、僕にはあと三年しか残されていない。妊娠期間を考えれば、今回の結婚が最後のチャンスだと、思っている。

 部屋に戻り、窓辺に立って庭を見下ろした。冬の冷たい風が窓ガラスを叩き、木々が揺れている。空は灰色に曇り、雪が降りそうな気配があった。

(誰でもいい)

 心の中で呟いた。

(誰でもいいから、子どもがほしい)

 それが私の唯一の願いだった。自分の子どもを抱きたい。小さな手を握り、笑顔を見たい。子どもを育て、家族と呼べる存在がほしい。ただそれだけを望んでいるのに、どうしてそれが叶わないのだろう。

『エミール・リヒテンベルクは淫乱なオメガだ』

『結婚中にもかかわらず、複数の愛人がいたらしい』

『夜ごと違う男と寝ていたという話だ』

『三人の夫は皆、呆れて離縁したそうよ』

『オメガのくせに子どもも産めないなんて、欠陥品ね』

 噂は全て嘘だ。

 僕には愛人などいなかったし、夫以外の男と関係を持ったこともない。しかし、噂は一度広まれば消すことはできず、真実など誰も気にしなかった。人々は面白おかしく噂話を楽しみ、僕を嘲笑う。

 三度の結婚は、全て失敗に終わった。どの夫も僕を抱いてはくれたが、痛いだけで何も感じることはなかった。

 濡れることもなく、ただ義務として耐えるだけの行為。夫たちは僕に飽き、やがて離縁を言い渡してきた。妊娠できない僕には価値がないと、冷たく告げられた。

(実際、オメガなのに妊娠できないのだから、僕には価値はないんだ)

 僕は窓ガラスに額を押し付け、冷たさを感じた。今度こそ、今度こそは。そう自分に言い聞かせるが、不安が胸を締め付ける。

(レオニード・フェルゼン)

 名前を心の中で繰り返した。黒獅子の異名を持つ戦争の英雄。冷徹で無慈悲だという噂もある。

 きっと今回も同じだろう。僕を道具として扱い、妊娠しなければ捨てられる。

     ◇◇◇

 結婚式の日は、冷たい雨が降っていた。灰色の空から降り注ぐ雨が石畳を叩き、水溜りが出来ている。馬車が教会の前に止まり、僕は深呼吸をして外へと降り立った。雨が頬に当たり、冷たさが肌を刺す。

 教会の扉を開けると、中は薄暗く、蝋燭の灯りだけが揺れていた。長い通路の先には祭壇があり、そこに一人の男が立っている。黒い礼服を着た背の高い男性。黒髪に、鋭い眼光。顔立ちは整っているが、表情は冷たく、感情が読み取れない。

 レオニード・フェルゼン。

 僕の四人目の夫となる男。

 僕はゆっくりと通路を歩き始めた。足音が教会の中に響き、蝋燭の炎が揺れる。誰もいない教会。両親も親族も、誰も出席していない。ただ神父と、レオニード、そして僕だけ。簡素で寂しい結婚式だった。

