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愛されなかった武士の娘が寵愛の国へ転身~王子たちの溺愛が止まらない~
愛されなかった武士の娘が寵愛の国へ転身~王子たちの溺愛が止まらない~
Author: 中道 舞夜

1.囚われた花嫁

last update Last Updated: 2025-06-04 10:26:22

【あなたの居るべき場所はここではない。この囚われの世界から逃れ、本当に求められている場所へ来るのです。】

朦朧とする意識の中、優しい声で男が私に囁きかけてくる。声がする方へ手を伸ばそうとすると目が覚めた。

「夢か……。でも優しい声だったな」

私は、横目で隣に眠る夫・幸助の顔を見た。整った顔立ちで目を閉じている幸助からは、結婚にしてから一度たりともあんなにやさしい声は聞いたことはない。優しい声どころか、私たちは形だけの夫婦でそこに愛は存在しなかった。

夫の成功こそが女の幸せーーー

武力で国を統制していた時代、祖先はある藩の党首だった。党首として武力はもちろんのこと、多くの女性を寵愛し子孫繁栄に努めたそうだ。

武士の末裔として生まれた私は、小さい頃から『将来、夫になった人に忠誠心を持ち従うこと』を家訓として祖父母や両親に言い聞かされてきた。結婚相手の成功と子孫繁栄、そのために影ながら支えること、旦那様にこの身を捧げることが女の役目だと信じて疑わなかった。

武力の時代が終わりを迎えてから数十年。

私、高岡葵は16歳の時にこの地域では資産家と名高い佐々木の家へと嫁いだ。

佐々木家は江戸時代より薬種問屋として医師に薬を売る商売をしていた。時代が移り変わり、問屋だけではなく、自分の息子たちを医師に育て上げ病院というものを作った。

昔から親交のある佐々木家と高岡家は親同士が決めた政略結婚である。

夫である佐々木幸助は、寡黙で何を考えているのか分からない人だった。結婚式当日まで私たちは顔すら合わせることもなく、初めて顔を合わせた日に、結納・顔合わせ・入籍と婚姻の儀を一気に行いその夜から一緒に住むことになった。

今日初めて顔を合わせた相手と生活を共にする。部屋には綺麗に整えられた寝具とかすかな灯りが障子に私たちの影を映している。

その時、私は幸助さんの元へ嫁いだのだと改めて実感した。

(し、子孫繁栄って……。頭では分かっているけれど、私も子どもを授かるためにそうなるということ????)

若干の不安と戸惑いを感じ、手が微かに震えている。

バサッー

分厚い布団を手に取り、先に中に入る幸助さんを見つめ緊張の面持ちで腰を下ろし次の言葉を待った。しかし、その言葉は私の予想外のものだった。

「今日は疲れているでしょうから、そのままお休みください。」

そう言って私に背中を向けて眠る幸助さん。幸助さんなりの配慮だと感じ、その日は休ませてもらうことにした。そして、そんな優しく気配りしてくれる幸助さんのもとへ嫁いだのだからこの身と人生を捧げようと強く決意をした。

しかし、翌日も、その翌日も幸助さんが私に触れてくることはない。

最初の頃は、まだ社会や男女の恋も知らない生娘な私のことを思い心の準備ができるまで待ってくれているのだと思っていたが、こうも何もないと不安になる。準備ができたことを伝えるべきなのだろうか。そんな悩みを抱えていた。

そして、嫁いでしばらくしたある日、私は意を決して寝る前の幸助さんに言葉を掛けた。

「私は幸助さんのために嫁いできました。覚悟は出来ております」

そう伝えると幸助さんは、ピクリともせずに無表情のままだった。そして、彼の本当の気持ちを知ることとなる。

中道 舞夜

愛されなかった武士の娘が寵愛の国へ転身~王子たちの溺愛が止まらない~ 尽くす側から尽くされる側へ、そして転生は偶然ではなかった? 毎日22:22に更新中!気に入って頂けたら本棚登録してもらえると嬉しいです。

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