 祭壇の前に立つと、レオニードは僕を見下ろした。深い紺色の瞳が僕を捉え、何の感情も浮かんでいない。まるで物を見るような、冷たい視線だった。

 神父が聖書を開き、祝福の言葉を述べ始める。長い祈りの言葉が教会の中に響き渡り、僕は頭を垂れた。言葉は耳に入ってこず、ただ心臓の音だけが大きく聞こえる。

「レオニード・フェルゼン、エミール・リヒテンベルクを妻として迎え、生涯を共にすることを誓いますか」

 神父の問いかけに、レオニードは短く答えた。

「誓います」

 感情のこもらない、機械的な返事に僕の胸が痛んだ。

「エミール・リヒテンベルク、レオニード・フェルゼンを夫として迎え、生涯を共にすることを誓いますか」

「誓います」

 神父は満足げに頷き、聖書を閉じた。

「では、指輪の交換を」

 レオニードは懐から小さな箱を取り出し、中から銀の指輪を取り出した。僕の左手を掴み、無言のまま指輪を嵌める。冷たい金属が指に食い込み、まるで鎖のように感じられた。

 僕も用意していた指輪をレオニードの指に嵌めた。大きく、ごつごつとした手。戦士の手だと感じた。

「誓いの口づけを」

 神父の言葉に、レオニードは僕の顎を掴んだ。顔を近づけられ、唇が重ねられる。冷たく、短いキス。愛情など微塵も感じられない口づけだった。

 唇が離れると、レオニードはすぐに身体を離した。神父に軽く頭を下げ、踵を返して教会を出て行こうとする。

「あの……」

 僕は思わず声をかけたが、レオニードは振り返ることなく扉へと向かった。扉が開き、外の冷たい風が吹き込んでくる。レオニードの姿は雨の中へと消え、扉が閉まった。

 僕は祭壇の前に一人取り残され、蝋燭の炎を見つめた。神父は困ったような表情で僕を見ていたが、何も言わずに聖書を持って去っていった。

 静寂が教会を満たし、雨の音だけが響いている。僕は指に嵌められた指輪を見つめた。銀色の輪が、光を反射している。

(今までで一番、最悪の結婚かもしれない)

 レオニードの冷たい眼差しが脳裏に焼き付き、胸が締め付けられる。彼は僕を妻として見ていない。ただの道具、政略結婚の駒としか思っていないのだろう。

 かつての夫たちでさえ、最初は優しく僕に接してくれた。彼は最初から、冷酷な眼差しで僕を見てくる。

(今度こそ、子どもを授かりたいのに)

 僕の唯一の願いで、最も叶えられない望みだ。レオニードがどれだけ冷たくても、僕を愛していなくても構わない。ただ子どもを産むことができれば、それでいい。

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第一話「失敗できない結婚」
 父の書斎の扉をノックすると、中から低い声が響いた。「入れ」 扉を開け、重厚な木の香りが鼻をつく書斎へと足を踏み入れた。父ハインリヒは窓際の大きな机に向かって書類に目を通していて、僕が入ってきても顔を上げることはなかった。 壁一面に並んだ本棚には古い書物が整然と並び、重苦しい空気が部屋を満たしている。暖炉の火がパチパチと音を立て、薄暗い部屋の中でわずかな明かりを灯していた。 僕は父の机の前に立ち、返事を待つ。父はペンを走らせ続け、インクの擦れる音だけが静寂を破る。時計の針が進む音が妙に大きく聞こえて、喉の奥が渇いていくのを感じた。立っているだけで足が震え、膝の力が抜けそうになる。 やがて父はペンを置き、ゆっくりと顔を上げた。灰色の瞳が僕を捉え、表情のない顔で僕を見つめる。感情の読めない冷たい視線に、背筋が凍りついた。「結婚が決まった」 父の声は淡々としていた。僕の心臓が跳ね上がり、息が詰まる。「お、お相手は……」 声が震えた。父は書類を僕の方へと押し出し、冷たい眼差しで僕を見下ろす。「レオニード・フェルゼン伯爵だ。先の戦争の英雄で、王の覚えもめでたい。将来、有望な人材だ。二十歳でお前より五歳若いが――お前を妻にしてもいいと言ってくれた唯一の男だ」 唯一の男……そう父に言われて胸が抉られるような痛みが走る。「来週、式を挙げる。今度こそ失敗するな」 父の言葉が胸に突き刺さり、呼吸が苦しくなる。『今度こそ』その言葉の重みが、僕の肩に圧し掛かってくる。 過去三度の結婚に、三回の離縁経験がある。全てが失敗に終わった僕の結婚生活。「はい」 僕は返事をすると頭を下げた。父はもう僕を見ていなかった。再び書類に目を落とし、ペンを走らせ始める。僕の存在など、もうどうでもいいとでも言うように。(まあ、三回も出戻って来たオメガの息子など、どうでもいいんだろうけど)「下がれ」 命令に従い、僕は書斎を後にした。扉を閉めると、足の力が抜けてその場に倒れ込みそうになる。壁に手をつき、なんとか身体を支えた。 廊下を歩きながら、僕は自分の部屋へと向かう。使用人たちが行き交い、僕の姿を見るとすぐに視線を逸らして通り過ぎていく。彼らの冷たい視線が背中に突き刺さり、胸が痛んだ。 四度目の結婚。 僕はもう二十五歳になる。オメガとしては高齢出産で、妊娠できる可能性は
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第二話「毎晩の誘いと拒絶されるエミール」
 結婚式から一週間が過ぎた夜、僕は鏡の前に立って自分の姿を見つめていた。薄い絹でできた夜着が身体に纏わりつき、素肌が透けて見える。 胸の輪郭も、腰の線も、全てが透けている恥ずかしい格好だ。髪を梳かし、首筋に香油を塗る。甘い香りが鼻をつく。 鏡の中の自分は、まるで娼婦のように見えた。頬が紅潮し、瞳は潤んでいる。夜着の下には何も身につけておらず、少し動くだけで肌が露わになる。こんな格好で屋敷の廊下を歩くなど、恥ずかしくて発狂したくなる。 深く息を吸い込み、部屋の扉を開けた。廊下には蝋燭の明かりが灯り、長い影を作っている。足音を忍ばせて歩き始めると、曲がり角の向こうから使用人たちの声が聞こえてきた。「また今夜もあのオメガ、旦那様の部屋に行くのかしら」「あんなハシタナイ恰好で、屋敷内を歩くなんて下品だわ」「見てられないわよね。オメガに恥じらいなんてないのかしら」 ひそひそと囁き合う声が耳に届き、胸が締め付けられた。(そんなこと、わかってる) 恥ずかしいに決まっている。こんな格好で夜ごと夫の部屋を訪ねるなど、羞恥心で気が狂いそうだ。いやらしい格好で屋敷内を歩くオメガとして、僕の奇行は屋敷中に広まっているだろう。使用人たちは皆、僕を嘲笑っている。 それでも、僕には選択肢がない。(これしか方法を知らないし――) レオニードの部屋の前に立ち、手を伸ばしてノックする。コンコンと扉を叩く音が、静かな廊下に響いた。返事はない。もう一度ノックすると、中から低い声が聞こえてきた。「入れ」 扉を開けると、部屋の中には暖炉の火だけが灯っていた。炎が揺れるたびに、影が壁を這う。レオニードは窓辺に立っていて、シャツを脱いでいる途中だった。広い背中に、筋肉の起伏。戦士らしく、傷跡がいくつか残っている。 僕の姿を見て、顔を歪ませる。眉間に皺を寄せ、明らかに不快そうな表情を浮かべた。「またか」 呆れたような、冷たい声だった。「あの……今夜こそ、お願いします」 声が震えた。レオニードは脱いだシャツを椅子に投げ捨て、僕に近づいてくる。大きな身体が近づくたびに、威圧感が増していく。「何度も来ても同じだ。出ていけ」 冷たい声が耳朶を打ち、身体が震えた。レオニードが僕の夜着の襟元を掴み、引っ張った。「っ……!」 身体がよろめき、足が宙に浮く。荒々しく引きずられるように
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 身体の異変に気づいたのは、夕方のことだった。下腹部が熱く疼き、肌が敏感になっていく。息が荒くなり、身体の奥から甘い熱が湧き上がってきた。鏡を見ると、頬が紅潮していて、瞳が潤んでいた。(ヒートだ) 心臓が高鳴り、期待が胸を満たした。オメガのヒートは、アルファを惹きつける甘い香りを放つ。過去の夫たちも、ヒートの時は僕を抱いてくれた。痛いだけで何も感じなかったが、少なくとも拒絶はされなかった。(今度こそ) 心の中で呟きながら、僕は身体を清めた。浴槽に湯を張り、バラの香りの入浴剤を溶かす。身体を沈め、丁寧に洗っていく。髪も念入りに洗い、柔らかく梳かした。湯から上がると、薄い絹の夜着を纏う。いつもより透ける素材で、身体の線が全て見える。 鏡の前に立ち、自分の姿を確認した。ヒートの影響で、身体は熱く火照っている。肌は桃色に染まり、瞳は潤んで艶めかしい。首筋からは甘い香りが立ち上り、自分でも分かるほど濃厚だった。(もしかしたら) 期待が膨らんだ。ヒートの匂いなら、レオニードも無視できないかもしれない。アルファは本能的にオメガのヒートに惹かれる。抱いてくれるかもしれない。子どもを授かることができるかもしれない。 部屋を出て、廊下を歩き始めた。使用人たちの視線が突き刺さるが、今は気にならなかった。身体が熱く、頭がぼうっとしている。足元がふらつき、壁に手をついて進んだ。 レオニードの部屋の前に立ち、ノックをする。いつもより強く、何度も叩いた。中から低い声が聞こえてくる。「入れ」 扉を開けると、レオニードは書斎机に向かって書類を読んでいる。蝋燭の明かりが彼の横顔を照らし、鋭い眼光が紙面に注がれていた。僕が入ってきても、顔を上げる気配すらない。「あの……」 声が震えた。身体が熱く、息が荒い。レオニードはペンを動かし続け、僕を無視している。「今夜こそ、お願いします」 懇願するような声を出すと、レオニードの手が止まった。ペンを置き、ゆっくりと顔を上げる。深い紺色の瞳が僕を捉え、何かに気づいたように目を細めた。「……ヒートか」 低い声が響き、心臓が跳ね上がる。レオニードが立ち上がり、こちらに近づいてきた。(来てくれる) 期待が胸を満たした。レオニードは僕の前で立ち止まり、顎を掴んで顔を上げさせた。鋭い視線が僕を見下ろし、冷たさだけが伝わってくる。「勘違
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第四話「真実を知る」
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第六話「レオニードの想い」
 扉が閉まり、エミールの足音が遠ざかっていくのが聞こえた。俺は窓辺に立ったまま、動けなくなっていた。床に散らばった離婚届の破片が、暖炉の光を受けて白く浮かび上がっている。(好きにさせてもらう) エミールの最後の言葉が、耳に残っていた。あの静かな声。諦めたような、それでいて何か決意を秘めたような声だった。(あいつ、何をする気だ) 胸の奥に、得体の知れない不安が広がっていった。今までのエミールとは何かが違っていた。毎晩訪ねてきては拒絶されていた時の、懇願するような眼差しはもうなかった。 代わりにあったのは、冷静な視線と、静かな諦めだった。 俺は破かれた離婚届を拾い上げた。エミールの署名が、破かれた紙に残っている。丁寧な文字で書かれた名前を見つめていると、胸が締め付けられた。(――離婚したいのか) 当然だとは、頭では理解している。俺はエミールを拒絶し続けてきた。抱くことも、優しくすることもしてこなかった。毎晩訪ねてくるエミールを、冷たく追い返してきたんだ。 エミールに全て調べられるとは思わなかった。 俺は机の前に座り、頭を抱えた。(四度目の結婚だから) 三度も離婚を経験しているエミールなら、簡単には離婚を切り出してこないとどこかで思っていた。 社交界での評判も悪く、次の結婚相手を見つけるのは困難だと分かっているはずだった。だから、エミールは離婚を言い出さないと思っていた。 なのに、結婚して一ヶ月も経たないうちに離婚届を突きつけられた。 立ち上がり、ベルを鳴らした。しばらくして、執事のヴィルヘルムが部屋に入ってきた。「旦那様、お呼びでしょうか」「ヴィルヘルム、エミールの動向を逐一報告しろ」 俺の命令に、ヴィルヘルムは僅かに眉を上げた。「エミール様の、ですか」「そうだ。誰と会うのか、どこに行くのか、何をしているのか。全て報告しろ」 ヴィルヘルムは僅かに眉を上げたが、すぐに頷いた。「承知いたしました」「屋敷内での行動も、外出の予定も、全て把握しておけ」「かしこまりました」 ヴィルヘルムは一礼して、部屋を出て行った。扉が閉まり、再び静寂が戻ってくる。 俺は窓辺に戻り、外の夜空を見上げた。月が雲に隠れ、星だけが瞬いている。冷たい風が窓を叩き、木々を揺らしていた。(抱かれたくて、毎晩通ってきていたんじゃないのか) 困惑が胸を満
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第七話「仮面舞踏会」
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第九話「指だけの日々」
 あの日から、俺は定期的に夫婦の寝室を訪ねるようになった。一日おきに夜遅くに扉をノックする。返事を待たずに中に入ると、エミールは既にベッドに横たわっていて、俺を見上げる琥珀色の瞳が揺れていた。 言葉を交わさずに、ただ黙ってベッドに近づく。エミールは俺が入ってくるなり、自分で服を脱ぎ始め、白い肌が露わになっていった。 俺はエミールの足の間に座り、膝を開かせた。秘部が月明かりに照らされ、既に僅かに濡れているのが分かる。(期待していたのか?) 俺が触れる前から、身体が準備をしている。 指を一本、中に入れる。温かく、柔らかい感触が指を包み込んだ。エミールの身体が小さく震え、甘い吐息が漏れる。「んっ……」 指を動かすと、すぐに愛液が溢れてきた。一本の指だけで、ぐっちょりと濡れていく。俺が二本目の指を入れると、中がうねるように動き始めた。欲しいと言わんばかりに、指に吸い付いてくる。「ああっ……んっ」 エミールの甘い声が寝室に響き渡った。頬を紅潮させ、瞳を潤ませ、唇を噛みしめている。その姿が、たまらなく色っぽい。 俺は指を動かし続けた。中を探るように、内壁を撫でていく。エミールの反応を見ながら、気持ちいい場所を探す。奥の一点を擦ると、エミールの身体が大きく跳ねた。「あっ、そこっ……!」 甘い声が大きくなり、腰が浮き上がる。俺は同じ場所を何度も擦り、エミールを追い込んでいった。指に絡みつく内壁、溢れ続ける愛液、甘い声。全てが俺の理性を削っていく。(中がうねって指が持っていかれそうだ) 指で触れているだけで、俺の身体も熱くなっていく。ズボンの中が窮屈になり、息が荒くなる。(理性が保てない。これ以上は) エミールの中に、自分のものを入れたくなる。指ではなく、滾る熱杭で貫きたかった。奥まで突いて、熱を注ぎ込みたい。 エミールの声が高くなり、身体が弓なりに反った。「くっ……あああっ!」 絶頂を迎えるエミールの身体が、激しく痙攣した。中が指を強く締め付け、さらに愛液が溢れ出てくる。シーツが濡れ、甘い香りが部屋中に広がった。 痙攣が収まるのを見届けると、俺は指を引き抜いた。エミールの愛液で濡れた指を見つめ、急いで立ち上がる。「ゆっくり休め」 短く告げて、寝室を後にした。扉を閉め、廊下を早足で進む。甘い匂いが鼻に残り、脳内がくらくらする。エミールの匂
last updateDernière mise à jour : 2026-01-21
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第十話「レオニードの誤解」
 いつもの夜が訪れる。仕事を終えて、寝る準備を整えると夫婦の寝室へと向かう。 エミールはベッドに座っていて、膝を抱えている。いつもなら俺が部屋に足を踏み入れた時点で、服を脱ぎ始めるのに、今夜は全く動かなかった。 月明かりが窓から差し込み、エミールの横顔を照らしている。「エミール」 名前を呼ぶと、エミールは顔を上げた。琥珀色の瞳が俺を見つめ、何か決意したような表情を浮かべていた。「今夜は……」 エミールは小さく息を吸い込み、静かに告げた。「無理しなくていいです。指がほしいわけじゃないので」 その言葉に、俺の身体が硬直した。拒否された。「何を言っている」 声が低くなった。エミールは俯き、膝を抱える腕に力を込めている。「もう、来なくていいです」「お前、何を……」 苛立ちが込み上げてきた。今まで毎回受け入れていたのに、突然拒否するとはどういうつもりだ。(あの仮面パーティのような場所に、また行くつもりなのか)「何なんだ! お前は――」 声を荒げると、エミールの身体が震えた。顔を上げ、涙で濡れた瞳が俺を見つめる。「僕は……」 声が震えている。意を決したように目に力が入ると、俺を真っ直ぐに見つめてきた。「僕は子どもがほしいだけなんだ!」 その言葉に、俺の思考が止まった。(――子ども?)「ただ……ただ自分の子を抱きたいだけなのに!」 エミールの声が部屋に響き渡り、涙が頬を伝った。「もう二十五歳で、身体は枯れる一方だ!」 感情が溢れ出し、エミールは声を震わせながら続ける。「歴史的にみても、初産での最高齢は二十八歳だ! もうあとがない! あと三年しかないのに、あなたは指だけで終わらせる!」 顔を覆って泣き始めた。嗚咽が漏れ、肩が震えている。「離婚してくれない……抱いてくれない……だから外で作るしかないのに……僕は外に出るのを禁止されてる」 言葉が途切れ途切れになり、涙が止まらなくなっている。(子どもが、欲しかっただけ) 今まで「したい」と言っていたのは、オメガの本能に忠実だからだと思っていた。性に奔放で、抱かれることを求めているのだと。 違った。エミールが欲しかったのは、子どもだった。自分の子を抱きたい。育てたい。ただそれだけの、純粋な願いからの行動だった。「僕を憎んでいるのは知ってる……」 エミールは顔を覆ったまま
last updateDernière mise à jour : 2026-01-22
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